意外な結末 3
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『――水の弾道!』
ロロベリアが手を振り下ろすと周囲に九つの水塊が顕現。二〇メル離れたアヤト目掛けて次々と飛び出していく。
常人では目視不可能なスピード。しかしアヤトは闘技場を大きく駆けて回避。
『奮え・奮え・空を海へと輝かせ』
間髪入れずロロベリアは新たな詩を紡ぎ頭上に無数の鏃を顕現。
『泣き狂え――天上の涙!』
剣を持つ右手を振り払いアヤトの進行方向を塞ぐように水の鏃が降り注ぐ。
「……うぜぇ」
迫り来る水塊と鏃に挟まれたアヤトは煩わしげに刀を地面に突き刺すことで急停止、瞬時に掛かる反動で半回転しそのままロロベリア目掛けて飛びかかる。
「ちっ」
しかし寸前で前方への踏み込みを上体を反らすことで強引に後方へ転換。
なぜなら更に詩を紡いでいたロロベリアが剣を地面に突き刺していて。
『噴け――水脈の逆鱗!』
まさに飛び込もうとした地面から瀧のような水流が逆噴射。
直撃していれば上空へと吹き飛ばされていたが、アヤトは後ろへ飛ぶことで回避。空中で身体を回転させて水塊と鏃が降り注ぐ後方に着地した。
「さすが序列十位さまと言ったところか」
「……嫌味にしか聞こえないわ」
この称賛をロロベリアは素直に受け入れられない。
単発で狙ってもアヤトの速さに翻弄され、策を練った三連続の精霊術も神業的な動きで躱されてしまった。
どれだけ精霊術が強力だろうと当たらなければ意味はない。
ただアヤトが称賛するように、一学生でこれほど精霊術を操れるロロベリアは序列十位に恥じぬ実力。
ここまで連続して操れるのは学院内でも何人いるか。
だがその称賛は嫌味だ。
闘技場内はロロベリアが放ち続けた水の精霊術で地面は泥濘状態。
特にアヤトの周囲は水溜まりだらけだ。
踏ん張りを利かせなくして消えるような動きを封じ、目で追えるようにはなったがそれでも速い。加えてあの判断力と実行できる身体能力はデタラメすぎる。
そもそも持たぬ者が精霊術を躱すことこそ異常。観覧席にいる学院生は驚愕し、信じられないとこの攻防を疑っていた。
なのにロロベリアは嬉しくて仕方がない。
憤りから始まった模擬戦。
同じように驚愕し、信じられないと感じていた。
それでも今は純粋に嬉しかった。
アヤト=カルヴァシアを知りたくて少しでも接点をと学食に通った時よりも、彼を知れている。
ここに居る誰よりも彼が強いと知ることが出来た。
「ふん……まだ舐められているようだな」
自然と浮かぶ笑みを、アヤトは勘違いしたのか不満げに指摘。
「いつまでウォーミングアップを続けるつもりだ。いい加減本気を出せ」
その勘違いは攻められない。ロロベリアは変換術を可能とした実力で序列十位になった。
つまり殺傷力の低い水の精霊術を使い続けているのが、相手を気遣っていると思われている。
「まさか……私は本気よ」
だがそれでも勘違いだ。
本気だからこそ水の精霊術を使い続けた。
変換術は攻撃力が増す分、発動に時間が掛かる。
ただでさえより速く発動できる水を平然と躱す相手に使うのは無駄な行為。
精霊術は無尽蔵の力ではない。
術者の精神が負荷に耐えられず意識を失う。下手をすれば死すら招くリスクがある。いくらロロベリアでも長くは持たない。
故に準備をしていたのだ。
同じ精霊術士が相手なら見抜かれていた狙い。
しかし精霊力を感じられないアヤトにだからこそ通じる罠。
死ぬ気で考えつき、後は実行するだけ。
「だって全力で挑まなければ――私を知ってもらえない!」
雄叫びを上げてロロベリアは限界まで高めた精霊力を声に乗せる。
『広く・広く・染め上がれ我が領土……っ』
紡ぐ詩に呼応し、精霊力が剣を伝って地中へ。
そして流れる精霊力に反応して湿った地面が青白く光り――
「……なんだ」
ここでアヤトが異変に気づくが、もう遅い。
『彼の者を射止めよ――氷像の舞台!』
ロロベリアの声が広がるように地面が輝きを帯び、水の精霊術で濡らしていた箇所全域を氷の大地へと変貌させた。
急激に気温の下がる中、氷に足を取られたアヤトは氷の大地を見渡し白い息を吐く。
「変換術だけでなく、このような芸当も出来たのか」
水の精霊術で生み出した水が染みこんだ大地に剣伝いで自身の精霊力を送り込み凍らせる。
原理としては理解できるが、一度制御から離れた水を氷に変化させるのはただ変換術を使うよりも多くの精霊力と繊細な制御が必要。
事実ロロベリアの消耗は激しいようで顔色が悪く、感じる生気も弱々しい。
そもそも一流の精霊術士なら剣伝いにしなくとも、ギリギリまで反応させずとも可能としたはず。これだけ時間を掛けてしまえば精霊力の流れで狙いを読まれて対応されただろう。
故にアヤトには通じる罠、足場を氷で覆い尽くし動きを封じることがロロベリアの狙い。
「当然よ……私も知らなかったもの」
「あん?」
この返答にアヤトは眉根をひそめるが嘘偽りなく、ロロベリアも初めて挑戦した術。
悔しいがアヤトは強い。
このままでは勝てないと悟ったからこそ挑戦した。
無謀な賭、一歩間違えれば命が危うい精霊術をまさにロロベリアは命がけでその一歩を踏み出した。
「今の私で勝てないのなら……今の私を超えればいい」
「…………」
「私の本気が、伝わったかしら」
あなたに勝ちたい一心で危険な一歩を踏み越えた。
その覚悟を込めてロロベリアは抜いた剣をアヤトに向けた。
「どうやら、俺は勘違いしていたようだ」
伝わる覚悟にアヤトは自身の非を素直に認める。
ならばとロロベリアは残る精霊力全てを消費させて水の鏃を顕現。
やはり無理をしたせいで手のひらサイズの小さな鏃が一つ。しかしこの戦いを終わらせるには充分。
「降参して。理由は言わなくても分かるでしょう」
互いの距離は二〇メル弱。加えてアヤトの足と周囲は氷で覆われている。
氷を砕いてもこの状況下で従来の速さは出せず、飛び越えようにも身動きの取れない空中では水の鏃を躱せない。
精霊力を感じられるか否か。
攻撃範囲の差。
最後に精霊力を持つ者と持たぬ者の差が勝敗を決めるとは皮肉なもの。
それでも、アヤトからは焦りが微塵も感じられない。
「勘違いしたワビとして、お前の甘さを教えてやる」
「……負け惜しみ?」
「そうかも――な」
言い終えるや否やアヤトは刀を投げつけた。
しかし踏ん張ることすら出来ない状況では脅威にならず、ロロベリアは真っ直ぐ迫る刀を冷静に剣ではじき返す。
最後まで諦めない姿勢は素晴らしいがこれで完全に無防備。
「……え」
勝利を確信したロロベリアの視界には右手に銀色のナイフを持つアヤトの姿。
「戦う相手が事前に自身の武器を教えるとでも思うか?」
右腕を振ると同時にロロベリアの視界が暗転した。
◇
「はい、しょーしゃアヤチン」
ラタニの緩い宣言を合図を空を眺めながらロロベリアは聞いていた。
「いくら精霊術士でも消耗した状態で、額をナイフでゴツンコされたら戦闘不能。この判定に文句はないね?」
「…………」
「よろしい。んじゃ、顔ふきな。いくら刃引きしたナイフでも傷つくからね。それと早く治療せんと可愛いお顔に傷が残るよ」
上半身を起こしコクンと頷くロロベリアにラタニは羽織っていたローブを脱いで被せる。
上位精霊術士の証である格調高いローブをタオル扱い。本来のロロベリアなら咎める行為でも今は素直に従って額から伝う血を拭う。
限界以上の術行使による疲労や緊張感が途切れたこともあるが、やはり敗北がショックなのだろう。
当然と言えば当然だ。
歴史上、精霊術士が一般騎士に敗れた記述はない。
それほど戦闘能力に差があるのに騎士ですらない学食の調理師に敗北。下手をすると自信をなくして学院を去るほどの屈辱だ。
ロロベリアに限ってそのような選択はしないだろうと、ラタニはあえてこの模擬戦を許したのだが。
「……それにしても、まさかまさかの大技だったねぇ」
制御を失ったことで凍結が解除され、泥濘だらけの地面を見渡しラタニが頭をかく。
一応いまは一学生の訓練中、まだ他に模擬戦が行われるのにこれでは使用不可。
「しゃーないか」
小さく息を吐いたラタニの赤髪と紫の瞳がエメラルドよりも澄んだ翠へと変わり、無造作に両手をパン、パンと叩く。
音の反響と共に一陣の風が吹き抜けた瞬間、模擬戦前と変わらぬ乾いた地面へと変化を遂げた。
「相変わらずデタラメな力だ」
ラタニの精霊術による現象を目の当たりにしたアヤトは落ちた刀とナイフを拾いつつ呆れてため息一つ。
本来、精霊術の発動には詩を紡ぐ必要がある。
才ある精霊術士ならば詩を紡がなくとも一言で発動する言霊と呼ばれる技術もある。
しかし言霊すら発することなく拍手で発動してしまうラタニは規格外、王国最強の精霊術士に相応しい実力だ。
「あんたには負けるさね。なんたって学院序列十位の精霊術士を倒しちゃうんだからさ」
「皮肉か」
「せーかい」
にまにま顔のラタニを一瞥してアヤトが苛立ちを露わに舌打ち。
「……まあいい。で、もう帰っていいのか」
「その前にロロちゃんと握手でもしたら? 一応健闘して見せたんだし、一声かけてもバチは当たらんっしょ」
「何を言っても聞こえてねぇだろ」
アヤトが首を振るようにロロベリアは今だ放心状態で、視線だけは向けているが見えているかも怪しい。
「なにより馴れあいは嫌いでな。聞こえるようになったら一言だけ伝えてくれ」
「おねーちゃんを小間使いとはいい度胸さね」
「……誰が姉だ」
冷ややかな視線を向けながらもアヤトは耳を傾けるラタニへ口を開く。
「ふ~ん……どういった心境の変化だい?」
「さあな」
その言伝に興味を示すラタニをあしらいアヤトは背を向けた。
◇
「終わってみれば、アヤトくんの圧勝か」
ラタニの宣言を聞いたユースは複雑な気持ちで息を吐く。
ロロベリア渾身の精霊術も通じず、疲労とショックでへたれ込む姿は痛々しく。
対しあれほどの動きを見せたアヤトは最後まで息一つ乱していない。
他の学院生らは格上のロロベリアが持たぬ者に負けたという事実を受け入れがたく、観覧席は重苦しい空気が漂っていた。
「どこ行くよ姉貴」
「……ロロのとこ」
不意に立ち上がるリースに問いかければ弱々しい返答。
親友を気遣ってのことだとユースは追求せず手を振り見送る。
「それにしてもマヤちゃん、お兄さまって――」
続いて妹のマヤに意見を聞こうとするも
「? どこいった?」
先ほどまで共にいたマヤの姿はいつの間にか消えていた。
◇
「お疲れさまでした」
闘技場から通路へ移動したアヤトの背にかけられる声。
「実際に遊戯を楽しんでいかがでしたか?」
「……どうだろうな。ま、興味がわいたのは確かだが」
振り返りもせずアヤトは歩を進め、マヤもまた妖艶な笑みを浮かべて後に続いた。
「あら珍しい。兄様が依頼とは別に興味を抱くなんて。ぜひ教えて欲しいですわ」
「お前には関係ない話だ。どうでもいいが――」
「どうしました?」
不意にアヤトが立ち止まるのでマヤは小首を傾げる。
そのアヤトは観覧席に通じる階段を一瞥して再び歩き出した。
「……どうとでもなるか。なにより面倒だ」
「変な兄様」
クスクスと微笑むマヤを連れ立ってアヤトはそのまま闘技場を後する。
「気づかれてた……」
変わって階段を下りてくるリースは表情をしかめてしまう。
ロロベリアの元へ行く途中、二人の声が聞こえて咄嗟に隠れたがどうやらアヤトには気づかれてしまった。驚異的な戦闘力といい勘の鋭さ、やはりただ者ではない。
そして気配すら感じさせず先にここまで来ていたマヤ。
どうもカルヴァシア兄妹の存在は不気味だ。
加えて先ほどのやり取り。依頼がどうのと言っていたが何の話だろうか。
クロかどうか以外で興味はなかったが、謎めいた兄妹をどうやら調べてみる必要がある。
もしロロベリアが関係しているなら親友として見過ごせない。
だがその前にするべきことがあった。
「ロロのところに行かないと」
観衆の面前で持たぬ者に完全敗北。さすがのロロベリアも辛い思いをしているに違いない。
今は親友の為に出来ることは励ますこととリースは闘技場内へ向かった。
しかし――
「そ、そんな……本当に……冗談です、よね?」
「信じらんないだろうけど本当さね。あたしも驚いたけどよかったねぇ」
「ですが……いえ、よかったもなにも私は――」
「……なんの話?」
ロロベリアが取り乱しラタニがにまにまと笑っていてリースは眉根を潜める。
先ほどまで敗北に放心状態だったのに今はどことなく嬉しそうで、目を離している間に何があったのかと疑うほどだ。
「り、リース? べ、べつになんでもないの!」
「……本当に?」
「そーそー。ロロちゃんの頑張りが実っただけだから」
「アーメリさま!」
まだ身体に力が入らないロロベリアはしゃがみ込んだままラタニを制する。
「とにかく、私は平気だから。リース、心配してくれてありがとう」
「気にしないで」
微笑むロロベリアにリースは安堵。
よく分からないが親友が笑顔でいるなら今はいいと。
そんな友人思いなリースの知らぬ間に――
「……お、おはよう」
「ああ」
翌朝、学院の噴水広場でロロベリアは人目を忍ぶようにアヤトと会っていた。
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