第十一話
「三枝。何してるんだ?」
ここにいる連中よりも少々低い声。本日初登場の音域だ。
皆が一斉に顔を上げると、そこには俺も知らない男性がいた。いや、どこかで見たことはあるかもしれない。
優等生のような雰囲気をその佇まいやきっちりと着こなされたシャツが醸し出している。
「あ、副会長。副会長こそどうしたんですか?」
三枝は笑顔で答えたが、その男の冷たい顔が緩むことはなかった。
「生徒会メンバーで食事をすると言っただろ。少し早く来たから席を取っていたんだ」
「あ、言ってましたね。すみません、前からこれが決まっていたもので。」
彼女は微笑みを崩さなかった。
生徒会の食事会をパスしてこちらに来るとは。彼女も随分と取捨選択を誤ったものである。優しさ故か、幼馴染への情け故か。
「みんなでの食事をはねた挙げ句にそんな不良みたいなやつと食べてるのか?」
ピクリと近藤の肩が動き、舌打ちが聞こえた。
「お前どういうつもりや?あ?」
近藤は立ち上がり、男の前に立った。
彼は挑発に弱い。
俺から彼への罵詈雑言は、ネタであると割り切っているが、見知らぬ人からのそういう言葉には反発するのだ。
「お前に用はない。三枝、この合コンのような浮かれた集まりはなんだ。週明けにしっかり聞かせてもらう。」
男は厳しく言い放ち、踵を返そうとした。三枝の顔にもいつしか笑顔は消えており、影を落としているようだった。
「いーや、俺があんたに用があんだよ。」
近藤は男の肩をつかんだ。
茶髪で一七〇を有に超える彼の姿は確かに不良らしくもあったが、初対面であれは失礼というものだろう。
「ちょっと近藤くん、やめて。」
三枝が止めたのは、近藤であった。確かにやめるべきは近藤だが、謝るべきは生徒会の男だろう。近藤も物忘れは激しいが、物分かりは良い方だ。一言謝れば「ええよ」と言って、どっかり座ることだろう。
水無瀬は素知らぬ顔で烏龍茶をチューっと飲んでいた。本当にその肝を分けてもらいたいものである。
「なんだ君は。用を言ってみろ。」
男はそんな近藤を臆することなく睨んだ。男の身長は俺よりも高いが、近藤ほどではない。
ちなみに、近藤はファミレスに入った時点でサングラスを外していたと補足しておく。あ、もちろんニット帽もである。
「いいか?俺のだちに不良だとか言うんじゃねえ。」
いいか?近藤。この状況の不良はお前しかいない。俺はれっきとした黒髪だし、眼鏡をかけているのだからむしろガリ勉と罵ってくれ。
「本当に頭が悪いな。不良ってのは君に言ったんだよ。」
徐々にファミレス内の注目が集まってきている。
三枝を見ると、きまり悪そうにうつむいていた。わざわざセッティングまでしてもらったんだからここは俺が止めなくてはならないだろう。
俺は二人の間に入った。
「二人共そこまでにしてくれ。あんた生徒会なんだろ?騒ぎ起こしたら不味いだろうが。こいつはどこまでだって白黒つけるつもりだ。やめておけ。」
男にそう告げると、
「……そうだな。仲裁に感謝する。」
案外すんなりと受け入れて奥の座席へと帰っていった。
「しばき倒す。あの生徒会だかなんだかの野郎は絶対許さない。」
そう怒る近藤を宥めて座らせる。恨み深すぎるだろ。
一気に険悪なムードが訪れてしまった。
「ま、生徒会が来るんじゃ俺らは出ようか。」
俺の一言に周りは頷き、ファミレスを出ることになった。
駅構内にて。
近藤は反対方面なので、ここで別れを告げることになる。
俺が言った。
「じゃあな。客にガン飛ばして喧嘩とかになるなよ。」
「俺をなんだと思ってんねん。」
ファミレスで人目を憚らず喧嘩するやつ。
バッグからサングラスを取り出してかける近藤に、三枝が言った。
「本当にごめん。私のせいで壊してしまって。近藤くんにも失礼なことしたと思ってる。あれで怒るのも当たり前なのに……。」
彼女は頭を下げて、謝っている。
「おお、構へん構へん。あんなやつ相手に大変やな。」
近藤は頭を掻きながら言うと、ニット帽を取り出して頭にかぶった。
「二人にもごめん。雰囲気悪くして。」
彼女は俺や水無瀬に向かっても頭を下げた。
「しらんけど、あれは近藤が悪いし三枝はいいよ。」
俺のテキトウな返しに近藤は「あ?」と反応してきたわけだが、もうひとりの反応が意外性を秘めていたのでその場は静まり返った。
「僕は楽しかったから。」
水無瀬はいつもと変わらない調子で言った。しかし、その後黙りこくってしまったので、静寂が少し訪れた。
それを破ったのは、近藤の指摘だった。
「水無瀬ってなんだかラノベのヒロインみたいな感じだな。一人称僕だし。」
頭を掻きながらそういう彼に「ありがとう」と水無瀬は言っていた。その答えは間違っているとそのうち伝えようと思う。
「まあ水無瀬もこう言ってるし、俺も楽しかったし、そもそも三枝が企画してくれたものだから。ありがとな、俺からも。」
俺がそういうと、三枝は「こちらこそ……。」と答えた。
彼女はとても正義感が強い人だ。そのくせ不器用である。
だから何が正義なのかとか、試される現場に直面することが多々ある。たまたま今日はそれを間違えたのだろうと俺は納得した。




