4 勝利と仲間
もうしばらく生還の余韻に浸っていたかったけど、そうも言ってられない。敵は荷物に埋もれたまま動かないけど、生死も確認しなくちゃいけないし、何より試練の指輪を抜かなくちゃいけない。
僕は指を構えながら慎重に足で荷物を退かし、敵の様子を観察した。
指輪はふたつ嵌まっている。ひとつは乳白色の試練の指輪。ひとつは紫色の指輪だけど、石にひびが入っている。そんなに脆そうな素材には見えないけど、衝撃で割れたのかな。
「ぐ、う、しにたくない。しにたくないよ」
敵は苦しそうに喘いでいたけど、生きていた。ただ、既に目の焦点が虚ろになっていて、かなり危なそうな感じがした。当たり所が悪かったのかもしれない。
僕が指輪を抜くために手を伸ばすと、身を捩って抵抗した。しかし、構わずに敵の指から試練の指輪を抜いた。こうしたほうがお互いのためになるはずだ。
「ころさ、ないで。おねがい」
懇願する敵の目から涙が流れた。僕だってそうすると思う。きっと最期まで命乞いする。
「殺すつもりはありません。この指輪を外すとゲームでは死亡扱いになるんです」
「どういう、こと?」
それだけ呟いて、気を失ってしまった。命の危機がひとまず去って気が抜けたのかもしれない。
僕にもどっと疲労感が押し寄せた。
「この人が目覚めるまで、僕たちも休もうか」
「うん」
僕たちは外から見えないように部屋の隅に身を寄せ合い、やっと一息つくことができた。
× × ×
「う、ん……」
小さく呻く声がしたのでそちらに目をやると、気絶していた女の人が脇腹を押さえながら起き上がろうとしていた。
「大丈夫ですか?」
「元気ってほどじゃないけどね」
言葉通り僕たちが手出しをしなかったから多少は信用してくれたのか、その口調はずいぶん柔らかかった。
「イチチ、あたしは神原秋穂。助けてくれた、で、良いのかな」
「僕は長谷川ユウトです。助かったかはわかりませんけど、少なくとも殺すつもりはないです」
「そう。なんにせよ、死ななくて済むならあたしは嬉しいよ」
神原さんはそう言って笑った。さっぱりしてて感じの良いお姉さんだ。
「私は柊木優菜です。私も長谷川くんに負けたんですけど、その時に偶然、指輪を抜いた時点でゲーム上は死亡するってことを知ったんです」
柊木さんはそう言って自分の両手を見せる。それを見た神原さんは自分の指に視線を落とし、メニュー画面を開いた後で軽く頷いた。
「うん、確認した。本当に死んだことになってるんだね」
「死亡したプレイヤーはもうゲームに干渉できません。建物のドアも開かないし、スキルも通じない。でも、こうして触れることはできる。つまり、死なないわけではないんです」
「ふーん? よくわからないけど、うまくできてるんだ」
神原さんは自分の指に嵌まっている、ひび割れた指輪を撫でた。
「そう言えば、その指輪は?」
「ああ、これはスペシャルリングのボディアーマー。たぶん、ダメージを軽減してくれるスキルじゃないかな」
「割れてるってことは、軽減できるダメージ量を越えたってことかな」
ボディアーマーの効果が低いのか、魔弾の効果が高いのか。威力は(弱)のはずなのに、妙に威力が高い気がする。
「とにかく、だ。あたしはもう失格したわけだし、よければふたりの仲間に加えてもらいたいなーなんて思ってるんだけど……どうかな?」
僕としては断る理由もない。
「僕は構いませんよ。柊木さんはどうかな」
「私ももちろんオッケーだよ。仲間は多いほど良いもんね」
柊木さんも快諾してくれた。
「ありがとう。あたしのことは遠慮なく秋穂って呼んでほしいな」
秋穂さんか。あんまり下の名前で呼び合う習慣がないからちょっと照れくさい。だけど、せっかくの申し出を断るのも気が引けるし、ここはお言葉に甘えることにしよう。
「わかりました。じゃあ、僕のこともユウトで」
「オッケー。よろしくね、ユウトくん、優菜ちゃん」
僕たちはお互いに軽く握手を交わし、新しい仲間を迎えることができた。
× × ×
秋穂さんのダメージと僕の疲労を鑑みて、僕たちは交代で見張りをしながら休憩することにした。秋穂さんは気丈に振る舞っているけど、どう考えたって大丈夫なわけがなかった。さっきのは大丈夫な吹っ飛び方じゃない。
それに、僕の体の調子もおかしかった。強烈な耳鳴りと眩暈がする。
「スキルの反動かな。だとしたら立て続けには使えないな、こりゃあ」
「ユウトくんにもスキルがあるの?」
「ええ」
僕は頷きながら紫色の指輪を見せる。
「僕のスペシャルリングは刹那の見切り(フルアドレナリン)。効果範囲はわかりませんけど、少なくとも見える範囲の体感時間を10秒間停止させるスキルです」
「確かにアドレナリンには集中力を高める効果があるけど、時間が止まってるって感じるほどの量が出たら人体には一大事だよ」
「へえ、詳しいんですか?」
「うん。看護師だからね」
こともなげに秋穂さんは言ったけど、僕も柊木さんも思わず秋穂さんの顔をまじまじと見てしまった。
「むっ、なにか失礼なことを考えているね?」
「「い、いいえ!」」
僕と柊木さんは口を揃えて否定した。
いや、正直な話をすると看護師さんにしてはちょっとワイルドすぎるかなとは思った。どちらかというとアスリートみたいに見える。
僕たちが慌てるのがおかしかったのか、秋穂さんはからからと笑った。
「良いって、割とよく言われるしね。これでも一応看護学校では成績優秀だったんだよ?」
そっちのほうがむしろ驚きだったけど、もちろん黙っておいた。
「すごいなぁ、私、看護師さんって憧れちゃうなぁ」
「優菜ちゃんならイメージぴったりだ」
こうして話していると、ふたりは仲の良い姉妹みたいに見える。ついさっきまで死ぬか生きるかのやり取りをしていたのに、共通の目的ができるとこんなに距離が縮まるのか。
これなら本当に仲間を集めて、協力しながらこのゲームをクリアすることができるかもしれない。
そんなことを考えていた時、突然脳内にアナウンスが流れ始めた。
『現時刻より1時間後に禁止エリアを設定します。警告エリアのプレイヤーは速やかにエリアを移動してください』
僕はすぐさまメニュー画面を開く。現在地の表示は、最初に見た時は安全だった。安全って言い方がずっと引っかかってはいたんだ。
僕の想像は、悪いほうに当たっていた。現在位置のステータスが警告に変わっている。
「クソっ! 危険エリアまであるのか!」
「何? 何が起こってるの?」
「危険エリアって何?」
ゲームに明るくない柊木さんと秋穂さんは状況がわからないらしく、ただおろおろとしている。
「このゲームは僕が知ってるゲームと似てるんですけど、この島はかなり広い。参加者がいくら多いって言っても、人数が減ってくればそもそも遭遇率が低くなる。だから、立ち入り禁止エリアを増やしていって、フィールドを狭くしていくんです」
「ひとところに隠れてるわけにはいかないんだね」
「危険エリアにいるとどうなるの?」
「……死にます」
僕の言葉にふたりは言葉を失った。
「とにかく、ここが警告エリアってことは安全なエリアに移動しなくちゃいけない」
まだ軽く眩暈はするけど、立ち上がれないほどじゃない。戦って負けるならまだしも、危険エリアで死ぬなんて死んでも死にきれない。
僕たちは休息もそこそこに、建物を出て安全なエリアを目指して歩き始めた。
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