第二話
「こんにちは。」
背後からするその声は、あの字のように無機質であったので、すぐに彼女が送り主であると合点がいった。その声は、音であるにも関わらず、公園の静寂を一層のこと強めるようだった。
俺は何も発すること無くゆっくりと立ち上がり、静かに振り返った。彼女の声以外にできるだけ音を立てたくなかったのだ。
まだ蕾も熟していない桜の根本に立っていたのは、常盤学園高等部の制服を身にまとった女の子。胸についている桜のバッジを見ると同じ高校一年生であることがわかる。
彼女は、澄んだ目でこちらを見つめていた。あまりに整った顔立ちをしていて、俺のドストライクのショートカットであったものだから、ついボーッと見つめ返してしまった。
まるで彼女は機械が周期的にセリフを吐き出すようにこう告げた。
「冴島?」
答えなくても話は前に進みそうだったが、すぐに答えた。
「はい、冴島です。」
周りに誰もいないが、この人間ですよ、と知らせるために少しだけ手を挙げる。
彼女はその様子を見て、『微動だにしない』の微動だほどの顔の動きで安心した様子を見せた。
「僕と付き合って。」
彼女は、今までと同じ口調で淡々と語るものだから、買い物にでも付き合ってほしいのかと思った。
しかし数秒後には、告白なのか、というのと僕っ娘なのか、という理解が頭に染み付いてくる。それにしても、気持ちのこもっていない告白だ。近頃のアニメ映画での俳優起用で聞くことができる無感情な声。って、こういうことを言うと怒られるからやめておこう。
「なんで俺なの?」
これがセオリーってものだろう。告白の王道。こういうものは、後のデメリットが少ないから使い古されてる。ならば先人の教えにならってこう答えるべきだろうね。
俺は、少し考えこんでいる様子の彼女にベンチの横を勧める。彼女はそれを見ると、少し不可思議そうにしていたが、やがて座れという意味だと理解して歩き出した。
俺の反対側である左端に座ると、こちらを見た。
「別にゆっくりでいいからね。」
気まずくなった俺はそう声をかけてみたが、すでに答えは出ていたようで彼女は話しだした。
「同じ最寄駅なのと、同じ学年であること。そして優しそうであることが理由。」
なるほどわからん。それなの省略前と同じくらいわからない。
なぜこの子はそんな理由のために告白しているんだろう。そしてこの理由を直球で投げつけてくるあたりからして、そこに触れてもいいんだろうか。
I don't know the meaning of that!! 英語で感想を言ってみたけどやっぱりわからない。
「確かに、物理的距離は精神的距離と相互に影響し合うとかって言うよね。」
何言ってるんだろ、俺。
あまりに彼女の顔に変化がないので、どうやらセリフの選択を間違えたのだと俺は思った。だから、セーブポイントまで戻った気になって違う言葉を吐いてみた。
「どうして俺が優しそうなの?」
彼女の顔は正解とも不正解とも言わなかったが、口だけは微かに動き出したので、多分正解だろう。
「老人や子供に席を譲っていたから。」
優しそう、俺。
普段あまり良い成績とかとらないし、代わりに席とかは譲ろうと心がけてはいるが、それがこの状況に結びつくとは思わなかった。みんな、席は譲るべきだぜ。
「最寄駅、俺と同じなんだね。」
やはり、彼女の行動の原因を探るには外堀から埋めていくしかないだろう。少し話の核心をそらしてみる。
「同じ。」
なけなしの質問は、外堀にスコップひとすくいの土さえもかけなかった。
もしかすると、重箱の隅をつくような質問をズバッとしたほうがいいのだろうか。そう考えが揺らぎ始めたときだった。
彼女は、俺の少し悩むような姿を見てなのか、時間を気にしてなのか、こう言った。
「返事はそのうちでいい。」
そう言うと彼女は立ち上がり、去っていった。
俺はそれをボケーッと見つめる以外できなかった。携帯を見ると、15時37分を示していた。
まるで夢のように空虚で、本当にあった出来事なのかと疑いたくなるようなものだった。
俺はその場でただただ時間がすぎるのを待ち、四時をすぎると流石に寒くなってきたので帰ることにした。