二人の生活
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ラタニがアヤトと共に王都を離れて五日目。
朝早くセイーグに到着したカナリアは地図を頼りに二人の暮らしている住居に向かっていた。
もちろん突然の訪問ではなく事前に伝えているので問題はなく、休暇なので私服姿だ。
ラタニを除けば療養中の監視や付き添い、また秘密裏の作戦にも参加していることもありカナリアが最もアヤトと接しているので様子見が目的。ただアヤトが早く日常生活に戻れるサポートを国王から直々の命を受けているのである意味軍務とも言える。
しかし命とは別にアヤトはお気に入りなのでカナリアは元より頻繁に会うつもりでいたがそれはさておき。
同性で年も近く、同じ学院出身ということから軍に所属したラタニの指導役を任されたのでカナリアはよく知っている。
後輩ながら嫉妬心すら沸かないほどの圧倒的な実力や頭の良さ、精霊力に関する豊富な知識。指導役と言いながらむしろ多くを学ばせてもらった。
しかしよく知っている。
ラタニの生活態度はかなりずぼらなのだ。
寮生活でも脱いだ物は放置、面倒だからとそのままシワシワのヨレヨレな軍服やローブを羽織ってくる。もちろん家事などしない。
これには生真面目なカナリアが注意を繰り返し、しかし全く改善が見られないのに痺れを切らせて結局変わりにしていたりする。
ラタニの生活力は皆無、なのに子供と暮らす。更にこの三年間非合法な施設に幽閉されていた子供とだ。
正直なところラタニではなく自分と暮らして欲しかったと思うも、アヤトの望みなので仕方なく折れたが悪影響を受けないか、不摂生な暮らしをしていないかが心配で。
集会場を改装した一軒家が見えたところでカナリアの歩が早まる。
くたびれた外装以上にグッダグダな内装をしていればとりあえずラタニを説教する、そんな意気込みでドアをノック。
「あらカナちゃん、いらっしゃい。随分早いねー」
数秒でドアが開きラタニがお出迎え。
彼女もまだ休暇中、私服姿なのは当然だがこの次点でカナリアは目を見開くほど驚いた。
五日も経過しているのにシワシワも、ヨレヨレもない綺麗な服。寮生活中のラタニを知るからこそ、この変化が信じられない。
いや、逆に言えばまだ五日だ。衣服関連に無頓着なラタニでも着回しをするほどでもない。
などとこれまで気苦労させられただけに疑心暗鬼なカナリアは簡単に信用できず、挨拶を済ませて室内へ入るなり姑のごとくチェックを入れる。
からの再び驚愕。
必要最低限の家具しかない殺風景なリビングの床に何も落ちていない。ゴミも、衣服も、ほこりすら無いほど綺麗に磨かれている。
更には台所、使用感があるのに調理器具が綺麗に整頓されていた。窓も曇りなく、文句の言いようがないほど綺麗だ。
「……綺麗にしていますね」
故にカナリアは感じたままの感想を口にする。
あのラタニが、一年以上何度注意しても改善することのなかったあのラタニが暮らしているとは思えないほどの変化。
「ん? ああ、まあねー。アヤトもいるから仕方ないっしょ」
カナリアが何を驚いているのかを察してラタニはケラケラと、しかし殊勝な言葉を口にする。
ならば今回の出来事は彼女にとっても良い成長に繋がっているとカナリアも感心――
「つーかアヤトがめちゃうるさい。あいつカナちゃん以上に生真面目というか綺麗好きというか……台所や浴室なんて使う度にフキフキ磨くんよ」
「…………」
するのは早かった。
これまでカナリアが受け持っていた面倒ごとをアヤトが引き継いでいるに過ぎなかった。
「もしかして……あなた、彼にだけ掃除をさせていないでしょうね」
「まさか。さすがにちっちゃい子が懸命にフキフキしてるのを尻目にダラダラしないって。ちゃんとお手伝いしてますよん」
なら自分が懸命にフキフキしている時も手伝えと言いたかったが、とりあえず子供にだけ家事をさせていないなら許せた。
ただ子供の家事をお手伝いしているのは情けなく、メガネの位置を直しつつカナリアは盛大なため息一つ。
「それで……アヤトくんはどうしていますか?」
「元気でやってるよん。今はお部屋で読書中」
「読書……彼は本が好きなのですか?」
「好きっていうか……多分、カナちゃんが想像してる読書と違う。なんせあいつが読むのほとんど専門書だから」
訂正されてカナリアは訝しむ。
アヤトほどの年齢で本と言えば物語や御伽噺を想像するだけに専門書とは随分とかけ離れている。
そう、初日の買い物でアヤトがおねだりした本のほとんどが専門書。しかもジャンルは問わずできる限りと希望。それこそ歴史書から野草や獣の図鑑、更には医学や精霊学に関する物をセイーグで購入できるだけ購入した。
出来るだけと言ってもセイーグは小規模の町。書籍がさほど珍しくないとはいえ専門書なら別、結果として三〇冊ほどしか集まらなかったが。
「知識を得て損はないってのが亡くなられたお父さんの口癖だったらしくてね。遠慮なく読める機会があるなら読みまくるそうな」
「そうですか。小さいながらもしっかりしていますね……あなたと違って」
医療施設で付き添っていたときから子供とは思えないほど落ち着いていたと感じていたが実に出来た子で、目の前にいる保護者と比べればどちらが子供なのかと冷ややかな視線を。
「言い返せないのが辛い。てなわけで王都戻ったら目に付く専門書を手当たり次第送ってちょうだいな。もちお支払いはあたしが持つから」
「手当たり次第は言い過ぎでしょう。それだけ購入しているなら充分でしょうし」
もちろんラタニの、というよりアヤトの希望を拒否するつもりはないが専門書はただ読むのではなく内容を理解し知識として取り入れる必要がある。
カナリアは知識欲があり読書好き。様々な書物を読むが専門書となれば一冊読み切るのに数日かかる。
自分より時間があり、亡くなった両親の教育方針や知的なイメージはあれどアヤトはまだ十一才。内容によるが購入している量なら当分は必要ないだろう。
「いやいや、アヤト舐めたらダメよん。もうほとんど読み終えてるらしいから」
「……は? セイーグで購入できる量をもう?」
などとラタニの大げさな言い分に呆れていたが思わぬ情報に聞き返してしまう。
時間があるとはいえ三〇冊の専門書を十一才の子供が僅か五日で読み切れるはずがない……いや、ラタニのいつもの冗談か、それとも単に内容が優しいだけか。
どちらにせよ信じられないと訝しむカナリアを見据えてラタニはしばしの思案後。
「そうだねぇ……まあ、どちらにせよカナちゃんには色々お願いするつもりだったし、教えておこうか」
「なにを、ですか?」
「それは見てからのお楽しみ」
意味深に告げるなり立ち上がり――
「おーいアヤト、出てこいよ~!」
リビングに隣接するドアをダンダンと激しいノックを。
恐らくそこがアヤトの私室かそれとも読書部屋か、とにかく数秒でドアが開く。
「うるせぇぞラタニ」
やはりというか髪や瞳と同じの上下黒い衣服を着たアヤトが姿を見せて不機嫌そうにラタニを睨み付ける。
「すまんすまん。カナちゃんが遊びに来たから呼んだんよ」
「あん?」
対するラタニはしれっと用件を告げればアヤトの視線がソファに腰掛けているカナリアに向けられた。
「……カナリア、もう来ていたのか」
「ええ。お元気そうでなによりです」
子供にしてはふてぶてしく目上を呼び捨て、口調の悪さも健在。しかし出会ってからこれなので今さらとカナリアも不快に感じず会釈を。
「おかげさまでな。つーかラタニ、客が来ているなら茶くらい出せ」
「おっと、あたしとしたことが」
注意を受けてもへらへらと締まりのないラタニを眺めつつ、本当にどちらが子供なのかとカナリアが呆れていると。
「まあ茶は後にして、カナちゃんがもう来たから今日は早めに始めましょうか。内容も厳しめでどうだい?」
再びラタニが意味深な言葉を告げる。
しかしアヤトには伝わったようで、子供とは思えない不敵で大人びた笑みを浮かべた。
「望むところだ」
みなさまにお願いと感謝を。
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読んでいただき、ありがとうございました!