「そして愚者たちは踊り出す」
多少長めですが一気に投稿
文中に多少残酷なシーンがありますので、苦手な方は後書きまで一気にお進みください
「そうか、オーナリィがそんなことを……」
兵士たちが寝静まったころ、幕舎の一つにラウル、イリガル、そしてゼドリックの三人が集まっていた。
ゼドリックからは既に報告を済ませており、オーナリィがラザレス国行きを承諾したこと、そして今一度、自分を本当に連れ帰ってよいのか意思確認して欲しい旨はラウルとイリガルには伝わっていた。
「大将、よかったじゃないですか、これで大手を振って国に帰れますぜ!」
「そうなんだが……イリガル、お前は彼女を国に連れ帰ってもいいと思うか?」
「いいも何も大歓迎ですよ」
油の灯りに照らされたイリガルの顔にはいくつも絆創膏が貼り付けられていた。オーナリィに蹴り飛ばされた際の怪我だ。
海岸で恥をかかされたこともあり、オーナリィに対して恨みを抱いているかと思っていたイリガルが彼女の招聘に賛成したことは意外だった。しかし、堀の深い顔に浮かべた残忍な笑みを目にし、続く言葉を聞いてその考えを改めなければならなかった。
「むかつく女ですが腕っぷしだけはありますからね。適当に前線へ放り込めば幾らでも敵兵を殺してくれるでしょうよ。それが終わったら“慰安”ですね。へへへ……砦に詰めてる奴は溜まってますからね。一巡する頃にはあの糞生意気な顔が泣きっ面になってるかと思うと―――」
「イリガル!」
「へっ! 悪いですが大将、俺はあの女とは反りが合わねえ。連れてくってんなら戦場行きは確定だ。敵を皆殺しにして疲れたところを殺してやれば後腐れもねえ! あんな野蛮人に入れ込むとか、大将こそどうかしちまってる!」
「もういい!……イリガル、外で頭を冷やしてこい。この件についてはまた明日、落ち着いてから意見を聞かせてもらう」
「へいへい。ですが、落ち着いたところで意見は変わりませんぜ」
悪態をつきながらイリガルが幕舎を出ると、ラウルは重い溜息をついた。
「あれではオーナリィと協力して事に当たるのは難しそうだな……」
「副将は女性を見下す方ですが……オーナリィ様に対しては、少々度が強すぎますな」
過去に傭兵団を率いていた経歴を持つイリガルは戦術眼に優れ、第三軍の用兵においてなくてはならない人物であった。その実力を高く評価したラウルが自らの副将として招いた人物ではあるが、過去に幾度も女性と問題を起こして責任を追及された経歴を持つ。
問題と言っても痴情のもつれではない。戦場に立つ女性を自分よりも格下として見做し、酒に酔った勢いで諍いを起こしたことが幾度もあったのだ。
一般的に女性の方が魔力との親和性が高く、腕力では男性が勝っていても魔法を含めた総合力では男性に引けを取らない女性もラザレス王国軍には多数在籍している。近衛には女王など女性の王族を護衛するための“紅凰騎士団”という女性のみの部隊も作られており、軍組織内で女性士官と接することも少なくはない。
逆に傭兵団に在籍している女性は稀だ。決して女性の傭兵がいないわけではないが、肉と鉄とがひしゃげ合い、血と狂気が入り混じる戦場は人の心を容易に犯す。金銭のために戦争から戦争へと渡り歩き、一敗地にまみれれば敵に“穴袋”にされて女に産まれたことを呪わずにはいられない地獄が待っている。そもそも男社会の傭兵団に女性が飛び込めば、よほど規律に厳しいところでなければその日の内に凌辱の憂き目に遭うのが普通だ。
そんな傭兵団の中で長年過ごしたイリガルにとって女性は「飯炊き」「男に侍って酌をする者」「慰み者」であり、決して肩を並べて戦う者ではない。かといって、シェンバル国と国境で争っている現在、性格に問題ありとしてイリガルを更迭することは第三軍としては大きな痛手を負うことになる。
「イリガルの女性蔑視は今に始まったことではないが……問題なのは、オーナリィを連れ帰った場合にあいつの言ったことが現実になりかねない事だ」
オーナリィを“駒”として考えた場合、さながら爆弾のように扱う運用法は、それなりに理にかなっている。虐殺を否定し、場合によっては叛逆することも視野に入れているオーナリィが命令に従わないのならば、戦わざるを得ない状況を仕立て上げる他ない。
今日一日、ラウルたちの行動に付き合わせてほとんど休憩もとれず、食事もとれなかったオーナリィは確かに疲労の気配を窺わせた。オーナリィとて人間だ。ならばもし彼女を討ち取るならば、徹底的に持久戦を仕掛ければいい。戦いの場にある水場全てに毒を流し、食料となる物を根こそぎ焼き払い、眠ることも休むことも許さなければ、人間である以上はいつしか体力も気力も尽きて倒れることになる。
しかし彼女は紛れもなく人間だ。強い力を持つから戦うだけ戦わせて用が済めば非人道的に殺すことなど在ってはならない。少なくともラウルは許しはしない。
だが皇太子ハルマスがこの話を聞けば一も二もなく実行するだろう。高齢の父王に代わって国政を取り仕切る長兄は数字と効率、そして名声にしか興味がない。オーナリィを見ればその力を利用するだけ利用しようと考えることは明白だった。
「………ゼドリック、お前はどう思う? 俺達三人の中でオーナリィから一番信頼されているのはお前だ。お前も、オーナリィを連れ帰るべきだと思うか?」
そう質問するものの、オーナリィに招聘を受けさせたのはゼドリックだ。聞くまでもなくラザレス王国へ連れ帰ることには賛成なのだろうと思っていたのだが、
「私は連れ帰るべきではないと愚考いたします」
思わぬ答えに、ラウルは思わず顔を上げた。
「オーナリィ様には魔竜を討ち取るほどの武力に誰もが目を惹かれますが、真に刮目すべきはその知性です。誰とも交わらないこの島で暮らしながら、ごく短い間に拙かった言葉遣いも流暢になり、物の価値を理解しながらも物欲に囚われず、国の交わりに親しみを求め、物事をよく洞察し、その上で人の心を慮るお方です。どのような経緯でこの島に暮らすことになったかは分かりませんが、おそらくは幼少期に非常に高度な教育を受けていたのでしょう。世が世であれば自ら国を興して女王となっていてもおかしくはないお方です」
「ずいぶんと持ち上げるな……」
「全て事実ですので。もしも私が“騎士”であるならば、国王陛下でもラウル様でもなく、あの方に自分の剣を捧げたいと思うほどに」
惚れ込んだものだ……そう思う反面、ゼドリックの言葉には納得せざるを得ない。
もしもオーナリィに出会っていなければ、ラウルは魔竜を相手に命を散らしていた。それだけではない。十年前の調査隊で失った友や上官たちの遺骨に巡り合えて長年の心のしこりを解消できたのもオーナリィの死者に対する献身のおかげだ。感謝の言葉もないとはまさにこのことだろう。
それにラウルの説得を一刀両断に全て否定した弁舌の冴えも、今思い返せばまさに見事。どうして本の一冊もないこの島で一人暮らしをしていながらあれほど物事を識っているのか不思議でならない。
「だったら、どうして招聘に反対なんだ。オーナリィが武人としても賢人としても優れていることは解る。それならば彼女をこのままこの島に残すのは損失とは考えられないか。国に仕官させ、活躍の場を与えればきっと彼女は国をも動かす。決して言葉も意思も通じないわけじゃない。彼女にそのことを理解してもらい、手を取り合って繁栄していくことが正しいんじゃないのか?」
「その疑問にお答えしてもよいのですが……その前にお聞かせください。あなた自身はオーナリィ様を我が国に招くことに賛成なのですか?」
問われ、
「………それが正しい事だと、俺は思っている」
答えた。
「オーナリィ様は旅行ならばとおっしゃっているのですが……」
「シェンバル国を追い払うには、やはり彼女の力を借りたい。情けない話だが奴らの“鉄牛”と“脱力”に対して有効打を見つけられない以上、砦が落ちる日はいずれ訪れる。その前にオーナリィの助力を得て打開策を見つけたいところだ」
「ですがオーナリィ様を第三軍に加えるとなると、イリガル副将との対立や叛逆の危険性も高まりますが?」
「オーナリィを将として独立部隊を設立することを陛下に具申する。兄上も陛下の言葉であればきっと聞き入れてくださるはずだ」
「なるほど、ラウル様の意見はよくわかりました。……では本心をお聞かせください」
「本心……本心か。そんなこと聞かずともわかっているだろ」
大きく息を吐き出して肩から力を抜いたラウルは、ふと自分の頬へ手を当てながら口を開いた。
「―――反対だ。彼女は連れ帰るべきではない」
-*-
「くそ、なんで俺らがこんな目に遭わなきゃいけねえんだよ!」
木製のコップに注がれた安酒を一気に飲み干すと、男は忌々しげにコップを地面へ叩きつけて踏み砕く。
そのコップはオーナリィが削り出した物だ。砦までいきなり訪れることになった兵士たちは最低限の物資だけを荷車に積んできたため、食器の数が不足していた。それをゼドリックから聞いたオーナリィが兵士たちに使ってくれと自作の食器を貸し与えてくれたのだが、手作りの皿もコップも製作者の代わりに恨みをぶつけられ、地面の上で見るも無残な姿に代わり果てていた。
男たちは火の番として二時間交代で六人ずつ、その二番目の担当になった者たちだ。
けれど男たちに見張りの責任感は欠片もない。誰もが大量の酒を飲んで酔っ払い、顔を赤らめている。そして口を開けば理不尽な不平不満が次々と飛び出してきて留まることがなかった。
「ずいぶん荒れてんなぁ……ま、気持ちはわかるぜ。俺もあの女をぶっ殺してやらなきゃ気が済まねえ」
「殺すだけで済むかよ! 殺してから犯して殺して犯して殺して……!」
「わはは、バーカ! 何回殺してんだよ、俺は死体に欲情する趣味はねーわ。ああいうのは生きたまんま丸太にでも突き刺してやりゃいいんだよ。泣きわめく声が最高だぜぇ?」
「そりゃいいな! そのまま船の舳先に括りつけて帰りゃあ俺ら一躍バケモノ退治の英雄だぜ!?」
「あーあ、せっかく前線から逃げられたってのにあんな女を連れ帰るのが任務とかよ、神様もぼけてんじゃね? ギャハハハハ!」
「うひひひ、あの毛皮だけの格好見たらわかんだろ、あれ絶対淫売だって。神様が俺たちに与えてくれた性奴隷なんでしゅよ~♪」
「あの女だけ屋根付きの小屋で寝てるとかマジ信じらんねぇ。俺たちゃ客だぞ、ここにきて酌の一つでもしろっての!」
「なに言ってんだ、あれはお誘いってことだろ? あの部屋の中なら誰とやってるか外からじゃわかんねえんだからよぉ!」
「オレ見たぜ。あいつ、一人だけ肉の塊を焼いて食ってたんだ。こっちは下っ端の作ったくそマズいスープだったってのによ!」
(オーナリィさんがお肉を食べてたのは、それしか食べるものがないからなのになぁ……)
最初の火の番をしていたカシムは近くのテントの中で寝袋にくるまりながら、煩くて寝るに寝られず、こっそりとため息をついた。
外にいる男たちのオーナリィへの罵詈雑言はあまりにも理不尽かつ支離滅裂。むしろ感謝する側のはずなのに、聞いているだけで頭痛がする言い様に、温厚なカシムでも怒りが沸き上がってくるほどだ。
ちなみに男たちの話に出てきたマズいスープを作ったという下っ端はカシムのことだ。
しかし実際には疲労回復のために塩味を強めにして野菜クズが溶けてしまうほど煮込んだスープは、味見をしてもらった上官のゼドリックにはなかなかに好評だったし、我先にと群がった兵士たちに配膳する暇すらなく食べ尽くされてしまった。
けれどスープだけでは体力は回復しない。明日は船の待つ海岸までの復路もあるし、余裕があれば周辺の地形調査を行うとも聞いている。となれば炭水化物も大事だ。だから日持ちする硬いパンだけでなく、滋養強壮に効くハーブを混ぜ込んでパン生地を作り、棒に巻きつけて篝火で焼いたりもした。売れ行きは言うまでもない。
なお食器だけではなく、スープに入れた塩や干し肉、パンに混ぜ込んだハーブもオーナリィが事前に用意してくれていたものだ。そうでなければ、今夜の夕食はもっと味気ない物になっていただろう。
しかし、その事実を知っているものは少ない。もしも男たちがそのことを知っていたとしたら……さも当然というような顔で、やはりオーナリィを罵倒しているだろう。
(僕、こんなんで立派な兵士になれるのかなぁ……)
カシムは料理屋一家の三男だ。だが二人の兄が協力して店の後を継ぐことが決まって実家にいられなくなった。かといって自分の店を立ち上げる気概も資金もないので、食事つきという条件に惹かれて募兵に申し込んで兵士になり、半年ほど最前線の砦で食事ばかり作っていた。
料理を作ることは好きだが、強くならなくていいとは思っていないし、ラウルのような強い存在に憧れる気持ちもある。目をかけてくれるゼドリックに師事して訓練に励んだりもしたけれど、今日は自分よりも小柄な少女にあっさりと返り討ちにあってしまった。
そのことを思い出すと落ち込みもする……が、オーナリィの姿を思い出すと逆に自分の胸にふつふつと沸き起こってくる感情がある。まだ幼さの残るカシムの目に眩しいほどに焼き付いた、圧倒的な強さと美しさへの憧れだ。
それに、カシムはオーナリィが兵士たちにあれこれと気を配っていることを知っている。
魔竜を乗せた荷台をほとんど一人で運んでいたことを。荷台の通れない山道では抱え上げてすらいた。
海岸に現れた大砂虫を即座に斬り倒してくれたから被害が少なくて済んだ。
自分がひぃひぃ言いながら荷車を押してる時、通りやすいように倒木や岩をどかしてくれていた。近づいてきていたモンスターをひと睨みして追い払っていたのにはかなり驚いた。
夕食に使った食材の件は言わずもがな。
外にいる仲間が腰かけている丸太だってオーナリィが用意していたものだ。
食事だって自分たちよりもずっと遅い時間に、自分たちに気遣って隠れるようにして用意をしていた。
そもそもここはオーナリィの家なのだ。その家主の住まいにお邪魔しているのに客だと言い張って文句を言うのはどうなんだろう。
ていうか、国宝に匹敵する毛皮をゼドリックから渡されたの、あれは非常に心臓に悪かった。他の兵士たちに見つかったら奪われてしまうかもしれないからと将軍たちの幕舎に隠れてガタガタ震えていた。竜の心臓やあんな美しい毛皮をポンと渡せるのって凄すぎて理解が追いつかない。
思い返せば良いところばかり思い出せるけれど、周囲のオーナリィへの評価はカシムとはまるで違う。
曰く、キツい仕事を押し付けた。
曰く、一人だけ楽をしている。
曰く、雑魚を倒して粋がっている。
曰く、自分だけ美味い物を食べている。
曰く、野蛮人が偉そうにするな。
曰く、曰く、曰く……結局全部聞いていたカシムが感心してしまうほどに、オーナリィの粗を探して何から何まで非難するのはもはや一種の才能ではないだろうか。
そう言いたくなる気持ちも解らないでもない。男たちがオーナリィを貶めるのは劣等感の現れ。料理の腕で両親に認められなかったカシムが兄たちに抱いた感情と同種のものだ。
けれどそのことを指摘しようものなら、彼らのストレスの捌け口はカシムになる。軍は実力主義だけれど年功序列でもある。同じ兵士からなら年下で新人のカシムは何をされても文句を言えない、そういう場所なのだ。
だからカシムは何も言えない。
オーナリィが貶められても、暴力が怖くて口を噤んでしまう。
それは憧れとは真逆の行為であり、だから自分は兵士にも向いていないのだと悩んでいた。
(………明日の朝も早いんだし、もう寝なきゃ)
耳を手で塞いで身を丸めると、テントの外からの声も少しは聞こえなくなる。
でも……お肉だけじゃ力は出ない。早めにパンを焼いて、こっそりオーナリィにも持っていこうかと考えていると、
『おUオうYAってるNEぇ、あNま仕事サボんナYO?』
「ッ………!?」
外の会話に、変な声が混ざりこんできた。
オーナリィであれば「ノイズが混じる」と表現しただろう。しかしカシムにとっては初めて耳にする機械的な変更が加えられた音声だ。かすれて音が飛び、異音が混じり、耳障りな高音が盗み聞くことを拒絶させようとする。
まるで鼓膜をひっかくような声色に顔をしかめつつも、火の番をしていた男たちがまるで異音が聞こえていないかのように会話しだしたことに、カシムはかえって違和感を覚えてしまう。
「ああ旦那、お疲れ様っス」
『ホんTOだヨ。A、悪イ。俺ニも酒KUれ。エ、コップGAねEって? ンじャKAワ袋ごとYOこSHIやGAれ!』
「ワハハハハッ! 勘弁してくださいよ!」
(ぅ……ぁぁ………頭が痛い……耳が、イタいィ………!)
奇妙な声の人物を交えて談笑が始まるが、どうして普通に会話が成立するのか分からない。
カシムには異音の主が何を言っているのか聞こえているけれど、脳に負担がかかって頭の血管が波打つように脈動するせいか、言葉の意味を理解することができないのだ。
盗み聞きしているから罰が当たったのか……カシムがこめかみを貫くような鋭い頭痛に顔をしかめていると、異音の主は変な話を切り出した。
『SOうIEバさ、お前RAこコの倉庫のNAカって覗いてKIタ?』
「あの糞女のですか? まさかパンツでも落ちてたって話じゃないでしょうね」
『BAーカ、そNなNダカらいつまでMO下っ端なんダYO。お前RAナニしにKOコまでKIタんだ?』
「………もしかして儲け話ですか?」
『そのMAサかYO。こノ島のモンスターどMOのREア素ザイ、皮、TSUメ、牙、ホNE、それRAが無造作にヤマ積みになっTEやガった。まSAにお宝ノ山だッタZE』
「マジっすか!?」
『ソレでどうYO……おREの儲けBAナシにお前RAも噛まナIか? 取りBUNハ……まア頭割RIでIいYA。人手ガHOしいンでNA』
頭痛が酷過ぎるせいで、余計に意識が冴えていく。いっそ失神できれば楽なのにと思いつつカシムが聞き逃すまいと耳に意識を集中していると、
『あノ素材ZENBUちょうダイしTE、この島からTOんズRAすRUんだYO』
異音の主はとんでもないことを言い出した。
時間をかけて咀嚼するように男の言葉を理解しているせいで会話に徐々についていけなくなっているが、この砦の倉庫にあるのならば、それらの素材は全てオーナリィがモンスターを討ち取って集めたものという事だ。当然所有権はオーナリィの物。王国法に照らしても、野生のモンスターを倒して得た素材の所有権は討伐者にある。どう考えても、言ってることは盗賊への勧誘である。
しかも逃走? 海に囲まれたこの島から何処へ逃げようというのだろうか?
「け、けど、ここの外にはモンスターが……」
『あんナ小娘が生き残れルよUなヌルイ島なNだZE? 俺RAだっTAら楽勝だっTE、最前線で戦イNUイてきTAモノHOンの戦SHIなんだZE俺TAち♪』
「で、ですよね……へへへ、そうだ、俺らの方があんな奴より……!」
『計画ハKOうDA。今KAら倉庫ニ忍び込Nで、背嚢ニ詰めルだKE詰め込ンDAら海岸まデ行くNだ。朝ニなったRA船が来ルかラ他の連中はSHIんダってウソついTEさぁ、島KAら離れタら船長とかブっKOROして東のパルシアにイく。竜NO心臓とカ肝トかMO俺ラのMOんDA』
「あの門はどうするんです? あれを乗り越えるのは……」
『一番上に昇降KIガあル。どうSE残っタ連中はコの島で全員SHIぬんダ、昇降機ブっ壊シてMO問題ネEだろ?』
「全員死亡って……あ、あの、俺のダチも―――」
『悪Iガ今こKOニいるヤツDE定員ダ。そREとモお前、KOの計画ヲ棒に振っTE、そイTSUと一緒ニシェンバルに皆KOROしにAってもいIっテか?』
「うっ………」
『覚悟KIめロよ。どUセ戦争はシェンバルに負KEンだよ。そNな可哀想な俺たCHIノ前にお宝ガ転がってNダ。こNな幸運、二度となIゼ?』
そこで会話が途切れる。
おそらく沈黙の中で周囲の反応を窺い、悪事に手を染める覚悟を決めているのだろう。
この島への上陸部隊に参加したのは、厭戦気分を抱えたものがほとんど。最前線の砦へ戻ってシェンバル国との不利な戦闘に身を投じるぐらいならと、副将の口車に乗せられたのだ。
しかしカシムが聞いた限りでは、これは間違いなく反乱、逃走、命令違反など様々なものに引っ掛かる。ラウル将軍やイリガル副将とまではいかなくとも、せめてゼドリックに報告すべきだと寝袋の中から抜け出そうと―――
『………盗ミ聞キSHIてル奴がIるナ?』
(気付かれた!?)
慌てて動きを止める。口を塞ぎ、息を止め、カシムは全力で自分の存在を押し殺す。
けれど心臓は緊張と恐怖からバクバクと激しく鼓動する。気配がテントに近づけば近づくほど、口から飛び出しそうな勢いで心臓が跳ねまわり、
『………こKOカ?』
(―――――――――――――――ッ!!!)
テントの入り口から声が聞こえた瞬間、カシムの心臓が遂に鼓動を止まってしまい――――
「ガッ―――!?」
テントの外から、短い呻き声が聞こえてきた。
「旦那、仕留めましたぜ」
殺されたのはカシムではない。おそらく、別のテントでも聞き耳を立てていた者がいたのだろう。
けれどテントの入り口を覆う布がめくり上げられ、寝袋の中で懸命に気配を押し殺すカシムに誰かの視線が向けられていた。………間一髪。そのまま気配が離れていったのは、カシムにとっては幸運というしかない。
ただしそれは、誰かの死を引き換えにした幸運ではあったが………
-*-
『GARRRRRR………!』
獣は餌にむしゃぶりついていた。
地面に転がっていたそれは獣にとって極上の餌であり、肉が柔らかく、汁がたっぷりと詰まっている。
偶然にもこんな餌が転がっていたことに感謝する知能もないが、皮に牙を突き立て、肉を噛み千切り、汁を啜り、内臓を貪っていると……獣は横から現れたより大型の獣に噛み殺され、咀嚼される。
それを皮切りにして、餌から溢れた汁の濃厚な臭いに引き寄せられて、次々と獣たちが集まってきて、餌の喰い残しを奪い合って殺し合う。そして死んだ獣の死骸も餌となり、さらに多くの獣たちを呼び寄せる。
それが何だったのかはもう判らない。判らなくなってしまった。
けれど似たような臭いがどこかから漂ってくることに気づく獣がいる。ご丁寧に餌を引きずった跡がその場所にまで続いている。
臭いが漂ってくるのは、裸の猿が木を切って束ねて造った巣。この島の獣のほとんどが煮え湯を飲まされてきた憎きあの猿の巣だ。
一匹が猿の巣へと向かえば、別の獣もそれに追随する。やがて複数の獣たちが行軍するかのように地面を震わせて進み始める。
どの獣も、自分たちの意思が何者かに誘導されているとは思いもせずに……
「クケケケケ……魔獣と言っても単純だよね、僕の“呪餌”に簡単に引っかかっちゃうんだから」
「さあ、思う存分、死ぬまで遊んでおいで。どうせ死ぬんだから。死んじゃう前に楽しまなきゃ死ぬほど後悔するよ」
「………あ、いっけない。“牧之瀬”がまだ中にいたっけ。けどまあいーよね別に。アイツ死ぬほど嫌いだし、死ぬのだって二度目だしさ………クケ、クケケケケケケケケケ!」
-*-
警告
警告
島内にて危険指定獣災“万魔夜行”の発生を確認
現時点で73体の被汚染生物を確認
現時点で75体の被汚染生物を確認
現時点で79体の被汚染生物を確認
現在もなお増加中
予測目標地点[X:667][Y:924]
当機への到達確率65%
発生原因対象を特定>追跡開始>>>>>反応消失
現時刻をもって当機は警戒体制へ移行
現時刻をもって当機は警戒体制へ移行
情報退避開始
使用機種:HBU-096≪名称未定≫
燃料層充填20%
防衛機体:GBD-014≪ガルガンチュワ≫再生工程進捗003/100のため使用不可
最終兵装:HDH-002≪ギガウェイブキャノン≫主機破損のため使用不可
兵装稼働率17%
緊急事態のため、第7条第5項に基づき、搭乗員に連絡
緊急事態のため、第5条第3項に基づき、自己防衛運動準備開始
次元航行重巡洋艦≪ヴィンデルカ≫起動>>>>>>>>>エラー
起動プロセスを再度実行します
(1)オーナリィの招聘に
ラウル:反対
イリガル:賛成(使い捨て戦力として)
ゼドリック:反対
(2)兵士の一部が泥棒&逃走を計画する。カシムが一部始終を聞いていた。
(3)モンスターたちが大集結
(4)島のどこかでファンタジーらしくない物が起動しようとして失敗




