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21、加勢

「師匠~。これどういう状況ですかぁ?」


 レナさんが一歩前に出てナインさんに問いただす。

 その目つきはどことなく責めるかのようだ。


「レナか、久しぶりだな。なあに、こいつがこの森から抜け出そうとしていてな、二度とそんな気が起きないように『教育』しようとしていたところだ」

「んー、それ『教育』っていうより『調教』なんじゃないですかー?」


 レナさんはそう言うと、俺の体になんらかの補助魔法をかけてくれた。


「レナさん……」

「帰りが遅いなーって思って来てみたら案の定だよー。無理だと思ったらすぐ引き返しなって、言ったよねぇ?」

「そう思ったときにはすでにあの『空間転移装置』の岩が見えなくされちゃってたんですよ……! 今までひたすらあの人から逃げ回ってたんです」

「なるほどねー。でもよくそんな状態なのに、この近くまで来れてたね。偶然にしてはよくできてたじゃーん」


 たしかに、レナさんたちは俺のすぐそばで姿を現した。

 ということはこの近くに『空間転移装置』があるのか。


「もうあたしぐらいしかあの岩が見えなくなっちゃってるけどねー。やっぱ師匠レベルだと視認性ダウンの魔法、エグいわー」

「んなこと言ってる場合ですか! 俺いま、殺されそうになってるんですよ! もう耐性スキルのレベルが百以上に上限突破したので、もういいって言ったんです。なのにあの人……!」

「んー。師匠はあたしのときもいろいろ実験しようとしてたからねー」


 それを聞いて、俺は背筋をぞくっとさせた。

 俺でさえこんな扱いだったのに……レナさんはいったいどれだけの人体実験(くんれん)を受けてきたのだろう。俺より明らかにレベルが高いので、きっと弟子として想像を絶する過酷な修行をしてきたに違いない。


「研究熱心なのはいいけどー、あんまり他人のことを顧みないのはねえ?」

「ずいぶんな言われようじゃないか、レナ。俺のおかげで、『それなり』の回復術師にはなれたというのに。感謝されるどころか悪口を言われるとはな!」

「ははははー。悪口じゃないですよー。事実です事実ー」

「はははは。言うじゃないかレナ! はははは!」

「あはははー!」

「あははははっ!」


 怖い。

 この師弟、笑顔なのにどっちも目が笑っていない。


「ちょっと待って!」


 そこにシルヴィアが割って入ってきた。

 なんだか余計面倒くさいことになりそうである。てかなんでシルヴィアがここにいるんだ?


「レナさんの師匠だかなんだか知りませんけどね、アレックスはもう三日も家族に安否を知らせていないんです。わたしはアレックスの幼馴染、シルヴィア・ゴーン。アレックスのお母さんに頼まれてアレックスを迎えに来ました!」

「な、なんだって!?」


 そうか。母さんが心配してシルヴィアを……。

 その話を聞いたナインさんは、うっとうしそうにシルヴィアを見つめた。


「なんなんだお前は……。俺の弟子のレナならまだしも。たかだかSランクになりたての冒険者じゃないか。抜きんでた能力もない、少し魔法が使える程度の剣士……。お前などには用はない。俺はこの特殊な血を持つジットガマン家の人間に用があるのだ」

「本人にもうその気がないんだから、いい加減解放しなさいよ!」


 どの口が言う。と思ったが、この状況では一応味方……のようだったので俺は黙って様子を見ていた。

 すばやくシルヴィアが腰の剣を抜く。

 そしてその切っ先を、ナインさんに向けた。


「どうしてもっていうんなら、力づくでいきます」

「ほう? この俺に刃向かうか。賢者の中の賢者と呼ばれたこの俺に!」

「そういうの……自分で言うもんじゃないと思います。賢者の中の賢者って言うならね、もっと謙虚に言うべきよ。わたしは剣聖を目指してるけど、絶対にそんなおごり高ぶった人にはならないわ!」

「なっ……!」


 そんなことを言われたことがなかったのか、ナインさんは顔を真っ赤にして震えている。

 それを、レナさんが口を押さえて笑っていた。

 俺は、ホントかなあ? と懐疑的な目でシルヴィアを見る。絶対シルヴィアだったらナインさんみたくなりそうなんだけど。でも、それも言わずにおいた。


「こしゃくな娘め……。いいだろう。俺様を倒せたら、そいつを諦めてやってもいい。はっ、どうせ無理だがな」

「そんなの、やってみないとわからないじゃない!」

「言ってろ。ハイパー・ハイドロポンプ」


 ナインさんの手がかざされ、目の前に大量の水の柱が出現する。それは一直線にシルヴィアに向かっていった。


「危ない! シルヴィア!」


 俺のせいでシルヴィアが!

 ナインさんは賢者だ。その人が手加減もなしに攻撃したら、いくらシルヴィアでも無事では済まない。俺は一瞬で蒼くなった。

 しかし、レナさんがとっさに補助魔法をシルヴィアにかける。


「久々本気出しちゃおっかな~。全能力強化、十倍だ~~~!」

「は?」


 それは俺の声だったか、それともナインさんの声だったか。

 どちらにしろ、シルヴィアは全身が光に包まれた後、今までで最大の魔法剣技を放った。


「シャイン・サンダー・スラッーーーシュ‼」


 俺が喰らったときとは比べ物にならないほどの量の輝く電撃が剣にまとわりついていく。そして、それが横一線に薙ぎ払われた。


「くっ、うわああっ‼」


 まばゆい電撃の刃が水の柱をことごとく打ち砕き、ナインさんに直撃する。

 あたりは一瞬で水浸しになったが……その中心で――ナインさんは黒焦げになっていた。直後、どさりと地面に倒れる。


「そ、そんな……っ。お、俺様が……こんな攻撃に屈する、など……」

「師匠~。どうですかー? あたし、回復術師として『それなり』にまた成長したと思いませ~ん?」


 うめき声をあげるナインさんの元に、レナさんが嬉々として近寄る。


「ぐふっ。お前は……そんな力があるのに……なぜ賢者として活動しない……」

「え~。だっていろいろ面倒くさいじゃないですかー。ただのSランク冒険者でいれば、余計な仕事引き受けずに済みますしー。もうっ、あんまり若い子いじめちゃダメですよう~」


 つんつんと黒焦げのナインさんの頬をつついて、レナさんが今度こそ満面の笑みを浮かべる。

 怖い。

 ていうか、この人……賢者レベルだったのか。でもなぜか力を隠してたんだな。


 しかし、シルヴィアも補助魔法で強化されるとこんなに強くなるのか。すごいな……。


「うっ……」


 見るとシルヴィアも地面にひざをついていた。

 力を無理やり引き出されたようなので、反動がきたのかもしれない。


 俺はさすがにこんなときくらいは、とシルヴィアに手を貸してやることにした。

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