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セイーグでの暮らしが始まった際、アヤトから強くなるために訓練を願われたラタニは条件を付けた。
それは神との契約で手に入れた時間を操る能力を封印すること。
既にマヤ――クロノフから代償として運命を削ると聞いている。しかもどれほどの比率か分からないが故に、使わせたくないと思うのは当然で。
ただアヤトからは、だからこそ強くなるべきだと諭された。もし危機的状況に陥れば生き延びる僅かな可能性に賭けて使う。しかし自身が強くなればその状況事態を回避できる。
能力に頼らない程の強さを得られれば良い。この正論にラタニは反論できず、またこの考えなら無闇に使わないだろうと受け入れた。
使わせないのではなく、使う必要をなくす強さを手に入れる為ならと了承した。
以降、アヤトは驚異的な速度で成長した。
副作用という理不尽な形で手に入れた力を最大限活かすべく模索し続け、様々な経験や知識を吸収し続けて。
その努力が報われ僅か二年でカナリアら才ある精霊術士だけでなく、王国最強の精霊騎士をも超える強さを手に入れた。
なのにアヤトは満足せず、更なる高みを目指すべく武者修行の旅に出たいと言い出した。
しかも王国内のみならず帝国、教国と言った他国も視野に入れた旅。
旅には危険が付きものでも、実力も知識も充分備わっているならさほど心配する事もなく了承できた。
それでも全てを知るラタニには懸念がある。
アヤトは強い、しかしその強さは一対一に特化したもの。
また他国にはどんな強者が、危険があるかも未知数となれば能力を使わざる得ない状況に陥る可能性がある。
ただ送り出したい気持ちもあった。
不遇な運命に振り回されても腐らず、自暴自棄にならず、他者を労る優しさを忘れず成長したのなら自由な道を選ばせても罰は当たらない。
弟のように思うなら自分から巣立とうとする前向きな気持ちも尊重したい。
故にラタニはこの申し出に葛藤した。
そして少しでも自分の懸念を払拭したいと条件を出した。
『あんたが旅に出ても大丈夫って、あたしを納得させられたら良いよん』
自分の心配をねじ伏せてほしい――要は死なずに帰ってくるだけの証を示せという苦肉の条件。
「……まさかこんなに早く挑んでくるとはね~。あんたはどんだけせっかちさんなんよ」
「時間の浪費は好まんからな」
「わお、まるでカナちゃんみたいなこと言うねぇ」
いくらアヤトでも僅か数日で納得させられるだけの強さは示せない。
もし可能ならまさにバケモノ、快く見送れると複雑な気持ちで。
同時に確証のない自信を持たないアヤトが挑んでくるなら何か奇策を用意していると警戒して。
「なら速効で終わらせてあげようか」
数日前のアヤトなら本気を出さなくても充分圧倒できるが、奇策を警戒するからこそ本
気で叩きつぶすとラタニは精霊力を解放。
「それは俺の台詞だ」
「――――っ」
するなり目を見開く。
何故ならアヤトの闇のような黒髪が右前髪一房を残し。
同じく闇のような黒い瞳の左側が。
煌めきを帯びた白銀へと変わっていた。
自分と同じように、まるで精霊力を解放した精霊術士のような突然の変化。
しかも四大のどれでもない白銀色。
この変化はいったい何だと思考を巡らせるより先に――
「終わりだな」
いつの間にか片刃剣の切っ先を首に添えられていた。
まさに一瞬の出来事、反応すら出来ずに距離を詰められたことにラタニは再び混乱する。
アヤトの移動速度は下手な精霊騎士よりも速く、神経の異常発達と初動なく最高速に達する驚異的な技術で消えたように錯覚してしまう。
それでもラタニの強化した動体視力なら別、例え虚を衝かれたとしても見失うハズがない。
そもそもこの変化は何なのか。精霊力を解放した精霊術士のような――
「まさか……神気ってやつかい」
自問自答している中、ある可能性を導き出してラタニは問いかける。
神との契約で手に入れた時間を操る能力と同時に、神気という神の力を宿しているとは聞いていた。
ただそれはクロノフとの繋がりを示すもの。精霊力のように扱えるとは聞いていない。
「さすがラタニさま、正解です」
自ら導き出した可能性を否定的に考察しているとアヤトではなく、顕現したマヤから肯定が。
「兄様はわたくしとの繋がりで宿した神気を我が物とし、擬神化という現象を可能としたんですよ」
「所詮は借り物だ、俺のでもねぇが……ま、偽の神には相応しい現象だろう」
「せっかくの賞賛を皮肉で返すのもまた兄様ですね。とにかくわたくしも驚きました。まさか人間ごときが神気を感じ取るだけでなく、扱えるとは思っていませんでしたので」
「テメェの内にある奇妙な力だ。要は精霊士が精霊力という奇妙な力を感じ取る感覚と似たようなものだからな」
「前例があるとはいえ、その感覚を応用し未知の力をわずか二年足らずで感じ取るのは簡単とは思えませんが。それを何でも無いと口にする辺り、本当に興味深いですわ」
「そりゃどうも」
マヤの視線をさらりと交わしアヤトは片刃剣を鞘に納める中、ラタニもようやく理解する。
アヤトは訓練を始めてすぐ精霊力や精霊学について書物で調べるだけでなく、自分やカナリアへも頻りに質問していた。
解放や解除の感覚について。
精霊力を感じ方について。
精霊術を扱う感覚について。
書物では調べられない実体験を。知識欲が旺盛なのと相手を知るからこそ見えてくる物があるとの理由だったが、それだけれはなかった。
最初から神気を扱えないか考察していたのだ。
マヤから精霊力のように扱えない、ましてや人間ごときが感じることすら不可能との忠告を受けても鵜呑みにせず、強くなる可能性があるのなら試してみようと。
確かに簡単な話ではない。
感じ取ることすら出来ない状態から精霊力という別の力の知識や感覚を応用し、前例のない力を手に入れたことも。
最初から不可能と断言された力を二年という時間も諦めず挑戦し続けた胆力も。
契約で安易に得た時間を操る能力よりも、不可能と言われた神気を自らの試行錯誤でモノにしたのだ。
まさに神が賞賛するに値する奇跡の力。
天才と呼ぶには生ぬるいほどの成果を目の当たりにしたからこそ、ラタニは確認したい事がある。
「マヤちゃんに質問があんだけど」
「なんでしょう?」
「擬神化って現象にはどんな恩恵があるんでしょうか?」
まさか見た目の変化だけではないだろう。
精霊士が精霊力を解放すれば身体能力が強化される。
精霊術士が解放すれば精霊術を扱える。
加えて先ほどの立ち合い、ならばある可能性に期待するのは当然で。
「それなりにですが兄様の身体能力は上がります。人間が扱える神気など所詮は塩粒程度ですから、せいぜい平均的な精霊士の半分あれば良い方でしょうか」
塩粒程度でもその上昇率があるのは神の恩恵と言うべきか。
元々の身体能力が精霊士なみのアヤトにそれだけの上昇率があれば自分を上回る。なら見失うのは当然で。
だが他の可能性がある。
アヤトの変化は精霊術士寄り、偽物とはいえ神の領域に近づいたのだ。身体強化だけなはずがない。
つまり擬神化したことで時間を操る能力を対価なく使用できるか否か。
先ほどの動きも強化された身体能力が理由でなく、時間を止めたことで見失ったように見えたとも捉えられるからで。
模擬戦ごときで自身の運命を削るような選択をアヤトがするはずない。
それでも使用したなら希望が持てる。
「後は……そうですね」
ラタニの期待感を煽るようにマヤは指を顎に当ててわざとらしい仕草で焦らしてくる。
この仕草でほぼ確定、それでも神のお墨付きが得られるまで希望はない。
なぜなら神はとても意地悪なのだ。マヤに然り、想像上の神に然り。
これまでの人生で知るからこそラタニは我慢強く言葉を待つ。
「強いて言えばわたくしと契約した時点で対価はあれど兄様はわたくしの力を扱えるのですが、擬神化の状態であればその対価をある程度は神気で補えるかと」
「……ある程度?」
待って、やはり半端な希望を提示された。
「所詮は偽物、完全に扱うのは不可能ですからね。なので人間として扱うより対価は少なくて済む、というのが妥当でしょう。そもそも兄様の時間にどれほどの価値があるのか、わたくしも分かりかねますからこの質問にお答えするのは難しいのです」
難しいと言いながらクスクスと楽しげに笑う辺りが意地悪で。
また能力使用に消費というリスクがつきまとうのなら希望も半端なままで。
「ですが兄様の価値はわたくしが興味を抱いた時点で有象無象な人間よりはあります。更に神気で補えるのであればそれなりの時間を操ったところで、それなりに人生を謳歌できるかと」
「神さまのくせにそれなりって不確定なお言葉が好きだねぇ」
それでも僅かな希望を残すのが神由縁か。
本当に意地悪だが、すがりついてしまうのも人間で。
「その話、嘘じゃないね」
「神の名に誓って」
どこまで信じて良いか分からないが、マヤにとってアヤトは他に替えの効かない貴重な人間。楽しむためなら隠し事はすれど、嘘は告げない。
これがラタニの二年間、神と接して得た見解で。
「もう満足か」
自分の心配を察するからこそ、満足するまで静観していたアヤトがここで問いかける。
「そだねー。保護者として聞きたいことも聞けたし、一先ず安心したかな~」
正直まだ不安は残る。
それでも擬神化という現象で対価を軽減した成果。
能力に頼らずともある程度の危険を自力で切り抜ける強さを得る努力を続けたのならこちらも寛容になるべき。
「だからま、好きにしたらいいよん」
ならアヤトが選んだ道を応援するとラタニは笑顔を向ける。
「そいで、出発はいつにすんの?」
「明日にでも」
「……ほんとせっかちさんだ」
「時間の浪費は好まんと言っただろう」
「せめてカナちゃんたちにご挨拶しなさいよ」
「少し旅に出る程度で大げさな」
「かもねん」
暗に心配しなくとも帰ってくる、との意味合いを込めているのが伝わりラタニは肩を竦める。
こうした捻くれた優しさもアヤトらしく、だからこそとラタニは距離を取った。
「なら時間もあることだしもう一回遊んどこうか。つっても不意打ちで勝ち逃げされたら胸くそ悪いんよ」
「ガキか。ま、何度もボコボコにされているからな。一度勝ったくらいでは俺も寝覚めが悪い」
「あんたこそガキかよ」
この二年間、何度も遊びと称した訓練を繰り返した。
ラタニは絶対の強者として。
アヤトは挑む者として。
どれだけアヤトが成長してもラタニは最強の壁として立ちふさがり続けた。
それはある種の師弟関係で。
教わる者が教え導く者に教わり成長するように。
教え導く者が教わる者に多くを教り成長する。
故にラタニもまた教わっていた。
理不尽な形で手に入れた力を。
才能よりも前向きな想いで成長させる眩しさを。
だからこそ最初に披露するならアヤトだと決めていた。
自分の直感は正しかった。
この二年間でアヤトとはとても良い関係を築けた。
いつしか本当の弟のように。
孤独から諦めていた家族という絆を与えてくれた。
「よく見てなアヤト。これがあんたの目指す頂だ」
ならこれからも捻くれた優しい弟にとって目指すべき、最強の姉でありたいと。
理不尽な力を才能よりも、弟のように前向きな想いでこの二年模索し続けて、成長させて手に入れた切り札を餞別代わりに。
同じくこの二年間、学んだ強さを教えるべく。
これが終われば改めて姉弟水入らずの時間で色々な語らいをしようと。
『待ってるよん』
王国最強精霊術士、ラタニ=アーメリが編み出した最強の精霊術を発動。
「………………」
ラタニの思いを、予想外な切り札を目の当たりにしたアヤトはこの二年で初めての驚愕から言葉を失い。
「……たく、どこまでバケモノ染みてんだか」
だがそれは一瞬のこと、ため息と共に表情を緩めて。
「結局勝ち逃げじゃねぇか」
この二年で手に入れた擬神化という力を持ってしても抵抗すら出来ず。
「……胸くそ悪い」
それでも満足げに意識を失った。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
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