「地獄の島に住む少女」-2
「あれは……いったい何なんだ!?」
「俺の目には砦に見えますが……もしや別の国が入植に成功していたとか?」
「そんな話は誰からも聞いてないぞ!?」
「大将、ちょっと落ち着きましょう。おーい誰か水持ってこい! 俺には酒だァ!」
神託が下りてから四日後、クラエス島の近海に辿り着いた軍艦の甲板上で、ラウルとイリガルは遠眼鏡を覗き込んだまま開いた口が塞がらなかった。
凶悪なモンスターが跋扈する島だというのに、その島のど真ん中に巨大な丸太を並べて突き立てて壁にしたとしか思えない砦のような建物が存在していたからだ。
単純ではあるが明らかに人間の手で建築されたであろう建物。
今回の任務には過去のクラエス島調査隊の生き残りであるラウルが指揮を執っている。そのため、部隊全体にクラエス島が人間の生息できるような場所ではないと周知されていた。
だがその前提がいきなり崩壊してしまい、兵たちの間に困惑が広がっていた。
「海が凪いでいて、波も穏やかです。大将、どうします? 今ならこの艦ごと接岸できますけど?」
「………いや、いつ潮の流れが戻るか判らないし、海底の岩礁と衝突すれば即沈没するかシーサーペントを呼び寄せかねない。予定通り、上陸部隊はボートにて上陸する。陣地作成後、対象の捜索を開始だ」
「了解しました」
調査隊上陸時の失敗を踏まえ、今回は複数の小型ボートで上陸を行う。
ボートには航海中の時間を利用して陣地設営をしやすいよう加工した資材が積み込まれている。他にもモンスターの目や鼻を刺激して追い払うための煙玉や、発火性の高い油を入れた油壷、大型のモンスターにも効果のある猛毒を混ぜ込んだ毒餌なども用意されており、モンスターを足止めしている間にボートで軍艦まで退避することを基本戦術としていた。
上陸は昼間に決行。クラエス島のモンスターには奇襲に特化したモンスターも多く、いかに第三軍の精鋭と言っても夜間に襲撃されれば簡単に全滅する。
陣地設営後、資材を全て下ろした軍艦一隻は上陸部隊の退避先として入り江に、もう一隻は島から離れた洋上で待機。もしも入り江に入った軍艦が沈められても救助は無用、ボートで島を脱出した者がいれば回収した後、情報をもって港へ帰還するように厳命されていた。
様々な状況を想定して対策を練りはしたが、とにもかくにも上陸しなければ事は始まらない。
しかし海岸への接岸前後は一番無防備となる。それゆえに煙幕や油壷をすぐに放れるように準備していたのだが、
「………なんで何も来ないんだ?」
獲物の気配に敏感なクラエス島のモンスターたちが一匹も姿を見せない。
おかげで何事もなく上陸できてしまい、陣地設営まで始まってしまう。
「イリガル……なにか様子がおかしくないか?」
「と言われましてもねぇ……俺もこの島に来るのは初めてですが、近くにモンスターの気配なんてまるで感じやせんし、何がおかしいのかさっぱりです」
決死の覚悟で上陸したラウルは、異変に……異変が起こらないという異変に気づいてはいた。
この島では予想もしなかった異変や襲撃が起きる方が通常である。十年前に上陸した際にはすぐさまモンスターたちが群がってきて、あまりの戦力差に為す術もなくほぼ全ての食料が強奪され、蹂躙が始まったほどなのだから。
「まあ、襲われないなら別にいいじゃないっすか。魔物どももいないわけじゃないから、警戒は必要ですけど」
イリガルの言う事はもっともだ。襲撃される方がいいというわけでもない。指揮官の立場からすれば被害が出ないことは喜ばしい事だ。
しかし過去と今との状況があまりにも食い違い過ぎている。森の奥から様子を観察するモンスターの気配がないわけではないのに、まるで怯えて姿を見せないでいるかのようだ。
十年の間に何かがあったのだとしても、悲劇が起こってしまってから警戒したのでは遅すぎる。結局のところ、今は警戒を緩め過ぎず、可能な限り迅速に陣地設営を終えるしかない。
そのような状況下で、ラウルは一つの推論を組み上げる。
「……魔物が我々に怯えているという事は、別の人間と誤解して脅威と感じているのか?」
ラウルは島の中心、険しい山の中腹に見える丸太で出来たの砦に視線を向ける。
それから海岸線からそう離れていない森へ目を向けると、逞しい幹に一文字の傷が刻まれた大樹を見つけられた。魔獣の爪でも牙でもなく、けれど剣のような鋭さもないが、明らかに人の手によるものと思われる傷だ。
「ここのモンスターどもが怯えるって、どんな化け物がなんですかね、そいつ……」
「わからん。どこぞの国家がモンスターに対応できるだけの軍勢を上陸させている可能性もある。砦さえ建設できれば防衛戦も容易になるだろうが……そうなると物資の補給をどうしているのかが謎だ。島の玄関に当たるこの入り江が手つかずのまま放置している状況からすると、外部からの補給が行われているとは思えない」
二千人規模の調査団を瞬く間に壊滅せしめたクラエス島の魔物ども。
それと渡り合うにはどれだけの戦力と物資が必要なのか。それが無補給で活動しているとするならば……少なくとも軍隊だとは思えない。
「相手が何であれ、うちの現有戦力じゃどう足掻いたって太刀打ちできやせんね……」
「だが、ヴィンデルカ神の神託が示していたのが仮想敵国の存在とは思えない。“迎える”というのだから、推定されるのは個人だが……他国から外交の使者を迎え入れる、という考え方もできるな」
「それはあんまりよろしくないですね……自国を守るために他国の兵を国の中に入れたりしたら、国ごと乗っ取られる切っ掛けになっちまいますよ?」
「あくまで推測だがな。どっちにしろ、その人物の拠点は山腹の砦に間違いなかろう。第一目標はアレに設定する。海岸部が比較的安全なようだが、過去の調査隊でも島内部に踏み入ったことがない。万全を期して行動したいところだが……」
丸太砦に辿り着くには、うっそうと草木が生い茂る密林の中を進む必要がある。
その準備や部隊編成にラウルが思いを馳せていると、
―――突如、地面が震えた。
「――――――――――ッ!?」
「大将! じじじ地震っすか!? 俺ぁ、どうも地震だけは苦手で……!」
「馬鹿なことを言っている場合か! 早く設営作業を中断させて避難させろ!」
イリガルを怒鳴りつけたラウルは、手の震えを誤魔化すように剣の柄を必要以上に強く握りしめた。
「一番最悪な奴が来たぞ……!」