行く末
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『――弾け覆え!』
モーエンが叫ぶなり地面から二〇の礫が弾けるように飛び出し一斉に前方へ。
「ふん」
視界を覆うほどの礫を前にアヤトは焦ることなく、くすんだ黒い片刃剣を振るい迎撃していく。
『巨岩貫け!』
だが間髪入れず精霊術を発動、二メル近い岩槍で追撃。
「よっと」
視界が開けるなりアヤトは跳躍、猛スピードで迫る岩槍を足場に更に跳躍して一気にモーエンとの距離を詰めた。
『黒壁よ!』
「ちっ」
しかし片刃剣を振り下ろすより先にモーエンは黒い岩壁で防いでしまう。
仕切り直しと言わんばかりにアヤトは岩壁を蹴り後方へ。
『怒り震えろ!』
その動きを狙ったようにモーエンは精霊術を発動。
自身の周囲二〇メルの範囲で地震のように地面が揺れた。
それはアヤトの着地地点も含まれ、揺れる足場に体勢を崩したところを三度精霊術で狙い打つ――
「な――っ!?」
つもりが、着地したアヤトは体勢を崩すどころか揺れる地面をものともせず疾走。驚愕する間に距離を詰められ。
「まだ遊ぶか?」
「……降参だ」
片刃剣の切っ先を喉に突きつけられ、モーエンは両手を挙げつつ精霊力を解除。
カーネリアンのような橙色から白髪交じりの金髪と瞳に戻り、アヤトも片刃剣の切っ先を下ろした。
「しかし揺れる地面の上をよくもまあ走れるもんだ」
「揺れ幅にタイミングを合わせりゃ走れるだろ」
「……普通は合わせられねぇよ」
何でもない風に言われてモーエンは肩を落とす。
そもそもラタニの小隊に入ってからの訓練で自身の能力は短期間で飛躍したと自負している。
にも関わらず一ヶ月前はまだ良い勝負が出来ていたはずなのに、今日の模擬戦と称した遊びは惨敗。自分の息子と大して歳の変わらないアヤトに手も足も出ないとなれば本気でへこんでしまう。
「それにしても、あの坊主がここまで強くなるとはな」
それはさておき片刃剣を鞘に収めるアヤトを見つめつつモーエンは感慨深げに呟く。
二年前、襲撃部隊にモーエンも参加していたが直接的な交流はなく、引き取られて以降はまれにラタニと会えば様子を聞く程度。直接言葉を交わしたのはラタニから小隊にスカウトされてから。
保護された当時はラタニを見上げるくらいの年相応な子供が、二年経った今は背を超えているが体格はやはり年相応。
しかし秘めた強さは年相応どころか持たぬ者の常識を覆し、精霊術士をも超えている。
結果として訓練で精霊術を扱うようになり、最初は木の柵で囲っていた訓練場は石造りに変わり精霊結界をも取り入れられた本格的なものになった。
小隊結成時に頻繁に会っていたカナリアを除くモーエンと副隊長は実験によるアヤトの副作用を聞いているも、もう一人は襲撃メンバーに入っていないので生まれつきの特異体質でラタニがその才を見込んで育てた結果としている。
なので小隊結成時に再会して以降、時間があればそれぞれでセイーグの住居に訪れては訓練に付き合っていたがもう誰も勝てなくなった。
挙げ句先日は王国最強の精霊騎士、サーヴェル=フィン=ニコレスカにも圧勝。
つまり王国内の近接戦闘最強の称号を得たようなものだ。
「つーか少し見ない内にモーエンは鈍ったな。ラタニに鍛え直してもらったらどうだ」
「坊主の成長速度が異常なだけだろ……」
まあ成長速度もそうだが、短期間で差が開くのはアヤトの特性が大きい。なんせ初対面の相手でも視線、筋肉の動きといった僅かな情報から次の動きを予測してしまうのだ。
心理的な部分も踏まえて相手を知れば知るほど更なる情報を得て、有効な戦術を組み立ててしまう。この特性から最初は互角でも、得た情報や予想を超えない限り劣勢を強いられてしまう。
少なくともモーエンの見立てでも王国内でアヤトに勝るのはラタニのみ。副作用を知るが故にとんでもないバケモノに育ったものだと感心すると同時に複雑でもある。
不遇な経験を強いられても腐らず、恨まず前を見据え副作用すら受け入れて得た強さ。
態度や口は悪くとも心根はとても純粋で優しい。だからこそ争いとは関係ない平穏な日々を過ごせば良いのにわざわざ過酷な訓練を課してまで強くなる必要はあるのだろうか。
頭脳面も優秀ならせめて学者や商家などで手腕を振るえばいい。
「そりゃどうも。だがま、あいつにでかい面させている内は自惚れることも出来んがな」
「そのでかい面ってのはあたしのことかい?」
モーエンの心配を余所にアヤトは立ち止まらない。
「他に誰がいる」
「確かに。んじゃ、こないだマグレで一撃くれた弟が自惚れんように今日もお姉ちゃんが叩きつぶしてやるかね」
「誰が姉だ」
けんか腰で向き合うのは王国最強の精霊術士ラタニ=アーメリ。
アヤトの特性を力でねじ伏せられる唯一の存在。
「……どうしてそこまで強さを求めるのかねぇ」
模擬戦を通り越した命懸けの訓練に挑むアヤトを見据えてモーエンは頭をかく。
「それは兄様だから、と諦めるしかないかと」
激しい模擬戦を眺めていると背後から聞こえる声。
「お疲れ様でした、モーエンさま」
「嬢ちゃんか」
振り返ればシンプルながらも黒いゴシックドレスに白い花飾りを付けた少女が労いの言葉を掛けつつ優雅に一礼を。
少女はラタニがアヤトと暮らし始めた半年後に加わった新たな同居人で、モーエンもその経緯は知っている。
霊獣地帯の調査任務時に中継地として利用していた町で物ごいをしていたストリートチルドレンらしい。
『この子の髪と目がねー。アヤトの家族にいいかなって』
歳も近い同族という理由でラタニが目を付け、保護という形で拾ったのだが理由を聞いて呆れたものだ。
ただ天涯孤独な上、不遇な経験を強いられたアヤトに同じ特徴を持つ家族が増えるのはいいと国王に許可を得る際、モーエンを始めアヤトの素性を知るカナリアなども口添えをした結果許しを得た。
まあ本人は物ごいしただけでまさか保護者になってくれると思いもよらず戸惑っていたし、アヤトの素性はもちろん知らされていない。
それでも明日の生活もままならない毎日から抜け出せると知り喜んでいた。
痩せこけていた当時を知るだけにモーエンもあの時の出会いは良い運命だと感じている。
この出会いはマヤを正当な理由で共に暮らせる為にラタニが打った小芝居なのだが、もちろんモーエンらは知るよしもなく。
「お疲れのところ申し訳ないのですが、お買い物にお付き合い頂けないかと。食材が心許ないのです」
「ああ、お安いご用だ。急に押しかけてすまんな」
「いえいえ。普段は兄様とラタニさまのみなので、賑やかなのは大歓迎です」
「そう言ってくれると安心するよ」
マヤの年齢は一二、にも関わらずこの落ち着きや礼儀正しい対応も年不相応。
ストリートチルドレンという過酷な状況から、ラタニやアヤトという色んな意味で規格外な二人と共に暮らせば落ち着きもするだろうと苦笑いしつつモーエンはマヤと共に市場へと向かった。
◇
同日夜、入浴と浴室の清掃を済ませたモーエンは火照った身体を涼める為にそのまま外へ。
ここに宿泊する際、料理以外の家事を手伝うのが小隊員の中では暗黙のルールとなっていた。お世話になるから、との理由もあるがここの家事を殆ど受け持つアヤトを不憫に思ったカナリアが進んで始めたのが切っ掛けだったりする。
ちなみに料理のみ手を出さないのはカナリア曰く『下手に手伝うと味が落ちてしまう』とのこと。
暮らし始めた当初はカナリアが用意したり、教えたりしていたらしいが半年後には超えられてとても悔しそうだった。
料理はアヤトの趣味でもあるので腕前以前に他の家事を受け持つ方が良いだろうと判断したのだがそれはさておき。
あまり遅くなっても迷惑になるだろうとモーエンは戻ろうとするも――
「清掃ご苦労」
不意に声を掛けられ視線を向ければアヤトの姿が。気を抜いていたとはいえ気配すら感じさせない技量はさすがで。
「ほらよ」
「……どうも」
また普段は傍若無人な態度が目立つも湯上がりの自分の為に水の入った水筒を用意してくれる気配りもさすが。
こうした本質からラタニを始め国王や自分らもアヤトを気に入っている。
「それで、俺に何のようだ」
「……相変わらず、坊主は鋭いねぇ」
「ラタニの小隊ではあんたとカナリアだけは常識人だ。にも関わらず急に来れば何かあるだろうくらいは予測できる。なによりあんたは家庭があるから余計にな」
「なるほど」
どうやら水分を持ってきたのではなく、理由があってここに訪れたのを察していたから自ら接触したと理解してモーエンは肩を竦めつつ水を一口。
「ちなみに用件が何かも察してんのかい?」
「俺は何のようだと聞いたが?」
つまり内容までは分からないとの返しに苦笑を。まあそこまで察してしまえば心を読める領域、さすがにそこまで規格外ではないらしい。
「坊主はこれからどうするつもりだ?」
下手に焦らせば機嫌を悪くするのも知っているので、ならばと前置きなく端的な問いかけ。
戦闘能力では王国最強の精霊騎士を圧倒し、王国屈指の商会を纏める女傑と有名なクローネに気に入られた。
他にも頭脳面では様々な分野に精通し、料理の腕前も下手な食堂より高い。
副作用の産物とは言え教わるだけでなく、活かしきるために自ら考察を繰り返し、高める為に必要な努力を積み重ねたからこその今。
まだ若く、過去が過去だけにしがらみはある。しかしいつまでもこのままと言うわけにも行かない。
そろそろ今後の身のふりを考えるべきで、同時に生き急ぐように強さを求める姿勢からモーエンは一度アヤトの考えを確認したかった。
「面倒な隊長のお守りだけでなく、俺のお守りもするとはあんたもつくづく苦労人だな」
「性分なんだよ」
「だから白髪が増えてんじゃねぇか?」
「ならこれ以上増やさないためにも教えてくれんか。俺と坊主の仲だろう」
「どんな仲だ」
皮肉を軽口で返せばアヤトは呆れたように息を吐き。
「旅にでも出るつもりだ」
予想外な考えにモーエンは眉根を潜める。
「なんでまた」
「王国に居てもラタニを超えられんと感じてな」
「…………」
「なんせ王国双璧の片割れがあの程度だ。ならあいつとは違う世界で、見聞を広めればまた違う可能性が見いだせるだろう」
「……そのことを隊長殿は?」
「むろん話している」
旅には危険が付きもの、身を守れる強さだけでなく様々な知識が必要。
若いがどちらも充分すぎるほどアヤトは身に付けている。
本人が望み、ラタニが認めるならモーエンが口を挟むこともできず。
「坊主はどうしてそこまで強さを求める」
変わりに感じていた疑問を口にした。
やはり旅という今後も自身を高める為に必要なことを模索した結果で、今の口ぶりだとアヤトの目標はラタニを超えることのようだ。
ただ自分の子供と歳が近いが故に、自ら争いごとの耐えない道に進もうとしているアヤトが心配なのだ。
ラタニを超えた先を考えているのか。
なぜ超える必要があるのか。
目を合わせて向き合うモーエンの心根に観念したようにアヤトは口を開く。
「弱いより強いに超したこともない。とりあえず周囲に振り回されることもなければ、身勝手な理想論を押しつけられることもなくなる」
単純な理由、しかしアヤトの過去が過去だけにその言葉は重い。
「要は自分自身を守るためだ」
だが守ると口にした際、向けた瞳の奥は他の何かを見ているようで。
「理由なんざそれでいいだろ」
その何かを探るより早くアヤトはおざなりな結論で纏めてしまった。
どうも本人すら無意識な感情のようで追求しても無意味とモーエンも判断。
「他に用はないか」
「今のところは」
「ならさっさと戻って寝ろ。夜風は堪えるぞ」
「俺はそこまで年じゃねぇよ」
不器用な優しさを向けられ反論するも、モーエンは素直に室内へと入っていく。
満足できる回答は得られなかったが一先ず安心できた。
先ほど感じた無意識な感情は少なくとも破滅的なものではなく、むしろ生きる意味を感じさせる強さがあった。
ならアヤトにとって強さとは生きる上で必要なもの。
未来を見据えているなら登り続ければいい。
後ろ向きな理由でなければ素直に見守れると。
◇
「――兄様の行く末を心配し、わざわざ訪れ向き合ってくださるとは」
アヤトが一人になるなり突然背後から聞こえる声が。
「モーエンさまはとてもお優しいですね」
全く気配を感じさせない登場を今さら驚くはずもなく振り返ればマヤがクスクスと笑みを浮かべていて。
「本当に兄様の周りには面白い人間が集まること」
「俺ではなくラタニだろう。ま、どちらにせよもうすぐ気苦労も減る。なんせラタニのお守りだけになるからな」
「つまりラタニさまを認めさせると?」
「もともとモーエンが訪ねてこなければ今日中に終わらせるつもりでいた」
旅に出ると決めた際、ラタニが条件を一つ出している。
それはかなり無茶な内容。しかし元より目標にしていた内容だけに既に準備は整っている。
「兄様との旅、とても楽しみです」
「だと良いがな」
故に見出した契約者が旅先でどのような時間を見せてくれるかとマヤはワクワクとしていた。
そして四日後、軍務で王都に滞在していたラタニが帰宅するなり。
「早速ですまんが訓練場に付き合え」
旅立ちを認めさせるべくアヤトは告げた。
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!