「傍迷惑な来訪者たち」-3
骨折させない程度に手加減はしたけれど、将軍さん含め、兵隊さんたちは半数ほど気を失っていた。……私は悪くない。先に手を出したのはあっちなんだし、セイトウボウエイデス。
それにしてもまあ、はっきり言って、弱い。連携はよくても、あんなに動きが遅くてはゴブリンにすら負けそうだ。
そもそも、なんであんな手抜きの大振りに巻き込まれて三人まとめて戦線離脱してんの? この島じゃ死亡扱いだよ?
弓兵さんも射たらすぐに移動ぐらいしなさいよ。矢を返されて呆然としてるとか、逆に良い的じゃない。そもそも相手に見えない位置から遠距離攻撃で仕留めるのが弓の利点でしょ。
油壷投げつけてきた三人は特に酷い。魔獣相手じゃないんだから受け止められる可能性を考慮して、もっと振り回して勢いつけて叩きつけなくちゃダメ!
まったく、こんなのが兵隊さんで国が守れるのか……と思ったりしたけれど、余計なことは言わないでおく。
余所の国の事情だし、下手な一言が面倒ごとを持ってきそうだ。回復のため、モンスターを近寄らせない私の近くで休憩してるのに露骨に睨んできてるぐらいだ。絶対に逆恨みされそう。
(私にあっさりと敗北したのが気にくわないなら、もっと鍛錬して強くなればいいのに)
略奪だ凌辱だと嬉々として会話していた数名は苛立ちを隠そうともしない。それどころか、私へ向ける視線には殺意すらこもっている。
あんな態度取ってますけどいいんですか?……と隊長さんに視線を送るけれど、申し訳なさそうな顔をするばかり。どうも言っても解らない連中らしい。
(かといってぶん殴ったら怪我が増えて、帰るまでもっと時間がかかっちゃうだろうし……森の中へ投げ込んでモンスターの餌にする? 本当に鬱陶しいなぁ……)
頭の中に幾つかのプランを思い浮かべるけど、殺しはよくない。その一線を踏み越えはしない。
つまり現在どうしようもない。手が出せない以上、己の行動を顧みない兵隊さんたちは放っておこう。いい加減ティラノもどきの血抜き作業をしないと、内臓が痛んで身にまで毒をまき散らす恐れがある。
というわけで解体包丁代わりに石の大剣を一本を手にして振り上げると……兵隊さんの中から軽い悲鳴が聞こえてきた。だから襲わないって。
そんなに私って怖いのかな……これでも子役としてテレビや舞台に出たこともあるし、顔の造りはそんなに悪くないはずだ。それにこの三年で身長も伸びたし、出るところも出て引っ込むところは引っ込んでるし、水に映った自分の姿を見て理想的に成長出来てると思ってたんだけど……あいつらの美的感覚狂ってるんじゃなかろうか。
普通、美少女が剣を持ってたら「萌え~!」「ポーズ取ってください!」「豚みたいに罵って、アヒィ!」っていうものじゃないのかな………もしかして、夢と希望が詰まってる魔法系ファンタジーと私みたいなガチ野蛮人系じゃジャンルが違い過ぎる!?
これはアイツらとの距離は永遠に埋まらないかもしれない……そんなことを考えていると、隊長さんと槍兵四人の内に一人が近づいてきた。
「良ければ血抜き作業を見させてもらっても構わないか? あれほどの大物、どのように処理するのか興味があってね」
「後学のため、是非ともよろしくお願いします!」
「ン、別にイイよ」
見世物というほど面白いものでもないんだけど……それにしても槍兵だった人は槍を圧し折っちゃったので何と呼べばいいんだろう。兵隊さん全員の中でも一番若そうなので新兵さんでいいかな?
まあ見学者が一人でも二人でもどっちでもいい。人目があるくらいでは、私の手元も狂わないだろう。
それでは始めます……誰でもできるティラノもどきの血抜き作業~♪
「ハアッ!」
まず手始めに大剣を振るって地面をドカンと吹き飛ばし、横向きにしたティラノもどきの死骸、その腹側の前へ横長の大穴をあけます。
「トオッ!」
次に血抜きをしましょう。
鳥なら首をスパッと落として逆さに吊るしとけばいいんですが、ティラノもどきは大物だし、首と胴体を切り離してしまうと持ち帰る際に手間が増えてしまいます。首も大切な素材ですから無駄にはしません。食べれるところは全て食べますし。
なので首の骨を切り飛ばさないように頸動脈だけを切り裂きます。この際に血が勢いよく噴出するかもしれないので、まともに浴びないように注意しましょう。
「テヤァ!」
続けて内臓抜きに取り掛かりましょう。
上からは背骨、左右からは肋骨に守られている内蔵ですが、腹側には骨もありません。ですので首の付け根から肛門の辺りまで一直線に切り裂き……あ、こいつはオスですね。斬っちゃえ斬っちゃえ。スパッと。
で、おなかを開いたら腹圧に押されて内臓がデロンと出てくるので、石のナイフで……
「ちょ、ちょっと待ってくれないか!?」
「どうカ、シた?」
解体作業を進めていると、突然隊長さんから待ったが掛かった。
もしかして世間一般的に見て、私の処理の仕方っておかしかったとか? そこで唖然としてる新兵さん、おかしくなんかなかったよね!?
「その、女性の前で口にするのは憚られるのだが、竜のイチモツ、それに肝や心臓も捨ててしまうのかね?」
どうやら処理の仕方ではなく、捨てる内臓が気になるらしい。
ティラノもどきは恐竜っぽいけど、固い鱗に覆われてるし、竜と言えば竜なのだろう。そして竜であるのならば、心臓や肝はファンタジーではおなじみの希少アイテムというわけか。
イチモツ? チ○チン? あー、もしかして精力剤とかになるんだろうか。薬って効能よりも使用された材料の希少性やありがたさを目当てに買ったりするっていうし………いや、私は飲みたくないかな。チ○チン入りの薬。
「内臓、食あたり、コワい。チ○チンは、乙女だシ、食べる気にハ……だから、イらない」
「ならば我々に譲ってはくれないだろうか。もちろん対価は払わせていただく」
「対価? イらない。この島、お金、意味ナいし。好キに持っテッて」
うまく処理できればレバーもハツも美味しいんだろうけどなぁ……私、そこまで調理技能が高くないし、牛乳とか処理する方法しか知らないのだ。この島、牛も山羊もいないし。
だから竜(といっても恐竜だけど)の心臓も肝臓もポイするしかない。欲しいならタダであげるよ。
けど、
「それはいかん!」
怒られてしまった。ちょっとビックリ。
「む……怒鳴ってすまなかった。だが私個人としては、我々とキミ……いや、貴女との間に対等の関係が築ければと考えている。それなのに我々にとって価値ある物を無償で譲り受けては、貴女の利益を損ねる不平等な取引を行ってしまったことになる」
「ふぅん……でモ、私は気にしなイよ?」
「だが我々は我々の定める正当性に自ら背いたことになる」
「誇リ?」
「そうです。だから金銭が不要だというのならば物々交換でどうでしょう。海岸に築いた我らの拠点まで来ていただければ、持ち込んだ資材などがあります。その中になら貴女が欲する物もあるのではないでしょうか」
「ン~……」
さっき投擲された油のように、あれば使えそうなものはたくさんあるだろう。鏡なんかも欲しい。切れ味のいいナイフとかあれば解体作業も楽になると思う。
そもそも私は小学校中退という誇れない学歴なので、頭はそんなによろしくないし、知識も漫画やゲームで聞きかじった浅いものしかない。
油だって「何かの種や根っこを搾るんだよね~」ぐらいにしか曖昧なイメージしか持っていないのだ。
菜種油? アジサイ咲いてないよ!(注:菜種はアブラナの種です)
オリーブ油? オリーブがどんな草かわかんないよ!(注:オリーブは木の実です)
だから提案された物々交換というのはかなり魅力的だ。私には作成不可能な物、この島には材料すらない物を入手できるチャンスかもしれない。
でもそれは……
「一つ、聞いてイい?」
「なんですかな?」
「隊長サンのイう対等ッテ利害関係? それトも信頼関係?」
「それは……」
「答えテ。それによって、私も態度を決める。対等な利害関係なら適正な価値に従って物々交換に応じる。信頼関係なら――」
「ただで受け取れと?」
「違ウ」
私は肩目を瞑って微笑しながら、人差し指を立てて見せる。
「貸しひとツ。いつカ返しテね♪」
「………は?」
対等な関係というのは、価値観によって様々な捉え方があると思う。
立場の上下や性別の違い、労働量、受け取る金銭えとせとら。
けれど隊長さんの言う「対等」という言葉は、どういう意味で使われているのかはっきりしないのだ。
物の価値を私に語って物々交換を進めるのだから、私の無知に付けこんで自分の儲けを増やそうとする悪徳な人物でない事は判る。同時にそれは、今後とも末永く適正な取引を続ける関係を築きたがっているようでもある。
一方で、考えなしにティラノもどきの内臓を譲り渡すと言った私を叱りつけ、軍人の誇りを口にする。それは損得勘定からではなく、隊長さんの人間性から溢れ出た言葉のはずだ。
しかし、将軍と呼ばれる人物が兵士を伴ってこの島を訪れた理由は、ただ立ち寄っただけという事も無いだろう。何かしらの理由があってこんな油断すれば即死の無人島にやってきたはずだ。
軍隊とは国益のために動く集団。資源やモンスターの素材など確保しに来たのか。それとも占領しに来たのか。その本意次第ではもしかすると私と敵対する可能性もある。……だって、モンスターを片っ端から狩られたりしたら、ご飯がなくなっちゃうし、私のお胸が成長しないから……
だから訊いた。
相手の腹を探り合う対等な利害関係を築きたいのか。
互いに腹を割って話しあえる信頼関係を築きたいのか。
まあ、そこまで深く考えなくてもいいんだけど。
要は「私が奢ってあげるって言っての」というのとニュアンスは違えど中身は同じだ。それに対して、奢ってもらってお金を払うか、奢ってもらって感謝するのか、そういった意味の質問でしかない。
だから暗い人生を過ごしてきたせいで慣れていない可愛らしいウインクまでしたりしたのに、どうして隊長さんは考え込むのかなぁ!?
「………そうですね、ここで無理にでも対価を払うと言えば、貴女の厚意を無碍にすることになる。それは対等でこそあれ、友好とは言えませんね」
「だったラ?」
「ここはご厚意に甘えて、有難く受け取らせていただくことにします。お返しはいずれの機会に、ですな?」
「ソーユーこト。ワカってもらえテ、嬉しいヨ♪」
それじゃさっさと切り取りますか。
おなかの裂け目からデロンと飛び出しているティラノもどきの内臓に石のナイフを突っ込み、まずは肝臓を回収する。
で、次は心臓に取り掛かりたいんだけど「なにか入れ物ない?」と隊長さんに視線を向けると、隊長さんは隣の新兵くんに目を向け、ゴホンとわざとらしく咳をした。
「うひゃい!?」
「さっきからボーっとして、お前は何をしとるんだ」
「すみませんすみませんすみません! あまりの美しさに思わず見惚れてました!」
きゃ♪ やだもう、絶世のスーパー美少女だなんて言い過ぎだよぉ♪
「そういう思いは黙してこそだと思うのだがな……ともかくカシム、油壷を三つ持ってきてくれ。竜の心臓などの保管に使う」
「はい、了解しました!」
「じャあ、保管液代わリに血も入れトく?」
「そうですな。油壷の油は可燃性は強いのですが、食用には向きませんし、生命力の強い竜の血液ならば、それだけで希少価値も高そうです」
ほとんど地面の穴の中に流れ込んじゃったけど、血まで価値があったのか。ティラノもどきめ、侮れん奴……
「しかし貴女に貸しを作られると、物々交換よりも高くつきそうで少々恐ろしくもありますな」
そんなことないよ。貸しとは言ったけど特に取り立てるつもりも無いし。
それに人生は持ちつ持たれつ助け合いだ。転生前は自分の体のことで両親をはじめ大勢の人に迷惑をかけ、心配させた。だったら私も人の役に立つことを少しぐらいしたっていいだろう。
「ふむ……どうも私は、貴女への対応を最初から間違え続けていたようです。重ねて謝罪させていただきたい」
「え~ト……うム、くるしゅうナい?」
「はっはっは! ここでそのように間違えますか!」
ま、まだ喋り方に慣れてないだけです―!
見てろよ、すぐにペラペラしゃべれるようになってやるからね!?
新兵くん改めカシムくんが持ってきた油壷の中身を、もったいないけど地面の穴の中へ廃棄。代わりに肝、なぜかまだ脈打ってる心臓、“アレ”を中に収め、ティラノもどきの首の斬り傷から流れ出ている血で周囲を満たし、封をする。
これでひとまず作業終了。必要な部位だけ切り分けるのに内臓の中へ手を突っ込んだりしたので、体中が血まみれだ。早く帰って水浴びしたいところなんだけど、ふと思い出したように隊長さんが質問を投げかけてきた。
「もしよろしければ、ご尊名をお教え願えませんか?」
「名前……?」
私の名前……あー、そうだったそうだった。久しぶりに自分の名前を思い出した。
過酷な環境に食らいついて懸命に生きていかなければならなかった生活の中で、自分の名前なんてすっかり忘れていた。
名前では自分ではなく、他人に呼んでもらうものなんだからねぇ……
「私ノ名前ハ……大成―――」
ただ、元いた世界は既に遠く、どれだけ手を伸ばしても戻ることはできない。
かつて私を愛してくれた両親はどうしているだろうか。急にいなくなって……いや、あちらの世界では死んだことになっているのだろう。
だけど父も母も強い人だ。不出来な娘が死んでも悲しんでくれただろうけれど、きっと今でも元気に生きていてくれることだろう。
………ダメだな。何か一人で勝手にしんみりしてしまった。
まあ、そこまで深く考える必要もない。隊長さんや将軍さんの一団が島にいる間だけの付き合いだろうけど、友好的な関係を結ぼうというのなら名前ぐらい教えても構わないだろう。
でも
「ほう、オーナリィ殿ですか。良い名ですな」
いきなり間違えられた。てか苗字しか言ってないんですけど!?
「いエ、オーナリィじゃナクて育美。大成ガ姓で、育美ガ名前で」
「あまり聞き馴染みのない発音ですが、オーナリィ殿は東の方のご出身で?……いや、あまり立ち入ったことを聞いてはいけませんな」
「どっちかラか、なラ……上? ト、ソウジャナクテ!」
発音が悪くて間違えられたのかと思って、一言一言区切るように訂正してみたんだけど、
「オーナリィ殿は家名をお持ちか。もしや由緒正しき家の方……そういえば私も名乗っておりませんでした。ラザレス王国第三軍第五大隊所属、大隊長補佐を務めるゼドリックと申します」
「私ノ話、聞イテ! 聞ケー! あー、モー、ウー、あー!」
異世界じゃ私の名前って発音しにくいのか!?
それから何度も自分お名前を説明してもゼドリックさんの困惑が広がるばかり。ついに根負けして、
「もう……オーナリィでいいッス……」
ははは……そうだよね、今さら本名なんてあまり意味はないし。
オーナリィ、横文字っぽい名前はファンタジー世界にお似合いだね。心機一転、新しい名前でこれから頑張っていこう。
「あ、それトなんですけド」
「はい、なんです―――」
ゼドリックさんの返事を待たず、解体に用いていた石のナイフを投擲する。
『PIGYAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
のんびり休憩していた兵士さんたちを襲おうと、上空から一気に急降下してきたハゲタカもどきにナイフが突き刺さり、
「もういっチょ」
『GUGAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』
今度は大剣を投じ、森から飛び出して兵隊さんたちを襲おうとしていた六本足のクマもどきの眉間に回転する刃を叩きつけた。
ちなみに、地面に落下したハゲタカもどきは全幅四メートルか五メートル。人ひとりぐらいなら足で掴んだまま飛び去れるし、降下中は高密度の風を纏うので視認しづらく、降下する速度も時速300キロか400キロか。あれにナイフを投げて当てるのにはコツがいるのだ。
クマもどきも身長三メートル近い巨体で、四本の腕の爪がやけに長くて切れ味がいい。しかも手の平からにじみ出る揮発性の強い油がすぐに着火するので、接近戦ではあまり相手にしたくないモンスターだ。食い出はあるけど。
そんなわけで、
「どうすル? 付けとク?」
「………できれば二匹まとめて貸し一つにしていただけると」
「アイワカッター」
ゼドリックさんを驚かせてほんの少し意趣返しができたことので少し満足だ。
それにしても、今から追加で二匹血抜きか……ええいヤッたらァ! テメーら全部、私の糧にしてやるからなー!!!
登場人物紹介(2)
名前:ゼドリック
種族:人間
性別:男
年齢:51
髪色:灰
性格:謹厳実直
ラザレス王国第三軍第五大隊所属大隊長補佐。長い。
ラウルが就任する以前から第三軍で大隊長を務めていたが、寄る年波には勝てず、現在は後進に大隊長職を譲って補佐に回っている。模範的な軍人を絵に描いたような人物ではあり、周囲からも信任が厚い。武器を振るって戦うよりも作戦立案や管理の面で有能さを発揮し、参謀としてこそ真価を発揮するタイプ。
上陸部隊内では副将のイリガル以外で唯一の指揮経験者。
妻を流行り病で亡くしている。娘が一人いるが、既に結婚して別居。孤独を紛らわせるために軍に在籍し続けており、まだまだ若いものに負けない気がいはあるが、髪に白いものが増えていくのはどうしようもなかった……
ラザレス王国第三軍第五大隊所属大隊長補佐と役職名が長ったらしいのは、明確な階級制度が制定されていないため。
戦時下になれば徴兵して兵数を確保するので複雑な指揮系統を構築できず、国王-将軍-大隊長-部隊長という指揮系統で運用している常備軍の下に兵をつける形で統率している。
貴族や豪族が戦争時に兵を率いて参軍する国もある中、君主制として兵権を掌握している点ではラザレス王国はまだ先進的と言える。




