「傍迷惑な来訪者たち」-2
「貴様何者だ! 早々に将軍から離れろ!」
敵らのもどきの巨体を壁にして、無抵抗の私を見知らぬ男たちは半包囲していた。
数は十二。前衛に剣や槍を手にした兵士八人、その背後にいる四人の内ひとりは弓を引き搾って私に狙いをつけ、残る三人は紐の付いた小さなツボをブンブン振り回している。
(油の臭いがする。武器だとしたら火炎瓶か何か……ああ、油をまいて火を付けるのか)
まだティラノもどきの血抜きも解体もしてないので燃やすのは勘弁してほしい。
けどそれより勘弁してほしいのは、イヤラシい目を私に向けてくることだ。
「へへへ……ハズレ任務かと思ったけど、こういう役得なら……なあ?」
「そうだな。まだまだガキンチョぽいけど、意外にいい体してるしな……」
「褐色肌ってのがまたそそるよなぁ……くっくっく、ああいうのを屈服させるのが楽しいんだ」
「この島に住んでるならさ、他にも誰かいるだろ。他に女いねぇかなぁ……」
「馬鹿、女より金目のもんだろ。この島の物ってだけで商人に高く売れそうじゃね?」
「んじゃお楽しみの後で小遣い稼ぎも出来そうだよな……」
よし、いま会話してた連中はぶっ殺そう。
それはそうとして唐突に顔を左へ向けると、兵士の一人が一歩踏み出そうとしていたところだった。私に視線を向けられたことで足を止めたけど、隙を見て転がってる金髪さん改め将軍さんを奪還でもしようとしたのだろう。
あ、右のも。変な動きはやめといて。私は自分の獲物を横取りされるのは大っ嫌いなんだから。
「言葉が判らんのか! 命が惜しければ将軍の身柄を渡し、早々に立ち去れ!」
将軍さんは渡してもいいけど、立ち去るのは御免被る。さっきからチラ見してるし、こいつら私が倒したティラノもどきも横取りするつもりなのか?
「………サレ。ワレノ、エモノ、ワタサヌ」
………あれ? なんか私の喋り方、カタコトしてない?
創造神様がくれたチート能力の≪言語理解≫で言ってることは判るんだけど、どうも喋ると言葉がおかしくなる。
そういえばこの世界に転生してから他人と喋るの初めてだった。誰かと意思疎通する必要なんてなかったもんねぇ……だからこの世界の言葉で喋ること自体が初めてだ。それでは流暢に喋れなくても仕方ないよね。
アーアー、テステスマイクテス、アメンボアカイナアイウエオ!……よし、セカンドトライ!
どうもさっきの言葉で警戒心を引き上げてしまったみたいだ。よし、今度はフレンドリーにいこう、世間話っぽく。とりあえずこの島にはいくつもモンスターの縄張りになっているところがあって危険だから注意するように伝えとこうか。どうもこの人たち、私より弱そうだし。
「………シニタイ、カ? コノシマ、ナワバリ、フミイル、シヌ、キサマラ、ヨワイ!」
「貴様、我々を侮辱しているのか!? ええい構わん! この女を排除して将軍を取り戻せ!」
あっれぇええええええ!? なんでそうなるの!? 上手く喋れてなかった!?……あ、だめでしたか、そうですか……
会話の練習はまた今度にするとして、指揮官らしきおじさんの号令を受け、前出ていた八人が私へ襲い掛かってくる。そのうち数名、目が私の乳尻太腿に向けられていて……おっと、矢が飛んできた。へいへいへい、ずいぶんヌルいね。それもしかして玩具の弓矢?
「な、俺の矢を摘まみ取っ―――!?」
落し物は落とし主に返すのが礼儀。左手の人差し指と親指で摘まみ取った矢をどうするか悩んだ挙句にバックハンドで投げ返す。
「っ―――!?」
矢は射られた時以上の速度をもって弓兵さんの顔の横を突き抜ける。
その軌道は見えなくても頬を擦った風の速度は怯ませるのに十分だ。弓兵さんが怯え驚き尻もちをつくのを傍目に、私の右手は地面に突き立てていた石の大剣の柄を掴んで横に薙ぎ払い、時間差で突き出された槍四本をまとめて薙ぎ払う。
「怯むな、進めぇ!」
槍四本、剣四本。そして剣組の指揮官のおじさんは将軍さんを救出しようと体を屈めているので、残るは剣三本。
どっちにしても、四人とも私の間合いだ。
「「「「ぐはっ!?」」」」
幅広の大剣の腹を端の一人に押し当て、切れ良く腰を回してフルスイングすれば四人纏めて大剣の軌道に巻き込まれ、そのままティラノもどきの巨体へと叩きつけられる。
その隙をつくように投げつけられた油瓶はせっかくなので有難くいただこう。これで生活が便利になる。紐を指で挟んで一つ二つ、おっと足元狙うのは悪手だよ三つ目ゲット。あんたらの大事な将軍様まで燃やす気なの?
「な、なんだコイツ、化け物か!?」
「くそ、女のくせに楯突きやがっゲブハァ!?」
生き残りをかけたサバイバルに男も女も関係ない。関係するのは強いか弱いかだ。
とりあえずぶっ殺すと決めていた後ろの方で下品な会話をした二人には、同じく下品な剣兵を人間ミサイルプレゼント。お、ボウリングみたいに二人とも上手く巻き込めた。やったね♪
これで無事なのは槍を圧し折られた四人と後衛一人。……いや、屈んでいた分、ティラノもどきへの叩き付け方も浅かったのか、地面へ蹲っていた指揮官さんは敵らのもどきの亡骸に縋りつきながらなんとか立ち上がってきた。いいガッツだ。
「お…おのれぇ……このままおめおめと……せめて、私の命に代えてでも将軍だけでも……!」
(………うん、歳はいってるけど良い男じゃない。格好いい)
私を睨みつける目にはまだ力がある。先ほどの攻防で実力差が判っていないわけではないだろうけれど、命を懸けてでも上官を救おうとする心意気は見事だと思う。
ならば私も誠意を見せよう。大剣を肩に担ぐと、ダメージが足に来てすぐには動けない隊長さんとやらに詰め寄っていく。
「隊長、逃げてぇ! そいつはヤバすぎます、人間じゃない!」
外野は黙ってろ。張っ倒すよ?
自分らの上官と敵対者の私が接近しているというのに、身を挺してかいに来ることも出来ないヘタレた兵士に用はない。
「………何を、するつもりだ?」
「エモノ、ウバワセ、アレ………アー」
ぺちぺちと自分の頬を叩く。
この喋り方が誤解を生んでるような気がする。少々お待ちください。ラララ~……あー、うん、これで大丈夫かな?
「エっと、あの人、連れ帰っテ、くだサい。獲物、解体、作業ノ邪魔。……言葉、通じマスか?」
「は?……い、いや、すまない。言葉は判る。将軍の身柄を渡してくれるなら、我々にも異論はない」
「そう、よかっタ。でモ、ティラノもどき、私が狩っタ。私の獲物。これは渡さナい」
「………きみが、こいつを倒したのか? 一人で?」
「ソう」
「………多少の行き違いはあったが、我々も短慮が過ぎたようだ。謝罪させていただきたい。もちろんこの陸竜はキミが倒したものなのだから、我々が一切手を出さないことを誓おう」
「ソウシテ、タスカ……あー、言葉、変でごめんナさい、あまり、慣れテなイ」
「いや、こうして意思疎通できるのだから問題はない。それと将軍を保護していただいたこと、部下たちの命を奪わないでくれたこと、心より感謝する」
「下品ナのは、ぶチ殺シといて」
「それは後でキツく言い聞かせておく」
「去勢ハ?」
「………勘弁してやって欲しい」
「二度目、無いかラ」
文字数って三千字を目安に区切った方がいいですかね……




