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「間゛に゛合゛っ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
神々をおわすところを神界と称すならば、その神界で創造神はコンソールに突っ伏し、半開きの口からエクトプラズム吐き出しそうな顔でピクピク痙攣していた。
苦手な精密作業を大急ぎでやらされたおかげで頭の中がすっかり焼き切れ、手首が腱鞘炎でガタガタ震えているような状態だ。
けれど
「なんで私がこんなことしなくちゃいけないのよ!? 創造神だよ!? ここで一番偉いんだよ!? それなのになんで個人単位でのスキル付与作業なんていうちまちました作業をさせられなくちゃなんないわけ!? 労働基準法とかどこ行った畜生!」
「あなたが勝手に育美さんの転生シークエンスを起動させちゃったのが原因でしょうが! あと労働基準法作ったらいの一番に吊し上げられるのは創造神様ですからね!?」
「うがー! ガッ〇ム! ぐはぁ! 自分で自分にダメージが!?」
口を開けば不平不満をまき散らす姿は神様というより酔っぱらって不平不満をぶちまけるサラリーマンのごとしである。だが別のコンソールの前で黙々と作業していた転生担当の神は、疲労した創造神に追い打ちを言葉を叩きつけた。
「だってだって! あの子がここに来てからどれだけ時間たったと思ってんのさ! いつもの転生ちゃん(仮名)ならパパッと終わらせてると思うじゃん!?」
「越権行為に最終確認忘れやらかしといていいわけですか? いくら最高神でもやっていい事と悪いことがあるのが判りませんか!?」
「だったらあっちの世界の管理神にやらせろよこんな仕事ぉ!」
「あなたを反省させなきゃ意味がないんです! ご自身の≪祝福≫持ちの子を危うく初見殺しするところだったんですからね!?」
「だから≪神鳥≫創造もしたし、追加でスキルも送ったんだから、もう許してぇええええええ!!!」
「私の増やされた仕事はそれ以上なんですけどねぇええええええええ!?」
育美が危機一髪のところでゴブリンを掴んで持ち去った大鳥は、育美に取り込ませたリソースの一部を用いて創造神が急遽創造した≪神鳥≫だった。
さらには育美に与えられるはずだった装備品一式とが渡されなかったこと、安全な場所に転生させられなかったことへの詫びとして、特典ボーナスという体で必要そうなスキルの創造と付与も行っていた。
育美がゴブリンに襲われてピンチに陥っている最中に寒気を感じた直後に大急ぎで呼び出された挙句の突貫作業だったが、とりあえずは上手くいったらしい。追撃のゴブリン隊からも≪逃げ足≫のスキルを使ってなんとか逃げおおせ、今は運良く見つけた川で返り血を洗い流しているところだった。
「………今いるのが凶悪なモンスターだらけの無人島だって気づいた時、どんな反応すると思う?」
「神を呪うんじゃないでしょうかね」
「うわぁ、精神的ダメージは私によく効くんですけど……」
「自業自得だと思って諦めてください」
「ああ、気が重い……気が重いと言えば」
不慣れな作業による疲労を隠せていない創造神だが、少しだけ真面目な顔をして転生担当の神に問いかけた。
「“あと十二人”はどうなったの?」
「彼らは無事に転生を完了しました。ただ……だれもかれも注文が多すぎて、少し業務に遅れが生じましたけど」
「それで育美にしわ寄せが来て転生が遅れたってわけか。でもおかげでチート能力いっぱい貰えたんだから、運がいいのか悪いのか」
「悪いに決まってます」
胸が成長するチャンスを与えられたことを育美は幸運と答えるかもしれないが、神同士の諍いにって生命を落とし、さらには新たに得た生命さえも失いかねない異世界へ転生されたことは不幸に他ならない。
そもそも、転生させて新たな人生を与えることが罪滅ぼしになるとは限らない。
それまでの人生・財産・家族を含めた全てを奪われ、文明レベルも低くモンスターが跋扈する危険極まりない異世界に身一つで放り出されることが、神にはどれほど残酷な行いか正しく理解できていないのだ。
人とは存在のありどころからして異なる上位次元の神たる存在は、肉体に縛られる物質世界と価値観が違う。それゆえに人間の認識との間に齟齬が現れ、その歪みの形の一つが“異次元転生による生命の代償行為”だ。これは肉体が違っても、財産を失っても、友も家族も恋人も失っても、魂が無事ならばそれでいいという考え方に他ならない。
それゆえ不足分を補うために、異世界転生する魂には神の手によって新たな“力”が付与される。
この時だけは、人は被害者として神に望みを叶えてもらうことができる。叶えさせることができる。
そして大望を果たすため、神を相手に被害者を演じることすら厭わぬ者たちがいる。
彼らにとって異世界転生とは、自分の魂まで含めた全てをチップに神から力を掠め取るためチャンスでしかなかった。
転生した人間は十三人。
イレギュラーは一人だけ。
予定調和は十二人。