20、逃走と反抗
俺は、北の森のどことも知れない場所をただひたすらに駆け回っていた。
「待てえええっ! 逃げるなど許さんぞ! 慰謝料二億、払えるのかあああっ!?」
「いえ、でもっ、もういいんじゃないでしょうか~~~!」
後方からは、賢者ナインさんの放つ、巨大な火球や氷柱が飛んでくる。
そう――。
俺は三日目にして音を上げ、ナインさんから逃走を試みていたのだった。
この二日の間、感謝していた部分もある。
一方的に攻撃されるだけじゃなく、ステータス画面の開き方だったり、初歩的な魔法なんかも同時に教えてもらっていたのだ。
でも、シルヴィア以上にこの「訓練」はきつかった。
「これ以上は、さすがにムリだ……ひとまずこの森から脱出しないと!」
すべての耐性スキルが、レベル百を超えたところまでは良かった。
しかしそれからは、ほぼ休みなしで恐ろしい魔法攻撃を浴びつづけることになったのだ。こちらも魔法を使って応戦してもよいと言われたが、当然、習ったばかりの初心者が賢者レベルの人に勝てるわけもない。
俺はレベルの下げ止まりが百で固定されればそれで良かったので、これ以上の修行は本当に望んでいなかった。
「た、たしかこのあたりだったはず……」
さっきから『岩』を探しているのだが、なぜか見つからない。
あの『空間転移装置』で、俺はこの森の奥までやってきた。あれ無しでやみくもに直進していってもいつかは出られるのかもしれないが、実際この森はかなり広い。最悪迷って餓死する可能性もあった。
「フフフ……さあもう諦めるんだな、小僧!」
「な、ナインさん!」
ついに追い付かれてしまった。
時間魔法耐性のレベルも上がっているので、俺は通常でも「行動加速」の状態になっている。だから逃げ足もかなり速くなってるはずなんだが……やはりナインさんの方が一枚も二枚も上手だった。
彼が今、自らにかけている補助魔法は、さすがレナさんの師匠というだけあって高度だ。追跡されている間もずっと足音がしていなかった。その肉体強化の仕上がりに俺は恐怖を感じる。
「あの岩を探しているんだろう? だが残念だったな。お前が昨晩寝ている間に、あれには視認性ダウンの魔法をかけておいた。今のお前では絶対に見つけられない。見つけたいなら精神汚染耐性のレベルをとっとと二百以上にすることだな」
「あの、ナインさん」
言いにくいが、でもはっきりと言うことにした。
「あの、今までありがとうございました! 本当に……訓練を受けさせてくださって感謝しています。でも、でももういいんです。俺はこれ以上強くなりたくは………」
「馬鹿野郎! それじゃあ俺様の開発した『究極魔法』が試せないだろうが!」
「は?」
ナインさんは右手のこぶしを震わせながら力説しはじめた。
「俺は日々、さらなる魔法の研究と開発に力を注いでいるッ! だがいかんせん、『試し撃ち』ができなくてな。そこでお前だ。どれくらいの威力が出せるのか、またどのような影響が周囲に及ぶか……それをお前で実験せねば、俺たちが出会った意味はない」
「えええっ!?」
「すべてはのちの人類のためだ。社会貢献だと思って協力しろ」
「そんな……」
そこまでやられなきゃいけないのかっ!?
これじゃ……これじゃシルヴィアと同じじゃあないか。シルヴィアだって自分を強くするために、俺を利用してきた。そんなのはもうたくさんだって思ってたのに。
俺は腰の剣を抜き、ナインさんに向かって構えた。
「なんのつもりだ……?」
「見ての通りです。俺は、そこまであなたに頼んでない。こちらが勝手なお願いをして、それを聞いてくださったのには感謝しています。でも、俺を利用し、搾取するのだけは許せない」
「フッ、面白い」
ナインさんは眼鏡を白く光らせると、俺に向かってすっと右手をかざしてきた。
みるみるそこに魔力が集まっていく。
――ヤッバ、怒らせたか。
なにか強大な魔法が放たれようとしていた。
万事休す。いよいよ本当に死んでしまうかもしれない……。そんなことを思っていると、背後から複数の声が聞こえてきた。
「あれあれ~? なんかやばそうな雰囲気~」
「アレックス!?」
それはレナさんとシルヴィアだった。
二人は、俺が見失った『空間転移装置』の岩から出てきたのだった。




