11、シルヴィアを追いかけて
「おい、シルヴィア! 待ってくれよ、シルヴィア!」
俺は王都から村へと続く道の途中で、ようやくシルヴィアに追いついた。
しかし、俺の声が聞こえているはずなのに、シルヴィアはまったく振り返ろうとしない。
「なあ、なんでそんなに怒ってるんだよ。俺が勝手に冒険者登録したからか? なあ!」
「……っ!」
森に入ったあたりでそう問いかけると、シルヴィアはようやく足を止めた。
そして不穏な顔で、こっちをにらみつけてくる。
「ええ、そうよ……。アレックスのくせに、なんでわたしに黙って勝手に登録しちゃったの? あなたと一緒に戦えるのをわたし、ずっと心待ちにしてたのに!」
「シルヴィア?」
「しかもよりにもよって、初クエストが『剣聖』のギルド長と、だなんて……許せない! わたしがどれだけ努力して、我慢して、ここまできたと思ってるの?」
「え? 努力……? 我慢?」
「もういい! アレックスの馬鹿! 死ね! ファイヤーボルトッ!」
片手をこちらにかざしてきたかと思うと、シルヴィアがいつもの炎雷魔法を放ってきた。
その攻撃スピードは、長年受け続けてきた俺ですら驚くほどの速さだった。
「ぐああああっ!」
当然避ける間もなく、俺は炎熱と感電のショックで倒れてしまう。
シルヴィアはふん、と鼻を鳴らすと、また先に行ってしまった。
「うう……」
しかし、魔法防御力ダウンの魔法を事前にかけられていなかった上、シルヴィアも自身に魔法攻撃力アップの魔法をかけていなかったので、それほど威力は強くない。被害は……ギルドでもらった替えの服が、一部焦げたくらいか。
俺は起き上がると、またシルヴィアを追った。
「ちっ、もう追ってきた……。やっぱりわたしが直接痛めつけないと、ダメね!」
シルヴィアは俺を振り向きざま、腰に差していた剣を抜いた。
瞬間、ズババババッとあたりに暴風が吹き荒れる。俺はとっさに抜刀し、シルヴィアの剣を受けとめた。
「くっ!」
「もうっ! アレックス、のっ、くせにっ! 生意気、よっ! おとなしくっ、村でっ、待ってれば! 良かったのにっ!」
「そんなこと……言ったって! ここでっ、モンスターに、襲われちゃったんだから! 仕方……ないだろうっ!」
何度目かの斬撃をはじいた後、俺たちはガギィッ、と至近距離で切り結んだ。シルヴィアの青い瞳が、目の前でらんらんと輝いている。そこには、戸惑う俺の姿が映っていた。
「アレックス! わたしが……Sランクを超えて、剣聖になったら! あなたを相棒にしようって、思ってた……。それまでは危険だから、あなたのお父さんみたいになっちゃうって、思ってたから! だからずっと、ギルドに連れて行くのも我慢してた! なのに! なのにあなたはっ! あなたは……!」
歯を食いしばって、にらみつけてくるシルヴィアに、俺は「ん? 父さん?」と困惑しながらも尋ねた。
「シルヴィア。君はいったい……何を隠してるんだ? ギルドで言ってたこともそうだ。話すには母さんの許可がいるって、なんなんだ! 俺はいままでずっと、シルヴィアの言うとおりにしてきた! でももう、そんなのはいやなんだ! これから自分の人生は、自分で決めていくっ!」
「……アレックスの、くせにっ!」
ギィンッ、とつばぜり合いを解除すると、シルヴィアは迷わず俺の胴体に一撃を入れてきた。
それもまた、今の俺では避けきれない速さである。
ズバッと斬られる感覚があり、俺はひざをついた。
血は出ていない。多少の打ち身はあるが、ギルドでもらった替えの服が大きく裂けてしまっていた。こんなにボロボロでは繕ってももう着られないだろう。
「良かった。その服、たいした防護効果はなかったのね」
「え?」
「忌々しいから、さっきからズタズタにしてやりたかったのよ」
「シルヴィア……」
「ねえ、本当に、そうしたいの? 自分のこと、ちゃんと知りたい?」
先ほどの、鬼のような顔はどこへやら。今はどことなく、寂しげな微笑を浮かべている。
俺はうなづいた。
「うん、知りたい。教えてくれ」
「……わかったわ。じゃあ、村に帰ったらさっそくアレックスの家に行きましょう。アレックスのお母さんに、話をしていいか聞かなきゃ」
シルヴィアはそう言うと、倒れている俺に手を差しのべてきた。
その顔はどことなくバツが悪そうである。
いつもなら、触れられそうになるだけでゾッとしていた。けれど、その時は不思議と、シルヴィアにあまり嫌な気持ちを抱かなかった。
俺はその手を取り、勢いよく立ち上がった。
そして、母さんの待つ村へと向かった。