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5 柊木と秋穂

 警告エリアから安全エリアに向かう道は大まかに、舗装された道路を歩くルートと森の中を突っ切るルートに分かれていた。

 僕はメニュー画面を呼び出し、残りの人数を確認する。


 53/100


 最後に確認してからまた10人も減っている。ただ、開幕の数分で半数近くが脱落していたことを考えれば、脱落者のペースはだいぶ減っていると考えるべきかもしれない。


「道路を歩くルートのほうが体力も温存できるし早そうですけど、遮蔽物が無いから危険です。僕は、多少のリスクを冒してでも森の中を歩くべきだと思うんですけど」

「そうだね、私もそう思う」

「異議なし」


 あくまで生き残ることを目的にするなら、戦いはなるべく避けたい。このゲームには、2位以下に価値なんてないんだから。


 僕たちは3人で連れ立って森の中を進み、30分ほど歩いたところで状況のステータス表示が安全に変わった。


「なんとか、危険エリアからは脱出できたみたいです」

「よかった。とりあえず一安心できるね」


 柊木さんが胸に手を当てて安堵の溜息を吐く。


「でも、思ったより開始時間が遅かったみたいだね。もう日がだいぶ傾いてる」


 秋穂さんの言うとおり、頭上の太陽はだいぶ西側に傾いていた。あと1~2時間で夕暮れ時になるだろう。


「何日か日をまたぐゲームになりそうですね。だとしたら、水や食料もどうにかしないといけないな……」

「そう言えば、だいぶ喉が渇いたよ」

「私も」

「人間は食べ物がなくても1週間やそこらは平気だけど、水分は3日も持たない。1日に失う水分量は大体2.5リットルだから、最低でも半分は補給しないとまともな状態ではいられないよ」


 秋穂さんが医療関係者らしい知識を披露する。


 川か湖でもあれば別だけど、自然の中でそれだけのまとまった水を確保するのは案外難しい。


「なら、とりあえずこれで当面を凌ぎましょう」


 そう言って、僕は近くの木に絡みついていた太いツタを尖った石で切断し、断面を何度か齧った。そうすると、水分を大量に含んだツタの中から水分がじわじわと滲み出してくる。


「へえ、すごいね。どこでそんなこと覚えてくるの?」


 柊木さんに順番を譲った秋穂さんが感心したように言う。


「僕の父さんが何と戦ってんのってくらいサバイバルに詳しいんです。小さい頃から山を連れ回されてたんで、その影響で」


 家族で楽しいキャンプっていうイメージとはちょっと違うけど、それはそれで楽しかったし、こうして役に立つこともあるんだから人生何が起こるかわからない。


 秋穂さんは目を細め、優しそうな笑顔を浮かべる。


「そっか。良いお父さんだね」

「息子の僕から見ても変わり者ですけどね」


 2人が水分を補給しているあいだに、僕は周辺を軽く散策してみた。


 周囲には横穴みたいなものもなく、野宿するようなことになればシェルターを作らないといけないかもしれない。ナイフの1本もあればかなり話は楽だけど、今のところそんなものはない。


 僕は地面に転がっている石を調べて、縞模様が入っている石を見つけた。薄い層になっている石で、割ると薄く鋭いナイフの代わりになる。上手に割れてくれればの話だけど。祈りながら別の石にぶつけると、何とかうまいこと割れてくれた。


 あとはなるべく大きい石を見つけて、唾を吐きかけて刃先を研ぐ。これで手のひらサイズの石包丁ができた。


「何やってんの?」


 水分補給を済ませた秋穂さんが後ろから覗き込んでくる。


「ナイフの代わりを作ってたんです。何もないよりはマシでしょう」

「はあー。何でもできるね、君は」

「何でもはできませんよ。ベストは尽くしますけど」


 そんな僕たちの会話を聞いていた柊木さんは、何かに気付いたように後ろに振り返った。


「どうしたの?」

「ごめん、ちょっと静かにして……」


 セーラー服の襟を立て、アンテナのようにしながら周囲をぐるぐる見回したかと思うと、その表情がぱっと輝いた。


「あっちから水の流れる音がするよ」

「マジ? 優菜ちゃんもレンジャー隊員なの?」


 秋穂さんが関心を通り越して呆れたとでもいった口調で両手を上げると、柊木さんははにかんだような笑みを浮かべた。


「ううん、田舎育ちなだけ」


 田舎育ちだからってそんなスキルが身に付くかはわからないけど、なんにしてもありがたい。こんな山の中なら塩水ってことはないだろう。


「水があるのはありがたいけど、ほかのプレイヤーも水場に集まってくるはずだ。注意して行こう」

「そうだね」


 頷いた柊木さんに案内され、僕たちは森の奥へと進んで行った。


 しばらく歩くと、僕の耳にも川のせせらぎが聞こえてきた。こんな微かな音が聞こえるって、どんな聴力してるんだろう。サバイバルには頼りになるスキルだ。


「見えた」


 柊木さんが指さした先には、1メートルほどの川幅を持つ透明な流れがあった。獣たちの水飲み場になっているのか川岸には背の低い草ばかりで、苔むした石が転がっているのも見える。


「どうする、あたしが様子を見てこようか? あたしは狙撃されても平気なんでしょ?」


 どうしてこうも僕の周りの女性陣は積極的に囮になりたがるんだろうか。僕は眉間を指で揉む。


「確かに、今のところゲームに干渉できないのはほぼ確定してますけど、敵が物理攻撃をしてこない保証はないです。最悪、手ごろな石を投げられるだけでどんな怪我をするかわかりませんよ」

「心配してくれるのはわかるけど、あたしたちにしてみればユウトくんが脱落するほうが問題だと思うな。それに」


 言いながら秋穂さんが僕の顔に手を伸ばす。反射的にのけぞった僕の鼻を秋穂さんの細い指が拭うと、赤いものがその指先に付着した。自覚したとたん、鼻の奥に鉄錆のにおいが充満する。


「長谷川くん!?」

「スキルの反動かもしれない。鼻血程度なら騒ぐほどじゃないけど、できれば早めに冷やしたほうが良い」

「わかりました」


 体に直接反動が来るんじゃ連続使用は厳しいかもしれない。ただ、スキルの制限が単なる体の負担なら最悪は無茶が利くってことでもある。

 そんなことを考えていると、突然柊木さんが両手で僕の顔を挟み、真剣な表情で僕を見据えた。


「ねえ、忘れないで。長谷川くんが生き残らなきゃ何にもならないんだよ。私や秋穂さんのために頑張ってくれるのは嬉しいし、とっても感謝してる。でも、お願いだから自分の体を大事にして?」


 また、見透かされてしまった。女の子の勘の鋭さにはかなわない。


 僕は柊木さんの手を握り、小さく頷いて見せた。


「わかった」

「決まりだね。あたしが様子を見てくるよ」


 秋穂さんは長い髪を手で払い、草むらから川岸へと周囲を伺いながら出て行った。


 息を殺しながらその様子を観察している僕の手に、柊木さんの手が重ねられる。つくづく、ひとりじゃなくてよかった。


 川に辿り着いた秋穂さんはその場に屈みこみ、両手ですくった水に口を付ける。そして、残った水で顔を漱ぐと大きく肩が上下し、僕たちのほうに向き返って笑顔を浮かべてみせた。


「よかった」


 柊木さんも安堵の吐息を漏らす。


 その瞬間、対岸の茂みから光弾が飛び出し、秋穂さんの胸を貫通したそれは秋穂さんの近くにあった石を粉砕し、その破片の中でも大きなものが秋穂さんの肩を直撃した。


「ぐっ!」


 顔をしかめてよろめいた秋穂さんは、そのまま川の中に倒れ込む。


 僕は秋穂さんの身を案じて声をあげそうになる柊木さんの口を咄嗟に押さえ、そのまま茂みの中に倒れ込んだ。


『秋穂さんが!』

『わかってる! でも、相手は秋穂さんがこっちを見るのを確認したはずだ。声を出したら確実に位置がバレる!』


 でも、現状はこっちに分がある。少なくとも、僕はどこから弾が発射されたか見ていた。


 僕は敵が潜んでいるはずの茂みに指先を向け、引き金を絞る。


 指先から放たれた光の弾丸は、しかし、茂みに到達する直前で掻き消えてしまった。


『消えた!? 相手のスキルか』


 まさか相手の攻撃を無効化できるなんてチートスキルにもほどがある。いくらなんでも何回も無効化できるとは思えない。


 僕は再び指先を向けて発射しようとするが、何度引き金を引いても弾が出ない。くそっ! 連射できないのか。頭に浮かんでくるイメージに従って次弾を装填し、再び発射する。ハンドガンみたいなイメージだったけど、どちらかというと中折れ式のショットガンに近い。


 だが、その弾もやはり茂みに届かない。


 2発も発射したせいで相手に位置が完全にバレた。茂みから発射された弾丸に僕の背筋が粟立ち、柊木さんを突き飛ばしながら僕も横に転がる。その僕たちのあいだを弾丸が切り裂き、後ろにあった木に直撃して大きく揺らした。


 マズい、相手の攻撃はこっちに届いてる。でも、冷や汗のおかげで頭が冷えた。


「よし、タネが割れたぞ」

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