41、我慢の数だけ
三か月後――。
俺は隣国の冒険者ギルドに、仕事を探しにきていた。
「さてと。今日のやれそうなクエストは、と……」
掲示板には、いくつか良さそうなものが貼られてある。
貴族の旅の護衛。盗賊の殲滅。墓地に出現するモンスターの討伐……。
しかし、探しているのは剣聖以上のスキルが必要とされる高額なクエスト、だった。
「これなんかいいんじゃないの、アレックス」
聞きなれた声と共に、すらりとした腕が伸びてきて、一枚の張り紙を指し示す。
それは「山奥に出現したベヒーモスを倒してほしい」という依頼書だった。
「……シルヴィア」
俺は腕の主を振り返る。
そこには、美しい金髪をなびかせた幼馴染がいた。
「遅かったな」
「もー、アレックス! 先に行っちゃうなんてひどいじゃない! 女の子は……いろいろと準備があるのよ」
どんな準備だろうか。
これから戦闘に行くのだから、着飾ったりする必要などないだろうに――。
結局、あのあとシルヴィアは、俺の頼みを聞いてくれ、一緒に旅に出てくれることになった。
村の人たちや王都のギルド仲間からは強く引き止められたが、俺がどうしてもそうしたいのだと言うと彼らもしぶしぶ納得してくれた。
そうして今は、故郷の村から山一つ分越えた隣国で、賞金稼ぎとして暮らしている。
もし、あのとき俺がシルヴィアに決闘を申し込まなかったら。
もし、俺がシルヴィアに負けていたら。
あんな「一緒に旅に出てくれ」なんて言葉は、永久に伝えられなかったと思う。
そうできたのは、ひとえに「これでシルヴィアと対等な関係になれた」と思えたからだ。
彼女無しで旅に出ることもできた。
でもきっと……俺はずっと負い目を感じたままで、この胸のもやもやも、ずっと取れずにいただろう。
だから今こうして新しい土地で、シルヴィアとともに新しい生き方ができているのはとても嬉しかった。
「のんびりしてたら、先にいいクエストがとられちゃうかもしれないだろ。稼いだ賞金を、村に仕送りするってことで、村のみんなには了承してもらえたんだから……」
「まあまあ。まだこれが、残ってたんだからいいじゃない!」
シルヴィアはそう言って紙を一枚ビッとはがすと、すぐに受付に持っていった。
「これ! わたしとこの人の二人でやりたいんだけど、いいかしら?」
受付嬢は目をぱちくりさせる。
依頼の書かれた紙をまじまじと見たあと、おそるおそるシルヴィアに念を押す。
「あの……こ、このベヒーモスって、れ、レベル百以上のモンスターですよ? 少なくとも四・五人のパーティーで行かれるのが普通、かと……思いますが」
「心配ご無用! わたしとこの人、と~~~っても強いんだから!」
「……え~、あの、前にも申し上げましたが、失敗してもこちらは何の補償もいたしません。それでもよろしければ」
「もう、こっちはよろしいって言ってるの。だから早く手続きして!」
受付嬢は、もう何十回目になるだろう深いため息を吐いた。
三か月前に初めてここに来てから、俺たち二人はだいぶ無謀な稼ぎ方をしている。
他の冒険者たちとクエストに行ったこともあるが、ほぼ毎回自分たちだけで片づけてしまうので、いつしか二人だけで行くようになった。
「おい、賞金稼ぎ夫婦! 今日もたんまり稼ぎに行くのかー?」
ギルドを出ようとすると、以前組んだことのあるやつらに、そんなふうにからかわれた。
別に、シルヴィアとはそんな仲ではない。
夫婦どころか、恋人ですらないのだが……。反論しようとすると、シルヴィアが先立って応える。
「ふふん! あんたたちが当面稼げないような大金を、今日もがっぽり稼いでくるわ~! 先に仕事取っちゃってごめんなさいね! せいぜいそこでうらやましがってなさい」
「なんだと!?」
「あと、わたしたちは夫婦じゃなくて『相棒』だから。さ、行きましょ。アレックス!」
「あ、ああ……」
てめえら調子乗ってんじゃねえと、怒りだしたやつらを尻目に、シルヴィアが俺の手を引いて走りだす。
「まったくなんてこと言うんだシルヴィア。あのギルドに、今後行きづらくなる……」
ギルドがようやく見えなくなったころ、シルヴィアはおかしそうに笑いはじめた。
「ふふっ。ふふふっ……だって、そうじゃない。わたしたちだけにしかできない仕事なんだから、もっと胸を張ったっていいぐらいだわ。今にもっとたくさん稼いで、もっと多くの人を助けるの!」
「その間にもっと敵を作らないか心配だよ、俺は……」
「でも、アレックスだってカチンときたでしょ」
「まあ。シルヴィアがああ言ってくれて、少しはスカッとはしたけどさ」
「ほら、やっぱり!」
シルヴィアはこの街に来てから、前よりも生き生きしてきたように思う。
正確にはあの村を出てから……。
それは俺も同じだった。今まではなにかに「縛られて」生きているような気がしていた。でも、今は自分のやりたいことを全力でやれている、と思う。
まあ、いまだに賞金を村に仕送りはしている(実家の生活費や、村の人たちの護衛代に当てられている)ので、完全には離れられていないのだが……それはこれからいろんな国を旅していくうちにどうにかなるだろう。
「じゃあ、行こうか、『相棒』?」
「ええ、行きましょう、『相棒』さん?」
俺たちはそう言ってにんまり笑う。
山奥のベヒーモス。
そいつはきっと強敵だろう。
でも、シルヴィアには俺の背中を預けられるし、シルヴィアも自分の背中を俺に預けられるはずだ。
これから経験する、幾多の我慢をこいつとなら超えていける。
我慢の数だけ、俺たちは成長していける。
その思いを胸に――俺たちは、前へと歩き出した。
完




