【4話】勝負の行方と本音、それから…
「おはよ、陽菜乃。」
「おはよ、妃奈乃。」
定期テスト当日、陽菜乃と軽い挨拶を交わす。…さぁ、こっちは万全の準備で来たぞ。まったく負ける気がしない。
「まぁ、頑張ってね、陽菜乃。」
その自信を露わにし、陽菜乃にぶつける。すると陽菜乃が、
「そっちもね、妃奈乃。」
と。…どうやら自信があるのは向こうもらしい。いいじゃん、楽しくなってきたよ。さぁ、いざ尋常に勝負。
キーンコーンカーンコーン
チャイムと同時にみんなが席に座る。私も陽菜乃から離れて自分の席に座る。うん、なんか自信が沸いてきた。大丈夫、絶対大丈夫。このモチベなら絶対余裕。…嘘、ちょっと緊張してる。
〜
「解答、始め。」
先生の掛け声とともにペンの音が鳴り響く。私も、武田陽菜乃と名前を書き、問題用紙に目を通す。最初の教科は現代文。正直あんまり得意な分野ではない。でも、まぁ頑張るしかない。最初の教科でこけるのは痛い、できればそれなりの達成感を得て次につなげたい。
「…」
妃奈乃のアドバイス通り、教科書の本文を丸暗記するぐらい読み通しておいてよかった。しかも、妃奈乃の注意したところがぴったり問題に出ている。…やっぱさすがだね、妃奈乃。でも、申し訳ないけどそれは敵に塩を送ってるだけにすぎないよ。そこまで得意でない現代文に対してスラスラと筆が進む。…これは、大きい。さっきまで心を縛ってた負のイメージが嘘のように溶けていく。そして問題も解けていくっていう最高の流れ。手の震えも嘘のように消えている。よし、いける、いける!全ての問題を解き、確認も終えたあたりで、
「はい、やめ。解答を前に送って。」
先生の掛け声とともにペンの音が止まり、代わりに各々の感情が教室内に響き渡る。私の感情は、自信と安堵。それと…、闘争心。うん、いける。絶対に勝つから。
〜
「始め。」
二コマ目、生物。暗記の得意な陽菜乃に対して私にとっては大敵。覚えるだけ、その単純なことが私にはできない。暗記教科を解いてるとき、覚える教科にも力がいるんだなぁってつくづく思い知らされる。ほら、一問目から空欄だもん。…はぁ。
「…」
ただ、溜息が出たのは一問目だけだった。そこからは快調。これもわかる、これもわかる、これは…確かこれ。空欄の解答用紙が文字で埋まっていく。快感。ひょっとして、私って天才?それで、これは…、あ…。この問題、陽菜乃が言っていたやつだ。うん、これは悔しかったから全力で覚えた。だから余裕。これも…、陽菜乃が言っていたやつだ。余裕。見返すと、4分の1は陽菜乃が言っていたやつだ。陽菜乃、ひょっとして問題用紙見たんじゃないの?そう疑わざるを得ない的中率。愚か者め、私にこんなサービスを送るなんて、勝っちゃうよ?本当に勝っちゃうよ?最後に一問目をなんとなく思いついた単語で埋め、号令を待つ。十数分後、
「解答、やめ。後ろの人、解答を回収してください。」
テスト終了。
「よしっ…!」
テストの手ごたえの良さについ声が漏れる。うん、これはいける。絶対勝つよ、陽菜乃。
〜
「解答、やめ。」
保健のテストは…正直私も妃奈乃も得意じゃない。というより、勝負の対象外になっているからあまり緊張もない。ごめんね、先生。ただ、この号令をきっかけにテストは全て終了した。
「よっしゃ、終わったー!遊ぼうぜ!」
「もう絶対赤点だよ、やだー!」
抑圧された感情がそこかしこで爆発している。そんなみんなを眺めていると、妃奈乃がこちらに向かってきた。
「お疲れ様、どうだった?」
自信ありげな妃奈乃の顔。どうやら上手くいったらしい。
「上出来。妃奈乃も、上手くいったみたいだね。」
「まぁね、多分余裕で勝てるよ。覚悟しておきなよ。」
「それは、こっちのセリフ。」
数言交わし、妃奈乃は席に戻る。私も部活の準備を始める。もう、やるべきことは全てやった。あとは、返ってくるのを待つだけ。…わくわくと、ちょっとドキドキ。
・
・
・
「じゃあ、テスト返すぞ。」
いよいよ最後のテストが返される、その教科は古典。では、現状の結果を報告しよう。8教科帰ってきて、私、上杉妃奈乃、725点。対する武田陽菜乃、729点。私、4点ビハインド。確かに私は負けているが、その差は4点、射程圏内だ。しかも返ってくる教科は古典、私の得意教科かつ陽菜乃の苦手教科だ。全然勝ちの可能性はある。
「青山ー。池田ー。井上ー。」
次々に名前が呼ばれる。私は…、次だ。
「上杉ー。」
帰ってきた答案をすぐに閉じ、席に戻る。…その場で見る余裕がないんだよね、私。か弱い乙女なの。そして、運命の最後の答案を開く。そして反射的に、名前の横に書かれた数字を見てしまう。
…95点。
…よし!これは大きい!!陽菜乃が91点以上取らない限り私に負けの芽は無い。しかも陽菜乃は古典が苦手だ。…きた、きたきた、勝った!私が希望のオーラを全面に出してる真っ只中、先生から決定打となる一言が。
「平均点は55.3点。最高得点は95点。90点以上はこのクラスに一人しかいなかったぞ。」
90点以上が…、私だけ…?…勝った。勝った!勝った!!!今この瞬間勝ちが確定した!!机の下で何度もガッツポーズをとる。これで陽菜乃はどんなに頑張っても89点!間違いなく勝ち!勝ち勝ち!!!喜びを全面に出し前の方に座っている陽菜乃を見る。今、陽菜乃はどんな表情をしているだろう。そして、どんな表情に変わるだろう。あぁ、楽しみ。悔しがっている陽菜乃の顔を見るのが本当に楽しみ!そうして、私は先生の解説を全く聞かずに妄想にふけった。…だってほとんど合ってるんだもん、許して、先生。
授業が終わった直後、すぐに陽菜乃の元に駆け出したい欲求を抑えて、ゆっくりと授業道具を片付け陽菜乃の元へ向かう私。あんまりすぐ行くと子供っぽいし、何よりドキドキ感が薄れるでしょ?王者の余裕ってものを見せつけるって作戦。ただその作戦が災いしたのか、陽菜乃は席にはいなかった。トイレかな?さては負けが怖くなって逃げたな。怖気づきやがって、まったく。
「ひなっち、テストどうだった?」
「ねぇ、どっちが勝ったの?どっちが勝ったの?」
私たちの勝負の行方を知りたがっている相も変わらずな3人が私のもとへ駆け寄ってくる。そんなみんなに対して私は、
「95点、多分私の勝ち。」
王者の風格を漂わせて余裕の発言を。
「えー、すごい!トップじゃん!!」
「しかも点差、確か4点だったよね。…あ、間違いなくひなっちの勝ちだね。」
友人たちは私のすごさに称賛の言葉を惜しまない。皆の者、もっと我を称賛したまへ。はぁ、愉快じゃ愉快じゃ。心まで王者に…あ、自分のイメージの王様っぽくなっちゃってる。恰幅のいい、ひげもじゃおじさんになっちゃってるかもじゃ。
「…ふぅ。」
そこに愚民の陽菜乃が戻ってくる。さぁ、ひれ伏すのじゃ。
「陽菜乃、ごめんね。どうやら私の勝ちみたい。」
先制で勝利宣言をする私。すると陽菜乃は、
「え?本当に?計算したら私に負けは無かったんだけど。」
と、謎の発言を。いやいや、その計算間違ってるよ。そんなんだから私に負けるんだよ。
「残念でした。だって私、古典95点だもん。陽菜乃は絶対勝てないはずだけど?」
さぁ、どんな顔をする?どのぐらい悔しがる?歯ぎしりで歯が無くなるんじゃない?
「…あ、え、本当に!?あ、え、そっかぁ…」
…あれ、予想と違う反応。確かに驚いてはいるが、単純な驚き。いっさい歯ぎしりしてないし、むしろぽかんと口を開けてるし。
「…陽菜乃、何点さ。」
一体、何点だったらそんな反応に…
「91点。苦手な教科だから、本当に良かった。」
…91?嘘だ!はったりだ!!だって、90点以上は私しかいないはず…、なんで…
「あれ、90点以上って一人しかいなかったんじゃなかったの?ひなっちが95点だし…」
「あ、もともと89点だったの。でも丸付けが間違ってたから先生に言いに行ってたんだよね。そしたら点数上がって91点になったの。」
…そんな姑息な技が。何がひげもじゃの王様だ。そんなものなれるかい、そもそも私は女や。
「えっと、え…?じゃあ、ひなっち、合計何点?」
「…820点。」
「ひなは?」
「私も820点。」
「…同点?」
確かに、何度計算しても、同点だ。うん、どう考えても、同点…。うわぁ、なんだろ、悔しくもないけど、喜びも薄いというか、もどかしいというか、こう余計に闘争心が駆り立てられるというか…
「え、うわ、運命的!」
「すごい!やっぱ仲良し~!」
「さすがおしどり夫婦!!」
外野が余計なはやし立てをしている。これならむしろ一点下げて負けても良かったんじゃないかと思うぐらいに。いや、前言撤回、それは絶対にない。1点上げればよかったんだ。いや、その1点が難しいんだけどさ。
「じゃあ、二人とも罰ゲーム~!!」
「「え!?」」
私と陽菜乃が同時に驚きの声を出す。いや、だって引き分けは…
「え、なんで?私たち、引き分けだから…」
陽菜乃も黙っていられなかったようで問いただしている。
「いや~、嫌な予感してたんだよね、この二人なら同点出しかねないって。だから、罰ゲームの提案するとき、言い方に注意したんだよ、いや本当に。」
「言い方…?」
「え~、覚えてない?私たち、『勝てなかった方は』って言ったんだよ?引き分けってことは、二人とも勝ててないから、二人とも罰ゲームってことだよ?」
…なにその詐欺の手口。いやいや、二人とも本音暴露とか、一番の罰ゲームだと思うんだけど。
「まぁ、さすがに引き分けなのに普通に罰ゲームするのはあれだから、ちょっとだけ譲歩してあげる。本人の目の前じゃなくていいよ、私たちにだけ教えてくれれば。」
いやいや、そんなに譲歩になってない。罰ゲームを取り消すのが最低の譲歩だから。
「いや、あのさ…」
「はい、そうと決まれば早速罰ゲーム!ひなは廊下に行って!私がついていくから。」
「じゃあ、私はひなっちのを聞く。」
「じゃあ私はひなの方に行こうかな~。」
私の発言はあっさり遮られ罰ゲームがつつがなく進行される。なにこの滑らかな段取り。さては勉強そっちのけでこの罰ゲーム考えてたな。勉強しろ。
「いや、あの…」
「はい、問答無用。」
「ほら、ひな。行くよ~。」
そういって連れ去られる陽菜乃。ドンマイ、陽菜乃。…と、私。
「さて、ねぇ、ひなっち。ひなへの本音は?」
「いや、だから、ただの敵同士だって。」
思った言葉をそのままぶつける。だから、これが全てなんだって。ただ、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、
「そう来ると思った。じゃあ、聞き方変えるけど…。なんで敵なの?なんで戦ってるの?」
…痛いとこ突いてくるなぁ。そう、本当に敵同士なんだよ。だから、戦ってるんだよ。じゃあ、なんで戦ってるのか、それだけは言いたくないんだよなぁ…
「…」
「ほら、早く、早く。」
「…陽菜乃には黙っててね。」
「うん、それはばらさないって。約束する。」
…もういいや、言ってしまえ。私が陽菜乃と戦う理由、それは…
「…ぇたいから。」
「え?」
「認められたいから!」
…うん、ずっとそうだよ。それなんだよ。陽菜乃はいつも私の面倒を見てくれてた。ちっちゃい頃からずっと…。それが嬉しくて、でも悔しくて…。まるで私だけが子供みたいで…。だから…。…もう言うよ、全部言うよ!!私は陽菜乃に認められたいの!褒められたいの!!心から、『妃奈乃、すごい…』って言ってもらいたいのっての!!それが私の憧れ!悪いか!!!陽菜乃!!!!
「陽菜乃に、すごいって思われたいから!それだけ!!」
うぅ、顔が真っ赤なのが体感でわかる。あっつ...。こんなの馬鹿にされるでしょ。言い訳準備、完了。
「…なるほどぉ、うん、可愛いじゃん!いいこと聞いた!!」
...意外にも褒めてくれる友達。可愛いって、それはどうなの?まぁ、馬鹿にされるよりは、いいけどさぁ...。はぁ、まさか私がこんな子供じみた考えて戦ってるとは、陽菜乃も思ってないだろうなぁ…。…っていうか、
陽菜乃はどう思ってるんだろう…
〜
「ひな~、吐いて~。」
「早くしてくれないと、私たちも困っちゃうよ?」
困ってるのは私です、はい、本当に。
「だから、敵同士ってだけ…」
「それ、禁止!ちゃんと本音!」
本音が禁止されました。八方塞がりです。退路、どこですか。
「本当にそれだけじゃないでしょ?まだ何かあるって顔、してるもん。」
「ひなっちにはばらさないからさ~。」
…はぁ、どうやら言うしかないようだ。この際もう妃奈乃にばれなきゃ、それでいいかな…。口にすら出したくなかったんだけどなぁ…。
「…わかった。言うから。」
「あ、やった~!」
「じゃあ、お願い。」
「…なんだろ、離れたくないの、妃奈乃と。」
「…え?」
だから、離れたくないの、妃奈乃と。昔はいつも私の後ろについて、私に頼ってきた妃奈乃。だから、いつも私が妃奈乃を助けてきた。…でも、小学校、中学校と進むにつれ、妃奈乃はメキメキと成長していった。その時、私、感じちゃった…、置いて行かれるって。私が妃奈乃を助けることができるから、妃奈乃は私の近くにいる。でも、もし妃奈乃が私よりもすごい人になったら?妃奈乃が私の助けを必要としなくなったら?…その時に隣にいるのは、本当に私?その答えを聞くのが少し怖かった。だから、私は妃奈乃に勝ち続けたい、勝ち続けなきゃ。少しでも長く妃奈乃の隣にいるために…。
「…そんな感じ。重いでしょ、笑ってもいいよ。」
こんな考えで戦ってるなんて、自分でも重いなぁって思う。仕方ないよ、本音だもん。二人は...引いた?引いたよね。
「笑いはしないって。愛を感じて、私はありよりのあり。」
「言い方の問題だよ~。要は、ひなっちをずっと傍で助けてあげたいってことでしょ?素敵~!」
...優しいね、二人とも。そっか、傍で助けてあげたい、か...。確かに、そう言われてみればそうかも。よし、これからはそう言おう、これなら少しは自分の考えに自信が持てる。...少しだけね。さて、私は言ったよ、妃奈乃。今頃、そっちでも本音をぶつけてるのかな。それとも、ただの敵同士が、本当に本音かな。………。
妃奈乃はどう思ってるんだろう…
〜
「さて、あとはひなが来るのを待つだけ。」
こんなこと言った後に陽菜乃と会うのかぁ...。いったいどんな顔して待ってればいいのだ。解答、プリーズ。
「...っていうか、陽菜乃には絶対に言わないでよ。」
「それは絶対守るって。私たちが影でにやにやするだけだから。」
それもちょっと嫌なんだけど。...開き直るしかないか、本心だし。...なんかちょっとすっきりしたし。
「ほら、ひなっちのところに戻るよ。」
「ほら、行こ~!」
今から、行くんですか、妃奈乃の所に。いや、表情がまだできてないから、本当に待って。メイクさせて、表情筋のメイクさせて。
「あの、本当に...」
「絶対言わないから、大丈夫!」
先読みで返事された。まぁ、いいけど、ばれても。なんか本音をさらけ出してちょっと心が軽くなった気分、清々しい。...嘘、やっぱばれたくないかも。
「お待たせ~。終わったよ~。」
「あ、こっちもおっけ。」
友人二人に陽菜乃が戻ってくる。…やっぱりあれだなぁ、あんなこと言った後だと、顔、合わせづらいなぁ…。
普段会ってる妃奈乃なのに、なんか妙に照れ臭い…。それは、妃奈乃も感じてるようだった。目がふわふわと泳いでる、おそらく私も。
「さて、二人とも。何か言うことある?」
言うこと…、いや、なんだろ、もう今更、陽菜乃に対して言うことなんて、あったっけ…。
えっと、あっと…、といろいろ考えるが結局あの言葉にたどり着く。妃奈乃の顔を見る。妃奈乃もどうやら、決まったようだ。
陽菜乃と目を合わせる。照れくささと、安心感が体の表面を包み込む。
そして、体の中から湧き上がってくる感情…、妃奈乃の自信に満ちた表情を見ると、この感情が湧き上がらないはずがない。
私が口を開く、それに合わせて陽菜乃も口を開く。
仲良しは…、認めるよ。こんな発言してたら言い逃れできないって。
「「次こそは、絶対勝つから。」」
結局勝負するのかぁ、私たち。
楽しいからいいけどさ。
ね、陽菜乃。
ね、妃奈乃。