第八話
週末の日曜日。
俺はまさに週末なにしてますか、忙しいですか、すくってもらっていいですか、の三拍子が揃っていた。近藤は論外だとして、提案主には期待したい。
時間は十五時に集合だったが、俺は少々早めについてしまった。改札へ降りると、一人の女性が目に入った。彼女はこちらを見ると、手を挙げて軽く跳ねて知らせた。
少々の気恥ずかしさも覚えつつ、俺は以前のように手を挙げて応える。改札を抜けて彼女のもとへ向かった。
「流石生徒会。三十分前行動ですか?」
時刻は十四時三十八分。あまりにも早すぎる。
「待たせたら悪いじゃない。いくら待ち合わせ時間って言っても。」
三枝は、白黒の横縞のロングTの上に毛布のような素材の羽織物、下はGパンを身につけていた。
「お前の私服、久しぶりに見るな。」
ずっと交流は続けていたし、相談にもお互い乗り合っていたが、大抵は放課後にファミレスで話していた。
彼女の学校以外での姿を見るのは小学校以来かもしれない。
「確かに優希の見るのも私久しぶりかも。って、冬大体ジャンパーとGパンなのは変わってないんだね。」
彼女はくすくすと笑った。
冬はジャンパーとGパンと決まってるのだ。最近では軽い素材のもあるので便利な世の中になったものだと感じる。
「まあな。クラスで水無瀬と話したりするのか?」
すでに新学期が始まってから一週間以上が経過している。今の所俺は、クラスで近藤以外と話したことがない。
だが周りの様子を観察すると、すでに縄張り争いは始まっているらしい。
コミュニケーション偏差値八〇超えの超人達は活動範囲を拡大し始めている。
なぜか近藤の周辺には寄ってこないので、俺が範囲に含まれないというのが残念だ。
「学校ではまれに話すけど、あまり弾まないかな……」
残念そうに彼女はうつむいたが、それは仕様だからどうしようもない。……しようだけに。しょう(しよう)もないですね。
彼女の話を聞き、水無瀬をすごいとも思った。
三枝は先述の『超人達』に間違いなく含まれる。それもトップクラスの性能だ。
そんなやつとの会話を弾ませないというのも並大抵の人間には不可能な芸当だ。ちなみに近藤には可能だ。そもそも近寄らせないからな。小学生用防犯ブザーにはこいつの声を収録するべきだ。子供が泣き出す可能性と公共の福祉を踏まえて今は使用されていないが。
「まあそういう子だから仕方ないと思うけどな。」
俺が柱を背にしてもたれかかると、彼女も真似をした。
「やっぱ意識すると高いなぁ。」
昔から彼女はよく身長を比べてきた。どのタイミングでも必ず俺が勝っていた。男子と女子であれば仕方ないと思うが、彼女はよく不満そうに見つめてきた。今回も例外ではなかった。
「これでも男子の中では平均だ。これから来る近藤っていうやつはもっと高いぞ。あれはもう不良と言ってもいい。」
近藤は去年の健康診断で一七〇と言っていたが、今年もまた伸びている気がするのでそのうち一八〇を超えるだろう。
「そうなんだ。私も早く伸ばしたい。」
彼女は一生懸命つま先立ちをするが、俺の身長にはギリギリ届かなかった。
「悔しい。」
彼女は、拗ねた様子で改札の方を見た。そろそろ来るだろうかと俺も同じようにそちらを見通す。
関わっちゃいけないタイプの人間がこちらに歩いてくるのが見えた。
オレンジのサングラスに、黒のニット帽、虎柄のジャケットを身につけている。クリーム色のパンツのポケットからはチェーンが覗かせている。足元には革靴が見える。それを床に当ててカツカツ言わせてる彼の口角は少し上がっている。
ひと目でわかった。近藤だと。あのサングラス、前も掛けてたし。
三枝が俺のジャンパーの裾を掴んだ。
「あの人、私達のところに向かってきてる。逃げたほうがいいかな……」
彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。ああ逃げるべきさ。もしあいつが近藤って名前じゃなかったらな。
俺は残酷な事実を口にする。
「……あいつは、今日一緒に行く予定のやつだ。」
彼女の顔はかつて見たことがないほどに歪んでいた。
そう話している間に近藤は近づいてきた。
「よう、優希。えっとこちらは?」
彼はまさにルンルン気分を体現していた。
「ちょっと待てバカ。」
俺は後頭部を引っ叩くと、「なんだ? お前、やめっ触んな!」と喚く彼を隅っこに引っ張っていく。
「お前はこれから組の争いにでも参戦するつもりなのか?なんだそのチャラチャラした格好は。」
近藤は、は?と怪訝そうな顔をしてこう答えた。いや、周囲の人のほうが怪訝そうな顔を浮かべていただろう。
「前はお前許してたやん。」
確かに以前遊んだときも似たような格好だった。
「女子もいるんだぞ。時と場合をわきまえろ。」
「じゃあ具体的に改善点を言ってくれ。」
手を斜め下に伸ばして、どこがだめなんだ?と言いたげな表情を彼はした。
「虎柄のジャケットとチェーンはやめろ。チャラさが滑り倒してる。あとは革靴もできるだけ音を立てないようにするか、裸足にしろ。」
「わかったよ。」
彼は言われたとおりにしてジャケットやチェーンを持ってきたワンショルダーバックにしまった。
「これでいいんだろ?」
拗ねたように彼は言った。