【3話】罰ゲームと帰り道
「あぁ、駄目駄目、この公式を丸暗記したら。この公式の成り立ちっていうのはさ...」
昼休みに陽菜乃に数学を教える私。テスト10日前、この時期になると陽菜乃は数学や国語を勉強し始める、暗記教科を後に回す私とは対照的。にしても、
「ほら、これでちゃんと答えでるでしょ?あ~、ここをしっかりとやらないから駄目なんだって、陽菜乃は。」
あぁ、快感...。前半に国語、数学、英語を固めてる私なら、この程度の問題悠々と教えることができる。そして、暗記教科ばかりやってる陽菜乃はこの時期はこの三教科が弱い。すなわち、今の時点では私は圧倒的に陽菜乃よりも上なのだ。遥か上なのだ。何光年も上なのだ。陽菜乃の上に立ってるときの至福といったらこの上ない。
「...そっか、なるほど...。」
陽菜乃は普通に納得してるようだが内心では歯ぎしりして悔しがっているだろう。ざまぁ見ろ、へ~んだ。
「ねぇ、二人ともちょっといい?」
「え、なに?」
私が精神年齢ガタ落ちしてる中、いつもの3人が私たちに話しかけてきた。いや、大人ぶっている女性より子どもっぽい女性の方がモてるのよ?
「二人って今度のテストで勝負するんだよね?」
「うん、そりゃぁね。」
「じゃあさ、せっかくだし罰ゲームつけてみようよ!」
「「え?」」
二人揃って驚きのクエスチョンマークを返す。
「私たち、考えてきたんだよね、罰ゲーム。勝てなかった方は正直に相手への本音を告白すること。」
「二人の本音、気になってたんだ~。」
なにその罰ゲーム。まったく、わかってないなぁ。どうやら私達がツンデレとか照れ隠しとかの類を想像してるらしい。いやいや、あのねぇ、
「本音って言っても、私達はただの敵同士だけど。」
...え、先手取られたんだけど。
「うん、そう、敵同士だから。」
と、後に続く私。なんかこのパターンって私の方が分が悪いよね。なんだろ、二人って両想いなの~?って聞かれたときのシチュを想像しちゃう。私は慌ててテンパってる人。相手、すなわち陽菜乃は別にとか普通に答える人。そして私だけが悲しくなりつつ私だって興味ないとか半べそで言っちゃうパターン。そんなこと無いからって声を大にして叫びたい。でも叫んだらそれこそ悔しがってる風だよね。ってかそもそも両想いなの?なんて聞かれてないか。
「じゃあ、本音聞いても問題ないよね?」
「問題ないっていうか、それ以上でも以下でもないっていうか、面白み無いっていうか...。」
「うん、そう、それ。」
私、相槌しか打ててないんだけど。いいよ、発言の場になったら思いっきりただの敵だ~!って叫んでやるから。...いやいや、それだと私が負けてるじゃん。勝つんだって。勝って言わせてやるんだって、実は妃奈乃に憧れていたんです~!って。...言わないか。
「じゃあ、決まり~。テスト終わりが楽しみ~。」
「はぁ、なんとかこれでテスト期間乗り切れそう。」
「乗り切れそうってか私達も勉強しないと。赤点とか取りたくないし。」
「うわ、そうだ~。じゃあ、ひな、ひなっち、頑張ってね~!」
謎の罰ゲームを残して去っていく私の友人達。う~ん、こんなので楽しみが増えるのか、あの人たちが考えてること、私にはわからんぞい。
「...そっか、ここがこうなるから…」
いち早く問題に戻る陽菜乃。その切り替えの早さには流石の私も感服させられる。
「なるほど、わかった。ありがとう、妃奈乃。」
「別に、まぁこのぐらいの問題なら、余裕だから。」
「そっか、流石。」
なに余裕かましてんのさ。余裕なのは私なんだって。ムキーッとなりたい衝動を抑えてる私に対して陽菜乃が、
「じゃ、まぁせっかく罰ゲームも決まったんだし、何を言うかぐらい考えときなよ。」
え?一瞬何を言ってるかわからなかったんですけど。いやいや、私は考える必要ないんだって。必要なのはそっちだって。もう、ちゃんと注意してあげないと。
「考えるのはそっちでしょ?テスト終わりにもやることあって大変だと思うけど、頑張って。」
言ってやったぜ、ドヤァ。さぁ、これで妃奈乃も悔しがって...
「えっと、次の問題は...」
ムキーッ!って言いかけた。何さこいつは。なんでこうもすぐに切りかえれるのさ!いや、私は負けてないからね、負けてないからね!!ムキーッッ!!!
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・
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ポチャン
お風呂場の浴槽に、私の右足を投入。続いて左足、そして胴体。
ザーッ
体が入ると同時に溢れたお湯が流れていく。はぁ、お湯が溢れる音を聞くとがどうしても自分の体重が増えてないか心配になる。う~ん、今晩食べすぎちゃったかも。
「はぁ~…」
そんな心配を入浴時独特の溜息と一緒に吐露。はぁ、お風呂気持ちいい。
…罰ゲームかぁ。昼休みのことを思いだす。陽菜乃に対する本音って言われても、本当にただの敵同士だ。それ以上でも以下でもないし、面白みも無いぞ。…あれ、お昼に陽菜乃が言っていたセリフと同じこと思ってる気がする、まぁいいや。本音かぁ、まぁどうせ勝つ私にとってなんの関係もないことだけど、もし万に一つ、いや億に、兆に、京に、垓に、…次の位忘れた、に一つ私が負けた場合、陽菜乃に対してなんて言うんだろう。
…別に、仲良くなりたいからではない。っていうか、仲が悪いとも思ってない。もともと幼稚園からずっと一緒だったし、喧嘩こそしたことはあるけど根本的に人格を否定するつもりはないよ、…私はね。だからよくある戦いを通しての絆、とか戦い終わったあとの握手とかを求めてるわけでは無いよなぁ、っていうか男同士の青春じゃないんだから。
勝って優越感に浸りたい、うん。それはあるかも。陽菜乃に勝った時はすごく達成感に浸れる。勝った後の陽菜乃の悔しそうな顔を見るとガッツポーズをぶちかましたくなる。っていうかぶちかましてる。毎度ぶちかましてる。うん、これが本音だな、と自分を納得させようとする。…させようとしているあたり、これだけじゃないんだよなぁ、きっと。
そもそも戦いが好きとか?いや、他の人と戦ったことなんてないし、あんまり興味もわかない。やっぱり戦うなら陽菜乃とじゃないと嫌だな。別に他の人と戦ってもいいけど、100%の本気は出せなさそう。そうやって、お湯の中であれこれ考えているうちに、
「…あっつ。」
やばいやばい、のぼせちゃう。陽菜乃のことを考えてのぼせるとかそんな失態を犯すわけにはいかない。そんなことがあったら恥ずかしさで火照ってまたのぼせちゃうよっての。体を浴槽から叩き出して浴室から出ようとする私。そこに電流、ビビビッ。
「…これ、かも。」
お前か、私の本音。うん、これなら納得だよ、認めてやるよ。…でも、絶対にお前は外には出さない。この感情を陽菜乃に知られたくない。これこそ恥ずかしい、のぼせちゃう。
「…勝てばいいんでしょ、勝てば。」
その言葉を発して、見つけた本音を心の奥底に押し込める。さぁ、暗記だ暗記。生物、世界史、化学…。やることは盛りだくさん、こんなくだらないやつとつるんでる場合じゃない。世界史の暗記のことを考え始める。匈奴、突厥、キャラヴァン交易…。もう本音のことなど頭の片隅にもなかった。罰ゲームのことなどどこか宇宙の彼方へ飛んで行った。そう自分に言い聞かせる私。言い聞かせて納得させようとしている時点でさぁ、頭の中にさぁ…、以下略だよ。
~
~
あぁ、ここはどこ、そうだ、自室だ。今はいつだ、そうだ、テスト三日前の朝だ。私は誰だ、そうだ、武田陽菜乃だ。
…テストが近づくとどうもこうなる。妃奈乃と戦ってるからではない。むしろ妃奈乃と戦う前の方が酷かった。単純にプレッシャーに弱い。小学校の足し算のテストですら手が震えたこともある。本当にこの性格、嫌いです。直したいです。
「あぁ、もう、いってきます!」
髪は乱れ、服は乱れ、顔もほとんど手入れしていない無精女が外に出る、靴が履けてない状態で。テスト前、私は妖怪だ、妖怪乱れjkだ...焦っていてネーミングセンスすらままならない。本当に右も左もわからなくなるほど焦ってしまう。冷静に考えれば現状暗記教科は再度確認するだけ、国語等三教科も詰めるだけ。三日もあれば十分間に合う範疇だ。それなのに、この鼓動、この震え…。これのせいで間に合うものも間に合わなくなってしまう。じゃあ冷静になれよ、それができないんです、本当に。
「はぁ…はぁ…」
徒歩10分程度の学校に向かって早歩きで向かう。別に時間ギリギリというわけではない、この移動時間を削減したいだけだ。なるべく早く学校に着いて復習したい、教科書を開きたい。受験生特有の病気、参考書開いてないとおかしくなる病。もうネーミングセンスなんて知らない、伝わりゃそれでいい。あぁ、もう嫌。もし点数取れなかったら、もし赤点になってしまったら、もし問題用紙の1問目から何もわからなかったら…。負のイメージが脳内を駆け回り悪魔のように笑いかける。心臓の鼓動が体中に伝播し指の先、足の先へ震えを催す。…恐らく傍から見たらかなり窮地に追い込まれてる人間に見えるだろう。安心して、これ、まだレベル2。もう二段階ございます。…安心できないよ、私は。
「えっと、こ、これは…」
まだ誰も来ていない教室、自分の席に座り数学の応用問題に取り掛かる私。はぁ、なにこの証明問題、解けるかな…、解けないと…嫌だよ。ただ、幸いなことに今私がいるのが誰もいない教室。誰もいないときは少し落ち着く。人がいないときは集中力が増す。この状態ならなんとかこの問題にも取り組め
ガラッ
「ねみぃ…、あれ、武田じゃん。うっす。」
「あ、おはよ…。」
…クラスの男子が来た、ちなみに松田君。もう駄目だ、終わった…。そして、松田君を皮切りに続々と人が教室に入ってくる。人が入ってくるたびに震えが増す。震えが増すたびに集中力が減っていく。よって、この問題が解けなくなる。証明終。…あ、終わったのは心の方の証明。問題は一切進んでおりません。もう、どうしよ…
「陽菜乃、おはよ。」
クラスの半分の人が来たあたりで妃奈乃が学校に到着、私に話しかけてきた。身なりもしっかり整えて、私なんかよりちゃんとしたjkだ。さすが。
「うん、おはよ…。」
妃奈乃にだけは、この感情バレたくないなぁ…。
「…ちょっと、陽菜乃、集中してる?」
図星、全然集中してない。でも、それを認めるのは癪だから、
「…余計なお世話、集中してるって。」
と、強がる。
「じゃあ、なんでここまで答えだして悩んでるの?だってもう、これ掛けて最小値求めたら終わりでしょ?」
「あ…」
その強がりも一瞬で見破られる。確かに、自分の書いた答案を見返すと、ほとんど答えは出ていた。なんで私はここで悩んでいたのか、自分でもわからない。
「…たった今、次の答え書こうとしてたの。」
「嘘、すっごく悩んでたじゃん。」
「いや…」
脳内の辞書を必死に開いて言い訳を探してる私に対して、
「まぁ、そういうことにしておいてあげるけど。当日は気を付けるんだよ?」
と、なだめる妃奈乃。はぁ、まったくもってその通りなのが悔しいなぁ。
「…わかってるから。」
そこで会話終了、と思ってたら妃奈乃から意外な一言。
「あ、ねぇ。帰りにノート買って帰りたいんだけど、一緒に行かない?」
定期テスト前に、意外。正直、時間も無いし普段なら絶対に断るだろうけど、つい、
「うん、わかった。」
と、返してしまった。このメンタルで勉強しても間に合わないのはどこかわかっていたし、いい気分転換になればという作戦。…俗にいう、撤退、端的に言うと、逃げ。
「おっけ。じゃあ、帰りね。」
そう言って、席に戻る妃奈乃。こういうとき、精神のブレない妃奈乃には恐れ入る。認めちゃうよ、そこだけだけど。ふぅ、と息をついて問題に戻る。はい、この問題は証明終わり、うん、合ってる。さて、次の問題…、あぁ、わかんない…。
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「陽菜乃、行こ。」
「うん。」
授業終わり、ノートを買いに行く私たち。家の近い私たちは昔は一緒に帰っていた。しかし高校に入ってからは二人とも違う部活に入ってしまい帰る時間がバラバラになったため、ほとんど一緒に帰ることは無くなった。だから、この定期テスト期間という部活の無い期間ぐらいしか一緒に帰ることはない。…といってもすぐに帰る私に対して妃奈乃は学校に残って勉強するためほとんど一緒に帰ることは無いのだが。
「…」
「…」
お互い、言葉を交わさず目的の書店に向かう。別に、喧嘩とかじゃない。お互いわざわざ喋ろうと思わないのだ。それでも…なんか、落ち着く。不思議と妃奈乃と一緒にいると震えが止まる。心拍数が正常に戻る。…本当、不思議。そんな無言の時間が幾何か過ぎたあたりで小さな書店の入り口に、到着。
「…ちょっと待ってて、すぐ買ってくるから。」
「あ、私も新しいノート欲しいから一緒に行く。」
そう言って、二人で書店に入る。そこからは、すごく早かった。目的のノートをお互い手に取り、会計、お互いピッタリの金額を出してレシートは受け取らず。その時間、1分と満たない。そんな電光石火の買い物を済ませ、残る目的は帰宅のみ。そろそろ妃奈乃ともお別れというところで、妃奈乃が、
「あのさ…」
と、切り出す。なに、罵倒?煽り?
「なに?」
「陽菜乃、もう少し落ち着きなよ。普通にやれば大丈夫なんだからさ。」
それは意外にも、助言だった。端的だけど、私の最も駄目なところを的確に突く、妃奈乃のアドバイス…。
「…ありがと。」
「いや、全力の陽菜乃を倒さないと意味ないから、それだけ。じゃ。」
そう言って、そそくさと帰る妃奈乃。私も、帰ろ。今朝より少し軽い足取りで、ゆっくりと。
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「…よし、解けた。」
学校で悩んでた問題を、自分の机の上で解く。うん、できる。妃奈乃と一緒に帰ったせいか、少しだけ落ち着いてる私。…妃奈乃に助けられたみたいで癪だけど、まぁいいや。利用できるものは利用する、それが私のやり方。正しいやり方なんてない、勝った人のやり方が正しかったのだ。
「そういえば…」
ふと、この前のことを思い出す。そういえば、なんか周りが罰ゲームとか言って私たちを焚きつけていたっけ。罰ゲームの内容は、…そっか。妃奈乃に対する本音だ。…確かに、私と妃奈乃は敵同士。それ以上でも以下でもない。…ただ、本音はそこでは終わっていない。…正直なところ、言いたくない。私が妃奈乃に勝負を挑む理由、私が妃奈乃と戦い続ける理由…。自分でも見たくない、目を背けている代物。そんなものを妃奈乃の前に提示するなんて…、正直ぞっとする。絶対に嫌だ。…まぁ、いいよ。勝てばいいんだから、勝てば。
「え、えと、次は英語でも…」
そう言って、数学を中途半端なところで切り上げ英語に取り掛かる。なんで中途半端なところで切り上げたかだって?そんなの明白、また手が震えだしたからです。こんな状態で数学が解ける気がしなかったからです。…はぁ、余計なこと思い出しちゃったなぁ。普通に、落ち着いて頑張ろ、妃奈乃にも言われたし。