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私は戦う!おっぱい大きくするために!  作者: 鶴
第一章「ラザレス王国動乱」
18/20

「愚者たちの夜」-5

 作業場でゼドリックさんと別れ、私とラウルは松明片手に砦の奥へと進む。

 この砦は大きく左右に分けることができる。水場のある広場、そして倉庫群だ。倉庫群はティラノもどきも運び込める小さめの解体場を中心に倉庫が乱立しており、使えそうなモンスター素材、毛皮、葉っぱや干し草などがその中に入っている。とはいえ完成して間もないだけに中身が空っぽの倉庫も数多い。

 また、倉庫群の面した山肌には大きめの洞窟を掘り、氷室として活用している。()()()()()により、この山は掘れば掘るほど冷気が沸き出してくる。入り口を塞ぎさえすれば冷凍庫のような冷たさになるので、肉類の保管に重宝していた。

 大物を狩っても他のモンスターから逃れるために時間がなくて一部しか食せなかった頃を考えると、貯蔵できるようになったのは私の食生活の豊かさを変えた転換期と言える。まあ、未だに丸焼きか石焼ぐらいしか調理方法がないんだけど……


 そんな倉庫群に遮られ、広場の篝火の明かりも砦の最奥にまでは届かない。そもそも倉庫を集中させて建てたのはこの場所に差し込む光を遮るためでもある。氷室もあるし。

 ただ、今日ばかりは遠くから宴会を始めたかのような騒ぎの声が聞こえるせいか……この島には私以外に誰もいなかったかた、騒々しくもどこか懐かしく感じてしまう。


「ねえラウル、あなたはこの島に何しに来たの?」


 けれどラウルは酷く警戒していた。下手に話しかければ斬りかかってきそうなぐらいに。

 せっかくとびっきりの美少女(私)と夜道の散歩をしているというのに、いつでも剣を抜けるように意識を尖らせているのは勘弁してほしい。しかも斬る対象は私ときた。……まあ暗いところで“狼”になられるよりはマシだろうか。


 ラウルが警戒しているのにも理由がある。

 行先を告げていないこと。

 私以外は誰一人として住んでないこの島で誰かに合わせようとしていること。

 あとついでに、後ろからイリガルやゼドリックさんが尾行していないかも気にしているようだ。


 まあ到着するまで内緒にしておこうと私が説明しないのが一番悪いんだろうけど……私も本当にラウルをあの場所へ連れて行ってよいものかどうか、悩んでいる。

 だから緊張を和らげるために気になっていたことを問いかけたのだけど、


「………キミを、迎えに」


「嫁探し?」


 短い言葉に私がすぐに切り返すと、一段と剣呑さが増した。


「………この雰囲気で茶化さないでくれ」


「いや~、シリアスな空気に耐え切れなくって。お願いだからもうちょっと気を緩めてくれない?……いい加減にしないと斬り捨てるわよ?」


「ッ!」


 一瞬だけ殺気を叩きつける。

 海岸で見せた≪空間威圧≫のように魔力を乗せていないけれど、わずかに身を強張らせただけで耐えきったのは流石だ。下手をすると失神しかねないのに。

 ただ同時に、私との格の違いも理解したようだ。


「………非礼を詫びよう。以後は気を付ける」


 猫が虎を威嚇しても虎は煩わしく思うだけだ。逆に虎が猫を威嚇すれば猫は危険を感じてすぐさま逃げ出すだろう。

 一度だけ見ただけだけど、三年しか生き延びていない私などよりもラウルの剣の腕は遥かに上だ。でも、それ一つで私との圧倒的な実力差を埋められるものではない。それを理解していながら剣気を私に向けていたのだから、殺気の一つも向けられて当然と言える。


「それに茶化してるのはラウルの方でしょ?」


「俺がなにを……」


「何も言わないよね。言わずに先延ばしにしてる。神託に従って私を迎えに来たって言うのはもう聞いたけど、それ以降、詳しい説明もせずにずっとだんまりじゃない」


 ここ()に来るまでは真面目な話をする雰囲気でもなかったから、まだ理解はできる。

 けれど到着してからも砦の内部が気になるからと言って二人きり(尾行付き)になっても話を切り出そうともしない。

 私は二人でいる間、ずっと何言われるかドキドキして待ってたんだぞ? これ以上の肩透かしは御免だ。


「………兵たちの動揺が、思いのほか強かったからね。それを思うとなかなか切り出せなかった」


 確かに。浜辺でラウルが神託のことを口にした際、その場にいた兵のほとんどが(ざわ)めきだした。

 身内に危害を加えられて殺気立っていたタイミングで、この島に来た目的が敵視していた私だったと聞かされれば動揺もしかたない。

 調子に乗ってスパルタもしたし、私に対する感情や評価は大きくマイナスに振れているだろう。自分たち人間とは異なる化け物を見る目を隠そうともしない。私がこうして遠ざけられていなかったら、また何かしらの騒動が起きていた可能性もある。


「そんな異物()をラウルたちの国に迎えるつもり? 暴動が起きるわよ?」


「だが、神託は俺たちの国では絶対だ。ヴィンデルカ神がキミを迎え入れろと告げるのであれば、俺たちはそれに従うまで」


「連れ帰ってどうするのよ。私を一生養ってくれるの? 巫女にでもなれって?」


「神は我が国の苦境を見かねて神託を下された。我が国は現在、二つの国から同時に攻め入られていて滅亡の危機に瀕している。そうならないためにも、キミの力を貸してもらいたい」







「やだ」


 はっきりお断りさせていただきました。







「オーナリィ、頼む。我が国の民を救うためにもキミの力が必要なんだ!」


「知らない人たちの為に戦争で人を殺せって? 冗談でしょ? どんな理由があるにせよ、戦争に巻き込まれていいように扱われるのはまっぴらごめんよ」


 足を止めて振り返ればラウルの全身が松明の明かりに照らされ、暗闇の中で真っ赤に浮かび上がっていた。……きっと、私の体もラウルにはそう見えているだろう。まるで血を浴びたかのように赤く、それゆえに血も涙もなくて恐ろしい冷酷女に。


「栄枯盛衰は世の習い。どんな強国であっても衰え、滅びる時は必ず来るわ。ラウルたちのいる国もどこかの国を滅ぼして建国されたんでしょ? 滅びを前にして足掻くことを悪いとは言わないけれど、どうして関係のない私を巻き込むの?」


「どのような汚名でも甘んじて受ける。しかし日々強まる敵国の戦力が砦を抜いて王都に雪崩れ込めば、多くの民が略奪・虐殺の憂き目に遭う。それを防ぐためなんだ」


「格好いいこと言ってるつもりでも、要は外交政策に失敗した結果でしょ? 戦略でも戦術でも挽回できないから神頼みで私頼み?なんでもするなら、どうして戦争になる前に万策を尽くさなかったの? 敵を皆殺しにしなかったの?」


「………我が国の外交政策が失敗したことは認める。その上で恥を忍んで助力を乞うている。報酬はキミが望むがままに用意しよう。爵位でも土地でもいい。戦争に勝利した暁には我が国の英雄として迎え入れるつもりだ」


「はあ? 餌をやるから尻尾を振れって? ふざけるんじゃないわよ。あんたたち何様のつもり?」


 まずい、少し苛立ってきた。


「そもそも土地や爵位をやるって、私を自分たちの国に縛り付けて利用する気満々じゃない。私はあんたたちの王様の下手に付くつもりなんてこれっぽっちもないんだから」


 爵位は領地に対する徴税権を有しているが、あくまでそれは王から与えられ、保証されるものだ。つまり爵位を貰ったが最後、維持するためには死ぬまで王の命令に逆らうことができなくなる。

 しかも裕福な生活を送れるかもしれないと夢を見させておいて、領地運営を押し付け、上前だけ撥ねようというのに、それを報酬にするとかふざけているとしか言いようがない。


「だったら永住権というのはどうだ? キミの生活は国が保証する。この島で暮らすよりもよほど文化的な―――」


「それこそ不要ね。確かに油とか鍋とか欲しい物はたくさんあるけど、マイホームも手に入れてやっと生活が安定してきたんだもん。今さら引っ越すつもりも無いし、この島でお金なんて持ってたって意味ないし。そもそも国に食べさせてもらってたらやっぱり国の命令に逆らえなくなるでしょうが」


「では、この島と我が国とで貿易をするというのはどうだ?」


「竜の心臓やら毛皮やらの代金、右から左に払えるの? どうせすぐに利権だなんだと理由をつけて大軍で攻め入ってくる光景が目に浮かぶわ。……そうなったら全船沈めるから。よろしく」


「っ!……お、オーナリィだっていつまでもこんな島に住めるとは思っていないだろう。魔獣が跋扈し、砦の外へ出れば常に死の危険と隣り合わせ。これはキミにとってもチャンスなんだ。我が国に来てくれれば命の危険を冒さずに済む!」


「だけど私の力は他人の命を脅かし、謀殺される日々に怯えることになる。便利よ~、蛮族特攻させて戦争で大量虐殺させれば、国の防衛どころか侵攻し放題。ま、私がこの世界で無敵で最強というわけじゃないでしょうけど、ラウルが連れてきたような兵士たちだったら一万人いたって蹴散らせるんじゃないかな。あはははは、そんな命令出したらまず最初にラウルの国を滅ぼしてあげる」


「ぐ…うゥ………そうだ、我が国がこの島の開発に尽力しよう。この島が栄えればキミだって……!」


「やめてよ。人の縄張りに土足で踏み込む気? さっきも利権の話はしたけど聞いてなかったの?……話はこれで終わり? いい加減にしないとブチ切れるわよ」


「………この島の領有権は、我が国にある」


「へえ、ここで脅迫?」


「脅迫じゃない。オーナリィ、キミが我が国の領土内に不法滞在しているのは歴然とした事実だ。この島に住む以上、キミは我が国の国民であり、王命に従う義務がある」


「面白みのない言葉ね」


 なんかもう、このやり取りが嫌になってきた。


「領有権を主張するなら島に一人でも兵を置いておきなさい。実効支配もできずに領有権だけ主張するなんて馬鹿げてることも解らないの? そもそもあんたのとこの王様が私の命を守ってくれたことが一度でもあった? 民を守ることも出来ないくせに命令にだけは従えとか順序が違わない?」


「それならば、キミは不法滞在、不法占拠ということになる! 国ひとつを敵に回すつもりか!?」


「だったらはっきり言ってあげるわ」







 ―――やれるもんならやってみろ!







 告げたのは決裂の言葉。ぶっちゃけ宣戦布告と取られてもいい。

 同時にラウルから怒気混じりの剣気が放たれるけれど、暖簾に腕押し、糠に釘。()()()()()()()を知っている私にとってはそよ風に等しい。 


 ラウルに酷い言葉を投げつけたという自覚はある。できればやんわりと断りたかったけれど、売り言葉に買い言葉でかなりエスカレートしてしまった。

 なにしろ説得材料が「なにかやるから言う事を聞け」の一点張り。目の前にお金をちらつかせたら言う事を聞くような乞食じゃないですよ、私は。

 それに殺戮兵器扱いされる事への懸念に対する弁明も無し、謀殺される危険性に対しても回答ゼロ。権力や正当性、自国の事情ばかり主張されたところで私の心は微塵も揺るがない。


 けれどこれで十分伝わったはずだ。私を連れ帰ったところで爆弾を抱え込むようなものだと。

 国のためという想いもなく、金銭欲も名誉欲も薄い私は、ラウルたちが魔竜(ギガボルト)と呼んだティラノもどきと変わりない。それなのに御する手段も討つ実力も無い。それで獣を従わせようというのが間違いだ。

 仮に私がラウルたちの国に赴いたとしても、誰が命令するのか、その命令が受け入れられなかったらどうするのか、その命令に反したらどうするのか………答えは『どうにもならない』。現状、私が主従契約を結ぶつもりがない以上、連れ帰ったところで軍という“組織”に組み込むことはできない。意にそぐわない命令には異を唱え、混乱させるか離反するか謀殺されるかのどれかが私の未来になる。


 たった一つのさえたやり方ならあるというのに……


「ラウル、なんでゼドリックさんの言葉を聞かなかったの?」


「………何のことだ?」


 あ、ダメだこれ。精神的にいっぱいいっぱいだったから耳に届いてなかったらしい。


 やれやれと肩を竦めてみせると、ラウルの目をまっすぐに見つめながら足を踏み出す。


「………!?」


「いいわよ、抜いても。私を斬れると思うのならね」


 一歩、二歩と距離を詰め、三歩目を踏むと、ラウルは松明を投げ捨てて剣に手を掛ける。

 四歩、五歩と距離を詰め、六歩目を踏みながら、松明の火が消える中で私は腰の後ろで手を組んだ。

 暗闇の中、そして私が眼前に至っても、ラウルは遂に剣を抜けなかった。


「ラウル、あなたの最後の言葉は聞かなかったことにしてあげる。だから私の最後の言葉も撤回するわ。でも覚えておいて。あなたは選択を間違えたんだって」


「俺は……どうすれば……何を言えばよかったって言うんだ!」


 剣の柄を持つ手は小刻みに震え、間近から見上げる私の視線に耐えかねて、ラウルはまた視線を逸らした。

 なんで直視しようとしないのか。そりゃまあ、私みたいな超絶美少女を直視したら眼球が破裂しても歓喜に打ち震えて昇天しちゃうかもなので解らないでもないけど、口説き落とそうとしている相手をまっすぐ見つめられないのはどうなのだろうか。


 だから、無理矢理にでも私を見せた。

 頬を両手で挟んで力づくで首をねじり、それでも怯えるように動き回る目をまっすぐ見つめて言葉を紡いだ。


「私のお父さんのお友達が言ってた言葉よ。「女にいう事を聞かせるには自分に惚れさせろ」……って」


「………なんだ、それ。そんなことで、キミは……!?」


「ちょっとは期待してたのよ? 格好いい将軍様に口説かれるのを……」


「ぇ………?」


 そう言って、私は顔を近づけていく。

 いくら鈍感なラウルだって、私が何をしようとしているかは判るはずだ。まあ身長が足りないので、掴んだままの顔を引き寄せさせてもらうけど……


「こういう時、目を閉じるぐらいしなさいな。ムードも読めないデリカシーも無い……」


「す、すまん!」


 どうしてここで叫ぶかな……だけど私は強張るラウルにそのまま顔を寄せ、




 ―――かぷ


 鼻を噛んでやった。




「―――――――――!?」


 そんなに強く噛んでいないので後も付かないだろけれど、慌てたラウルは反射的に後退さろうとして尻もちをついていた。


「あはははは! 私のファーストキスはそんなに安くないわよ。そうやって尻もちついてる内は私を惚れさせるなんて夢だと思いなさい?」


「オ、オーナリィ! いくらなんでも、やっていい事と悪い事がある!」


「きゃー、こわーい、ラウルが怒ったー」


 慌てて立ち上がるラウルから距離を取って背を向けると、私は左手の掌を上に向け、瞳を伏せて数秒の間、集中する。


 ………手の平には空気がある。その空気に集約した魔力を混ぜ合わせ、大気や大地へ昼の間に溜め込まれてた太陽の光を少しずつ分け与えてもらうと、それは淡く輝く光の玉としてこの世に現れた。


「魔法の……光?」


「自己流だけどね。ま、このぐらいできないと生きてけないし、この島じゃ」


 自慢できるほど卓越した魔法の使い手でないのは私自身がよく理解してる。

 ティラノもどきを砂のパンチで吹っ飛ばしたのは、海岸の地面に流れる地脈の流れを把握しており、それを上乗せに使って砂を“流動”させたからだ。


(いつかは手のひらから火の玉とか石の礫とか出したいんだけど、まだまだだよねぇ……)


 創造神様から魔法の才能も貰ったと思うんだけど、いったいいつ開花するのやら……そんなことを考えながら、ラウルが躓かないように地面の起伏を照らしながら先に進む。







 そうして辿り着いたのは、私の背丈よりも大きな岩の前だった。

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