強さの理由 1
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『――明日、六時に学院の噴水広場に一人でこいってさ』
ラタニから聞いたアヤトの言伝に従い、まだ空が薄暗い時間帯にロロベリアは噴水広場にいた。
昨日、圧倒的な敗北を受けた相手と顔を合わせづらい……ハズなのにロロベリアの表情は別の意味で緊張している。
そもそもなぜ呼び出されたのか。しかも人目を忍ぶような時間帯に二人きりで会う理由が思いつかなかった。
困惑するロロベリアにラタニは更にこう付け加えた。
『なーんかロロちゃんに興味があるみたいだねぇ。もしかして愛の語らいとか』
もちろん本気にしていない。終始無様な戦いをしたロロベリアを好いてくれる理由が見当たらないのだ、悲しいことに。
厳しいアヤトのこと、きっとこの呼び出しは模擬戦に関する注意かなにか。どれだけ未熟なのか手厳しく批判するつもりだろう。
なので必要以上に早起きをして髪を丹念に梳かし、制服の細部までシワがないかを確認したのも不用意なお説教を回避するため。これは想像だが彼はだらしない性格を嫌いそうだ。
それに例え批判でも嬉しい気持ちはある。未熟ながらも本気でぶつかった。アヤトを知りたいと、自分を知ってもらいたいと実力以上の力を出し切った。
結果として呼び出してくれる程度に興味を持たれたことは嬉しくて、ロロベリアは純粋な気持ちで従っている。
ただもし――もしラタニの言うような理由だったらどう応えるのか。そんな考えを昨夜から抱いていたのも否定できない。
ロロベリアはアヤトがクロと確証している。しかしそれはあくまで感覚的なもので明確な証拠はない。だが、それ以前に彼を好意的に思っている。
リースが批判するように傲慢で口調も悪いが、芯の通った強さがアヤトにはある。それに普段の印象では気づけない深い優しさを持ち合わせている。昨日の模擬戦で剣を交えたロロベリアだからこそより強く感じとれた。
なら受け入れるのか――と問われても、頷けない。
なぜならロロベリアにとってクロという存在がそれほどに大切で大きいのだ。
感覚的な確証はある。しかし証拠はない故にアヤトと今後どうなりたいのかわからない。もちろんそんな感情など今は杞憂なのだが……それでもいい機会だ。
日が頭を出し始めた頃、時間通りアヤトはやって来た。
相変わらず黒一色の衣服で、不機嫌そうな表情でゆっくりと歩み寄る。
「……お、おはよう」
「ああ」
緊張な面持ちで挨拶をするロロベリアに向けてアヤトはいつも通り素っ気ない。
いったいなぜ呼び出されたのかわからないがいい機会。
アヤトがクロかどうかではなく、改めてアヤト=カルヴァシアはどんな人物なのか。
それを知る為にロロベリアはここに来た。
ハズなのに――
「白いの、もっと腰いれて磨け」
「……ごめんなさい」
学食の床掃除をするロロベリアは模擬戦とは関係ない注意をアヤトから受けていた。
「序列十位さまともあろう御方が、モップの使い方もままならないとは情けない」
「掃除と精霊術は関係ないし……もうそれ完全に嫌味よね」
「なに言ってんだ。どのような戦闘だろうと足腰の鍛錬は基本だろ」
「もしかして、私を鍛えるためにこれを?」
「いや。使い勝手のいい働き手を使っているだけだ」
「……ですよね」
調理場で器具の整備を続けるアヤトを恨めしげにロロベリアはモップがけに勤しむ。
昨日の模擬戦でアヤトは敗北すればロロベリアの命令に従い謝罪をすることになっていた。結果は言うまでもないが逆の場合、ロロベリアが敗北すればアヤトも命令を提示してもいいとなる。
元をたどればアヤトが挑発として勝手に言いだしたことで、約束すらしていないロロベリアは従う必要もないが――
『なるほど、俺のような平民と対等な立場で手合わせする義理はないと。さすが序列十位さまは格が違う』
嫌味たっぷりに返されては反論できず、もともと手伝うと以前提案していたので学食業務の手伝いという命令を受け入れた。
つまり今後ここで働くロロベリアに学院が始まる前に一通り仕事内容を教えるのがアヤトの目的で。
「……仕事をさせるならさせると、事前に言って欲しかったわ」
意味深な呼び出しに色々と悩み、意を決して向き合おうとしていた自分が滑稽でロロベリアは不服を漏らす。
「あん? そうラタニへ言伝をしておいただろう」
「……は?」
「だから、小間使いとして白いのを雇うと伝えている」
「…………」
初耳にロロベリアがモップがけを止めればアヤトは数枚の用紙をカウンターに置く。
それは学院生の特別労働許可と給金に関する内容の書類。学院長の承認印と責任者の欄にはラタニのサイン。
ただの手伝いではなく給金が発生することに驚くよりも、この書類を昨夜の内にラタニが用意したのなら悪いのはアヤトではない。
「……掃除をするわ」
「なにを今更」
後でイタズラ好きな講師に抗議しようと心に誓いロロベリアはモップがけを再開。
その後もアヤトの指示に従いテーブルや椅子のぞうきんがけや窓ふきなど、黙々と一時間ほど掃除を続けた。
「まあそれなりに出来た方か」
隅々まで綺麗にした学食内でもアヤトからは辛口評価。
「取りあえずお前の仕事は掃除だ。早朝と夕方、最低限このレベルで綺麗にしろ。それと午前の講義が終わればすぐにここへ来るように。基本はテーブルの片付けと洗い物をやってもらう。なにか質問があれば聞くが?」
「……あなた、毎日今みたいに掃除してたの? しかも一日二回」
「飯食うところを清潔に保つのは常識だ。やり過ぎることはないだろ」
当然のように返さたロロベリアは改めてアヤトの勤勉さを知った。
以前は適当な仕事をしていたらしい同僚と意見が合わないのも頷ける。
「他にないならここの合鍵を渡しておく」
納得しているロロベリアにアヤトが取り出したのは銀色の鍵。
「始業前に終わるなら何時からでも構わんが、手を抜けばやり直しさせるぞ」
「……つまり、明日からは私一人で掃除を?」
「当然だろ。何のために小間使いを雇ったと思ってんだ」
楽をするためにと理解するロロベリアだが、例え仕事でも接点が増えたと喜んでいただけに落胆してしまう。
「なんだ? 俺がいないと寂しいのか」
「べ、別に寂しくはないけど……っ」
「まあ寂しくともこれからは嫌でも顔を合わすことになる。我慢しろ」
ロロベリアは頬を染め反論するもアヤトは聞く耳持たず。
「ですから寂しいわけでは…………はぁ、もういいです」
「素直じゃねぇか。では――」
「少々よろしいでしょうか」
切り上げようとするアヤトの言葉を遮る声にロロベリアの表情が強張った。
「兄様ったら本当に無粋ですわ。女の子を制服のままで働かせるなんて」
「いつの間に……」
物音すらなく学食内にマヤが姿を現していたので、声をかけられるまで気配を感じなかったロロベリアは驚くばかり。
なのにアヤトは気にせずマヤの忠告にため息混じりで返答。
「ならエプロンをさせる」
「例え労働でもお洒落は大切、ですわ」
「……面倒くせぇ」
「乙女心のわからない兄様は置いておくとして。ロロベリアさま、こちらを」
「これは……?」
差し出された包みを受け取るロロベリアにマヤはクスクスと笑った。
「わたくしからのプレゼントです」
◇
「聞いてもいい」
午前の講義が終わった昼休み。
習慣として学食へ訪れたリースはカウンターでアヤトに問いかけていた。
「さっさと注文しろ」
「貴重な苦情は聞くとロロが言っていた。これは貴重な苦情」
「ならさっさと言え」
有無も言わせない圧力で正論を述べるリースを面倒になったのか、アヤトはため息交じりに促した。
「あれはあなたの趣味?」
ならばと問い詰めるリースが指さすのは黙々とテーブルを片付けているロロベリア。
今朝方、本人から直接経緯を聞きここで働くことは知っていた。そして講義が終わると仕事のため、すぐさま学食に向かったのも知っている。
だが今のロロベリアは学院の制服ではなく、白いフリルをあしらった黒いメイド服。
給仕として働くなら無難、しかし袖がないので肩を露出し、上下分かれているので腰回りも露出し、更にはスカート丈が短く太股がよく見える。
一部のスタイルはさておき神秘的な美しさのロロベリアならどんな服装でもよく似合うが学舎で、しかも学院生が着るには道徳上非常によろしくない。
その為か食事をする学院生も男女問わず注目し、露出の多い服装が恥ずかしいのかロロベリアの顔は赤い。
これには親友を辱められているようでリースも爆発寸前。
返答によっては全力の精霊術でアヤトごとここを焼き払うつもりだった。
「乙女心のわかるすねかじりの趣味だ。俺じゃねぇ」
「……よくわからない」
しかし、むしろ不服そうに返すアヤトに首を傾げてしまう。
「つまり、マヤちゃんが用意したってことだろ」
変わって下心満載な視線を向けていたユースが答えればアヤトから盛大なため息が。
「あの野郎、なんの相談もなく俺の蓄えで勝手に作りやがって」
「それでも着させてんならアヤトくんも気に入ってたり?」
「……誰か知らんが三枚に下ろすぞ」
余りのなれなれしさにアヤトが鋭い視線を向けもユースは気にせずへらへらと笑う。
「そういや自己紹介がまだだったな。オレはリースと双子の弟でユース、よろしくな」
「テメェとよろしくするつもりは少しもねぇよ」
差し出された手をアヤトは無視。
「とにかく用意されたなら使わないともったいねぇだけだ。まあ慎みは足りんが動きやすそうではある、その点は評価するがな。わかったならさっさと注文しろ」
「……マヤちゃんの趣味は同意するとして」
「あなたはたしかに乙女心がわからない」
微妙な評価にため息を吐き、ニコレスカ姉弟は硬貨を置いた。
◇
学院も終わり学院生が自由を満喫する中、ロロベリアは学食に赴いていた。
「……リース達と楽しそうに話してたわね」
掃除だけなのできわどい制服には着替えず、モップがけをしていたロロベリアは口を尖らせていた。
昼間は無駄口をするなと忠告されていたため控えていたが今は二人きりで問題ないと批判するロロベリアに対し、食材の搬入リストに目を通していたアヤトはため息一つ。
「あれのなにが楽しそうに見えたんだ? お前の服に対する貴重な苦情とやらだ、わかったら無駄口せず掃除しろ」
「やってます。私のときは仕事の邪魔だって相手にもしてくれなかったくせに……」
「やれやれ。序列十位さまは随分と構ってちゃんらしい」
「誰が構ってちゃんですか。ついでに、その嫌味は止めてください」
「卑屈になるな。慢心したバカの中でも、お前はそれなりの実力だった。その証拠に俺を塩粒くらいは本気にさせただろ」
「……それなりにで、塩粒くらい、なの」
一応称賛されているようだがやはり嫌味を言われている気分。
しかし反論はできない。
実際ロロベリアは最後まで捉えることは出来ず、アヤトは余力を残していた。
精霊力を持つ者を相手にできるのは同じ精霊力を持つ者のみという理を覆したアヤト。策や罠にかけるでもなく真正面から対応されたのなら高い地力を秘めていることになる。
ただ精霊力を解放すれば常人を超える強さを身につける精霊術士をも超えた力、それは人間の限界値を生身の肉体で超えていると同意。
それこそ常識的にあり得ないハズで。
「あなたは精霊力を扱えないのよね」
「何を今さら」
確認するも即答されてしまうが当然だ。
アヤトが精霊力を秘めていないのは精霊術士であるロロベリアが一番理解している。
「なのに……どうしてあれほどの強さを身につけられたの?」
「自分の手の内を教えるようなバカに見えるか」
ストレートに質問するも一蹴。
「見えないわ。なら……どうして強くなろうとしたの」
「それをお前に話す義理はない」
ならばとニュアンスを変えた質問は、やはり相手にされない。
しかしロロベリアには充分な返答と思わず笑みが浮かぶ。
「つまり、強くなりたい理由があったんだ」
「…………」
揚げ足取りに鬱陶し気な目を向けるアヤトからロロベリアは視線を逸らさない。
強くなりたいと志す理由も様々、ロロベリアの理由はクロと交わした約束を叶えるため。
クロはシロを守る。
シロは世界を守る。
子供染みた約束でもロロベリアにとって大切で、譲れない約束。
一緒にいようとの約束は叶わなかった。
その約束を元に交わされたたくさんの約束も叶わなかった。
だからせめて、世界を守れるほど強くなる。そうすればきっとクロはどこかで見守ってくれている。
何一つ叶わなかった約束をどんな形でもいいから叶えたい。
少しでもクロとの繋がりを残したいとの、虚しい理由で。
これが精霊術士として開花し、五年足らずで序列十位に上り詰めたロロベリアの志全て。
故にアヤトの理由も知りたい。
精霊力を持たずして精霊術士をも圧倒する常識外れの強さ。
騎士団に入りたいわけでもなく、復讐のような禍々しさもない。純粋なまでの強さ。
どのような理由があればここまで強くなれるのか。
色々考えたがアヤトを理解するのは、その強さの根源を知ることが一番の方法だとロロベリアは思えた。
「ふん……ずいぶん根掘り葉掘り聞きやがる」
悪意のない気持ちが伝わったのかアヤトは不快感を抱いた様子もなく苦笑。
「お前は強くなりたいか」
「…………」
不意の問いかけにロロベリアが硬直。
「サボるな」
「……あ、ごめんなさい」
掃除の手も止めたことを注意され取りあえず動き出す。
「急にどうしたの?」
「いいから答えろ」
面倒くさそうに促すアヤトにロロベリアは頬を膨らませるが、ふと気づく。
アヤトから質問されたのはこれが初めてだ。
問いかけるのは相手に興味を示す故の行動。
つまりアヤトがロロベリアに興味を、知ろうとしてくれたのか。
話の流れで気まぐれに聞いてみようとしただけかもしれないが、それでもロロベリアは嬉しくなる。構ってちゃんと呼ばれても否定できない。
なら正直に答えるべき、相手を知るにはまず己を知ってもらうことが大切だ。
「そうね、世界を守れるくらいには強くなりたいわ」
「世界を守る……か」
包み隠さず口にしたロロベリアの根源を反すうしたアヤトの口元が緩む。
「あなたから聞いておいて、笑うのは失礼じゃないかしら」
「いや、すまない。別にお前の志しを笑ったわけじゃない」
「なら……いいけど。それで、あなたの志は何なの?」
「サボるなと言ったハズだが」
今度はアヤトの番なのに聞く耳もたずで、再び手を止めていたことを注意されてしまう。
「人に聞くだけ聞いておいて、ずるくない?」
「いいからさっさとやれ」
批判も手を振り流され、掃除をしつつも不服を募らせるロロベリアだが
「終われば遊んでやるぞ。構ってちゃん」
「…………へ?」
思わぬお誘いに三度手を止め、注意されてしまった。
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