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白き大英雄と白銀の守護者  作者: 澤中雅
外伝 はじまりの物語
119/785

シロ 後編

遅くなってすみませんでした!

アクセスありがとうございます!



 マリアに間違いを正され、指摘をされてロロベリアは初めて自分の気持ちと向き合った。


 最初の印象はあまり良くなかった。

 アヤトの最初のおまじないは嘘だから。

 感情の備わっていない瞳や向ける笑顔が嘘のように見えたから。

 自分と仲良くしたくないと思えたから。


 それでも家族なんだから、仲良くなりたい――この家族という部分を抜きにして。


 改めてアヤトと仲良くなりたいかを自分に問いかけると、迷う事なく肯定する自分がいた。

 そして改めて自分の気持ちと向き合ったことで、仲良くなりたい理由も簡単に気づけた。

 故に早く仲良くなって、向けて欲しい。

 なぜそう思うのかまでは分からない、でもそう思えてしまうからとの気持ちのまま。

 まだ教会へ来て日が浅いアヤトはロロベリアを含めた子供やシスターの寝室がある二階ではなく、一階にある神父の寝室で共に就寝している。

 なので階段を下りて一階へ、そのまま――


「ロロベリアさん?」

「……あ」


 神父の寝室に向かう前に廊下でアヤトと出会した。

 なぜ寝室に居ないのか、トイレだろうか――と戸惑うより先に、相変わらず嘘の笑顔を浮かべたままで、感情の備わっていない瞳で自分を見ているアヤトに詰め寄った。


「わたしは家族だからアヤトにさん付けで呼んで欲しくないわけじゃないの!」


 もちろんマリアに正されたように、今までのように間違ったままではなく。

 変わらずさん付けをされても、苛立つよりも自分の気持ちが伝わるよう努力を始めた。


「仲良しになりたいから、他人行儀は嫌だからわたしはアヤトって呼ぶんだよ? だからアヤトにもロロベリアって呼んで欲しいんだよ?」


 ただ良くも悪くも真っ直ぐが故に、考えよりも感情のまま、思い浮かぶままの言葉を口にする。


「それでね、わたしは教会の前に捨てられてたんだって!」


 更に自分の出生に不幸と感じたことが一度もないからこそ、本来は不幸なはずの事実も幸せそうな笑顔で口にしてしまう。

 純粋に、アヤトに自分を知って欲しい気持ちのまま。

 捨て子という事実を知ってからも、たくさんの家族と暮らした時間は楽しそうに、独り立ちしてお別れしたときの話は寂しそうに、でも希に手紙をくれたときの嬉しさ、会いに来てくれたときの喜びを表情と共に伝わるよう一生懸命に。


「神父さまはいつも厳しくて難しい顔をしてるけどね、わたしが熱を出したときはずっと手を握ってくれて看病してくれたの!」


 更には自分だけでなくアヤトにとって新しい家族についても。


「シスターはいつも優しくニコニコしてるけど、怒ると悪魔よりも怖くてわたしがイタズラをしたときは反省しなさいって一晩中物置部屋に入れられたの!」


 まだアヤトが知らない良いところだけでなくちょっと怖い一面もをいっぱい知ってもらいたくて。

 後で知らなかったと怒られないように、ただただ自分と同じように幸せだな、温かだなと感じて欲しくて。


「お姉ちゃんは――」


「……あの」


 休むことなくひたすら語り続けているとか細い声が遮った。


「どうしてぼくに、このような話を?」


 言葉通りに困惑した表情で、どこか申し訳ない声音でアヤトが質問を。

 これまで笑顔を絶やさずとも瞳に感情が備わっていなく、丁寧な口調でも抑揚のない声音だったアヤトが見せた初めての感情。

 しかし夢中になりすぎていたロロベリアは気づくことなく慌てて首をぶんぶん振った。


「違うんだよ? わたしはアヤトを困らせたいんじゃなくて、仲良くしたいからで」


 お喋りをして仲良くなろうとしていたのに、一方的に喋りすぎて困らせていると勘違いを。

 そこを間違えたと改めて自分の目的を伝えた。


「アヤトのことも知りたくて、わたしのことを知ってもらいたくて」


 一方的に知って欲しいのではなく、知りたい気持ちを。

 お互いを知ることで仲良くなりたい気持ちのまま。


「だからアヤトも教えて? わたしが知らない、アヤトのこと――()()()()()()()()()()()()も」


 無邪気な笑顔で、無邪気な望みを口にしてしまった。

 ロロベリアもアヤトがなぜ教会ここへ来たのか聞いているにも関わらず、本来ならタブーとも言える内容を、死んだ両親について話して欲しいと。

 アヤトの笑顔、対応で神父らも察していたからこそ下手に歩み寄れず、時間が癒やしてくれるのを待つしかなかった。

 もちろんこれまでアヤトのように引き取られた誰もが大切な誰かを失った、または孤独に苛まれて同じような状態から始まったが、その誰もが荒んでいたり悲しんでいたりと言ってしまえば負の感情を露わにしていて。

 しかしアヤトは負の感情を見せず、貼り付けたような笑顔でも向けていたが故にロロベリアは気づいていなかった。


 アヤトが周囲に体裁を取り繕うのも現実から目を背け続けている逃げの方法でしなかく、両親の死による悲しみから心を閉ざすことで、自分の心を守っているのを。

 

 そんな危うい状態のアヤトに、心を閉ざした原因について、しかも笑顔で問いかけるのは無神経でしかなく。

 ロロベリアの良くも悪くも真っ直ぐな魅力が、ここに来て悪い方へ出てしまった。

 無邪気は時として悪意なき邪になる、故にこれまで表面上は笑顔を取り繕っていても心の内は危うい状態のアヤトにとってこれほどの残酷な問いかけはなく。

 ロロベリアの無邪気な笑顔を、無邪気な望みを前に取り繕っていた笑顔が徐々に歪んでいき――


「……だよ」

「え?」


「お前……なんなんだよっ!」


 怒声を張り上げると同時にロロベリアを見据えるアヤトの漆黒の瞳に、憎しみの炎が宿った。


「うるせぇんだよ! 黙って聞いてりゃべらべら勝手なことばっかり! ぼくと仲良くなりたいから父さんや母さんの話をしろ? ふざけんな!」


 続けてお返しと言わんばかりにまくし立てる。


「それとも自分が捨て子だから分からないだけかっ? だから無神経に父さんと母さんのことが聞けるのかっ? 知らないから分からないのかっ? 笑顔で脳天気に良く聞けるな!」


 露わにした感情のまま、思いつくまま、脈絡のない言葉をひたすらに。


「父さんと母さんが帰ってこなくて……ぼくがどれだけ辛かったか……っ。もう会えなくなってどれだけ悲しかったか……っ。それでも必死に……心配させないように頑張ってたのに……それを、それを……笑いながら……誰がお前なんかと仲良くなるか!」


 ただロロベリアを完全に拒絶しているのは充分伝わる。

 怒り、憎しみ、恨みが混ざった負の感情をこれまで強く向けられたことはロロベリアは一度もない。

 血走った瞳で睨まれ、殺意さえ感じる忿怒の形相を見たことは一度もない。

 故に恐怖から怯え、泣いて、逃げ出してアヤトとの繋がりは完全に途絶えるだろう。

 または間違いに気づき謝罪をして、謝るなら最初から関わるなと結局は完全にアヤトから拒絶されただろう。


 しかしここに来て、良くも悪くも真っ直ぐなロロベリアの魅力が良い方へ出た。


 威嚇するように荒い息を吐き、激しい負の感情を向けるアヤトに対し、ロロベリアは怯むどころか睨み返し――


「じゃあ辛いって言ってくれないとわかんないよ! 嘘の笑顔じゃなくて悲しいって顔してないとわかんないよ!」


 負けじと声を張り上げ反論した。


「わたしはアヤトじゃないもん! アヤトのことはアヤトにしか分からないんだから、伝えてくれないとわからないんだよっ?」


 ただ向ける感情は怒りではなく、純粋な思いから。


「お父さんとお母さんが帰ってこなくて、会えなくて辛いなら、悲しいなら嘘でも笑顔になっちゃだめだよ! じゃないと辛くて悲しい気持ちも嘘になっちゃんだよっ?」


 屁理屈でも間違いを正したい。

 マリアのように、これまで家族みんなが自分にしてくれたように。


「それにわかってあげたいから聞いたんだよっ? わたしはお父さんとお母さんが帰ってこないとか、会えなくなったとか分からないけど……でも! 家族が帰ってこないとか、会えなくなったとかなら想像しただけでも辛いし悲しいのはわかるもん!」


 厳しい言葉を交えても自分がアヤトを大切に思う気持ちを一所懸命伝える。


「気づいてあげられなかったのはごめんなさい! でもアヤトも嘘の笑顔してるのが悪いんだからね!」


 故にお手本を示し続ける。

 間違ったなら、悪いことをしたらごめんなさい、ロロベリアが教わった大切なことを。


「ただもうわかるでしょっ? わたしたちはお互いのことを全然知らないから間違っちゃったんだよっ? だからこれから間違わないように……わたしはアヤトを、アヤトはわたしをもっと知るためにお喋りしたいの!」


 そしてなぜお互いが間違ったのか、どう正せば良いかをロロベリアなりの答えを必死に。

 

「なんでお前なんかとお喋りしないといけないんだよ!」


 もちろんアヤトは反論する。

 拒絶した相手と関わりたくない気持ちを露わに。


「言ったでしょ! わたしはアヤトと仲良くなりたいの!」


「俺は仲良くしたくないって言ったよな!」


「でも仲良くなりたいの!」


「どうして仲良くなりたいんだよ!」


 それでも歩み寄ろうとするロロベリアが理解不能で叫び続けるアヤトだったが――


「仲良くなれば嘘じゃない笑顔を向けてくれるからに決まってるよ!」


「…………っ」


 更に理解不能な理由を叫ばれ、初めて怯んだ。

 嘘じゃない笑顔を向けてくれる?

 だから仲良くなりたい?


「なん……だよ、それ」


 反すうしても意味が分からず、素で返してしまうがロロベリアは止まらない。


「わかんないよ! わかんないけど見たいの! わたしはアヤトの嘘じゃない本当の笑顔が見たいの!」


「わかんないなら……良いだろ」


「良くない! わたしはずっとアヤトの嘘じゃない本当の笑顔が見たいの!」


「わがままだな……お前」


「わがままでもいい……だからアヤトもわがままになって」


「なんだよそれ……意味わかんない」


「わからないからお喋りしよ? わかるまでいっぱい」


 何を言っても屁理屈で返して。

 意味が分からないことばかり口にして。

 怒ったと思えば謝って。

 何が何でも諦めない。

 諦めない理由が嘘じゃない笑顔が見たいから。

 そんな自分にとって何の得にもならない理由で必死になっている。


「父さんと母さんの話したら……泣くぞ」

「いいよ」

「笑顔が見たいのにか?」

「笑顔が見たくても」

「……なんで」

「なんでなんでってアヤトは質問が多いよ。わかんないの?」

「わかんないから聞いてんの」


 投げやりな返しにもロロベリアは真剣な表情で。


「だってお父さんとお母さんが大好きなのは本当だから、会えなくなっちゃったなら泣いちゃうのは仕方ないもん。でもわたしはアヤトの大好きな人のことも知りたいから笑顔じゃなくてもいい。ただね、最後は笑顔になろう? じゃないと天国にいるお父さんとお母さんが心配しちゃうから、自分たちのお話をする度にアヤトが泣いちゃうと悲しくなるから」


 やはり独自の解釈を一生懸命に語り続ける。


「もちろんわたしもお手伝いするからね。なにをお手伝いすればアヤトが笑顔になるかわかんないけど……でも、もし泣いちゃったらいい子いい子してあげる。アヤトが悲しくならないように、寂しくないように。天国のお父さんとお母さんが心配しないように、アヤトは一人じゃないよ、わたしがずっと一緒にいるよって」


 それがおかしくて、バカバカしくて。

 これ以上の意固地は無意味と悟り、力が抜けたようにアヤトは床にへたり込む。


「父さんは……厳しくて、でも優しくて……母さんは優しくて……でも……厳しくて……」


 ロロベリアは同情や励ましではなく、自分の願望を押しつけてきた。

 しかも理由は分からない、でも笑顔が見たいから。

 ここまで無茶苦茶な、しかし嘘偽りない真っ直ぐな気持ちをぶつけられてはいっそ清々しくて。 

 少なくとも彼女の願いを叶えてあげたいと思えた。


「それでぼくの名前……も……母さんが……」


 故に失ってから初めて語り始めるも、やはり両親の思い出から悲しみや寂しさが溢れてボロボロと涙がこぼれる。


「ゆっくりで良いからね」


 すると約束通りロロベリアが抱きしめてくれて。


「大丈夫、わたしはずっとアヤトと一緒にいるから。ゆっくりお喋りしてもいいからね……いい子、いい子」


 悲しくならないように、寂しくならないように、頭を撫でてくれる。

 自分の出来ることを一生懸命に。

 この子は本当に、ずっと一緒にいてくれるんだと安心できて。

 温もりに身を委ねていたアヤトはこれまで我慢してきた何かが切れたように。


「ひっく……う、うわぁぁぁぁぁぁ――ん」


 ロロベリアの衣服をぎゅっと掴み、わき上がるままの悲しみをぶつけた。


「いい子、いい子」


 アヤトの悲しみを全て受け止めるように、ロロベリアはいつまでも頭を撫で続けていた。


 ――のだが


「なんでぇぇぇ――っ!」


 その後、ロロベリアは物置部屋で絶叫していた。

 というのも大泣きしたアヤトはそのまま疲れ果てて眠ってしまい、同時に姿を現した神父が彼を抱きかかえ、シスターは有無も言わさずロロベリアを担ぎ上げるとそのまま物置部屋に押し込んでしまったのだが。


「わたしイタズラしてないよっ? なんでっ?」

 反省するような行いをしてないだけに抗議するのは当然で。


『悪魔よりも怖い私は反省しなさいと言いましょう』

「…………」


 しかしドア向こうから理由にもなっていない返答に硬直。


『とにかくです。夜中に騒いだ罰としてそこで反省していなさい』

「……はい」


 更に柔らかな声音なのに背筋が凍る冷たさを感じてロロベリアは素直に従うしかなく、早々に諦めて窓から差し込む月明かりを頼りに保管されている荷物を漁る。

 今は水精霊の中頃、暖のない部屋で一晩明かせば寒さで凍え死ぬと取り出した毛布を二枚重ねで身を包み、ふて腐れるようにごろんと床に寝そべった。


「……アヤト」


 思い返すのはやはりアヤトについて。

 これまで嘘の笑顔を向けていたアヤトがたくさんの本物の表情を見せてくれたが、結局望んでいた本物の笑顔は見れないまま。

 それでもこれからもずっと一緒にいるならチャンスはあると。

 アヤトの涙で湿った衣服が、不思議と身を包む毛布よりも温かく。


「また……明日ね」


 心地よさから目を閉じた。


 ◇


「……うにゅ? あさ……?」


 次に目を開ければ光を感じてロロベリアは反射的に目をこする。


「まだ夜だよ」

「ふえ?」


 すると訂正する声が聞こえて視線を向ければ精霊器のランプを手にしたアヤトが居て。


「……なんで?」


 神父と共に寝室にいるはずなのにと身体を起こすロロベリアの隣りにアヤトは床にランプを置いて腰を下ろす。


「……ぼくも騒いだから反省しに」


 ロロベリアの視線にアヤトは教えてくれる。

 目を覚ました際、廊下ではなくベッドの上で、神父から事情とロロベリアの処遇を聞いてならば自分も罰を受けるべきと訴えた。


「それと……」

「それと?」


「…………お喋りしたいって、言ってたから」


 恥ずかしげなアヤトに対し、ロロベリアの表情が綻ぶ。

 仲良くなりたいからお喋りしたいとの訴えに応えてくれるのなら、アヤトも自分と仲良くなりたい意思があるから。喜ばないハズがなく。

 ちなみに別の理由でシスターが押し込んだのを神父は理解しているも感情を失い、心を閉ざしていたアヤトが自ら誰かに関わろうとする意思を読み取り快く見送ってくれたのだが。


「うん、お喋りしよ!」

「眠くないの?」

「お喋りの方が大事」

「……そっか」


 あれだけ拒絶し続けていた手前、今さらな申し出に心配していたがロロベリアが受け入れてくれてアヤトも安心して胸をなで下ろすも。


「…………」

「…………」


 乗り気なのに何も聞いてこないロロベリアに再び心配が。

 まあロロベリアはただアヤトが歩み寄ってくれた嬉しさと何からお話ししようと一人盛り上がっているだけなのだがそれはさておき。


「そういえば……ロロベリアさんの髪って真っ白だけど」


 二人でランプの灯りを見つめつつアヤトは沈黙が苦痛で、結果今さらながら彼女の特徴を持ちだした。


「これ? 生まれつきなんだ」

「……珍しいね」

「アヤトもだよ。わたし黒髪初めて見た。それよりもさんは……じゃなくて」


 これまで何度も繰り返した注意をしかけたロロベリアが首を振る。


「お姉ちゃんにね、呼び捨てが仲良しな証拠でもないって言われたから。アヤトはどうなのかなって」

「ぼくは……呼び捨てよりも愛称の方が仲良く感じるかも」

「特別?」


 視線を向けるロロベリアの青い瞳をアヤトは黒い瞳で見つめ返して頷く。


「愛称って他の人とは違う、お互いの特別って感じがしない? その……ぼくの父さんと母さんが、二人だけの特別な呼び方……してて」


 やはり思い出すだけでも胸が痛み、視界がぼやける。

 それでもロロベリアには大切な両親のお話がしたくて、勇気を出して話題を上げたのだが――


「じゃあわたしたちも愛称で呼び合おうよ!」

「なんでそうなるの……?」


 アヤトの心情も知ったことかと、相変わらずな無邪気さと突然の提案をしてくるロロベリアに悲しみよりも呆れてしまい。


「二人だけの特別な呼び方って素敵じゃない? それにわたしとアヤトは特別だもん」

「……え?」

「だってわたしたちは唯一の同い年の家族だもん。お姉ちゃんたちより特別でしょ?」

「ああ……うん、そうだね」


 無粋な理由にアヤトが肩を落とすもロロベリアは気づくことなく。


「じゃあどんな愛称にする?」

「えっとね……アヤトも珍しい髪の色だから、クロでどう?」


 同意を得てうきうきと思考を巡らせ、思いついたのは何とも単純な愛称で。

 どうかなと見つめるアヤトは小さく息を吐き――


「……ぼくがクロならキミはシロだよ」


 お返しと言わんばかりな愛称を口にした。

 同時に柔らかな笑顔を向けていて。


(……あ)


 望んでいたアヤトの嘘ではない本物の笑顔を目の当たりにしたロロベリアは喜びよりも胸の高鳴りを感じた。

 初めて感じる言い表しようのない不思議な温もり。

 それが何なのかは幼いロロベリアには理解できず。

 ただどうして自分がアヤトの笑顔に拘っていたのか、胸の高鳴りで少しだけ理解できた。



 アヤトの笑顔は他とは違う、幸せを感じさせてくれると心が気づいていたのかも――


 ◇


「つまりロロちゃんは一目惚れだったと」

「……はい、恐らくですがそうかと」


 昔語りを聞いたラタニの簡潔な感想にロロベリアは俯きがちに認めた。

 二人が居るのは船内にあるラタニの部屋、現在は帝国に向かっている最中で。

 帝国までは丸一日の船旅で移動中は特に予定もなく自由な時間、まああくまで学院生のみでラタニらは帝国との会合や親善試合に向けて話し合いなどもあるがずっとでもない。

 ならばと事前にロロベリアが事前にお願いして時間を空けてもらい、夕食後に二人きりのティータイムが叶った。

 というのもラタニとは懇意にさせてもらっているが主に訓練ばかりで私的な時間はあまりなく、往路中を利用して一度ゆっくり話をしたかったからで。

 もちろん内容はアヤトについて。

 彼から少しだけ空白の四年について話してもらったが本当に少しだけ、旅に出るまでの二年間の暮らしやどのような訓練をしていたかは何も知らない。故に時間があればラタニから色々聞いてみたかった。

 このお願いにラタニは二つ返事で了承、ただ『未来の妹と恋バナ楽しみだ』との妙な勘違いには気恥ずかしく、なぜかまず自分とアヤトとの出会いについて話すことになったが。


「でもいい話聞けたねぇ。子供のロロちゃんは随分と押しが強いというか……どうして今は消極的なんか……お姉ちゃんはがっかりさね!」

「怒られましても! それに押しというか……ただ空気が読めないだけで……」

「確かに。いくら子供でも配慮なさ過ぎなイタイ子だわ」

「反省してるので……許してください」


 ラタニは攻めると言うより面白がっているも、ロロベリアは幼い自分の行動に肩を落としてしまう。

 相手の心の傷を抉るような発言、しかも怒るアヤトに逆ギレ、更には意味不明な物言いばかりのわがまま放題。

 結果的に良くも悪くも当時の無邪気さがアヤトを救ったと後に神父が褒めてくれたが、一歩間違えれば完全に拒絶されるか更なる心の傷を増やしていただろう。

 改めて自分の行動を思い出してロロベリアは反省と呆ればかりが募る。


 だが昔語りを聞いたラタニは感謝してならない。


 自分の知るアヤトとロロベリアの知るアヤト、言わば実験体にされてしまう前と後では性格や雰囲気が随分と違う。


 この違いはやはり今のアヤトにロロベリアの――シロの記憶が()()()()か。


 両親を亡くたことで心を閉ざし、感情を抑制し続けていたならいつか周囲全てを拒絶し壊れていただろう。

 だがロロベリアと出会い、彼女が強引に閉ざした心を引き出したことで本来の自分、恐らく穏やかで人当たりの良い性格を取り戻した。

 しかしこの記憶を失っただけでなく、非合法な施設で過ごした濃密な時間は残されたことで今の捻くれたアヤトになった。


 いや、この程度の違いで済んだと言っても良いだろう。


 何故なら前後の違いはあれどラタニが出会った当時からアヤトは捻くれていても相手を思いやる優しい心根は残されていた。

 本人がクソみたいな時間と皮肉っていたように、もっと人としての感情を失い、人道を踏み外す性格になっていたはずで。

 もしそんなアヤトならラタニも気に入らず、引き取ろうとすらしなかっただろう。

 むしろそれ以前の問題か。

 ロロベリアの記憶を失ってもアヤトはずっと心のどこかにわだかまりを抱いていた。悪く言えば何かに囚われていた。

 故に訓練を申し出た際も何かを守るような口ぶりで、本人すら何を守りたいかが分かっていなかった。


 このわだかまりこそ、神との取り引きで失ったはずのロロベリアの存在。


 そして記憶を失っても尚、わだかまりとして残るほどに大切な存在だったからこそ非合法な施設で二年近く過ごしても壊れることなく生き続けることができた。

 ロロベリアとの約束を守るため、また会うんだとの強い気持ちで耐え続けたのか。

 つまり施設に囚われるまでにロロベリアと出会わなければ。

 そもそもロロベリアがロロベリアでなければ。


 他の犠牲者と同じようにアヤトも実験に耐えきれず完全に壊された――死んでいたと考えても大げさではないだろう。


 故にラタニは感謝する。

 出会ってくれたことに、ロロベリアがロロベリアでいてくれたことに。

 お陰で再びロロベリアと出会ったことでアヤトは少しずつ失った時間を取り戻しつつある。学院生との交流が良い例だ。


 学院に呼ぶ前のアヤトならあまり人に興味を抱かず必要以上に関わらなかった。

 しかしロロベリアを切っ掛けにリース、ユース、序列メンバーと少しずつ交流を持ち始めた。

 個人指導での光景など、実のところラタニは嬉しくて仕方がなかった。

 指導でもアヤトが同世代との時間を共有し、悪態を吐きつつも相手をそれなりでも認めて。相手もまたアヤトを認めてくれて。

 どんな形でもわかり合う様子は姉代わりとして嬉しいのは当然で。

 なにより自分が憎ったらしくも最高に楽しい家族アヤトとの時間を過ごせているのだから。


「それでその……そろそろアーメリさまの――」

「お姉ちゃんね」

「……お姉ちゃんのお話を……アヤトと過ごした時間を教えてもらえないでしょうか」


 ただ感謝は伝えずラタニは申し訳なさそうにしつつも早く早くとせがんだ瞳を向けるロロベリアに微笑むのみ。

 俯瞰的に予測が立てられるからか。それとも本人が鈍感なのか。

 自分がどれほど過去と現在のアヤトにとって大きな存在かロロベリアは全く気づいていない。

 ならば敢えて伝えない方が良いだろう。

 今が順調なら変に意識させるよりも、このままのロロベリアの方が恐らくアヤトにとって心地良いはずで。

 また教えなくてもロロベリアなら関係なく、更に嬉しい成長を促してくれるとの期待感がある。

 

「ほいほい。つっても簡潔になるけど良いかね? あたしがベラベラ話すとアヤトが怒るしねん」

「……私は根掘り葉掘り聞かれたのに」

「それはアヤトじゃなくてクロちゃんのお話しだから。いや、クロちゃんになる前のアヤトか? ややこしいねぇ……。とにかく時間もないし、今回は簡潔なお話しで許してちょ」

「次の機会は私も根掘り葉掘り聞きますよ?」

「怒られる覚悟でりょーかい。んじゃまずは、あたしとアヤトの出会いだけど――」


 故に今はロロベリアの望む昔語りを始めるのだった。



 

読んで頂ければ分かるように、この前後編は第四章から第五章へのプロローグ的なお話しです。

それはさておきこの前後編でアヤトの雰囲気がクロ時代と違うこと、シロ――つまりロロベリアの存在がどれだけ大きなものか分かって頂けたかと思います。

またラタニがロロベリアに語った内容はこの外伝と同じレベルのもの、つまりラタニの切り札などは知らぬまま。そちらは以前書いたように後ほどみなさまと一緒にロロベリアも知ることになるかと。

ただアヤトが旅に出てからの二年間は描かないと書きましたが、二人がシロとクロになり、お別れまでの一年間はどこかの機会で描きたいと思います。

シスターやマリアなど作者的に気に入っているので今回限りも寂しい……結末が結末だけにもの悲しくなるかも知れませんが。

そして今度こそ外伝も一先ず終了、次回更新からはいよいよ第五章開始!

本当に不定期更新で、毎回お待たせしてばかりで申し訳ありません。

それでもみなさまに少しでも面白い作品を読んで頂けるよう作者は必死に執筆を続けておりますので見捨てず、最後まで今作をよろしくお願いします!


では次回更新から始まる第五章『帝国の英雄編』をお楽しみに!


そしてみなさまにお願いと感謝を。

少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ! 一つでも構いませんので(もちろんひとつでも多く欲しいです!)是非今作にポイントを!

また感想、誤字報告などもぜひ!

作者のテンションがめちゃ上がります!

みなさまの応援が作者の燃料でありご褒美です!

読んでいただき、ありがとうございました!

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