エレノア、苦言を告げられる
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合同訓練二日目。
カナリアが修正した訓練方法にラタニ、アヤトの個人指導が加わり一巡目も終了。
休憩後は訓練を再開ためそれぞれが陣地に移動を。
二巡目の個人指導を受けるペアの順番は同じ。ただ両者の個人指導を受けるのは交代制なのでカイルはラタニと共に個人指導用の陣地へ。
つまりエレノアがアヤトの個人指導を受けるわけで。
「カルヴァシア、お願いします」
「ああ」
向き合い一礼するエレノアに対しアヤトはおざなりな相づちを。
以前のエレノアならこの態度を許せなかった。現に初めて言葉を交わした学院生会室では我慢できず精霊力を解放しレイピアを突きつけたほど。
だがもう不服すら沸かないのは、あの頃よりアヤト=カルヴァシアという人物を知っているからで。
王国最強の精霊術士のラタニ=アーメリと互角に立ち合える実力もそうだが、やはり彼の為人を知れたことが大きい。
悲惨な過去をもちながら誰かを恨むことなく、むしろ父――国王を叱咤激励し、以降も秘密裏に国のために貢献していると聞く。
そして先に直接指導を受けたカイル、ティエッタ、シャルツはボロボロにされながらも指導前よりアヤトを評価していた。強さに拘るティエッタは特にだが見合った精神がなければ敬意を払わない。
まあディーン、ユースと休憩時間を利用して模擬戦をしたリースはやり返すと燃えていたが、それでも彼に対する悪意は感じられない。
実力のみなら認められなかっただろう。
しかしアヤトには実力以上の魅力があるから個々で向き合った者は更に認める。
加えて先に終えたカイルが見せた表情、まさにエレノアはこの時間を楽しみにしていた。
厳しいのは指導を受けた者の姿で理解している。
それでも優秀な二人の兄に恥じぬよう、誇れる自分を目指すエレノアにとって望むところ。
「指導内容は模擬戦と聞いている。合図はどうする?」
「好きに始めろ」
コートのポケットに手を入れたままアヤトは面倒げに返す。
ならばとエレノアは精霊力を解放、髪と瞳がルビーのような紅い輝きを帯びる。
レイピアを抜き一呼吸、気持ちを落ち着かせて地を蹴った。
「はあ!」
気合いと共に距離を詰めレイピアを繰り出すもアヤトは身体を捻り余裕に躱す。
もちろんエレノアも驚くことなく、怯むことなく責め立てる。
「く……っ」
だが当たらない。
どれだけレイピアを振るっても、突き立ててもステップを踏むような軽やかさで最小限に、しかもコートのポケットに手を入れたまま躱される。
ヒュンヒュンとレイピアが空を切る音が空しく響く。
「やはりな」
冷めた目を向けながら何かを納得したようにアヤトが呟くも、まるで手応えを感じないエレノアは焦りで耳に入らず。
この状況を打破するべく、精霊術を織り交ぜた戦法に切り替え――
『燃え――』
「よっ」
振り上げと共に言霊を紡ごうとした瞬間、上体を反って躱したアヤトがそのままの勢いで後方宙返り。更に振り上げた足がレイピアを蹴り上げた。
「…………っ」
虚を衝かれた反撃にエレノアは言霊を紡ぎきれず、衝撃でレイピアが手から離れてしまう。
「本当に精霊術士さまは得物を手放すのがお上手だ」
宙を舞ったレイピアを左手で掴み、アヤトはそのまま肩に乗せてほくそ笑む。
「で、こいつを返して続行するか」
「――このまま続行する!」
アヤトの申し出を拒否しエレノアは後方へ下がる。
武器を手放したのは自身の失態。いくら模擬戦といえど甘えるわけにもいかない。
それに武器を失ってもまだ精霊術がある。
ラタニの精霊術を躱せる相手を捕らえられるとの自惚れはない。
しかし最後まで諦めるわけにはいかないと距離を空け――
『燃え射貫け!』
精霊術を発動、火矢がアヤト目がけて襲いかかる。
「ならこのままお勉強を始めるか」
被弾寸前で避けたアヤトもようやく動きだし。
『焼き貫け!』
「お前は剣術、精霊術とそれなりの才があり頭もそこそこ使える。故に序列五位さまになれたんだろうよ」
軌道を読んでいるかのように避けながら距離を詰め。
『燃え阻め!』
「だが近い内にここにいるひよっこ連中の誰よりも弱くなる」
お返しとばかりに避ける方向を読み炎壁を顕現するも瞬時に軌道修正されて。
『燃え囲め!』
「なんせお前の剣術、精霊術の才はそれなり程度だ」
自身の周囲を炎で囲い覆うも。
「返すぞ」
「…………」
炎の壁を悠々飛び越え、目の前に着地したアヤトは手にしていたレイピアをエレノアの腰にある鞘に戻す。
この余裕よりも。
朧月を抜かせることなく終えたことよりも。
アヤトのお勉強がエレノアの胸を抉った。
ここに居るメンバーの誰よりも才能がない。
今は序列五位でも近い将来追いつかれ、追い抜かれてしまう。
ディーンやランは序列入りしてから徐々に実力を上げてきた。
序列継続戦でみせたロロベリアの強さ。短期間で見違える成長を遂げた彼女や、選抜戦で見せたリースの成長、ユースの隠された実力も目の当たりにして。
なにより優れた二人の兄。
自分はレイドの次に序列一位になると豪語してるも、それは気持ちを奮い立たせる強がりでしかなく。
毎日厳しい訓練を自分に課しているのも上を目指すとの気持ちより、不安に駆り立てられてにすぎない。
つまりエレノア自身も周囲よりも劣っていると感じていた。
そこへ相手の実力を読み取るのに長けているアヤトに断言されてしまい。
「……そう、かもしれないな」
全身から力が抜けて膝を突き、初めて弱音を吐露してしまう。
「私には才がない……分かっていた」
打ちひしがれ自嘲気味にエレノアは笑う。
痛々しい姿に、しかし呆れたようにアヤトはため息一つ。
「ま、それ以前に致命的なものが足りねぇがな」
「致命的な……もの」
その指摘にエレノアは顔を上げる。
才よりも致命的な足りないもの。それは果たしてなんなのか。
どこか縋るような視線にアヤトは再びため息を吐く。
「今のところ次期国王の座は第一王子さま、第二王子さまの二強で王女さまの指示は一割もないらしいな」
不意な話題転換はまたエレノアの胸を抉る。
ファンデル王国は過去女王が国を統べる時代もあり、王位継承権はいかに国の未来を導くに相応しいかを重視するので男女関係なく平等に与えられている。
他国よりも条件下の良い状況におかれて尚、アヤトの言う通りエレノアの支持率は限りなく低い。
これは自分が王の器にないとの証明で、上げた顔が再び下がっていく。
「そこで俯くから足りないものに気づかないんだよ」
だが、そんなエレノアを批判するようにアヤトが吐き捨てる。
「お前がたいそう憧れているお兄さま方を相手にしても、一割以下といえど指示されてるんだろう。つまりお兄さま方よりもお前に国を導く王に相応しいと期待していると分からんのか?」
そのままエレノアが見えていない視点から今の状況を説明した上で。
「分からんだろうな。王女さまは一割程度の国民の期待よりも、二人のお兄さまの背中にご執心だ。それとも一割程度の王国民では物足りか。さすが王族さま、贅沢であらせられる」
彼らしい嫌味を込めて、なぜ見えていなかったかを指摘して。
「どちらにせよ一割程度の王国民の期待にすら応えられん王女さまに資格はないか」
自分に足りない致命的なものが何かを遠回しでも教えてくれた。
「ま、あくまで例えだ。別にお兄さま方を出し抜いて国王になれとは言わん。ただお兄さま方の背中を追うだけで満足している、三番手で甘んじる奴は本気で上を目指す他の奴らにはいつか劣るだろうとのお話だ」
お勉強は終わりだと言わんばかりに距離を取るのが気配で感じ取れて、エレノアは三度顔を上げた。
やはりこれ以上の助言はするつもりがないようで、視界には背を向け遠ざかるアヤトの姿が。
その背を眺めつつ、エレノアは立ち上がりながら助言を下に自身の間違いを正していく。
エレノアは優秀な二人の兄に恥じぬよう、誇れる自分を目指していた。
しかし優秀な二人の兄は王族として王国民に恥じぬよう、誇れる自分を目指している。
言ってしまえば見ているものが違う。背負っているものが違いすぎる。
ただでさえ優秀な二人。
なのに劣る自分は背中を眺めているだけで満足していた。
それで二人の兄に恥じぬよう、誇れる自分になれるはずがない。
加えて目の前にいるアヤト=カルヴァシア。
ラタニが言っていた。
それなりの身体能力を得て、それを生かし切るだけの訓練を積んだことで常識を覆す強者となったと。精霊術どころか精霊士の才さえない持たぬ者がだ。
対しそれなりだろうと剣術と精霊術の才がある自分は恵まれている。
ならそれなりの才を生かし切り、覆す強者とならなければ誇れないではないか。
こんな自分を優秀な二人の兄よりも認めてくれる王国民が一人でも居るのなら、その期待に応えずして王族の資格なし。
つまりアヤトが指摘した致命的に足りないものは。
エレノア=フィン=ファンデルという誇りだ
「……少しはマシな面になったじゃねぇか」
助言から自分なりの答えを導き出したエレノアに、距離を空けて再び向き合ったアヤトがほくそ笑む。
「これで多少は遊ぶ気になれる」
そして今度は朧月を抜き肩に乗せた。
「多少……か」
つまり開始時よりは認めてくれた証拠。ただあくまでマシになった程度。
恐らく他のメンバーに比べると遊び相手としての評価は低い。
「まだ何も成してねぇ王女さまにそこまで期待する必要もないだろう。違うか?」
「違わないな」
だが手痛い返しが先ほどより晴れやかな気持ちで受け止められる。
なんせこれからだとエレノアはレイピアを抜く。
アヤトとの実力差は歴然、誇りを抱いたところで覆せるはずもない。
ならどうするか?
簡単だ。
剣技で劣るなら劣らないだけの研鑽を積めば良い。
精霊術が当たらないのなら、当てるだけの研鑽を積めば良い。
諦めず、立ち止まらず。
それが王国民に恥じないエレノア=フィン=ファンネルの王族としての在り方だ。
(なんならカルヴァシアに認めさせて、私もお兄さま方の継承権争いに参戦するのもいいな)
今までの自分では考えられない大胆な目標を見出しながらエレノアは精霊力を解放。
「ならば私の王女として成すべき姿で期待させてやろう!」
「だといいがな」
これからの自分を想像しつつ笑顔で地を蹴った。
◇
「……見事にやられたな」
個人指導が終わり合流したカイルは苦笑でエレノアを出迎えた。
体中に痣や傷を携え髪はぼさぼさ、何度も倒れたのか身体の至る所が土で汚れている。
「カイルさまの言う通りでした。彼の指導は先生とは違う……だからこそ、得るものがありました」
自分の時以上の満身創痍、なのにエレノアの表情は満足げに報告してくる。
その気持ちはカイルも同意できた。
アヤトの指導は心構えや技術だけでなく、人としての強さを教え導くものがある。
だからこれまで指導を受けた者は違う目付きになり、エレノアもまた同じで。
「故にカルヴァシアには礼をせねばなりません。必ず一太刀浴びせてみせます」
「そうか。しかし礼が一太刀とは矛盾していないか?」
エレノアを王女と言うよりも妹のように見守ってきたカイルは良い傾向と感じつつおどけると、不意に苦虫を噛み潰したような表情に変わり。
「それとこれとは違うと言いますか……確かにカルヴァシアは尊敬すべき強者。ですが――」
「たく、所詮は少々マシになった程度の王女さまか。これならリスをからかっている方がまだ楽しめた」
「……それとこれとは違うんですっ」
背後から聞こえる嫌味を含んだ独り言にエレノアの瞳には明らかな怒りが宿っていて。
「……だな」
自分の時はロロベリアと比較されたのでまだ良い方なのかと分析しつつカイルは再び同意した。
VSシリーズ(?)でのエレノア編でした。
彼女だけ精神的な指導なのでオマケにして良かったかな、と思ったりしてますが如何でしたか?
さて、次こそ帝国編……でもなくてですね、次回更新は外伝になります。
四章も終幕したところで、そろそろ挟んでおきたい内容でもあり、五章の帝国編をより楽しめる……かもしれません!
また外伝なので全8話くらいを予定、なので外伝『はじまりの物語』をお楽しみに!
みなさまにお願いと感謝を。
少しでも面白そう、続きが気になると思われたらブックマークへの登録、評価の☆を★へ!
また感想もぜひ!
作者のテンションがめちゃ上がります!
読んでいただき、ありがとうございました!