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2 勝利の条件

 指先が震える。ダメだ、狙いを逸らすわけにはいかない。


「クソっ! クソっ!」


 僕は地面に尻餅をついた。ダメだ、出来ない。僕に人を殺すことなんて。たとえこれが生き残りを懸けたサバイバルだとしても、ゲームじゃない、本当に死んでしまうんだから。


「う、ん……」


 力なくうなだれていると、気を失っていた女の子が身じろぎして目を開けた。綺麗なアーモンド形の黒い目だった。


「私……あっ!」


 朦朧としていた意識が戻ったらしく、僕を見るなり飛びのいた。その瞬間、太ももの隙間から何か見えた気がするけど胸の奥にしまっておく。


「あ、えっと」

「来ないで!」


 女の子はそう叫んで僕に指を向ける。しかし、その指に何も嵌まっていないのを見て呆然とした様子で力なく腕を降ろした。


「これ、ごめん。預からせてもらってる」


 僕が女の子から抜き取った指輪を見せると、彼女はじっと僕を睨みつけてきた。


「どうして殺さないの? まさか、乱暴するつもり? そうだよね、抵抗もできないし……」

「ち、違うよ!」


 あらぬ疑いをかけられて、慌てて否定する。そんな悪役ポジにされるのはごめんだ。でも、彼女にしてみれば僕が生殺与奪権を握っているのだから警戒するのは当たり前だろう。


「殺し合いとか、いきなりそんなこと言われても出来るわけないだろ。僕の身の安全のために指輪は預からせてもらってるけど、殺すつもりなんてないよ」

「でも、最後のひとりになるまで殺し合うのがルールでしょ。結局、ふたり一緒には生き残れないんだよ」


 敵意がないことは伝わったのか、彼女の態度は幾分か和らいだ。

 そして、彼女の言うとおりだ。僕たちは最後のひとりになるまで戦わなくてはならない。それが最初に提示された、ただひとつのルールなんだから。


「殺すのも、殺されるのも嫌だな」

「私だってそうだよ……」


 そう呟いて涙ぐむ。僕だって泣きたい。美人はこういう時サマになるから得だ。


 でも、いつまでもこうしているわけにもいかない。こうしているあいだにも状況は進んでいくし、また別の誰かと遭遇したら本当にどうにもならない。


 僕は彼女の指輪も嵌め、指を向けた。観念したように彼女も両目を閉じる。ありがたい。目が合ったりしたら一生夢に見そうだ。


「ごめん」

「……君のせいじゃないから」

「本当にごめん」


 心の引き金に手をかけ、引き絞る。光の弾丸が発射され、狙い違わず彼女の胸に吸い込まれたそれは――そのまますり抜けて背後の地面にまた穴を空けた。


「「えっ!?」」


 僕たちは同時に声をあげ、地面の穴を見つめる。確かに当たった。今度は軌道を見ていたから間違いない。どういうことだろう。


 首を捻っていた僕は、またピエロの言葉を思い出した。


 ――それはあなたたちの命にも等しいもの。


 衝撃が走った。突然目の前の霧が晴れたようだった。


「そうか! そういうことか!」

「え? どういうこと?」

「ピエロの言葉のとおり、この指輪は僕たちのライフだったんだ。えっと――ごめん、名前も聞いてなかった」

「あっ、優菜。柊木優菜」

「良い名前だね。僕は長谷川ユウト。で、だ。柊さん、ステータス画面を開いてほしい。イメージすればできるはずだよ」


 興奮して早口でまくし立てる僕にやや気圧されながら、柊木さんがステータス画面を開いた。

 そこに示されていた状態は『死亡』。僕の想像のとおりだった。


「最初に渡された試練の指輪。これは僕たちのライフだ。僕たちは死んだら当然死亡だけど、試練の指輪を失くしてもゲームの参加権を失って『死亡』なんだ」

「それってつまり」


 柊木さんも事情が呑み込めたようだ。その顔に明るさが戻っている。


「柊木さんはもうゲームの参加者じゃないから、これ以上死ぬこともない。つまり、頑張ればみんな生き残れるんだ!」


 わけもわからないままデスゲームに参加させられて、初めて明るいニュースだった。そして、当面の目標も出来た。僕たちは出来る限りプレイヤーを無力化して、指輪を取り上げる。そうすれば相手は死なずにこのゲームを終わることができる。


「そうと決まれば行動を開始しよう。近くに5人くらい降りるのを見た。ひとりが柊木さんだとして、まだ4人プレイヤーが近くに潜んでるはずだ」

「わかった」


 立ち上がる柊木さんに手を貸し、ふたり連れ立ってとりあえず建物が見えた方角へと歩き出す。


「長谷川くん」

「ん?」

「ありがとう。私、最初に会ったのが長谷川くんで本当によかった」


 そう言って柊木さんは僕の手を握った。ひんやりとした、柔らかい手。


「頑張って、みんなで生き残ろう」


 僕は真っ赤になった顔を隠すように慌てて柊木さんから顔を逸らし、足早に彼女の前を歩いた。


 × × ×


「ねえ、長谷川くん、これ」


 しばらく森の中を歩いていると、僕の反対側を見ていた柊木さんが何かを見つけて足を止めた。僕が後ろから覗き込むと、柊木さんが指さす木の洞に、何かが挟まっているのが見える。引っ張り出してみると、それは指輪だった。乳白色ではなく、紫色の石が嵌まっている。


「落ちてるってことは、たぶん何か効果があるはずだけど」


 とりあえず試しに嵌めてみた。さすがに呪いのアイテムってことはないだろう。


『スペシャルリング。アクティブスキル:刹那の見切り(フルアドレナリン)を獲得しました』

「うわっ!」


 唐突に機械音声が頭の中に流れるとびっくりする。


「大丈夫?」

「うん、びっくりしただけ」


 柊木さんが心配そうに顔を覗き込んでくるけど、近い! 普段あんまり美人とお近づきにならない僕には慣れない距離感だ……。


「これがスペシャルリング。アクティブスキルとか言ってたけど、つまりパッシブスキルもあるのか。名前から察するに、周りがスローモーションに見えたりするのかな? だとしたらかなり強い能力だ」


 ゲーム脳の回転が早まってくる。どうも、こういう単語が出てくるとついついこれがデスゲームであることを忘れて、新しいゲームを初めてプレイするような感覚になってしまう。我ながら悲しい。


「長谷川くん、こういうの詳しいんだ?」


 柊さんはあまりこの手のゲームに触れていないらしく、素直に首を傾げている。


「うん、似たようなゲームにハマっててさ。自分で言うのもなんだけど、結構得意なほうだと思うよ」

「すごい! 私なんてちんぷんかんぷんだよ」


 それで首尾よく最初の試練を通過出来たんだから、かなり勘が良いのかもしれない。


「頼もしいね」


 と、笑う柊木さんに曖昧な笑みを返し、僕も最初に会ったのが柊木さんでよかったと思った。彼女のおかげでこのゲームの抜け道に気付けたし、前向きな気持ちでゲームに臨むことができる。それに、こんな状況でひとりはやっぱり心細い。


 こうして、僕は過酷なデスゲームに挑む仲間と新しいスキルを手に入れ、初めての本格的な戦闘に向けて頭のスイッチを切り替えた。

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