5、オトリ役
結論から言おう。
俺は明日行われる『アシッドドラゴンの討伐クエスト』において、『オトリ役』になることが決まった。
オトリ役。……オトリ役!?
「アレックス君、心配はいらない! 明日の討伐クエストには私の他に、Sランクレベルの回復術士も連れていく。だから、君の身の安全は保障しよう! アシッドドラゴンは意外にすばしっこいから、どうしても引き付け役が必要なのだ!」
「で、でも、ドラゴンとなんてどうやって戦えば……」
ギルド長のアシュリーさんは満面の笑みで俺を励ましてくるが、正直困惑が隠せない。
「君は真っ正面から突撃するだけでいい!」
「ええっ」
「君の毒耐性、物理攻撃耐性はハイレベルだ。だから、きっとドラゴンの酸にもあまり影響は受けないはずだ。安心してくれ!」
安心しろ、と言われても……無理だ。
ウルフドッグとドラゴンとじゃ、天と地ほどの差がある。なんでこんなやっかいなことに関わってしまったのだろう。いまさらながらにひどい後悔をする。
「おい、大丈夫か? アレックス」
「リーダーさん……」
俺が青い顔になっているのを心配してくれたのか、リーダーさんが声をかけてきてくれた。
「無理すんなよ。でも、前金五十万エーン……」
「あっ」
そうだった。
俺はその金額に目がくらんでやってきたのだ。
「それに、ギルド長はあれでも剣聖レベルの魔剣使いだからな、ちょっとやそっとでは死者は出ないぞ。ちなみに俺も、明日そのクエストに参加する」
「えっ?」
「なんだ意外か? もともとは俺がそのオトリ役だったんだぜ?」
「そうなんですか?」
「ああ、俺はBランクの格闘士だ。すばやさには自信がある。だがお前ほどの耐性はなくってな……」
なるほど。だからリーダーさんは俺をスカウトしてきたのか。
「そんなわけで、もしお前がやるってんなら、俺はお前の『オトリの教育係』になる。だから安心しろ」
リーダーさんまで安心しろ、とか言ってくる。
こう何度も言われると、嫌な予感しかしてこない。でも前金五十万エーンという大金は、やはり魅力的だった。
少しでも母さんに楽をさせてあげたい。
結局俺は、その依頼を受けることに決めた。
ギルド長の部屋を辞して、リーダーさんと一緒に一階の受付に向かう。
「そういえば、名乗るのが遅れたな。俺の名はリー・ダーという」
「えっ?」
「ああ、驚いたか? よく小規模なクエストではパーティーのリーダーになることがあるからな、みんな『リーダー』ってつなげて呼ぶ。お前も、好きなように呼んでいいぞ」
「あ、はい……」
まさか心の中でずっとそう呼んでいたとは言えない。
名は体を表すというが、ほんとなんだなと思った。
ギルドの受付で冒険者登録をし、明日の討伐クエストの参加登録も済ませる。
そうして俺は、晴れて前金五十万エーンを手にした。
誰かに盗られやしないかとびくびくしながら懐に入れる。
「じゃあな。明日の朝、八時にギルド前集合だ」
「はい、では」
リーダーさんに別れの挨拶をすませた後、俺は村のみんなが待つ市場へと戻った。
「お待たせ。じゃ、帰ろうか」
「おう。ギルドはどうだった、アレックス」
「うん。とあるクエストに参加することになった。だから、冒険者登録もしてきたよ」
「マジか。アレックスが冒険者になあ……。え、でもお前、畑仕事はどうすんだ?」
「ああ、そのことなんだけど……」
俺はみんなに一万エーンずつ、手渡した。
「ん? アレックス、これは?」
「口止め料だ。みんな、今日俺がギルドに言ったことは黙っててほしい。母さんにも、あとシルヴィアにも」
「え? なんで……」
「心配かけさせたくないからさ。あ、口止め料って言ったけど、今まで俺がこっそりみんなの後ろついていってたのを見逃しててくれたお礼もあるよ。だから、黙って受け取ってほしい」
水臭えな、とか言われたけど、みんな俺の言うことを聞いてくれた。
でも、村での秘密というのはそうそう長くは持たないのも知っている。いつまでこれを隠し通せるかというのは、正直運任せなところがあった。
せめて、明日か明後日までくらいまでは黙っててもらいたい。
俺は不安な気持ちのまま、みんなと村へ帰ったのだった。