1 ピエロと指輪
新連載です。応援よろしくお願いします!
「これからあなたたちには殺し合いをしてもらいます」
どこかで聞いたセリフだ。あまりにも現実味がなくて、思わず笑ってしまう。
薄暗い部屋の中、頭上に映し出されたピエロの立体映像を眺めながら僕――長谷川ユウトが最初に考えたのはそんなことだった。
状況はさっぱりわからない。いつもと変わらず高校に向かっていた僕は、気付いたらこの薄暗い部屋の中にいた。周囲を伺うと、僕のほかにも人影が見える。それもかなりの数。たぶん、僕と同じように連れてこられた人たちだろう。
「まず、右手の指輪をご確認ください。それは『異能』が込められたマジックアイテムであり、最初の試練であり、あなたたちの命にも等しいものです」
ピエロに促されるままに右手を見ると、手のひらの中に飾りっ気のない指輪が入っていた。台座に嵌められた乳白色の薄っぺらい石が、特徴といえば特徴だろう。マジックアイテムと言われても全然ぴんと来ない。
「ルールは簡単です。最後の一人になるまで殺し合う。それでは、ゲームスタート」
え?それだけ?
と、思うのも束の間、僕たちが立っている地面がゆっくりと裂け始めた。薄暗さに慣れた目には痛いほどの光と、思わず倒れてしまいそうなほどの強烈な風が隙間から吹き込んでくる。
そして、僕たちは成す術もなく上空へと放り出された。
「うわああああああああああ!」
寒い! 冬服とはいえ、スカイダイビングの体感温度には当然耐えられない。それに、パラシュートも何もないんだからこのままじゃ地面に激突してしまう!
何か、何かないのか。
混乱する頭を必死に働かせると、さっきのピエロの言葉が浮かんできた。
――それは最初の試練。
そうだ、指輪! 僕の右手には、この強烈な風圧の中で奇跡的に指輪が握り締められていた。真綿の中でもがくように自由にならない指先で、吹き飛ばされないように震えながら指輪を右手の人差し指に嵌める。
『プレイヤーを認証。試練の指輪。スキル:魔弾(弱)・落下速度緩和』
指輪を嵌めた瞬間、脳内に機械音声のようなものが流れた。そして、今まで全身を襲っていた猛烈な風が止む。どうやら僕の判断は正しかったようだ。
目に見えて落下速度が落ちたことで、周囲を見渡す余裕ができた。
周囲にはぽつぽつと白い羽が輝いていて、おそらくあれが僕の背中にも生えているのだろう。見えないけど。そして、下のほうには既にゴマ粒のように小さくなってしまった人影も見える。
「マジか……」
眼下に広がる光景に、僕は思わずうめき声にも似た呟きを漏らす。
見渡す限りの海。そして、僕たちが落ちているのはその中にポツンと浮かぶ孤島。とはいえ、面積はかなり広い。端から端まで十数キロはあるだろう。そんな島のあちこちに、僕たちは風に流されて落下していた。
この光景には見覚えがある。僕がやり込んでいるゲームにそっくりだ。さっきのピエロの『殺し合い』の内容も大体見当がついた。
僕は改めて、周囲の羽の位置を確認した。ほとんどがかなり遠い。でも、割と近い位置に着地しそうな羽が、およそ5人。たぶん、これが当面の『敵』ということになる。
× × ×
僕が着地したのは見通しが悪い森の中だった。上から見た感じだと近くに建物がいくつか見えたけど、そちらに向かう羽が見えたからあえて離れた位置に降りた。
「さて、ルールを確認しようかな」
ピエロの話だと、参加者が嵌めているこの指輪は異能が込められたマジックアイテムらしい。この指輪に込められている異能のひとつは落下速度緩和。スカイダイビングしてもこうして五体満足で着地できる程度の速度に緩和してくれる。これはつまり、高いところから飛び降りても平気ということだろうか? 余裕があれば調べたい。
もうひとつの魔弾(弱)が問題だ。おそらくこれが武器ということなんだろうけど、当たりなのか外れなのかがわからない。まあ、当たりだったとしても積極的に殺し合いをする気には全然なれないけど……。
がさっ!
「誰だ!」
背後の茂みから物音がして、僕は咄嗟に右手の人差し指を突き出してハンドガンを構えるようなポーズをした。いや、これが正しいかわからないけど、やり方がわからないから気分だ。
茂みは動かない。でも、気のせいとか風のせいとかそういう感じじゃなかった。まだ全然能力も把握できてないのにいきなり敵と遭遇するなんて最悪だ。でも、よく考えたらそれは相手も同じはず。
「ごめんっ!」
頭の中で引き金を引くと、突き出した指先から光の弾が発射された。それはさながら剛速球のようなスピードで茂みに飛び込む。
「ひゃあっ!」
どしん、という想像以上に重い音と同時に、かなり若い感じの女の子の悲鳴があがった。
「当たっ……た?」
しばらく様子を伺ったけど、反応はない。僕は恐る恐る右手を構えたまま茂みを迂回し、声がしたほうを覗き込む。すると、僕と同じようにブレザーの制服に身を包んだ女の子が仰向けに倒れていた。
殺してしまったのかと一瞬全身の毛穴が開いたけど、よく見たらスカートの裾から覗く足の間にこぶし大の穴が空いている。(弱)でこの威力、まともに直撃すれば骨折程度じゃ済まないかもしれない。
「この子もプレイヤーか」
少し申し訳ない気もしたけど、僕は気を失っている彼女を観察した。
明るい茶髪のセミロングで、モデルみたいに手足が細くて長い。もっと言うと顔立ちも結構整っていて、クラスに居たら人気者間違いなしって感じだろう。そのほっそりとしなやかな指には、僕と同じデザインの指輪が嵌まっている。間違いない、プレイヤーだ。
服装からして高校生みたいだけど、微かに上下しているその胸はちょっとクラスメイトには居ないサイズだ。簡単にまとめると、まあ現実離れしたスペックの持ち主だということになる。
とりあえず、僕は彼女の指から指輪を外した。たぶん、この指輪はプレイヤーの指に嵌まっていないと効果がない。さもないと落下していった人たちと僕たちのように羽が生えた人たちとの違いに説明がつかない。
指輪さえなければ普通の女の子と変わらないはず。僕は彼女によって中断されていた確認作業に戻ることにした。
「とりあえず、なんかメニュー画面みたいなのはないのかな」
そう思っていると、目の前に半透明のディスプレイが浮かび上がった。これも指輪の機能かな?
表示されている情報にざっと目を通す。
〇 状態:良好
指輪:(メイン)試練の指輪
:(サブ)なし
:(スペシャル)なし
現在地:安全
持ち物:なし
64/100
「持ち物と指輪は別の扱いなのか。服とかが表示されないってことは、何かゲームに関係あるアイテムが表示されるってことかな。指輪も3種類に分かれてるけど、ゲームと同じ感じならこの島の中に何種類かの指輪が散らばってるから多く集めたほうが有利ってことかな……」
そんな思いを巡らせながら最後の数字を見た瞬間、思わずゾッとした。
たぶん、これは残りのプレイヤーの数だ。まだ着地から時間が経ってないはずなのに、半数近くがもう脱落してる。墜落死が相当数いたってことか、もうやり合ってるのか。
「もし、やり合ってるんだとしたら相当出遅れたことになるけど、なんだよ、みんなそんなに積極的に殺し合いなんて参加できるのかよ……」
僕は頭を抱えながら、傍らで気を失っている女の子のことを思い出した。
そうだ、これは生き残りを懸けたサバイバルなんだ……。
右手の指先を彼女の胸に向ける。せめて、苦しまないように――。




