「愚者たちの夜」-1
「はいはいはい! 気合入れて押しなさい! 腰を落とせ! 足を踏ん張れ! 脱落者はモンスターの餌になるぞ!?」
「ちぃぃぃっくしょぉおおおおおお! あの女、自分は運び終えたからってェ!!!」
「〇す! あとで絶対なくまで〇してやるからぬぁあああああああああ!!!」
大木が押し倒されて一直線に拓かれた道を、島に上陸した兵士たちが荷車を押しながら通り抜けていく。
組み立て式の荷車五台には、彼らの今夜の寝所となるテントや食料などが積載されている。五〇人の兵士がいるので荷車一台当たり十人がかり。……まあ、平坦な道ならそれでいいのだけれど、道自体がティラノもどきが踏み倒し、そのティラノもどきを乗せた荷台を引っ張りながら私が強引に押し拓いたばかりの道なので、かなり荒れたデコボコ道になっていた。おかげですぐに車輪が窪みにハマったり木の根に引っ掛かったりして荷車が動かなくなり、全員掛かりで汗だくになりながら荷車を押す羽目になっている。
「ボ〇〇する元気があるならさっさと押せ! 短〇のくせに〇〇〇にしたがる猿以下の〇〇〇野郎が! そんなに〇〇〇したけりゃ私が良い樹の股を紹介してやる。周りを見ろ、ここならより取り見取りだ、喜べ〇〇持ちの〇〇ども!」
「ふさけんなぁ! 覚えてろよ、全員でお前を〇してやるからなぁ!!!」
「はっ! それだけ吠えるガッツがあるなら私の護衛は要らないな! 目的地は見えてるんだ、後は勝手に走ってくればいい!」
「ちょ―――っ!? 今叫んだヤツ誰だ!?」
「おまっ! なに言ってくれてんだ!? 俺ら全員殺す気か!?」
「なにそんなことで泡喰ってんだ! てめーら全員チ〇〇ついんてんだろうが! ついてないからヒィヒィ言ってんのか!? オラオラ、私みたいな小娘に罵られて口惜しいんだろうが! 頭に来てんだろうが! てめーらの汚えチ〇〇なんて見たくもねーから根性見せろ! それができなきゃ樹の股に〇〇って〇〇〇の〇〇〇が〇〇〇で〇〇〇して〇〇〇ってろこの〇〇〇どもがァ!!!」
「クッソォオオオオオッ! 僕は、僕は〇〇虫なんかじゃないぃいいいいいい!」
「よーしカシムいいぞ! そのガッツだ! 腹に力を入れて叫べ! シャウトナウ!」
「「「「フンヌラバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」」
(ふっ、良い面構えになったじゃねーか!……て、あたしは何やってるんですかね?)
ついつい興が乗ってヒートアップしてしまったけれど、最初は私も荷車を押すのを手伝おうとしていたはずだ。
けれどゼドリックさんから、
『今日ほど若い者たちの鍛錬不足を痛感したことはありません。オーナリィ様、アイツらに手助けは無用です。それでももし、心優しくもアイツらのために何かしてやりたいとお思いでしたら、こちらのアンチョコを参考にして声をかけてやってください』
と言われていたので、アンチョコを参考に海兵隊のブートキャンプのごとき不適切表現で徹底的に罵り倒していた。
そのついでではないけれど、やっぱり荷車を押すのは大変そうなので、根っこや倒木などを見つけたら、その都度蹴り飛ばして取り除いている。
ちなみに、目的地は私が苦心の末に作り上げたマイハウス。山腹に見える丸太で出来た山砦だ。
急勾配を背に丸太を半円状に打ち込んでモンスターの侵入を防いだ上で川の源流から水路を引き、水堀を掘り、ここ半年を費やして生活環境を整備してある。おそらく、この島で最も安全な場所だ。
兵士たちは元々、入り江ないに停泊している船の中で寝泊まりする予定だったのだけれど、洋上でも空中、水中からモンスターの奇襲を受ける危険性は変わらないと教えたところ、船は島の外に一時離脱することになり、何故か私の山砦で上陸した兵士たちを預かることになってしまった。
巨大芋虫もどきの襲撃で陣地が被害を受け、地中を掘り起こされたせいで防衛柵の基部がグラついており、防衛力は既に失われている。いくら男を私の家に入れたくないと訴えても、五〇人もの人間の命を見捨てるのは目覚めが悪く、ゼドリックさんからの説得もあって一泊だけという制限付きで宿泊を許可することにした。
(むうぅ……こうも一方的に貸しだけ増えていくのは搾取されてるのと変わらないんじゃないだろうか……)
とりあえず、島の外では貴重な部位素材が取れるらしいクマもどきやハゲタカもどきは気前よく譲り渡し、竜の心臓やらと一緒に船へ積み込まれた。持って帰るにも私一人で食酢にも量が多すぎるし、クマもどきもハゲタカもどきも筋張っていて肉が固くて噛み切りにくく、火を通すと獣臭さが酷くなり、なかなか美味しく調理できないのだ。基本、塩やハーブで味付けして焼いて食べるだけだし。
芋虫もどきはラウル将軍がとどめを刺したが、致命傷を与えたのは私だ。意外と大物だったこともあり、前半分を譲り渡し、後ろ半分は私が貰うことにした。ふっふっふ、島外の者よ、食して孤島グルメに恐れおののくがいい。
そんな獲物のやり取りやら積み込みやら荷物の整理やらがされてる間に、私はゼドリックさんを伴い、荷台を引っ張って一直線に自宅へ帰還。大急ぎで体の汚れを洗い落とし、洗濯してある毛皮に着替えて再度海岸までUターンして今に至るのだけれど……そういえば兵士たちの親分の変質者は何処へ行ったんだろ?
「ははははは! 将軍になってから随分と体が鈍ってたな。こうやって何も考えずに荷車を押すのも、楽しいもんだなイリガル!」
「たぁぁぁいぃぃしょぉおおおおおお! なんで! 俺らまで! こんな! 事をぉおおおおおおおお!?」
「仲間と一緒に汗を掻くのは楽しいじゃないか! いくぞ、お前たち! 第三軍魂を見せてみろぉ!!!」
「「「「エイドリアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!」」」」
(………爽やかな汗を掻いてるのが一人だけいるな。変質者かと思ったけど、自分を追い込んで快感を得てるなんてマゾ過ぎないですか?)
そろそろ樹海を抜けることもあり、ラウルの一喝で気合を入れた荷車軍が猛スパートをかける。その勢いに開けkに取られていると、遂に長い樹海道を抜けた兵士たちは……その場に立ち尽くし、茫然としていた。
「なんだ……これ……」
まるで壁のように聳え立つ急勾配。まさに「深い樹海を抜けると、そこは山道だった」という状況だ。
島の中央に聳え立つ険峻。その頂は地より突き出された槍のごとく白雲を貫き、天へと至る。
溶けることのない氷雪の冠を戴き、全てを睥睨し、他を圧倒するかのような威容を誇る岩峰。
そして目的地は見上げた先。そこに至る道の勾配は四〇度から五〇度、場所によっては七〇度から垂直といったところ。
先ほども言った通り、私は一直線に帰宅した。そこにできた道も、崖も谷も勾配も全て無視して一直線に刻まれている。
「みんな! ここがガッツの見せ所だよ!」
私が拳を握りしめて皆を鼓舞すると、
「「「「「ふっざけんなぁああああああああああああああああ!!!」」」」」
「すごい。皆の心が一つになった!? じゃあ、その勢いで行ってみよっか、レッツゴー!」
空へと突き上げた拳は、けれどむなしく空を切る。
森を抜けて疲れ果てた兵士たちは、首を曲げて見上げなければならないほどの嶮山を前にして息をくじかれていた。
山へ向けて傾斜がきつくなる地面を進むことも出来ず、一人、また一人と地面にへたり込んでいった。
「あ………」
所在を失くした拳をまるで見咎められまいとするかのようにこっそりと下ろし、口を噤む。
空気が重い。
乱れた息。滝のように滴り落ちる汗。そして輝きの無い眼差し。
体力を振り絞ってここまで来た兵士たちは体を動かす気力さえ失っている。
(―――違う)
気力は失われたのではない。
体力は振り絞れても、気力はそもそも振り絞るほど持ち合わせていないのだ。
(―――吐き気がする)
これはなんだ?
この人たちはなんだ?
こんなものが私の夢見ていたものだというのか?
「………化け物が」
誰かが小さな声でそう呟く。
思わず声のした方へ振り向くが、座り込み、倒れ込んで体力を回復させようとしている兵士たちの誰が口にしたのかまでは判らない。
今日だけで何度、化け物だと、怪物だと、悪魔だと……人ではないと、言われただろうか。
最後まで聞こえない振りをしていられればよかったのに、平気な振りをしていられればよかったのに、その言葉は私の心が揺らいだ瞬間を見計らって胸の奥深くへと突き刺さった。
「くそったれ……なんで俺ら、こんなことしてんだよ……」
「糞女……自分は平気だからって、無茶苦茶言いやがって……」
「あの女が俺らを守れば済む話なのに……面倒くせぇ……」
兵士の一人が腰に吊るした革袋から喉の奥へとぬるくなった水を流し込んだけれど、すぐに空になって投げ捨てた。……そんなことをすれば、下手をすればモンスターが人の存在に気づいて襲いかかってくるかもしれないというのに。
けれど、誰もそのことを咎めたりはしない。
不平不満を抱えた男たちは、怨嗟を込めて見ているのは私だ。
彼らの仲間ではなく、彼らの同郷でもない、彼らにとっての異物。
彼らの常識から外れ、彼らと行動を共にする、彼らにとっての異分子。
(………まるで小学校のいじめみたいよね)
少し安心した。
彼らから人外を見るような目で見られてはいるけれど、少なくとも考え方は元いた世界と変わりないらしい。
だけどそれが私の胸を締め付ける苦しみを和らげることはない。
さっき投げ捨てられた皮袋。あの中に入っていた水が飲み干されるのを無意識に見つめてしまっていた。
動けば疲れもする。汗も掻く。お腹も減る。喉も乾く。
一度だけ水浴びをしてきたとはいえ、時間がなくて食事も休憩もろくにできていない。
ここの山は地盤も固く、登ってしまえば警戒すべきは空だけになるけれど、森を抜けた山の手前は姿を隠せる場所も少ない。私が休憩をしに離れてしまえば、間違いなく兵士たちがモンスターの餌食になる。
だからどれほど疲れていても、警戒だけは続けている。例え安全欲しさに押し掛けてくるような奴らでも客は客、人は人。この世界でやっと私以外の人に出会えたのに、その日の内に見殺しにしてしまっては、あまり気分がいいものではない……それだけの理由だ。
だというのに、アイツらは何なんだ。
賞賛が欲しいわけではない。だけど、昔の私と違って健康に育ち、重い剣も振れるし走れもする。目的地だって海岸からずっと見えていたのに、どうして今さら絶望する必要がある?
こいつらはなにをしているんだ?
「お前たち、何をくだらないことを喋っている! 休憩は終わりだ。各自、行動準備!」
考え込んでいたのはほんの二秒か三秒か。その間にラウル将軍が指示を飛ばすと、私の時とは異なり、不満を顔に見せながらも兵士たちは動き出す。
「オーナリィ、不快な思いをさせてすまない。部下たちにはあとでキツく言っておく」
「あー……いやー……どうだっていいかな、別に。いちいち目くじら立てるほどでもないし。でも、みんな疲れててさすがに一直線には登れそうにないから回り道しましょうか。あっちの方に丸太の運搬に使ってた道があるから」
そう告げて歩き出す。
もう私の心は何を言われても動じはしない。
でも……心に刺さったままのトゲは抜けず、私は無意識に下唇を噛み締めていた………
0時に間に合いませんでした……




