「愚者たちの夜」-2
洋上からも見えたという私の家……というよりも砦は、急勾配の山の中腹ぐらいから突き出た場所に建っている。
密林とは違い、草木も生えない程に地盤が固いこの山なら地中を掘り進んでくるモンスターの奇襲される可能性も低い。奇襲対策が必須のこの島で安全を確保するなら最適な立地と言えるだろう。地滑りの心配もなさそうなぐらいにとにかく頑丈だし。
しかも亜熱帯かと思うほど暑い密林内と違って山の周囲はとある事情により気温が低く、穴を深めに掘るだけで食料を冷蔵できるほどの冷気が溢れ出してくる。モンスターを狩っても夏場だと一日で腐敗が始まり、それでも貴重な食糧だからと口にして何度も腹痛を経験して美少女にあるまじき醜態を晒した身としては、食糧事情改善のためにもこの場所にマイホームを建てるしかなかったのである。
まあ事情は色々あったのだけれど、問題はどうやって建てるかだ。DIY好きのお父さんに新しく家建てろって言ったって、大工さんに電話するかお金がないからって断るでしょうしねぇ……
当然のことながら、島民が私一人のこの島に大工はいない。スキルとして≪建築技能≫は持ち合わせていないので、どうやって建てればいいのかさっぱりだ。
そんな時、私は閃いた。
―――とりあえず壁さえあれば安全だよね!?
これまで野宿生活何百何十何日目かは覚えてないけれど、九割が屋外で野宿。残り一割は洞窟で野宿。今さら屋内で寝れなくてもダイジョ………イヤ、ダイジョウブジャ、ナイケドモ……
けれど求めるのは安全(に寝れるようにするのが)第一。最悪、力技による超巨大な掘立小屋でも造れればいいのだ。
というわけで、まず建設予定地を決めたら比較的平らになるように地面を削って水平にする。
十分な広さの土地を確保すると、とにかく頑丈な樹からまっすぐに伸びたものを選んで伐採し、運び込んでいく。そして先端を石器で尖らせて巨大な杭を何本も作り、力任せに、けれど隙間なく地面へ打ち込んでいった。
岩肌を背にして半円状に丸太を打ち込み終わったら、山から島の西側へ流れる川の源流から水を引き込み、壁の外側の地面を掘って流しいれることで水堀とした。
こうして砦の大まかな形が出来上がったのだけれど、森の中と違って上空に遮蔽物がないため、空から襲ってくるモンスターへの対策に不備がある。
密林が眼下に一望できる高い場所にあるとはいえ、海からの風が山肌に当たって上昇気流を生むため翼をもつモンスターは空高く舞い上がることができる。……ただ、ほとんどが山肌の窪みを根倉にしているモンスターの餌になっているけれど。
現在は仕留めたモンスターの骨やら毛皮やらを使った鳥除けを置いているけれど……どちらかというと魔除けに近い出来栄えのため、むしろ飛行型モンスターが近寄ってこないので結果オーライ。
「………これを一人で作ったのか? 半年? さすがに信じられないんだが」
「あれー? ここはプロジェクトなんちゃらのように私の偉業が惜しみなく称賛される場面じゃないの? ほら、称賛カモン、私って褒められて伸びるタイプだからいつでもいいわよ!」
「確かに凄いのは解る……解るんだけど……スケールが大きすぎて何から指摘すればいいのかわからないんだ……」
「スケール? いやでも、乙女の寝泊まりする場所なんだから、壁の高さ二〇メートルぐらい普通じゃない?」
「城壁じゃないんだし、高すぎだよ……」
わかってないなー、この島のモンスターなら中途半端な高さは意味がないんだよ!?……と思いはするんだけど、そっか、やっぱやり過ぎだったか~……
だけど後悔なんて前の世界に置いてきた。反省しない。反省はしないけど……もし次があったら半分ぐらいにしとこうか。
さすがに山道を荷車を押しながら登るのは大変なので私も手伝い、砦の前に到着して早々、私はラウルから巨大すぎる砦に対してダメ出しを食らっていた。解せぬ。
そもそも、ラウルが私の建てた砦に興味があるというから道すがらあれこれと教えてあげたのに、ちょっと大きいだけで否定するのはあんまりだと思う。そう、ちょっとなのだ。ちょっと首を後ろへ九〇度倒して真上を向かなきゃ丸太壁の上端が見えないぐらい、どうってことないはずだ。
しかもこの壁、実は二重なのだ。だから防御力も二倍! コンセプトはティラノもどきや恐竜系の大型モンスターに突進されても平気な家!
さらには水堀の底には先端を尖らせた杭を仕込んであり、堀を飛び越せないヤツへの対策としている。けれど殺傷力がまだまだ不満だ。地雷ぐらい埋設しないとアイツら倒せそうにないのよねぇ……
ただラウルの言う事も理解できる。この砦は大きすぎるのだ。……横に。
「兵の駐屯地ぐらいの大きさがあるんじゃないか……?」
「あはは……まあ、土地だけはあったから」
巨大な木材を何十本何百本と積み上げなければならなかったので、平らにした面積は結構な広さになった。それを取り囲むように丸太を打ち込んだのだから……まあ、運動場の一面や二面は取れるぐらいの敷地面積じゃないだろうか。
でも悪い事ばかりじゃない。大物の獲物を解体するのに広い場所は必要だし、倉庫――という名の掘立小屋――とか建て放題だし。
「ところで、中にはどうやって入るんだ? 門らしき場所が見当たらないんだが……」
ちょっと自宅が普通じゃないんじゃないかと思い始めてて忘れかけてたけど、背後には疲れ果てた兵士が大勢いるのだ。それにもうすぐ日が沈む。暗くなる前に砦の中に入れてゆっくり休ませてあげたいところだ。
「ちょっと待って。いま開けてくるから」
女の子が一人暮らしをするなら鍵付きワンルーム……と言いたいところだけれど、金属はあってもシリンダー錠とかどうやって作れと。
だから水堀をぴょ~んと飛び越えて、
「………は?」
足をかけるところのない丸太の壁をするする~と登り、
「ちょ、ちょっと、オーナリィ?」
最上部を飛び越えて壁の内側へと身を躍らせる。
「………通用門とかあるんじゃないのか?」
あるわけない。下手に出入り口を作ったりしたらそこだけ防御力が弱くなって、モンスターに破壊されるか侵入されるかだし。
そもそも私だけが暮らしている場所なのだから、他の人にできない入り方はそのままセキュリティーになる。だから大剣二本を抱えたまま水堀を飛び越えられるように特訓もしたりしたのだ。
壁を飛び越えると、壁の最上端から一メートルほどの高さに作り付けた足場に着地する。足場と言っても、やっぱり丸太だけど。
壁の内側には横移動できるように丸太が何本も横に渡されており、階段(やっぱり丸太)も設置している。これは壁の打ち込み時に利用した作業用の足場の名残で、丸太の打ち込み位置を一直線に揃えるのにも役立ってくれた。
そんな通路の最上段を移動しながら地面の方へと目を向ければ、五十人分のテントの設置位置や荷物置き場を割り振っているゼドリックさんと目が合った。
「ゼドリックさん、ただいまー」
「これはオーナリィ殿、お疲れ様です。将軍や皆はもう外まで?」
「うん、みんな来てるよ。今から“門”を開けるから」
「よろしくお願いします」
ゼドリックさんに手を振りながら帰還の旨を伝え、私は通路の先端へ足を進める。
そこには輪切りにした丸太の中心軸に取っ手を取り付け、蔦をよじり合わせた縄が幾重にも巻き付いた装置が設置してある。
私はその両手を両手で掴むと、
「よっこいせっと!」
自分でも年寄り臭いかな~と思わないでもない掛け声を上げ、重たい取っ手を回す。
すると、丸太を輪切りにして作ったドラム部分が回転し、頑丈な綱が少しずつ送り出されていく。
動力? ギア? そんなものはこの島にある訳がない。いつも人力で動かしてます。せめて水車でも作れればなぁ……とか考えながら一気に回り過ぎないように取っ手を回していると、次第に丸太の壁の一部が外へ向けて倒れ込んでいく。
(いわゆる跳ね橋と言うヤツね!)
しばらくすると水堀の幅よりも長さのある橋が対岸にズズンと重たい音を響かせて接地する。疲れて帰ってきた後の橋の上げ下げはなかなかに重労働だ。
「おまたせ~。早く中に入って。そこに立ってるとモンスターに食べられちゃうよ~」
「………各自、周囲の警戒を密に。先頭から順次、砦の中へ」
なぜか唖然としていた兵士たちもラウルの指示を聞くと我に返り、荷車を砦内へと運び入れていく。
そして全員が中に入ったのを確かめてから再び足場へあがり、跳ね橋を上げ終えたところで私はやっと安堵の息をついた。
「ふぅ……なんとか間に合ったかな」
西の海へと目を向けると、太陽が水平線に沈み始めていた。
高い場所から見ているので明るく感じるけれど、森の中は既に闇に包まれており、夜行性のモンスターたちが動き出す頃合いだ。もう少し遅ければ先ほどの「食べられる」という言葉が現実となり、血に飢えた獣たちに群がられて何人か死者が出たことだろう。
そんな危険性を常に頭で考えていたせいで無意識に緊張していたのか、我が家へ兵士たちを全員迎えることができて達成感もひとしお。胸を撫で下ろして安堵すると、弛緩した体中から一気に疲労感を訴えだしたほどだ。
そんな私を余所に、下では荷解き作業が早速始まっている。
私は参加しなくてもいいだろうが、砦の中央に丸太を井の字に組んで作った大型の篝火でお肉を焼いたら邪魔になりそうだ。それじゃあ一休みして時間をずらしてから食事にするか……そう思っていただが、考えが甘かった。
「オーナリィ、少し砦の中を見させてもらっても構わないか!?」
あの将軍様、ここが乙女の自宅だという事を解っててその台詞を言ってんの!?
あーもーしょーがないなー! ちょっと待ってて、案内したげるから! だから下手にその辺の物に触んないでよ!?




