強さの理由 2
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清掃後、アヤトに連れられたのは序列専用の室内訓練場、つまりロロベリア専用で。
もちろん遊ぶと言っても若い男女で交友を深めるような甘いものではない。
「勝利条件は俺にかすり傷でも負わせればお前の勝ち。ついでに俺は刀のみ、お前は何でもありだ」
コートを脱いだアヤトは鞘に収めた刀を左手に持ち肩に乗せ、対峙するロロベリアも訓練着に着替えて愛剣を用意していた。
つまり遊びと称した模擬戦。ただ昨日と違って互いの得物には刃引きをしていない。
「遠慮は要らん。どうせ当たらんしな」
「……凄い自信ね」
鞘に収めたまま抜く気もないアヤトはまだしも、いくら刀ほど斬ることに特化していないとは言え真剣で掛かってこいだ。
「あなたの勝利条件はなに?」
「世界を守れる強さ、その言葉の撤回といこう」
「…………」
妙な条件に訝しむロロベリアにアヤトは挑発的に笑う。
「テメェが挫折した瞬間、俺の勝ちというのはどうだ」
「……なにを考えてるの」
「さあな。ま、気が乗らんのなら帰っていいぞ。無理して痛い思いをする必要もない」
「まさか……せっかくリベンジできる機会を逃すほどバカではないの」
肩をすくめるアヤトにロロベリアも挑発的な笑みを返し、精霊力を解放した。
「それにこの条件なら――私が勝つ!」
髪と同じく蒼へと変わった瞳に宿る絶対の自信。
強くなりたい理由、世界を守る強さを志す道を。
何があろうと絶対に挫折しない、故にこの勝負にロロベリアの負けはない。
「たいした自信だ」
「あなたほどではないでしょう」
「……先に聞いておく」
いざ勝負とロロベリアは身体を低くするも、寸での所でアヤトから思い出したような問いかけ。
「水の精霊術が扱えるなら治癒術も扱えるな」
四大の中で水は最も攻撃力や防御力が低い。
しかし治療術を始めとした補助能力に優れている。
これは変換術よりも先に習得する基礎の術、なのでロロベリアは頷く。
「もちろん。でもそれがどうかしたの?」
「ちょっとした確認だ」
「……本当に、あなたを理解するのは難しいわ」
「すぐに分かるだろうよ。テメェの身体でな」
「では遠慮なく――っ」
強化された脚力で地を蹴り、一瞬で間合いを詰め躊躇なく剣を振り下ろす。
常人には視認すら許されない動作。しかしアヤトはつまらなさそうに刀を振るう。
ガンッと剣の腹と鞘の交わる音、ロロベリアの剣筋は軌道を変えて地面に突き刺さる。
「まだまだぁ!」
それでもロロベリアは怯むことなく剣を振るうが、やはり昨日を再現するようにアヤトは反らせるなら刀を振るい、反らせなければ身体ごと躱してしまう。
相変わらず不思議でならない。
今もアヤトからは全く精霊力を感じないのに、こちらの動きを完全に視認し、更に上回る反射速度と動きを見せている。
どうやってとの焦りからロロベリアの剣筋が徐々に大振りになり始めたところでアヤトが大きくバックステップ。
追撃しようとロロベリアも前へ飛ぼうとした瞬間、追うべく相手の姿が消えた。
「また――っ」
「もう充分だ」
周囲を確認するより先に、背後から聞こえる声にゾクリとする。
「どうも遊び相手としては物足りんな」
「……ご期待に応えられなくてごめんなさい」
恐る恐る振り返るとアヤトが抜いた刀の切っ先を突きつけていた。
「でも、あなたの遊び相手になれる人って、そうそういないと思うけど」
「まあな。お陰で暇なんだ」
皮肉を自信で返されて内心呆れるロロベリアを他所に、アヤトは小さく息を吐く。
「仕方ねぇ。先ほどのやり合いについて、頭以外でお前の悪いところを上げてみろ」
「頭って……つまり私がバカだと言いたい――」
「さっさと考えろ。それとも考える脳すらないのか」
「……なんなのよ」
突然の侮辱に不満を持ちながらもロロベリアは思考を巡らせる。
「動きに無駄がありすぎる、とか」
「他には」
「他……と言われても」
「目に頼りすぎだ」
追求され言葉を詰まらせるロロベリアにアヤトは刀を肩に乗せた。
「昨日の模擬戦でも、お前の感覚はそれなりに評価できた。なのに目で動きを追いすぎるんだよ」
それはアヤトの初手を防いだことを言っているのか。あの時は目で追うことが出来ず殺気に反応して防御しただけ。
「特に精霊士や精霊術士は相手の精霊力に意識を向け過ぎる。俺のような持たぬ者を相手にそんな対応が通じるわけがないだろ」
「……つまり身体の動きだけでなく、気配にも注意を払えと」
確認するとアヤトは苦笑を浮かべ。
「あくまで基本だがな。野蛮なカンを少しは信じろ」
「せめて野性と言って――っ」
反論する間もなくその姿が消えてしまい、反応するよりも先に脇腹に重い衝撃を受けたロロベリアの身体が吹き飛ばされた。
「俺のありがたい助言を聞いてなかったのか。立て、仕切り直しだ」
床を転がり倒れ込むロロベリアを、いつの間にか横へ移動していたアヤトが冷ややかに見下ろす。
「っあ……く……っ」
痛みを堪えよろよろと立ち上がりながらロロベリアは剣を構えた。
「いきなり……なんて、酷くない」
「もう忘れたのか。戦う相手が武器を教えないように、わざわざこれから攻撃しますと宣言してくれるとでも思ってんのか」
「反論の……余地もないわ」
厳しい物言い、しかし正論だとロロベリアも表情を引き締め集中する。
自然体でこちらを見据えるアヤトから目を離さず、同時に全方位へも意識を向け――
「そこっ!」
やはり何の予備動作もなく姿が消えるも、今度は咄嗟に剣を正面に立てた。
瞬時にガキンと金属のぶつかる音、目の前には刀の峰で斬りつけるアヤトの姿。
動きは見えなかったが忠告通り殺気を追いかけたからこそ成功した防御。
「出来るならさっさとやれ。続けるぞ」
が、喜ぶ間もなくアヤトはバックステップ。
慌ててロロベリアも集中力を高めた。
一〇分後――
「はぁ……っ、はぁ……!」
「たく、序列一〇位さまが情けねぇ」
大の字に倒れ荒い息を吐くロロベリアを呆れるようにアヤトが見下ろしていた。
開始こそ気配を頼りに防ぐことはできたものの常時周囲へ意識を向けることは精神的に負担が大きく、また技術的にも難しいので八割以上直撃。
結果、身体のそこらに筋痣を負ったロロベリアは治療術の確認した理由を身をもって知った。
「だがまあ、それなりにはマシか。明日はもう少し遊べるようになっておけ」
ロロベリアに手を貸すことなくアヤトは刀を鞘に納めてコートを羽織った。
薄情な態度に、しかしロロベリアは不快に思わない。
むしろ何となくらしさを感じて嬉しくなる。
「……どうして私を鍛えてくれるの」
だが、これだけは知りたいとその背に向けて問いかける。
突然始まった遊びと称した模擬戦は間違いなく特訓だ。注意点を師事してくれたり自ら相手をしてくれたりと、まるで強くなりたいロロベリアの夢を叶えてくれているようで。
アヤトには何のメリットもないこの状況をなぜと、ロロベリアは真意を知りたい。
「役に立つかもと思ってな」
立ち止まり、背を向けたまま予想外にもアヤトから返答が。
「お前は世界を守るんだろう? なら試す価値はある」
「……よく分からないのだけど」
ただ曖昧すぎてロロベリアは理解に苦しむ。
「俺がお前の志を利用しているとさえ分かればいい」
「利用って……」
「嫌なら遊び相手を務めなくてもいいぞ。俺もさほど期待してないからな」
結局最後ははぐらかしてアヤトは訓練所を出て行く。
その背中が、姿勢が、早く追いついてこいと言っているようで。
「絶対に……あなたを知るんだから」
倒れたまま、しかし瞳には静かな炎を宿らせロロベリアは誓いを立てた。
◇
翌日からロロベリアは多忙な毎日を過ごす。
朝早くに起きて学食の掃除、終われば午前の授業を受け、昼休みは給仕の仕事、午後は学院の訓練を受けてまた学食の掃除、そしてアヤトとの模擬戦。
模擬戦はアヤトに圧倒されて何度も這いつくばり、疲弊した身体にむち打ち帰宅した後は学院の課題を終えてすぐ眠る。
学院の休養日も関係なく、むしろ日中全てを模擬戦に当てられるので何度も気を失ったほど。
アヤトが課す訓練はとにかく過酷だった。
大怪我をする度に治療術で癒やす必要があるので精霊力の消費も多く、これまでの模擬戦にはない緊張感や、全神経を集中し続けなければならないので一晩休んでも疲労は完全に抜けず寝坊をしてアヤトに怒られたこともあった。逆に課題が間に合わず講師から注意も受けた。
それでもロロベリアは一度も弱音を吐かなかった。
アヤトに追いつきたい、アヤトを知りたいという気持ちと。
少しずつでも、確実に強くなる己を自覚していた故に。
多忙ながらも充実した毎日が一〇日続き――
「……ロロ、帰ったの?」
「ええ。ただいま」
日もすっかり落ちた時間に帰宅し、一息吐いたところで様子を見に来たリースをロロベリアは微笑みながら出迎えた。
それでもリースの表情は優れず心配そうに歩み寄ってくる。
なぜならロロベリアの顔色は悪く、腕や足にも痣を作り満身創痍。
アヤトとの訓練による負傷だとリースは知っていた。
学食の仕事を始めた日から、二人で訓練をするようになったとロロベリアに直接聞いたからだ。
「心配かけてごめんなさい。でも私は大丈夫だから」
何とか安心させたいとロロベリアは笑いかける。
「それに今日はお喋りできるくらいに元気よ。そうだ、久しぶりに外で食事にしようか」
これまでそんな普通のことすら億劫なほど疲れていたことが原因なのだが、それでもロロベリアは明るく振る舞った。
「一緒は嬉しい。でも……これ以上、あいつに関わるとロロが……」
だが効果はなくリースは俯いてしまう。
歯切れの悪い言葉に、どうやら別の心配をしているとロロベリアも理解する。
理解して、心優しい親友の手を強く掴んだ。
「リースは私がしていることは愚かだと思う?」
「思わない。ロロが強く望んでいることなら、それはきっと必要なこと」
「ならいいわ。こうして私を心配してくれて、信じてくれるあなたが居れば私は気にしない。ありがとう、リース」
「……ロロ」
真っ直ぐな気持ちをぶつけ、納得いかないながらもリースは頷く。
今はそれでいいとロロベリアは両手を合わせた。
「じゃあ食事にしましょう。早くしないと食堂が終わってしまうわ」
「うん」
二人が向かったのは住居近くの学院生向けに経営している食堂。ギリギリの時間からか人もまばらで、ロロベリアが来るなり食事をしていた学院生の視線が一斉に集まる。
入学して異例の序列入りを果たしたロロベリアは、その名誉に恥じぬ実力で憧れと羨望の眼差しを向けられていた。
なのに今は失望と嘲り、学院内でロロベリアの立場は失墜している。
精霊術士がただの調理師に敗北。
しかも小間使いとして学食で働くようになり、終われば毎日のように二人きりで過ごすようになった。
まさか訓練しているとは知らず、同時期から不調となればあらぬ憶測も飛び交い始めた。
負けた相手にうつつを抜かし、精霊術士としてのプライドはないのかとの陰口、更には序列からを排除すべきとまでの声も上がっているらしい。
アヤトの実力を知らぬ者が悪評を広めるのはまだ分かる。あの戦いを見ていなければロロベリアの油断を考慮した上で敗北したと思うだろう。
だがその噂を広めたのは同じ一学生。あの模擬戦を見ていた者だ。
リースはアヤトが嫌いだ。
それでもあの実力が本物と認めている。
なのに精霊術士が負けたと認めたくない、ならばロロベリアを悪くすることで己の地位を守りたいのか。
どちらにせよこの状況をリースは許せなく、ウワサに流されている連中も目障りで――
「言いたい人には言わせておけばいいの」
無意識に殺意を振りまいていたのかロロベリアが優しく背中を撫でる。
「それに食事は楽しく、でしょ?」
「……わかった」
ここまで言われては仕方がないと、リースは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「ならよし。どうせ課題を終わらせてないんでしょう? 早く食べて一緒にやりましょう」
「それはわかりたくない」
口をもごらせるリースに微笑みかけ、ロロベリアは食事を受けとりにカウンターへと向かう。
途中、横切る学院生の目も、陰口も歯牙にかけず。
なにも間違ったことをしていない、信じる道を突き進んでいるなら恥じる必要はない。無理に理解してもらう必要もない。
この気高き心の強さがロロベリアの魅力。
それが分からない愚かな連中など今は無視しておけばいい。
それよりも親友として何を重視するべきか、もうリースは分かっていた。
ロロベリアの心を、笑顔を曇らせないこと。
その為に出来ることなど一つしかない。
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