14、俺の気持ち
「なあ、シルヴィア、少し外で話さないか?」
「え、うん……」
母さんにはちょっと聞かれたくなかったので、俺はシルヴィアを家の外に連れ出した。
畑のそばまで行って、丸太が重ねておいてあるところに座る。
「座れよ」
「うん」
シルヴィアにも促すと、俺の隣にそっと腰かけた。
黄金色の長い髪、整った顔、そして、鍛え抜かれ引き締まった体。シルヴィアは村一番どころか、おそらく王都でも屈指の美人だろう。けれど、彼女に対して思うことは昔から同じだった。
「シルヴィア。あのさ……これからの、ことなんだけど」
「うん、なに?」
「もう、二人で訓練するのはやめにしないか?」
「えっ!?」
どうしてよ、とばかりにシルヴィアは非難の目を向けてくる。
「俺の基礎体力や魔力を上げてくれたのには感謝している。でも、耐性スキルは今のままじゃどんなにシルヴィアと訓練してもLV99のままだ。だったらもうこれ以上……意味はない。どうせやるんだったら、剣聖か賢者レベルの人に訓練をつけてもらいたいんだ」
「そ、そんな! だって、わたし以外にそんなこと……アレックスに付き合ってあげられる人なんて……ましてや剣聖や賢者にいるはずが……」
「ない? そんなのわからないじゃないか。もしいるんだったら、ギルドで聞いてみようと思ってるんだ。もしかしたら、弟子にしてくれる人が一人くらいはいるかもしれない」
「そんな……」
「シルヴィアはSランクになったばかりだろう? もしどうしても俺と訓練したいなら、シルヴィアが剣聖レベルになってからにしてくれ。じゃないと……」
「じゃないと?」
「さらに君を嫌いになってしまいそうだ」
ちらりと見ると、シルヴィアはひどく打ちのめされたような表情をしていた。
まさか、今の今まで俺の気持ちに気付いていなかったのか。
「えっと、シルヴィア……君は早く剣聖になりたくて、仕方なく俺をいじめ抜いてきたって言ってたよね?」
「え、ええ……」
「でも、俺の特性を知ってたのは母さんとシルヴィアだけだった。俺にはなんにも知らされてきてなかった。俺はこの十二年間ずっと、なんで一方的に痛めつけられなきゃいけないんだって、それだけを思ってきたよ。話を聞いて、そうだったのかとは思ったけど、だからといって君への恨みが消えたわけじゃない。君は……俺を強くして、自分も強くなろうとした。いわば、俺を利用した形になる」
「そ、それは……」
「違うとは言わせないぞ。俺は、何も知らなった。何も知らないまま、利用されつづけてきた。もう、こんな一方的な関係は終わりにしたいんだ」
「待って。アレックス、そんなことをしたら……」
「レベルはどんどん下がっていく? そうだろうね。でも、落ち切る前に俺は行動に移すよ。さようなら、シルヴィア」
「あ、アレックス!」
家に戻ろうとすると、シルヴィアが慌てて追いかけてきた。
「ご、ごめんなさいアレックス! あなたがそんなに辛い思いをしてたなんて……知らなかったの。というか、辛ければ辛いほど強くできるって思ってたから……。ううん、そんなこと全部言い訳ね。わたし、アレックスが好きだった。だから……ずっと一緒にいたかったから……早く強くならなきゃって!」
「わかってる。でももう、それもいいんだ。シルヴィアはシルヴィアで頑張ってくれ。じゃあな」
「アレックス!」
呼び止められたが、もう振り返らなかった。
この方がいいんだ。こんな関係、間違ってる。シルヴィアはシルヴィアでもう十分冒険者としてやっていけてる。俺との訓練がなくても十分、自分で強くなっていけるんだ。
なにより俺がもう耐えられなかった。すべての我慢を超えていくつもりだった。でも、これだけは……。
家に帰るとちょうど夕飯ができたところだった。
母さんは何も知らずに笑顔で俺に給仕している。いずれ、わかることかもしれない。でも、今日は何も考えずに眠りたかった。
その夜、俺は疲れていたのですぐ床に就いた。
思えばいろんなことがあった。シルヴィアとの訓練は、度重なるケガ、火傷にはじまり、毒で吐き続けたり、下痢になったり、精神異常で三日以上寝込んだこともあった。一方のシルヴィアは村の人たちが出資してくれたお金で優雅に魔法学校に通ったりしていた。
そんな過去を思い起こしては、彼女のことを好きだったときなんてあったのかな、などと思う。
「たぶん、父さんが亡くなる前……五歳以前は何も考えずに仲良く遊べてたんだろうな」
すべてはこの村が貧しかったのが原因だ。
モンスターが国中にはびこっていたのも問題だった。
俺は、もっと金を稼がなくちゃいけない。ギルドのクエストをクリアして、もっと金を稼がないと。
そうして、貧しい村に寄付をして、俺みたいな子供を減らさなくては。
明日も早く起きてギルドに行こう。
そう思いながら、俺は眠りについたのだった。