「傍迷惑な来訪者たち」-1
(―――さて、気を失ったこの金髪さん、どうしよっか?)
胸当ての紐が解けないようにしっかり締め直すと、いきなり現れた変質者の処遇について検討し始める。
身なりからしてこの島の住人ではない。毛皮を胸や腰に巻いただけの野性味と露出味あふれる原住民スタイルな私と違い、規則正しい織り目の布で縫製されたシャツやズボンを着ているところから、それなりに文化・文明のある場所から来たことが窺える。
それに革製の靴が良い。私が履いてるのは蔦を編んで作った草履もどきのサンダルだけど、歩きやすいのは良いが今日のように激しく動くとすぐに痛んで難儀している。
いいなぁ……こんなの欲しいなぁ……思えばモンスターから逃げ回るしかなかった頃、裸足の私の足裏には尖った石がいくつも突き刺さり、血を流し、その臭いを辿ってくるヤツがいたから上手く誘導して罠にハメたっけ。
とはいえ、人の者を勝手に奪ってはダメ。気を失ってるからって脱がせるのもダメ。それじゃ山賊と同じなのだから。そういうのが許されるのは所有者不明になったモノだけで……
(………いやいやいや、サクッとヤっちゃうとか、それはない。さすがにない。そこまで外道に堕ちたくない)
自分以外の生命体を見るとすぐに「私の糧になるかな……?」と考えてしまうのは、三年もサバイバル&バストアップ生活してきた弊害だ。
改めて考えると自分の思考が怖い。ほとんど虐殺嗜好症ですよ? 特に最近は自分以外の全てが狩猟対象だったので、ぶっちゃけヤヴァいレベルだ。人間生活に戻れなくなっちゃう。
個人的には重大問題だけどそれは横に置いておこう。今は金髪さんがどんなものを持ってるのか確認するのが先決だ。
しかし、服や靴以外は大したもの持ってないなぁ……こんなに危険な島に来るほどの命知らずなのに剣も銃も持ってないとか、何という益荒男か。もしや素手で獅子をも倒す武闘家!?……だったら、私のビンタ一発で白目向いて気絶するとかありえない。旅行者か何かだろうか。
(そういえば……ティラノもどきを魔法で吹っ飛ばした海岸に何かいたような……小物は私を避けるから最初から眼中になかったけど、もしかしてアレ、人の集団?)
海岸辺りは地脈の流れも知り尽くしているので魔法で砂を集めてドカンと一発やったけど、巻き込まなかったか心配になる。巻き込んでたら……まあ人の獲物の傍にいたのも悪かったという事で手打ちにしてもらおう。
けどあの集団がこの人の護衛なら、もしかしてお貴族様とかお金持ちなんだろうか。その割には着ているシャツがそこそこくたびれて独身男の哀愁を感じさせる。お金持ちとか高貴なご身分という線は無しで。
でも、そろそろ目を覚ましてもらわないと困る。私だっていつまでもどこからか拾ってきた木の枝でツンツンしてるほど暇じゃない。ティラノもどきの血抜き処理もしなきゃいけないのだ。
倒したモンスターの亡骸は消えて素材が残る訳じゃない。解体して使える部位は使い、食べれる部位は食べないとこの島では生きていけない。
けど内臓は傷みやすいし、毒になる部位も多い。よく洗っても血生臭さが取れないし、口に入れてお腹を壊したことなんて両手の指の数でも足りないぐらいだ。
幸いにも創造神様の恩恵で毒などの状態異常にならない……はずなんだけど、毒物を食べればお腹は痛くなるし、体が三日三晩マヒして動けない時にモンスターに襲われて酷い目に遭ったこともある。
まあ、この島の劇毒物は多分おかしい。きっと無効化ぐらいじゃ効果を打ち消せないぐらいに……無効化の意味ないよね!? 命取り止めるぐらいにしか役立ってないんだけど!?
ともあれ、モンスターの血や内臓は捨てなければならないわけだけど、生活拠点の近くでそれをやると悲惨なことになる。モンスターどもが死肉を貪りに集まってくるし、蛇とか虫とかも湧いて出てくるのだ。最悪なのは地中からミミズの大親玉みたいな大虫が集団で現れ……泣く泣く生活拠点を移さなきゃならなくなったあの屈辱は忘れない……!
だから血抜きは狩ったその場ですることにしてる。穴を掘って内臓も廃棄。
内蔵はモンスターたちが処理してくれるので埋めたりしない。モンスターたちの餌になるなら、私も大歓迎だ。巡り巡って私の糧になるわけだし。いわゆる先行投資?
それに超がつくほど大物のティラノもどきを生活拠点まで持って帰らなければいけないので、少しバラす必要がある。
そういうわけでさっさと作業に取り掛かりたい。さっきから森の方からお腹を空かせたモンスターたちの視線を感じるし。
だけど、金髪さんが失神したまま目を覚まさないのがいるので困ってる。
無視して血抜き作業を始めればいいじゃないかと思わないでもないけれど、四足系のモンスターは私でも手を焼くぐらいに素早いので、連れ去られると面倒なことになる。奪い返せたのは体の一部だけという洒落にならない結果にもなりかねない
しかし、そろそろ面倒くさくなってきた。
(いっそのこと、身ぐるみ剥いでからティラノもどきの内蔵と一緒に穴の中へ放り込んでやろうか)
まずい、思考が山賊寄りになってきた。脳内会議でも三対七ぐらいで見捨てる方に傾いてきている。
糧にもできないんだから、さっさとどこかに行って欲しい。さもなきゃこの金髪さんがいることで私にとってもプラスになることをなにか考えるべきだと思い至るのだけど、
(種馬……それもないな。子供が欲しいわけじゃないし)
私は私の胸が育てばいいので子孫繁栄させる気はないし、変質者をいざという時の子種袋として飼うとかありえない。
今は安全も多少確保したし、私だって健全な女の子なのでスる時はスる。けど、私一人でもギリギリの生活を送っている現状、首輪をつけて紐でつないで夜な夜な踏んだり揉んだり吸ったり入れたり目隠しさせて指しゃぶらせたり腰を振らせたり我慢させたり……とうことを食い扶持増やしてまでする余裕がないのだ。
かといって見殺しにするのも気が引ける。この島では「迷ったらだいたい死ぬよ?」がルールなんだけど……
(ま、ようやく出会えた第一異世界人なわけだし、もうしばらくだけ様子見ようか。モンスターに掻っ攫われたら運が悪かったってことで)
それじゃあそろそろ作業を始めようかと立ち上がったのだけれど、そうは問屋が卸さなかった。
金髪さん、他の人たちとこの島にやってきてたんだから、迎えが来るという可能性がある事をすっかり忘れていた。
「いたぞ、将軍発見! 前方、魔竜の傍に倒れてる!」
「魔竜を倒したのか!? すげぇ、すげぇぜうちの大将は!」
「なんだ、あの小娘。原住民か? お前たち、警戒を怠るなよ」
私とティラノもどきが散々暴れ回って崩壊著しい岩場にさらに十数人の人影が現れる。
金髪さんと違って揃いの皮の鎧に剣や槍で武装した集団は、武器の先端を私へ……正確には私の背後にあるティラノもどきの亡骸へ向けて近づいてくる。
それにしても失礼な連中だ。「包丁の先は人に向けちゃダメですよ?」って習わなかったんだろうか。
金髪さんを保護してあげてたのに胡散臭げな目を向けて警戒して、セカンドコンタクトだというのに友好的なところがまるでない。
だけど私も大人の乙女だ。多少の敵意ぐらいで動じはしない。あの連中にさっさと金髪さんを連れて帰ってもらえれば、それでいいんだけど……そうもいかなさそうな予感をひしひしと感じていた。
………ちょっと待った。連中、変質者の金髪さんを「将軍」とか呼んでなかった?
やば、お偉いさんをひっぱたいてた!
どうやらセカンドコンタクト、最初に手を出していたのは私の方だったようである。まずいなー!




