1、幼馴染の厳しい訓練
「もう、やめてくれよ、シルヴィア」
「まだよ! まだ訓練は終わってないわ、アレックス! 喰らえ、ポイズンサンダー!」
「ぐはああああっ!」
毒効果の付与された電撃魔法を受け、俺はついに倒れる。
反対に目の前のシルヴィアはごきげんだった。
なにせもう三十発も俺に攻撃魔法を喰らわせているのだから。
「アレックス。だらしないわよ! そんなんじゃ夢の剣聖どころか、冒険者ギルドへ登録すらできないじゃない。わたしの相棒になるなら、あと五十回は耐えれるようにならなくっちゃ、ね?」
「ご、五十回!?」
「そうよ。そして目標の百回まで耐えられたら、さすがのわたしも褒めてあげる」
「い、いやだ。もう一方的に攻撃を受けつづけるなんて、いやだーっ!」
俺はなんとか立ち上がると、彼女の前から逃げ出した。
この過酷すぎる訓練は、俺が五歳のころから続いている。
俺の家の隣に住んでいた幼馴染のシルヴィアは、小さなころから最強の魔法剣士『剣聖』になりたいと豪語していた。一方俺はとくに夢などなく、平々凡々な村人として一生を終えたいと思っていた。けれど俺のそのささやかな願いは、シルヴィアが俺を剣技と魔法の実験台と定めたことであっけなく打ち砕かれてしまったのだった。
「アレックス、待ちなさーい! わたしとの訓練を途中で投げ出すなんて、許さないわよ! あんたも強くなってもらわなきゃ困るんだから! それっ、モーション・ディレイ!」
「うわっ!」
追いかけてきたシルヴィアに、行動遅延の魔法をかけられてしまう。そして、俺はあっけなく捕まってしまった。
長い金髪を振り乱して走ってきたシルヴィアは、怒っていてもかなりの美人だ。でも、俺は彼女のことが大嫌いだった。
いつも一方的に剣で切りつけてきたり、攻撃魔法を浴びせてくるが、俺から反撃することは一切許されていないのだ。負傷したら一応回復魔法をかけてくれるが、それだけだった。俺は、彼女の奴隷のようなものだった。
もうこんな関係は、終わりにしたかった。
でも、村のみんなは彼女が努力家で、俺と一緒に剣聖になりたがっていると信じて疑わない。そんな空気の中、彼女の相手を辞退してしまったら、村のみんなから白い目を向けられるのはわかりきっていた。
「ふふふ……じゃあ最低でも残り五十、意地でも頑張りましょう、アレックス」
「あ、ああああ……!」
炎、水、雷、風、土、光、闇。それらの様々な魔法とともに、嵐のようなシルヴィアの剣撃が降ってくる。俺はただそれを、なんの魔法付与もされていない剣一本で受け止め、ときには受け流し、ときにはもろに喰らいながら、シルヴィアが満足するのを待つしかなかった。
やがて日が暮れ、今日の『訓練』が終わった。シルヴィアは軽く額に汗を浮かべながら、満面の笑みを浮かべている。
「あーっ、今日も充実した訓練だったわ! 百回まではいかなかったけど、八十三まではいったわね。良かったわよ、アレックス」
「あ、あ……」
俺はもう立ち上がれないくらい消耗していたが、シルヴィアがそれを気にする様子はなく、やはりいつものように回復魔法をかけてくるだけだった。そして、ついでとばかりに俺の頬に軽くキスをしてくる。俺はぞっとして彼女を見上げた。
「こんな訓練、あんたとしかできないんだからね。ぜひ明日も付き合ってもらいたい……とこだけど、明日からはちょっとギルドの仕事があってね。ニ・三日村を離れるわ」
「そ、そうなんだ」
実はシルヴィアは十五になった二年前から、冒険者ギルドに登録し、ちまちまと依頼の仕事をこなすようになっていた。そして、先日一番上のSランクとやらになったようで、仕事内容によっては数日遠征するようにまでなっていた。そういうときは、『訓練』がないから平和だ。俺はそれを思ってちょっとだけほっとした。
「なによ、その嬉しそうな顔は。気にいらないわね」
「えっ? あっ……」
まずい。顔に出てたようだ。どうやって言い逃れしようかと思っていると、シルヴィアが急にまた顔を近づけてきた。俺は頭が真っ白になってしまう。
「そこは……わたしと離れるのを、寂しがるところでしょ?」
「…………」
うっ。き、気持ち悪い、俺はお前のことなんてこれっぽっちも意識していないんだ。だから早く離れろ。そう心の中で思うが、一言でもそれを口にしようものなら、さらに面倒くさいことになるのがわかっていたので黙っておいた。
シルヴィアは昔からこういうところがあった。さっきのキスもそうだが、どうも俺が好きなようなのだ。だからといって、その気持ちに応える気は一切ないのだが……。
「まあいいわ。せいぜい自主練でもしていなさい。わたしが帰ってきたら、またたっぷりとしごいてあげるから、覚悟してなさいよ」
そう言って、シルヴィアはようやく自分の家に戻っていった。
やれやれ。俺も自分の家に帰るか……。
昼は畑で農作業。三時を過ぎたあたりから日が暮れるまではシルヴィアの相手。その生活サイクルは、かなり疲れの溜まるものだった。
家では、母さんが夕食を作って待っていた。父さんはもういない。俺が小さいころにモンスターに襲われて死んでしまった。野菜を王都に売りに行く途中だったそうだ。そういうこともあって、母さんは俺がシルヴィアとともに偉大な剣聖になるのを心待ちにしている。
「シルヴィアと、今日も頑張ってお稽古してたようだね。お疲れ様。さ、たんとおあがり」
「いただきます」
自家製野菜がたくさん入ったシチューだった。疲れた体に沁みわたっていく。母さんの味付けはあいかわらず最高だった。小麦パンともばつぐんの相性である。
その夜、俺は早めに就寝した。明日からはしばらくシルヴィアがいない。その間に少しでも畑の整理をしておきたかった。あの場所にあの野菜の種をまいて……などと考えていると、すぐに睡魔が襲ってきた。
俺はこのとき知る由もなかった。
自分の中に、すでにとんでもない能力が秘められていたことに――。
※主人公は特殊な訓練を受けています。絶対に真似をしないでください。