対面
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滞在二日目の予定は親善試合に出場する王国代表メンバーはラタニら大使と共に皇帝陛下への挨拶が許され、その後帝国側の代表と顔合わせという流れ。
ちなみに帝国滞在中の予定だが、親善試合が行われる八日目まで学院生は調整期間として特に大きな予定はなく、試合後の夜に両国の健闘を称え合う親睦会がある程度。
九日目は完全な自由時間に充てられ最終日の午後、王国へ帰国となっている。
つまり問題が起こるなら、要はアヤトが何かをやらかすなら二日目と八日目の予定だとカナリアは踏んでいた。
そして最初の難関、皇帝への謁見をどう切り抜けるか。主に平気でサボるだろうからどのような言い訳で納得してもらうかと何通りかの対応を考えていたのだが――
「アヤトさん……ご挨拶に行くのですか?」
アヤトはサボらずエントランスに姿を現した。
先に来ていた同室のユースが誘っても無視をされたと報告したので呼びに行くことなく、想定内と諦めていたいにも関わらず集合時間ギリギリでもやってきた。
しかも黒一色の服装ではなく、ちゃんと学院生の制服を着て。
マイレーヌ学院の制服は創立当時の国王が土の精霊術士だったこともあり、カーネリアンのようなオレンジを主体にしているので少々派手目な彩りをしている。
その制服を普段黒一色のアヤトが着用すれば似合う似合わない以前に違和感しかない。
故にラタニは似合わないと爆笑しているが、他はあまりに想定外な状況に唖然となるのは仕方なく。
「……しかもその格好で?」
カナリアがみなの気持ちを代表して問いかければアヤトから冷ややかな視線が。
「皇帝さまへのご挨拶時だけでも良いから正装しろと勝手に用意した奴がよく言う」
確かに皇帝への謁見なら正装は必衰、学院生なら制服が基本。
加えてアヤトのコートには投げナイフの他に気温調節をする精霊器が仕込まれている。謁見の間に武器や精霊器を所有するのは不可、こうした手間も含めてアヤトの為に事前に用意していたのはカナリアで、往路の船内で渡した際何度も念を押したのもカナリアだ。
「そもそもご挨拶をサボるなとギャーギャー喚いたのはどこのどいつだ」
「別に喚いていません……が、本当に行くのですか?」
それでもアヤトが素直に従うとは思いもよらず、しかも皇帝への謁見なんて面倒ごとに参加するとももちろん思いもよらず、嫌味を流してカナリアはわざわざ確認してしまう。
「行かなくていいならそうさせてもらうが」
「どうするのん、カナちゃん」
「……正直、欠席された方がまだ心労が少ないと思ってしまいました。ですが本人が行く気であるのなら、それが正しいのです」
不敵に言い放つアヤトとラタニから逆に確認されてつい素直な気持ちを口にするも、自分に言い聞かせるように覚悟を固めた。
「ただアヤトさん、くれぐれも粗相のないように。もう上辺の敬意でも何でも良いので大人しくしてください」
「俺をなんだと思ってんだ……?」
ならば後は念を押すのみとカナリアは端から聞くとそれで良いのかと突っこみたくなるような妥協を告げる。
「なんなら海風に当たりすぎて喉の調子が悪いってことにしとくかい? こいつまだ帝国さん側の前で一言も喋ってないし」
「なるほど……しかも帝国代表との顔合わせでも同じ理由で大人しくしてもらえる。隊長にしては素晴らしいアイデアです」
「でしょでしょ? そんなわけでアヤト、万が一お喋りする状況があったらこっちで対処するからよろしくねん」
「……たく、マジなんだと思ってんだか」
サボれば怒られ、真面目に参加すればこの扱いとアヤトが嘆くのも無理はないが。
「自業自得」
リースの辛辣な言い分通りだと誰もが同意した。
◇
以降は驚くほど順調にことが進んだ。
謁見の間で皇帝との顔合わせでは言うだけありラタニがとても敬虔な対応で入国の挨拶や親善試合に関する決起、国王陛下から預かった書簡もつらつらと述べ。
また親善試合で初めての持たぬ者が補欠といえど選ばれたことで皇帝がアヤト興味を示したが、さすがに直接お声かけはなくここでもラタニが自身の弟子として紹介し少しだけ驚かれたが見事な対応で乗り切った。
まあ扱いが扱いだけに移動中の馬車内でずっとあやとりに興じて一人の世界、帝城でも腕こそ組まないもののやはり無言とアヤトの機嫌は宜しくなかったが、それでも最後まで大人しくしていたお陰で無事終了。
「この調子でいきましょう」
故にいったん迎賓館へ戻り昼食を済ませた後、次の予定を前にカナリアは上機嫌。
今回の滞在で最も難関と予想していた謁見を無事に終えたので無理もない、もちろんだからと言って気は抜けないが。
「ああ、もちろんアヤトさんは予定通りに喉を痛めていることにしてください」
「……たく」
なので予防線に抜かりはない。
とにかく素直すぎて問われれば言わなくて良いことを平然と口にして火種を生むのがアヤト、気持ちは分かるがこの扱いに本人はうんざりしていた。
午後の予定は帝国代表の学院生との顔合わせなので制服からいつもの黒一色、朧月と新月も帯刀しているが問題なく。
「しかしまあ、こっちもやっと落ち着くわ」
「確かにな。カルヴァシアの制服姿は妙な感じだった」
「そう? 私は素敵と思うけど」
「テメェらな……」
ユース、カイル、シャルツの感想を皮切りに他のメンバーも言いたい放題。アヤトの眉間に更にシワが増えるも。
「これも自業自得」
「……煽らないの」
やはり辛辣な物言いをするリースを未だ戸惑いつつもロロベリアは宥め、一行は再び外出を。
顔合わせ場所は貴族区と平民区の中間にある闘技場内の来賓室で行われる。
親善試合もここで行われるので下見を兼ねたものとなっていた。
国主催の武芸大会などで利用する闘技場だけにかなりの規模で迎賓館から見える程、近づけば近づくほどその大きさが露わになり。
「さすが実力主義の帝国さん。これまた立派なもんで」
馬車から闘技場を見上げつつラタニが言葉とは裏腹に呆れていた。
王都の闘技場はどちらかと言えば質実剛健の無骨な作り、対する帝都の闘技場は豪華絢爛。大きさだけでなく外壁の彫り物からして緻密な芸術性を感じさせる。
こうした違いもお国柄か。ただ争う場にこのような作りに、言ってしまえば見栄が必要なのかと王国民だけに違和感があるのは仕方なく。
「血生臭い場所をどれだけ着飾ったところで、所詮は血生臭いのに変わりないのにねぇ」
「隊長、余計なことは言わないでください」
「言わんとしているところは分かりますが」
身も蓋もない物言いをカナリアが窘め、苦笑交じりにモーエンが同意している間に到着。
「お待ちしていました。王国のみなさま。私はリルク=レイゼンと申します」
闘技場前の噴水広場に馬車を停車させ、それぞれが降りると待機していた男が出迎えた。
金髪金目のリルクは帝国軍所属の精霊騎士で二十代中頃、今回の案内役を勤めると事前に紹介されていた。
若手ながらも案内役を任されただけあり、足運びや内に秘める精霊力は実力はかなりのものだ。
「如何ですか。我が帝国が誇る闘技場は」
「外観からして芸術性溢れる、素晴らしい作りだ」
先ほど皮肉った口でラタニは見事な社交辞令、これにはカナリアとモーエンも呆れるも批判せず。
「やはり王国屈指の精霊術士、ラタニ=アーメリ殿は分かっていらっしゃる」
「どういたしまして。まあ立ち話もなんなんで、早速ですが案内してもらえますか」
「ですね。もうすぐ帝国代表のメンバーも到着する予定なので、今の内に済ませましょう」
リルクを先頭に一同は解説を聞きながら場内へ。
通路や施設も学院の闘技場より広く充実しているのは当然ながら、舞台となる試合場は直径一〇〇メルと同じ。
ただ観覧席は三万人が収容可能とやはり規模が違う。
「如何ですか?」
中央まで歩いたところでリルクが両手を広げて感想を伺う中、各々で周囲を見渡す。
当日はこの観覧席ほぼ全てが帝国民で埋まるだろう。
完全アウェーな場に想像するだけでもやりにくいが親善試合は交代制、また親善試合は中立を期して教国から派遣される精霊術士が審判を務めるのが通例。
結局のところ条件は五分なので今さら怯むことはない。
「剛健な作りは帝国の歴史を感じますね。このような場で試合が出来ること、光栄です」
みなの気持ちを代表してレイドが気後れない笑顔で対応すればリルクが即座に一礼を。
「レイド殿下に褒めて頂きこちらこそ光栄です」
「ああ、ボクは今回学院生としての立場なので殿下は必要ありませんよ」
「そうでしたな。いや、失礼」
指摘されてもリルクの表情は強ばったまま。
王国は他国に比べて身分の線引きは緩く、王族といえど学院生なら他と同等に扱い、敬称などは個々の配慮。
ただ帝国に訪れてから基本ラタニが代表を務めてるように、レイドやエレノアはあくまで学院生でしかない。ここで王族として対応してしまえば矛盾が生じる。
まあお国柄とはいえ帝国の常識が日常のリルクとしては難しいもの、なのでレイドとしても無理に強制するつもりはなく。
「当日は西門からの入場になります。では続いて控え室へとご案内しましょう」
散り散りに舞台の様子を確かめていた一同が再びリルクの先導で移動を開始するも、ふとラタニの足が止まった。
「如何しましたか?」
「……質問なんだけどさ。代表同士の顔合わせは来賓室って予定だよね」
「そうですが……なにか?」
訝しみながらも頷くリルクの返答にラタニは頭をかきつつ西門へと向けた。
「いやなに、予定変更したのかなってさ」
意味深な物言いにアヤトを除いたメンバーが釣られるように視線を向けるも何もなく。
「それとも、そちらさんも急遽下見になったのかな?」
「――ふむ、この距離でも気づくか」
それでもラタニが呼ぶように声を上げれば、答えるような声と共に通路の陰から姿を現すのは紫がかった銀髪を肩近くまで伸ばし、青い瞳には挑戦的な感情を携えた男で。
彫りが深く整った顔立ち、やや細身ながらも鍛えられた体躯を包むのは親善試合に出場する帝国代表が在籍しているガルディス学院の制服。
その男に従うよう続く同世代の男女もまた同じ制服を身に纏い、ゆっくりと歩み寄ってくる。
つまり彼らはこの後顔合わせする予定だった帝国側の代表メンバーで。
「さすが王国最強の精霊術士だけある」
「気づくもなにも、敢えて精霊力を解放したんじゃありませんか?」
先頭を歩く男の賞賛にラタニが苦笑交じりな返答。
解放したなら二〇メル程度の距離でもラタニなら精霊力を感じ取るのは楽勝、しかし口ぶりからすると帝国代表は気づかせるのが狙いだったらしく。
「……なに、あれ」
予定外の場に現れた帝国代表、特に挑発染みた態度と挑戦的な視線を向ける先頭の男にリースは首を傾げる。
「ま、要するに帝国側のアヤトみたいなもんだろ」
ただ外見と代表内の立ち位置から予想すれば、中々にやっかいな相手だとユースは微妙な表情を。
それもそのはず、先頭の男は今回の親善試合で最も実力があり、天才精霊術士と噂される二学生で。
「否定はしない。ただ気づいたのはそちらだけのようだが?」
「一瞬でしたからね。ですがお褒め頂き光栄です、ベルーザ殿下」
ベルーザ=ラグズ=エヴリスト――第二皇子であり、最も次期皇帝に近い男。
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