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水無瀬さんの告白  作者: 佐渡
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第九話

 三枝のもとへ戻ると、水無瀬も来ていた。


 先程話題になったので、服装について軽く触れておくと、白Tにグレーのパーカー、下はカーキ色のGパンといった具合である。


 こうやってメンバーを見渡すと、それぞれへの俺のコネクションはあるものの、彼ら同士はほとんどないことがわかる。


 申し訳ないことをしたかもしれない。知らない相手と出かけるというのは苦痛であるし。近藤には一ゼプト(十のマイナス二十三乗)メートルたりとも思わないが。


 ここは俺がそれぞれを紹介しなくてはならないだろう。


 「えっと二人共、こいつが近藤。あんまり関わらなくていい。ボウリングのピンとあまり変わらない存在だ。放っておいてあげてほしい。」

 「わかった。」

 本気か否か、静かに受け止めた水無瀬はさておき、三枝はまだワナワナと怯えている。途中で失神しないことを祈るばかりである。彼の言動は、先程の服装よりも衝動的である。


 「ボウリングのピンと変わらないってなんや。まあ二人共よろしくな。」

 彼がそう二人に声をかけると、水無瀬は普段と変わらず軽い会釈をして、三枝は無理やり笑顔を作って応じた。彼女の苦労が身に染みる。


 「で、水無瀬と三枝は知り合いだよな。んじゃ行くか。」

 水無瀬は、じっとこちらを見つめて、三枝は水無瀬の方をチラリと見てから「うん」と頷いた。


 「え?俺に対しての紹介は?」

 近藤だけが立ち止まっている。

 

 「お前にはもう二人共紹介したし、片方はもうすでに知ってる名前だろ。」

 「ま、まあそうやけど。」

 彼はそう言って少し考えると、彼なりに納得したのか、それもそうだな、と呟いて歩き出した。

 


 ボーリングまでの道のりは女子は女子同士、男子は男子同士で会話しながら歩いた。なんだかクラス会のような態勢である。


 俺と近藤の、Twitterにありふれてそうなどうでもいい会話は省略しておこう。


 前を歩く女性陣の会話をさり気なく聞くに、水無瀬は誰に対してであっても、対俺と同じような態度を取っているようだった。道理で会話も弾まないわけである。


 「新しい担任の先生どうだった?」

 「普通。教え方は上手だと思う。」

 「そっかー」


 なあ、我が幼馴染よ。水無瀬から二文を引き出したのは、すげえことだと俺は思うぜ。


 数分も歩くと、すぐに目的地に到着した。


 見上げると、看板の上の大きなボーリングのピンが目に入る。看板には『スターボーリング』と書かれている。


 なんとなく、家族営業感がすごいというのが初見の感想だ。

 中に入ると、かなりこじんまりとしたボーリング場であった。


 従業員も見たところ四人程度。家族連れが三組来ている以外に客はいない。レーンは八レーンほどで、使えるのが五レーン。


 「受付してくる。何パックがいいとかある?」

 周りに三枝は聞く。こういう気を遣えるあたりがポイント高いっ!


 水無瀬は首をかしげ、近藤は死ぬまで、とか言っているので、俺が答えた。


 「三とかでいいんじゃないか?」

 「わかった。」

 三枝がそう言って、カウンターに向かう。俺たちは三人で入口付近のソファーに腰掛け、それを見守る。


 「ボーリングは初めて?」


 俺が水無瀬に話しかけると、彼女はこちらに顔を向け、頷いた。


 「そうか。ルールとかはわかるか?」

 

 「調べてきた。」

 彼女は、そう言うと前を見つめ直した。


 「まあ初めてなら楽しもうぜ。」

 彼女が頷いたように見えたので、俺は安心して話し終えた。しかしそれを終えた後、彼女が何かを言いたそうに前を見つめていたのを俺は見逃さなかった。


 思い当たる節なら、あるさ。むしろその『何かを言いたそう』な表情は俺が浮かべるべきものなんだろうな。


 だが、もう少しだけ待ってほしい。


 三枝の後ろ姿をじっと見てると、彼女は振り返りこちらに手招きをした。俺は立ち上がり、それに従う。


 「ねえ、あの子の名前ってなんだっけ?」

 そういうことな。いいんだよあいつの名前は覚えなくて。そんな気まずそうな顔もしなくていい。


 見ると、机の上には申込書らしき紙が置いてある。


 「モニターに写すやつか。俺が書いとくよ。」

 「そう、ありがと」

 彼女はにっこり笑顔でソファーに戻っていった。

 

 案内されたレーンは第三レーンだった。隣にはどのグループもいないのでのびのびできる。


 「おい、お前どういうことや。」

 つぶやく近藤の視線の先のモニターにはこう書かれていた。


 1番目ゆずは

 2番目ゆうき

 3番目タイガーこんどう

 4番目さえじま

 

 「虎柄のジャケットを着て来たお前が悪い。」


 「タイガーの底力見せてやるから覚悟しとけよ。」

 そう言い残し、彼はボールを取りに行ってしまった。


 「あれで良かったの?」

 専用靴を履きながら三枝が顔を上げて言った。


 「いいんだ。少々虎に失礼かもしれないけど。」

 俺がそう宥めると、三枝は大きく立ち上がった。


 「じゃあ私一投目頑張る。」


 おー!と言わんばかりに高く掲げたグーをパチパチと手を叩き、迎える。近くにいた水無瀬も同じように拍手をしていた。


 貸し出しきた靴をほどきながら、一投目くらい目にしておこうと顔を上げたのだが、彼女はすでに投げてしまったようだ。


 三枝が、投げたボールはゴロゴロガタンという音と共に転がっていった。ガターである。

 これ無理だよ!と照れ笑いしながら帰ってくる三枝に、二投目があると告げる。


 二投目、三枝は少し表情を引き締めて、キレのある動きで投げた。が、ボールは言うことを聞かず、またしてもガターになってしまった。


 このように、三枝はこの手の遊びはかなり下手っぴだった。思えば、そういうイメージがないこともない。

 

「あまりボーリング得意じゃなくてね……」

 そういう不器用さも、可愛らしくていいやないかって言う男子だっているはずだ。俺はそのタイプである。


 「悪いな。付き合わせてしまったみたいで。」

 俺がそう声をかけると、

 「あーもう! そういう言葉が一番傷つくから!」と彼女は叫んだ。


 二番手の水無瀬は、しっかりと靴を履き終え、ボールを手にレーンの前に立っていた。


 「水無瀬ちゃん頑張れー」

 三枝が後ろから声をかけると、振り向きこそしなかったが、少し彼女の首が傾いたように思えた。


 「無視された……?」

 三枝が、先程のガターショックに積み重ねて、嘆くように言った。


 「いや、今十度くらい首傾いてたぞ。『うん』ってことだろ。」

 「そんなのありなの?」


 そういう会話の間に彼女は投げていた。

 彼女の投げたボールは脇にそれることなくまっすぐ進んでいく。


 ガラガラという音の後には、右端にピンが二本だけ残っていた。


 「水無瀬めちゃめちゃ上手いじゃん。」

 ぼーっと見つめていた俺は、心のうちを自然と呟いていた。


 「水無瀬ちゃん私より全然上手……。本当に初めて?」

 三枝も素直に感心していた。


 ボールを取りに来た彼女は、俺たちの感嘆の言葉に「ありがとう」と静かに言った。


 「三枝、俺たち負けたな。」

 三枝はほんの一瞬悲しそうな顔を浮かべ、その後「負けないから!」と奮起した。


 水無瀬は初めてと言っていたが、それは本当なんだろうか。


 彼女は、レーンの右端に立つと、腰をしっかりと低く落として球を転がした。ガターになるギリギリを攻めつつもしっかりと最後には二本を倒し、スペア。

 そんな彼女を俺と三枝は唖然と見つめるしかなかった。


 「何者だよ……。水無瀬。」

 俺がそう呟く横で三枝は悔しそうな表情を浮かべていた。


 帰ってきた水無瀬の表情は嬉しさもあってかほんの少し緩んでいた。

 俺や三枝が手を広げてタッチの構えをすると、なんだか不思議そうにどう振る舞うべきか悩んでいる。


 「ハイタッチだよ。ハイタッチ!」

 三枝がそう言って俺の手をパンッ打つと、水無瀬はなるほど、と目を丸くして俺たちに応じた。


 特筆すべきことではないし、もしこれを記すなら、公園に生息する蟻の生態について記したほうが良いと思うのだが、一応書いておこう。


 近藤のボーリングの腕はすごかった。十ターンのうち四ターンでストライクをだしていた。聞いたところによると、「親父がボーリング大好きなんよなぁ」と言っていた。


 水無瀬はターンを経るごとに上達していき、最後のターンでは二連続ストライクを叩き出した。吸収スピードが早すぎる。


 一ゲーム目、二ゲーム目、三ゲーム目。俺たちの順位は変わらなかった。


 常に近藤、水無瀬、俺、三枝という序列を保っていた。水無瀬の腕の熟達には眼を見張るものがあったが、それも近藤の前では無力であった。あまりに強すぎるのだ。あいつは手加減というものを知らない。常に全力投球である。


 だからと言って雰囲気が悪くなることはなかった。


 それは単に三枝の力量であろう。


 彼女は自分が最下位であることを利用した立ち回りで常に周りに気を配っていた。近藤にコツを聞いてみたり、水無瀬にどうしてそんなに上手いのかと探ってみたり。彼女はあまりに優しく、恐ろしく頭が良い。それは小学校の頃から変わらない。


 水無瀬は常に彼女自身の進度を保ち、自分の番が回ったら集中して投げる、戻ってハイタッチ、その繰り返しであった。それは意外と言ってはなんだが、周りにとって好印象であった。


 「水無瀬さんって、静かだけどいい子よなぁ。」

 そう近藤が話しかけてきたのは二ゲーム目の最中である。


 「そうか。純粋さが眩しいとは俺も思うさ。」

 俺が今まさに投げようとしている彼女の方に目を向けて話す。


 「俺はいつからこんな悪人になってしまったんやろうな。」

 「母親の胎内から。」

 「そこは否定せえよ。」


 球を投げすぎて疲れたのか、彼の声は普段に比べて静かだった。


 「まあ楽しんでいるようで何よりだ。お前の番だぞ。」


 俺が画面を見て伝えると、「任せろ。」と言ってタイガーこんどうは立ち上がるのだった。

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