「愚者たちの夜」-4
次に連れてきたのは水場近くの作業場だ。
何本か柱を立て、その上に細い木や枝で枠組みを作り、大きな葉っぱで何枚も乗せて屋根としたまさに掘っ立て小屋。でも風の通りが良くて涼しいんです。
転生してから三年、大きさに違いはあるけれど、砦を築くまでの私の活動拠点はだいたいこんな感じだった。四六時中モンスターに狙われるこの島で、日差しや雨を凌げる場所を作れただけでも幸運だった。まあ一週間もしない内に襲撃されて住めなくなっちゃってたけど。
その後、紆余曲折を経て安住の地を得た私が最初に取り組んだのは毛皮を剥いだり皮を鞣したりすることだ。
なにしろ二年ほどは大きな葉っぱで大切な場所を隠してたし、冬の寒さを凌ぐ衣服を作るためには皮の加工が一番取っ付き易かった。蚕も育てていないし織機の仕組みも解らない。代わりに出来立ての綺麗な水場があり、素材になるモンスターだけはたくさんいるのだから利用しない手はない。
「ここに干されてる皮のモンスターは全部オーナリィが狩ったのかい?」
「全部そうよ。この島のモンスターたちは食欲旺盛だから、死骸もすぐに貪り食われちゃうし」
モンスターにやられたヤツの皮は、噛み千切られたり引っかかれたりしててボロボロになっているため鞣しても腐ったり裂けたりして使い物にならない。
加工がしやすいように大きくて綺麗な皮を手に入れるためには、とにもかくにも大物を無用に傷つけずに最小の攻撃で仕留める技術が必要だ。ティラノもどきのような超大物は無理だとしても、十分大物だったクマもどきも頭への一撃のみで倒した。あれも剥いだら大きな毛皮が手に入ったことだろう。……少し惜しかったかな?
「これだけの数を一人で倒すのはスゴいな。俺たちの国では大型の魔獣の討伐には軍を出撃させたりするんだが……」
「この島じゃ逆に集団戦の方が難しいわよ。色んなモンスターがいるから咄嗟の判断で動けないと良い的にされるし」
「そうだね……その時点で俺たちは失敗していたんだろうな……」」
モンスターの皮はそのままモンスターの情報の一部だ。特にこの島には珍しいモンスターが多いらしく、ラウルは興味深そうに何枚もの皮を見学して回っていた。
そして、ふと一枚の毛皮の前で足を止めた。
「これは………」
それは用の防寒着を作るために狩ったトラもどきの白い毛皮。
素早い上に周囲の景色と同化して姿が見えなくなるので非常に厄介な相手だったけれど、罠にかけて足を止めたところで石のナイフ片手に格闘戦を挑み、心臓を一突きにしてようやく仕留めるに至ったヤツだ。
その落ち着いた輝きを放つ白雪のような毛並みは美術品と言っても過言ではない。しかも冬に活動を続けられるほど断熱性も高く、柔らかいので動きの妨げにならない。今は針糸がないので防寒着に仕立てることはできないけど、頭からかぶれば気分はマタギ。冬の寒さの中でも狩りに出かけることが可能になるだろう。品質といい処理の仕方といい、私の技術の粋を集めた会心の出来であり、至高の一品と言える。
つまり、これさえあればゴブリンを追い出した巣穴でガタガタ震えて冬を過ごさなくてもいいのだ!
毛皮万歳! 今年は凍え死に仕掛けて三途の川を見なくても済む!
でも……ここまで綺麗だと、さすがに防寒着にするのには抵抗がある。
元いた世界でこんなに綺麗な動物がいたら乱獲されてあっという間に全滅だ。まさに野生のドレスのような逸品を普段着扱いにするのは私にはできない。今は寝室の床の敷物にするかどうかでお悩み中。
この上でなら温かいし肌触りもいいからいつまでもゴロゴロできそう……というか、今は夏の手前なので想像するだけで暑苦しそう。
ラウルはそんなトラもどきの皮の美しさに目を奪われた……のかと思ったけれど、どうもそうではないらしい。表情は硬く、湧き上がる怒りと口惜しさを堪えているようである。手は左腰に佩いた剣の柄尻を強く握りしめていて、今にも斬りかかりそうな雰囲気を漂わせている。
「もしかして……私がトラもどきとくんずほぐれつ(自主規制)してるところを想像してるの!?」
「ぶっ!?」
思いっきり吹いた。汚いなぁ……毛皮に唾を飛ばしやがって。
「な、なに言ってるんだ!? そんないかがわしいこと考えるわけないだろ!?」
「ほんとにぃ?」
「………当たり前だ」
きょどきょどしているラウルと距離を詰め、小首をかしげながら下から見上げる。
小麦色の肌をした美少女(自称)に瞳を覗き込まれて平然としていられる男の人はいない(はず)。思惑通り、直視に耐え切れずに視線を逸らしたので追撃するとしよう。
「ねえ……もしかして私がこの毛皮を着てるとことか想像してた?」
「………念のために聞いてもいいかい? なんでそう思ったんだ?」
「男の人ってコスプレ好きなの知ってるもん。想像の中で裸の私に毛皮を着させて“俺のバーサーカーちゃんがハァハァ!”とか言って何してたのよ変質者!」
「オーナリィ……キミが俺のことをどう思ってるのか一度教えてもらいたいのだけれど……」
「変質者?」
「そんな今さら言うまでもない事を説明するように言わないでくれ……」
いやー、落ち込んでるとこ悪いですけど、最初の出会いからして変質者でしたしねぇ……ま、気を落とさなくていいよ。顔だけは良いんだから、その内きっとラウル好みの素敵なょぅ〇ょと素敵な出会いもあるって。頑張りなさいな。
「お願いだ……土下座でもなんでもするから変質者扱いはやめてくれないか……」
「えっ……女の子に土下座でお願いって、さすがにそこまでの上級者だったとは。御見逸れしました」
「上級者ってなんだよ……違う……俺は変質者じゃない……違うんだ……信じてくれ、そんな目で俺を見るな……うあぁぁぁ………!」
………ちょっとやり過ぎたかもしれない。遂に地面にうずくまって頭を抱えだした。反応がいいからついつい興に乗ってしまった。
あまりにも深刻そうな顔をしていたので気分を紛らわせるためにからかっただけなのだけど、ここまで深刻に思い悩んでいたとは……と反省しつつも、下から腰の毛皮の中を見られないようにススッ…と距離を空ける。
覗くような人じゃないとは思うけど……一度変質者認定してしまったせいで、どうにも信用できないのです。
「まあまあ、元気だしなって。そんなところにうずくまってたら地面を孕ませちゃうよ?」
「ふざけるな! いくらなんでもそんなこと、ある訳ないだろ!?」
「あはは♪ それだけ元気があるなら大丈夫そうね。んじゃ、これはお詫びにラウルにあげるわ」
顔を上げたラウルの上に、トラもどきの白い毛皮を放り投げる。
空気を孕んで舞い落ちる毛皮を慌てて受け止めたラウルは目を白黒させて私の顔と毛皮とに視線を往復させている。毛皮の価値はちゃんと理解しているようなので無碍に扱われることはないだろう。
「さすがにこれは受け取れない。いくら詫びだと言ってもこれほどの物を気軽に渡すなんて、何を考えてるんだ!?」
「別に何も? もともと狩ったモンスターから剥いだ皮だから原価はゼロだし、手間暇かけた私が良いって言ってるんだから貰っときなさいな。………色々と、思い入れもあるんでしょ?」
「あ………」
毛皮を前にした自分がどんな顔をしていたのかを思い出したのだろう。口を開いたまま茫然としてしまっている。
ちゃんと説明はされていないけれど、言葉の端々からラウルがこの島に来たことがあるのは察しがついた。
私だってこの島で三年間生き延びている。死ぬような目には何度も……というか何十度? 何百度? も遭ってきているし、その人たちがどうなったのか、その“結末”だけは幾度も目にしてきている。今頃テントの設営を終えた広場で夕食の準備に取り掛かっているであろう兵士たちであれば、同じ目に遭う事は想像に難くない。……その想像通りのことがラウルが以前訪れた時にも起こったことも。
でも想像できるのはおおよそのことだけで、ラウルの目の前でどんな悲劇が起こったのか、どんな惨事が繰り広げられたかまでは解らない。それこそ、そこまで読み解けるのは神様ぐらいなものだろう。
「貰っときなさい。それはあなたが持ってた方がいいものよ」
「しかし、キミにだってこの毛皮の価値は判っているはずだ。おいそれと譲られても俺達には返せるものが無いし、既にキミからは様々な物を譲り受けている」
「だーかーらー、気にしなさんなって言ってるでしょ? 私には………あ、そーだそーだ。それじゃあ私からの質問に一つだけ答えてくれる?」
私は地面に座り込んだままのラウルと視線を合わせるようにしゃがみ込み、
「あなたの国って胸が大きい方がもてる? それとも小さい方がいい?」
「………は?」
恥ずかしいのを我慢して訊いたんだから聞き返すな!
てか、どうしてそんなに顔を赤らめるのよ。これは社会学の一環として民衆の思考傾向を確認しているだけなんだからイエスかノーで答えればそれでいいのに……恥じらわれたら私まで恥ずかしくなるんだから!
念のために言っておくと、ラウルがおっぱい星人かちっぱい星人かを確かめているわけではない。
ただ単純にこの世界の女性の魅力の判断基準を知りたかっただけなのだ。ここ重要。決して他意はございません!
まさかマッチ棒体型が美の基準という事も無いだろう。だけど土偶のようにふくよかな女性がいいとか、手の平にジャストフィットするぐらいの膨らみの方がいいという可能性もある。着物文化なら胸が平らな方が綺麗だし。
私としては世間がどう覆おうと巨乳街道を突き進む所存ではありますがやっぱり大衆のニーズを知らずに勘違いしてる痛い女と思われたくないし巨乳好きが特殊性癖扱いされるような世界だったら譲るところは譲って共存共栄を目指して平和的なラブアンドピースりながら秘密結社を設立して世に巨乳サイコー文化を根付かせる草の根運動を展開しなきゃならなかろうかと思うんだけど……
「というわけで、どっち? ビッグオアスモール!」
「だからどうしてそういう卑猥な内容の質問を俺にするんだ!?」
「いいからちゃっちゃ答えなさい。マルかバツかの二択でしょ。世間一般の常識を聞いてるんだから恥ずかしくない。どうする? オーディエンス行ってみる?」
とラウルを追い詰めていたら、
「んなもんデカい方がいいに決まってんだろうがァ!!!」
呼んでもいない馬鹿野郎が柱の陰から飛び出してきた。
あんたいつからそこにいた? 荷運びの最中は静かだなーと思って存在を忘れかけてたら、いきなり背後から声をかけられてビックリした。いや気配には気づいてたけど!?
「でっかい胸には夢がある! ロマンがある! エロスがある! 母性サイコー! 巨乳万歳!」
「お、おいイリガル、まさか俺たちのことをずっとつけて……?」
「こう、顔を挟めて左右からパフパフしてもらえるようなデカさが最高だね! 寄せ上げた谷間に酒を注いで顔を埋めて一気にすすり上げて一滴残さずべろべろ舐め回しながら揉みしだゲボハァ!?」
乙女の前でパフパフする手つきはやめろオープンエロスバカ!
思わず本気で蹴り飛ばした。腹部に足裏が突き刺さったので、下手すると内臓破裂したかもしれないけど……砲弾のように吹っ飛んだイリガルは巨大篝火を飛び越え、その向こうで組み上げられたばかりのテントをいくつか巻き込んで地面に着弾したらしい。
「あー! なにやってんすか副将!」
「せっかくこれから晩飯だってのに余計な作業増やしやがって!」
「どうせまたどっかで馬鹿やって蹴り飛ばされたんでしょ、いいかげんにしろよ!」
変態滅ぶべし!………うん、でも死んでなさそう。ていうか人望ないんだね、あのストーカー。
「あんなのが副将で本当にいいの?」
「素行はあんなだけど仕事には真面目だから……真面目……うん、まあ、その……真面目だと思う……真面目って何だったかな……真面目の定義って……」
将軍さんというのも、なかなかに気苦労の多いお仕事らしい。島の外って変態が多くて大変なのだと再認識してしまう。
変態はさておき、質問の答え……は、まあいいだろう。隠れて姿を現さない誰かの動揺を誘って炙り出すためのきわどい質問だったのだし。
イリガルが飛んで行った方を見つめて「いつから覗いてたんだ……何を聞かれた……?」とブツブツ呟いているラウルはしばし放置。次の場所へ向かうにもラウルに大きな毛皮を持たせたままにしとくわけにもいかないので、手をパンパンと打ち鳴らす。
「オーナリィ殿、お呼びですか?」
「ゼドリック!? おま、おまえまでいたのか!?」
「いえいえ、私は先ほど来たばかりです。若いお二人に何かしらの間違いが起きるのを見逃せな……いえ、見過ごせませんでしたので」
「いいからいつからいたのか答えろ!」
「将軍……あなたはもう少し女性の扱いを覚えるべきです。顔がいいだけで幸せな結婚生活が送れるとは思わない方がいい。もっと相手が何を考えているのかを―――」
「ちぃっくしょぉおおおお!」
もう叫ぶしかないらしい……が、叫び終えたなら早く立って欲しい。
「というわけで、ゼドリックさんはこの毛皮を持って帰っといてくれる? 最後にもう一ヶ所だけ、ラウルを連れて行きたい場所があるから」
「はい、我が国の国宝と思って扱わせていただきます」
「あはは、別にそこまでしなくても」
「扱わせていただきます」
「………はい」
なんだこの圧は。あの毛皮にそこまでの価値がある? まさかねぇ……素人が剥いだ毛皮なんだし。
ただまあ、雑に扱われるよりはいいと思う。思う事にする。思わなきゃやってらんない。
「すっかり日も落ちて暗くなってきたんだし、砦の見学は明日でもいいんじゃないか?」
「ダメ。ここまで来たら今日中に参っといた方がいい」
「参る?………オーナリィ、キミは俺に何を見せようって言うんだ?」
「それは―――」
ラウルは立ち上がり、疑問を隠そうともしない顔で私を見る。
そんな顔をして問い詰めなくても、元々隠す事でもない。ただ、あの場所だけは私も連れていく相手を選ばなければならないだけの話だ。
ただ、この言葉を告げることでラウルに先ほどのような強張った顔をさせてしまうかもしれない。
あんな顔は見たくないけれど………半年かけてでも砦を作ったわけを、安住の地を求めたわけを、この島に来た過去を持つラウルには引き合わせなくてはならないから。
「――――――あなたに会わせたい人がいるの」




