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私は戦う!おっぱい大きくするために!  作者: 鶴
第一章「ラザレス王国動乱」
5/20

「地獄の島に住む少女」-1

ここから少し別キャラ視点になります

 ラウル=ソル=ラザレス。

 王位継承権こそ失っているもののラザレス王国の第三王子であり、“剣聖”の称号とともに彼の名は国内外に広く知れ渡っている。

 金色の髪に整った顔立ちで国民からの人気も高い。現在は第三軍を率いる将軍の地位にあるのだが、そんな彼が部隊の再編の為に王都へ帰還した翌日、折よくヴィンデルカ神から神託が下された。


「―――これがこの度の神託の内容なのか?」

「はっ、間違いありません。巫女九名全てが同時に神託を受けており、内容も同一でありました」

「そうか……いや、神の言葉を疑ったわけではないのだが、内容が内容なのでな……あと、すまないが副将のイリガルにここへ来るように伝えてくれないか」

「了解しました!」


 半年ぶりに戻ってきた自分の執務室で神託の内容を受け取ったラウルは、伝令を下がらせて一人になると、眉間を苦悶に歪め、書面に書き写された神託の内容に何度も目を走らせる。

 しかし内容は短く、何度も読み返すようなものでもなかった。


『クラエス島へ迎えを出せ』


 クラエス島とは、今の時期の風ならばラザレス王国の東の港から軍艦で三日から四日ほどの所にある島の名前である。

 だが現在のクラエス島は無人島のはず。それはラウルが誰よりも知っていることだった。


「あんな“地獄”に誰が住んでいるというんだ……」


 クラエス島に上陸した人間は少ない。ラウルもその一人なのだが、島での出来事はいまだに忘れられない。……忘れることなどできるはずもない。

 ラウルも参加した調査隊の派遣から十年。あの任務によってラウルはあまりにも多くの仲間を失ったのだから。




 クラエス島―――

  一言でいえば、その島は人智の及ばぬ“魔境”だった。


 ラザレス王国は海に面した東側に多数の良港を有しており、海運業が盛んな国である。

 そのラザレス王国と各国を結ぶ海路からそう離れていない場所にクラエス島があり、以前から中継地として活用できないかと検討されていた。

 入植に成功すれば莫大な利益を得る……けれど各国が入植を試みたものの、一度も成功したことはなく、これまでに多くの人命が失われてきた。


 中央には槍のごとく鋭き山が聳え立ち、その周囲はほぼ密林に覆いつくされている。周囲はほとんどが険しい岸壁に囲まれ、上陸可能な場所は入り江になった海岸一ヶ所のみ。

 入り江は波も穏やかなので、港として活用しやすい。けれどクラエス島の周囲には不規則かつ激しい海流が渦を巻いており、接近すれば大型船ですら家事を取られ、飲み込まれる危険性がある。しかも海底からは無数の岩が鋭く突き出しており、積み荷や人を満載した喫水の深い船では船底に穴を空けられる羽目になる。


 まさに天然の要塞。人が踏み入ることを拒み続けるクラエス島だが、造船技術の向上によって上陸自体は可能となりつつあった。

 そしてラウルが軍に入ってから少し経った頃、これまでにない規模でクラエス島を開拓する話が持ち上がった。

 海運業の発展や遠洋への進出のためにも中継地の需要が高まったこともある。しかし計画は机上の空論であり、危険性が高いと多くの反対意見がだされたが、計画は強引に押し切られた。


 莫大な費用が投じられ、前段階として調査隊が派遣されることとなった。

 調査隊の規模は総数二千名。船体全てを鉄で覆った装甲艦が十隻用意され、上陸後は地形調査および入植候補地の選定、そしてモンスターの掃討という任務内容。

 長期に及ぶ過酷な状況下での戦闘が予想されており、当時から剣の才能を開花させていたラウルも自ら志願して調査隊に参加した。


 結果から言えば、調査隊は半月ほどで帰還した。

 帰還した装甲艦は一隻のみ。船体にいくつも大穴が空き、マストも圧し折られ、かろうじて沈没は免れて漂流していたところを発見されたのだ。

 生存者は三十名たらず。損耗率九割を超え、漂流中にも餓死を含めて大勢に死者を出し、ほぼ全滅という惨憺(さんたん)たる結果。

 ラウルの名は、その生き残りの中にかろうじて含まれていた。


 生存者からもたらされた情報は、クラエス島で真に恐れるべきは海流でも地形でもなく、島内を跋扈するモンスターたちの凶暴性というものだった。

 十隻の装甲艦の内、三隻は上陸前に無数のシーサーペント(海竜)に群がられ、あっけなく沈没した。

 被害を負いながらもかろうじて上陸に成功した調査隊を待ち受けていたのは、これまで目にした事も無い多種多様な魔獣たち。


 姿を消して奇襲してくる四足獣、個体仮称≪ヒドゥン≫

 兵士を鎧ごと次々と丸呑みにした五頭の大蛇、個体仮称≪ヒュドラ―≫

 剣すら跳ね返す銀色の毛並み電撃を纏わせた巨猿、個体仮称≪ボルトエイプ≫


 その他、どれをとっても凶悪極まりないモンスターたちによる昼夜を問わぬ襲撃が繰り返され、調査隊は瞬く間に人数を減らしていった。

 魔獣たちにとって兵士たちは脅威ではなく“餌”だった。襲撃の跡に命を落とした躯は()()()()()()()()()()()、ほとんど残らない。

 剣も槍も弓も、魔法ですら意味をなさない狩猟場で喰われる側に立つ恐怖は人を容易く発狂させる。早々に指揮官が命を落としたこともあって、調査隊は統制も取れず、ひたすら怯え続けるしかなかったのである。


 そしてヤツが現れた。

 個体仮称≪ギガバイト(巨顎)

 見上げるほどに巨大な二足歩行の陸竜であり、調査隊の命を最も多く奪った個体である。

 剣も鎧も容易く噛み砕く鋭い牙が並んだ咢。

 刃を弾く強固な竜鱗。

 陣地を根こそぎ吹き飛ばした丸太のような尾。

 圧倒的な暴力を前にして兵士たちは蟻のように踏み殺され、喰い千切られ、叩き潰された。


 上陸地点であり、活動拠点として陣地が設営されていた海岸線は朱に染まっていた。

 生き残っていた兵士たちも、腹が満たされたから見逃されただけであり、次の“狩り”の時間になれば誰一人として生かして残されたりはしない。

 水も食料も寝床も武具も、三日を待たず全て失われた。限界に達した調査隊は這う這うの体で装甲艦三隻へ退却して脱出しようとしたが、その行く手を塞いだのが海の巨獣クラーケンだった。


 調査隊に戦う力は残されていなかった。

 脱出に使用した三隻の内、一隻がクラーケンに絡め捕られて粉砕。もう一隻も激しい損傷を受けて浸水が収まらず、やむなく自沈。

 大量の餓死者を出しながらも最後の一隻が港まで帰り着けたのは奇跡としか言いようがなかった。


 けれど帰還を喜ぶ時間は与えられることはなかった。

 生存者のほぼ全員が重度の心的外傷を負い、連日のように悪夢に悩まされた末に発狂死した者も出た。

 そして同時に、巨費を投じた入植計画を頓挫させた責任を取らされることにもなったのである。


 この失敗の責任を誰かが負わなければならなかった。費用の大部分は利権を目当てにだ商人たちが先行投資した資金で賄われており、ただ失敗したと報告するだけで事が済まなかったからである。

 しかし指揮官を始め、隊長格に至るまでほぼ全て死亡。計画を推し進めた文官は毒を煽って自殺したのだが、それでも怒りが収まらぬ文官・商人たちは生存者の中にラウル=ソル=ラザレスの名を見つけ、吊し上げた。

 王族である、ただそれだけの理由で。


 生存者たちは口を揃えて言う。

 クラエス島で最も苛烈に戦い抜いたのはラウルであったと。

 だがラウルに与えられたのは称賛ではなく、あの地獄のような戦場を知らない文官からの終わることなく続く非難と罵声、そして嘲笑だった。


 この失態の責任を取る形で、ラウルは王位継承権を失うことになった。




「………未練だな」


 ラウルにとってはクラエス島は屈辱と恐怖の象徴だ。

 体中に刻み込まれた古傷が、クラエス島のことを思い出すたびに鈍く痛みだすほどに。


 けれど神託が下った以上、クラエス島に赴かないわけにはいかなくなった。


 主神ヴィンデルカの神託はこれまでにも火山の噴火、地震、津波、疫病など多くの人命が失われかねない危難を事前に告げてきており、その内容に一度の誤りもなかった。この国で神託を疑うものは誰一人としていないだろう。

 神託の内容がこれまでと違い、誰とも知れぬ人物を迎えにいけというものであったとしても、迷信深い父王と権威主義者の皇太子ハルマスが無視するという選択肢を取るとも思えない。


 ましてラザレス王国は現在、北方で接するアルベルタ国、西方で接するシェンバル国と戦争状態にあった。

 北の砦には第一軍と第二軍が、西の砦には第三軍が第四軍が派遣されて防衛戦を展開しているが、両面作戦で戦力が分断されてしまっており、旗色がいいとは決して言えない。ラウルも第三軍の再編と補給が終われば、すぐにでも西の砦へ再出撃する予定だった。

 だからこそ、神託がラザレス王国を救うために神から賜った言葉だと考えてしまう。

 だからこそ、一縷の望みに賭けてクラエス島へ行かなければならなかった。


 そしてその任は、ラウルに下されるという確信があった。


 状況は切羽詰まっている。

 戦時中であるため、準備に費用も時間もかけられない。

 軍の中でクラエス島での戦闘経験があるのはラウルぐらいなものだ。

 さらに王位継承権こそ失っているものの、神の声によって迎える者に礼を示すためには王族という血筋は意味を持つ。ハルマスにとっては王家の威信に泥を塗った最も失っていい弟妹という意味でも、ラウルは最適だった。


 どのような理由であれ、ラウルには予感があった。

 調査隊の生き残りとしてもう一度、あのクラエス島に足を踏み入れて果たすべき使命があると。


 ラウルの手が傍らに立てかけていた剣に伸び、その柄を握りしめる。

 剣聖の称号を得てから手に入れた、切断力強化の魔法が付与された魔法剣だ。岩をも切り裂くこの剣と妻を娶る事もなく剣に捧げてきた十年。今度こそ遅れは取るまいと、ラウルは闘志を滾らせる。


「ああ……俺はこの時を待っていたんだ。この時の為に生き長らえてきたんだ……!」


 地に落ちた名声などどうでもいい。

 貶めた王家の威信などどうでもいい。

 あの地で見殺しにせざるを得なかった仲間たちの仇を打つ。そのためにラウルはここにいるのだから。

 さらには故国が救えるのかもしれないのであれば、喜んで死地でもどこでも飛び込もうというものだ。


 ラウルの瞳に剣呑な輝きが灯る。

 だが執務室の扉がノックされると、その輝きも鳴りを潜めた。


「失礼いたします。第三軍副将イリガル、参りました!……で、なんか用ですかい大将。俺ァ、久々の休暇でのんびりしてたんですけどねぇ?」


 イリガルは元は傭兵として従軍していたところを、将軍になったばかりの頃のラウルが自分の幕下に引き入れた。

 傭兵団で長年戦い続けてきただけあって用兵に明るく、ラウルの頼れる右腕として第三軍に欠かせない人物だった。


「ははは、ずいぶんと香水臭いぞ。いったいどこでのんびりしてたんだ?」

「そりゃあ可愛い女の子と楽し~くお酒を飲めるところですよ。さっさとシェンバルのヒョロガリどもを追い払って年金生活したいですねぇ」

「悪いがお前にはまだまだ活躍してもらわないと俺が困る。仕事だ。俺の署名がなければ引退も年金受領も出来ないんだからキリキリ働いてくれ」

「うげ……勘弁してくださいよ。ま~た血生臭い戦場へ逆戻りですかい?」

「いや、今度は海の上で優雅な船旅だ。酒なら浴びるほど飲ませてやるから、拒否は許さん」

「………俺様の直感がビンビンに嫌な気配感じてるんですが、行先は?」

「クラエス島だ」

「うげぇえええええええええええ!? 大将、あそこだけは勘弁してください、後生ですから!!!」

「言ったろ、拒否は許さん。おそらく今日中には神託に従ってクラエス島へ向かえと言う命令が俺に下る。お前は一足先に港へ行って準備しておいてくれ。船は二隻でいいが、資材の調達も必要になるから時間が惜しい」

「了解っす……けど大将、戻ってきたら酒ぐらい奢ってくださいよ?」

「いいとも。王宮の酒蔵からとびっきりのヤツをくすねてきてやるさ」

「マジっすか!? うおおおおおおおおおおっ! やる気出てきたァ!!!」


 指示書を受け取って執務室を飛び出していったイリガルの酒好きっぷりに苦笑しながら、ラウルも剣を手に鍛錬場に向かう。


「ああ、そうさ。酒ぐらい幾らでも飲ませてやる。……生きて帰ってこれたなら」


 決意は固く、闘志は漲っている。

 けれど手は恐怖に震えている。


「我が身一つの危機であれば良かったのだがな……」


 今度は自分が部下を殺す番なのか。

 生きて帰れる可能性が限りなく低いこの任務に、イリガルをはじめ多くの部下を巻き込んでしまうことにラウルは罪悪感を禁じ得なかった。








 そして約束の酒をイリガルにふるまう事が叶わなくなるとは、この時のラウルは予想だにしていなかった―――

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