10、冒険者になるのはまだ早い
「どうして……アレックスがここにいるの?」
シルヴィアは、信じられないといった顔をしていた。
たしか、二・三日村に帰れないと言っていたはずだ。でも、予想以上にクエストが早く片付いたのだろう。俺たちと同じようにギルドに報告に戻ってきたようだった。
まさかこんなに早く再開するとは思っていなかった。しかもこのタイミングで。
俺は激しく動揺していた。
ギルド長は、シルヴィアをもろ手をあげて出迎える。
「おかえり、シルヴィア! まったく、水臭いじゃないか。君の幼馴染がこんなにも有能だったなんて。どうしてずっと隠していたんだい?」
「ギルド長……。どういうことなのか、説明してくれませんか?」
「いやあ、なに、昨日リーダーがアレックス君の村の人たちの護衛をしてね。そこでたまたまアレックス君とも出会って……(中略)……それで、こういうことになったんだ。大丈夫。ケガは一切していないよ。本当によくやってくれた」
ギリ、とシルヴィアが奥歯を噛みしめる。
あ~~~、やばい、めちゃくちゃ怒ってるよ……。
シルヴィアは俺をちらっと見ると、世にも恐ろしい表情を浮かべたが、すぐまたギルド長に向き直った。
「アレックスは……冒険者になるにはまだ早すぎます。ですからこういうことは、今日限りにしてください!」
「え?」
「行くわよ、アレックス」
「ちょ、ちょっと……!」
ぐいっと手を引かれたが、俺は納得いかなくて立ち止まった。
「何? まだなにか用があるの、ここに」
「いや、そうじゃない。けど……ちょっと待ってくれ、シルヴィア。どうしてそんなことを言うんだ」
「……」
「俺はシルヴィアとの訓練で、すごい力を得ていた……って、昨日ようやく気づけたんだよ。だから、ギルド長さんたちの手伝いをしようと思った。現にこうして無事にクエストも達成できた。だから……なあ見てくれ、この報奨金!」
俺はシルヴィアの手を離し、もらった報奨金を懐から取り出した。
結果を見せれば、シルヴィアも納得してくれると思った。これなら冒険者として活動しても、もう問題ないって。
でも、シルヴィアは納得するどころか、ますます眉を吊り上げてきた。
「はあ? だから何? アレックスは『自分が』、強いとでも思ってるの? 違うわ。あなたを育てた『わたしが』、強かったのよ。あなたは……自分より強い人から攻撃を受けないと強くなれない。それに周りの人がピンチにならないとちゃんとの強さを発揮できないの。そんなポンコツが、わたしの許可なく冒険者になるなんて……」
「えっ。なっ? それ、どういう……」
『自分より強い人から攻撃を受けないと強くなれない』?
『ピンチにならないとちゃんと強さを発揮できない』?
意味が、わからなかった。
それに、初めて聞く話だ。どうして、なんで……シルヴィアはそれを今まで俺に黙ってたんだ?
「それを詳しく説明するには、あなたのお母さんの許可がいるわ。とにかく、アレックスが冒険者ギルドに入るのはまだ早いの。今回はたまたま成功したようだけど……自分のリスクを知らずに参加するのはとても危険よ」
「……」
なぜ、そこに母さんが出てくるんだ?
シルヴィアと母さんは、俺に何か隠してるのか? 混乱して、俺は何も言い返せなくなってしまった。
と、そこにレナさんが割りこんでくる。
「まーまー。なんか事情があるみたいだけどー。アレックスくんは今回、単独でアシッドドラゴンの首を刈れたんだよー? だから、『強くない』ってのは厳密には違うんじゃないかなあ? あとは本人が、どーするかじゃない?」
「そうだな。私も、こんな逸材をこのまま眠らせておくのはもったいないと思っている……。ぜひ、その問題だという部分を克服し、またここに来てもらいたいな!」
レナさんだけじゃなく、ギルド長のアシュリーさんまでそんなことを言ってくれる。
しかし、シルヴィアは反論した。
「何も、何も知らないのに……勝手なことを言わないでください、アレックスはわたしの幼馴染なんです! 誰よりも、わたしが良く知って――」
「シルヴィア。じゃあよ、お前はアレックスがかなり金を必要としてたってことにも、気付いてたのか?」
「えっ……?」
リーダーさんがそう問いかけると、シルヴィアは固まってしまった。
「見たとこ、かなり入り用だったみたいだぜ。もしお前が、誰よりもアレックスを理解しているっていうんなら……そこんとこ、全力で応援すべきだったんじゃねーのか。禁じたって、お前が金を与えてやれるわけでもねーんだろ? だったら、やみくもにアレックスの行動を制限するのは――」
「ああああっ、うるさい、うるさいっ! なによ、人の気も知らないで……。もう帰るっ‼」
シルヴィアはそう叫ぶと、ギルドを飛び出していってしまった。
呆然としていると、ばつの悪そうな顔をしたリーダーさんが近づいてくる。
「あー。早く、追いかけてやんな」
「……はい。それじゃあ、今日はありがとうございました」
「おう。『また』な、アレックス」
「はい」
ギルド長もレナさんも後ろでひらひらと手を振っている。
俺はギルドを出ると、シルヴィアの後を追った。