副作用
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カナリアを余所に通じ合うなりラタニとアヤトは外へ。
「どこへ行くのですか?」
「まーまー、来ればわかるよん」
もちろんカナリアも後を追い説明を求めるも前を歩くラタニはさらりと交わしてしまう。
仕方なく黙って付いていくと思いのほか目的地は近く、住居の裏手で。
そこには簡単に加工した高さは三メルほど木の柵がぐるりと円を描くように張り巡らせている。
直径にして五〇メルほどとかなり広く、やはり簡単に加工されたドアまであり、柵の中は綺麗にならされた雑草も生えてない地面が。
「もしかして……戦闘訓練でもしているんですか?」
まるで訓練場のような場所にカナリアが改めて問いかける。
「アヤトに頼まれてねー。即席で造ったんよ」
ラタニほどの精霊術士ならこの程度の即席訓練場を一人で造るのは造作もない。
ただ子供の、しかも持たぬ者を相手にする訓練にはいささか本格的で。
「誰かに見られたら弱い者イジメしてるように思われちゃうと困るし? なあアヤト」
「……否定はしねぇよ」
嫌味ったらしい笑顔を向けられアヤトは顔をしかめつつ距離を取る。
なぜアヤトが戦闘訓練を望んだのかは気になるも、それは仕方がないとカナリアは同情。
人工的に精霊術士を生み出す非合法な実験をアヤトは三年近く受けている。
だが結果は精霊力を全く感じないことが全て。メディカルチェックでも特に異常が見られなかったのなら普通の子供でしかない。
対しラタニは学院生といえど軍所属の精霊術士、精霊力を解放せずとも町のチンピラよりも強い。
まさに大人と子供の実力差なので見ようによっては虐待に思われる。
まあ遊び感覚の組み手ならそこまで気にする必要もないだろうと――
「さてとん」
「ちょっ!」
訝しむより先に、向かい合うなりラタニの赤髪と紫の瞳がエメラルドよりも澄んだ翠に変わりカナリアは驚愕する。いくらラタニの制御力が高くとも、ただの子供に精霊力を解放した状態で組み手をすれば大けがをさせてしまう。
そもそも精霊力を解放する意味が分からない。おふざけにしても度が過ぎているとカナリアは叱責するべく足を踏み出す。
「カナちゃんの言いたいことは分かるけど、見てればそれこそわかるから」
だがアヤトに視線を向けたままラタニが手をかざして制した。
「なんせ解放しないとアヤトの遊び相手は勤まらんからねぇ」
「……え?」
そのぼやきに足を踏み出したままカナリアは固まってしまい。
「んじゃ、遊びましょうか」
「行くぞ」
ラタニの合図と共にアヤトが前傾姿勢になり地を蹴った。
(速い……っ)
その突進にカナリアは息を呑む。
遠目からでも一瞬姿を見失った。
アヤトのそれは子供とは思えない――いや、持たぬ者とは思えない程に速い。
それこそ精霊士レベル。しかもそれなりに訓練を受けた学院生レベルの脚力。
しかも脚力だけではない。
「おーおー、張り切っちゃって。カナちゃんが見てるからかい?」
「ぬかせ……っ」
距離を詰め蹴りを放つもラタニは悠々と片手でガード、お返しと言わんばかりの拳をアヤトはギリギリ回避。
手加減しているがラタニの拳は学院生レベルの鋭さがあり、子供どころか訓練した持たぬ者でも躱せるものではない。
なのにアヤトは躱した。
今もどれだけ意識を集中させても精霊力を微塵も感じない。
そもそも精霊士や精霊術士でも精霊力を解放しなければ身体強化の恩恵は得られない。にも関わらず髪も瞳も黒いまま。
つまりアヤトは生身のまま精霊力を持つ者と同等の身体能力や動体視力がある。
あまりに不可思議な事実。しかしこれは現実だと言わんばかりに二人の組み手は続いている。
体格差を逆手に取りアヤトは細かな動きでラタニを翻弄しつつ攻撃を繰り出す。もちろん全て防御されるが負けじとラタニの攻撃を躱している。
思わず魅入るほどの攻防は、僅か一分足らずでその拮抗は崩れた。
「……くっ」
ラタニが手加減を止めたのではなく、突然アヤトの動きが鈍くなり。
「そろそろ終いかなっと」
「ぐはぁ――っ」
この失速をラタニが見逃すはずもなく、繰り出した蹴りがアヤトの腹を完璧に捕らえた。
手加減した蹴りでも小柄が故にアヤトの身体は吹き飛んだ。
「…………は! アヤトくん!」
我に返ったカナリアは慌てて駆け寄り悶絶するアヤトを抱き寄せた。
手加減していても精霊術士の蹴りがもろに入ったのだ。内臓破裂とまではいかないが肋骨が何本か折れているのを確認するなり精霊力を解放。
「ラタニ!」
茶色の髪とメガネ越しに見える切れ長の瞳がサファイアのような蒼い輝きを帯び治療術を施しつつ、悪気もなく様子を眺めるラタニを一喝。
「いやいや、訓練だからケガはつきものっしょ」
「だからといって――」
「かま……わん……」
平然と返され苛立つカナリアだが、癒えたアヤトが腕を掴んで制する。
「助かった……感謝する」
「いえ……それよりも、大丈夫ですか?」
よろよろと立ち上がるアヤトに手を貸しながらカナリアは心配するもやはり制された。
「問題ない……ラタニ、続けるぞ」
「はいよん」
「まだ続けるつもりですかっ?」
治療術では傷が癒えても体力は回復しない。痛みが引いても脂汗が流れる状態で訓練を続行する二人の間に割って入る。
「カナちゃんも居るし問題ないっしょ」
「まさか……お願いとは治療のことですか?」
治療術が使えるのは水の精霊術士のみ。
つまりカナリアが居るからとの理由で訓練が続くのなら拒否するべきで。
「無理にとは言わないよ。一応、この町にも治療術使える術士はいるからねん。初日にお世話になったけど……ただ何度もお世話になってると怪しまれるかもねー」
しかしラタニから脅しに近い物言いをされてしまい。
「それでも良いなら続けましょっか、アヤト」
「当然だ」
アヤトも止める気はないのなら他に選択肢はなく。
結局、体力が限界からアヤトが失神するまでカナリアは何度も治療術を続けることになった。
◇
「それで、あれは何なのですか?」
訓練後、意識を失ったアヤトを寝室のベッドに寝かしつけ、治療術を施したカナリアは改めてラタニとリビングで向かい合う。
精霊力を感じない子供が精霊士に匹敵する身体能力、資質にしても異常なレベル。
なら考えられる可能性は一つ。
しかしあの実験は失敗しているはずで。
「まあこれはアヤトの話を聞いた、あたしの推測になるけどね」
そもそもアヤトは施設で過ごしていた頃から薄々自分の感覚に変化が起きていると理解していた。その上で、医療施設のチェックも異常を伝えず本当に都合良く話を合わせてくれていたらしい。
ラタニも初めて手合わせした際は驚き、カナリアと同じ疑問を抱きアヤト本人の推測を聞いて自分なりに結論づけた。
常に死と隣り合わせな場所で過ごした事による緊張感。
精霊石や精霊力を含んだ何かを飲まされた事による身体の防衛反応。
実験結果を確認するために行われた拷問のような訓練による運動機能の発達。
ほとんど眠れない環境で過ごした事による脳の活性化。
そなによりこれほどの地獄を耐えきれるだけのメンタル。
こうした様々な副作用から奇跡的に得た常人を超える神経、身体、脳の異常発達。
結果としてアヤトは持たぬ者でありながら奇跡的に精霊士クラスの身体能力と、その身体を活かせる処理能力を始めとした頭脳を手に入れた。だから子供でありながら専門書を異常な速さで理解できるようになった。
ただ研究者が求めている成果はあくまで『人工的に精霊術士力を生み出すこと』、いくら身体能力が上がったところで精霊力を得てなければ注目されない。またアヤトも自身の変化に気づけどその変化を理解できず活かし切れていなかった。
つまり常人を超えた神経機能を使いこなせるだけの体力や集中力、また戦闘経験も乏しいためラタニに訓練を願ったのだが。
「たまたますれ違った人間が次は死体袋に詰められて焼却炉に捨てられるのが茶飯事――
ほんと、クソみたいな経験だよ」
アヤトの手に入れた強さは決して許されるものではないと紅茶を飲み干しラタニが吐き捨てる。
「……国王陛下の判断は正しかった」
カナリアも強い怒りが込み上げ、だからこそ賞賛しかない。
国王は実験の詳細、成果などを知る者を全て処刑しただけでなく、三年間で得た記録やデータも全て誰の目にも触れさせず処分を命じた。
人は誘惑に弱い、少しでも精霊術士を人工的に生み出せる可能性があるなら魅入られてしまう悪魔の記録だと判断して。
故に今回関わった誰もが施設に関する詳細な情報を知らない――だが、知らない方がいい。
精霊術士を生み出せなくとも、持たぬ者を精霊士クラスまで引き上げる成果をだしてしまったならまさに魅入られてしまう悪魔の記録。
これ以上アヤトのような被害者を生み出す可能性が少しでもあるなら、誰も知らない方がいい。
「本当に……良く生きていてくれました」
そして複雑ながらもアヤトを賞賛する。
施設での時間、その一片でもまさに地獄を彷彿させる中を生き延びたことに。
「だからこそ、これからは平穏な時間を過ごして欲しいと切に願います……が、どうして強さを得ようとするんでしょうか」
「ん~……まあ、本人はこれ以上周囲に振り回されるのはごめんだから、防衛するためって言ってたけど、それだけじゃないかもね~」
「と、言いますと?」
「なーんか本人も無意識なのか、敢えて目を反らしてるのか分からんけど、おねだりの時に言ってたんよ」
『……守る……力が必要だ』
どこか苛正しく呟いていたが、その何かが地獄のような日々を耐えきる理由になっていた、というのがラタニの感じた答えで。
「まあとにかくだ。国王さまには出来るだけ望みを叶えるようにって命を受けてるし、カナちゃんも気づいてるだろうけどあの子は力に溺れるようなタイプでもない。なら今後とも協力してくれんかね」
境遇からなし崩しで引き取ってもアヤトを気に入ったラタニはできる限り守ってあげたいと、守るだけの力を手にするまで支えてやりたい。
そしてクロノフに関する内容なので伝えられないが、恐らくアヤトが守りたい何かとは契約時に失った時間が関係している。
これまで不遇な運命に振り回され、失い続けたアヤトの願いを少しでも叶えてやりたいとカナリアへ頭を下げる。
つかみ所がなく、どこか不誠実な態度ばかりな後輩が見せる真摯な態度でどれだけアヤトを大切にしているのかが伝わり。
またそれとは抜きでアヤトの運命を知り、それでも誰かを恨むことなく、むしろ今後の王国民を思い国王へ叱咤できる為人を知るだけに。
「……分かりました。私もできる限り協力しましょう」
「ありがとん」
ラタニの申し出を拒否する理由はなかった。
実験によるアヤトの副作用をラタニとカナリア共有してから二年が過ぎた――
みなさまにお願いと感謝を。
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作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!