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24、シルヴィアの選択

 シルヴィアはしばらく黙ったままだった。

 ナインさんはしかし、余裕の表情で見下ろしている。絶対に自分からの誘いは断らないだろうと確信している顔だ。


「いえ、結構です」


 しかしシルヴィアはにべもなく断った。

 驚くナインさんと俺。


「なっ、なぜだ! およそ世界最高峰の魔法を学べるチャンスなんだぞ!? その誘いを断るなんて正気か?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

「なにっ?」

「いいですか? 少なくともアレックスはあなたの元を逃げ出そうとした。あと、あなたの弟子であるレナさんも、あなたのことはかなり偏屈で厄介な人だということを言っていました。そんな人の元へ教えを請いに行きたいだなんて、わたしが言うわけないでしょ」

「ぐうっ……」


 ナインさんは今の今まで、自分の印象がそうとう悪いものだとは気づいてなかったようだ。

 この人、『本物』だ……。

 意図して相手を傷つけようとしていない。生粋のサディストなんだ。だから自分の行動が他人にどう映るとか、普段からあんまり気にしてないんだ。

 ああ、レナさんも、今までさぞや苦労してきただろうなあ……。


「とにかく、わたしは必要としてませんから。失礼します」

「待ちたまえ!」

「まだ何か?」


 呼び止めたナインさんに心底迷惑そうな目を向けるシルヴィア。

 しかし、ナインさんは臆せず言った。


「君は……そこの小僧、アレックスとやらに独自の訓練をほどこしてきたようだな」

「……!」


 どうしてそれを、という顔をしたシルヴィアが俺を見る。

 俺は訳あって話してしまったんだ、と詫びるように両手を合わせた。


「だが、小僧は君を拒絶した。やり方が合わなかったから、というようなことを言っていたが……。そのおかげで、こいつは俺の元へ来た。そして今や君を上回るレベルに到達している。それを、悔しくは思わないのかね?」

「……」


 ひたすら鋭い視線を向けつづけるシルヴィア。

 しかし、ナインさんはさらにシルヴィアを惑わすようなことを言いはじめた。


「剣聖になりたいんだろう? シルヴィア嬢。俺の元で修行をすれば、いち早くその域にたどり着ける。そうすれば、また、その小僧にいろいろ教えてやることもできるじゃないか。……いいかね? 俺はあらゆる魔法を習得している。その中には、『無理やり相手に言うことを聞かす』というような魔法だってあるんだ。これがどういう意味を持つか――」

「……っ!」


 そんな、シルヴィアを無理やり連れて行こうとしてるのか?

 そんなことはさせない!


「ナインさん、シルヴィアはあきらめてください! 俺なら、俺ならいくらでも付き合いますから!」

「アレックス?」


 シルヴィアの前に出て、クワを構える。

 剣は家に置いてきちゃったから、武器のようなものは今はこれしかなかった。でもシルヴィアを守らなきゃ。俺みたいな酷い扱いをシルヴィアに受けさせるわけにはいかない。


「ふっ。小僧。何を勘違いしている? お前にはもう用はないと言っただろう。それに、俺は女性をいたぶる趣味はない。野郎はどうでもいいがな。シルヴィア嬢にはことさら丁寧に教えるつもりだ。ただ、『無理やり相手に言うことを聞かす』魔法を使わせないでくれ、と言ってるだけだよ」

「それは……。なるほど、そういうこと」


 シルヴィアはナインさんの言葉に何かを察したようだった。

 俺にはさっぱりわからない。


「わかったわ……。丁寧に教えてくれるっていうんなら、わたしにデメリットはあまりなさそうね。レナさんという実例があるのだし、あなたの言っていることは嘘ではないんでしょう。いいわ、お受けします。でも、あなたの元には通いで行くことを許してください」

「シルヴィア!?」


 なぜだ、なぜシルヴィアはさっきと真逆のことを言ってるんだ。

 いったい、二人の間で何が起こったんだ。俺は動揺を隠せなかった。


「いいだろう。君の家の都合もあるだろうしな」

「ええ。ギルドの仕事もあるので……今日はこれからクエストがあるので、終わり次第伺います」

「色よい返事をもらえて嬉しいよ。では北の森で待つ」


 そう言うと、ナインさんは姿をふっと消した。

 視認性ダウンの魔法だろうか。でも消え方が一瞬だった。やはり賢者というのは伊達じゃない。


「さて、わたしも王都に行かなきゃ。じゃあねアレックス」

「ま、待ってくれ!」


 さっそく出立しようとしたシルヴィアを俺は呼び止めた。


「何? アレックス」

「あの……いいのか? 本当に」

「何が?」

「ナインさんのことだよ。あの人、本当に修行がエグいぞ。まさかさっき言ってた魔法をかけられたんじゃだろうな」

「かけられてないわ。ああ言ったのは、わたしの意思よ」

「本当か?」


 なぜか少しだけ言い合いみたいになる。こんなことしたくない。

 でも、俺は心配だった。


「そう、思わされてるだけじゃないのか? なあ、精神汚染を本当に受けてないかどうかチェックして……」

「しつこいわね。だから魔法攻撃は受けてないってば。あなただって、勝手にあの人に修行をつけてもらいに行ったじゃない。それと何が違うの?」

「そ、それは……」

「シルヴィアはシルヴィアで頑張ってくれって、アレックスが言ったのよ?」

「……」


 そうだった。

 俺はシルヴィアにさよならを言って、そうやって突き放したんだった。

 でも……。


「もういいわ。あの人は、賢者の中の賢者……。もうあなたに、危害を加えさせるわけにはいかないのよ」

「え?」

「なんでもないわ。じゃ、もう本当に時間がないから。行くわね」

「し、シルヴィア!」


 そう言うと、シルヴィアはさっさと走っていってしまった。

 残された俺は、クワを抱え、呆然とその背を見送ったのだった。

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