6.語ったヒーローに変身しよう
その日は朝から慌しかった。
バードキャプターとの出会いの翌日は、乗せられるがままに優希の登校風景を少し後ろから眺めていた晶だったが、これストーカーじゃね、と自分の現状に気付いてしまい、もう少し距離をとっておこうと決意することになった。
それはさておき。
そんな決意の日から1週間が過ぎ、いたって平穏な日々を過ごしていた晶達ではあったが、その日は違った。
「ヤバイ!」
起きるなり開口一番、そんなことを叫びだした晶。時間は8時30分。遅刻間際である。というか、遅刻は確定だろう。
彼を責めることなかれ。
何せ、いつ来るとも知れない敵に対し気を張り続けていたのだ。疲れは溜まっていて当然である。
だが、学校は待ってくれない。慌てて制服を引っ張り出そうとしたところで気付いた。
「今日、休みだった」
ふう、と溜息を吐く。いつもならこのまま2度寝にはしるところだが、何となくそんな気にはなれなかった。
「勉強しようかな」
つい先日、好きな子のために頑張ろうと決めたのだ。もっと誇れる自分になるための努力だってしていこうと決めたのだ。だったらやるべきだ。
県外に出ることを覚悟していても、それでも県内に残るための努力は最後までしていくべきだろう。
そんなわけで、着替えて部屋を出た晶は手早く朝食を済ませ、身支度を整えた後、図書館に行ってくると家族に伝えて家を出た。
「今日は暑いな」
季節は初夏。もうじき梅雨が来るだろう。
『今日は28℃まで上がるぞ』
「それは暑いな。早く図書館で涼もう」
バードキャプターとそんなやり取りを済ませ、晶は自転車に跨り、図書館に向けて漕ぎ出した。
公立の図書館というのは多くの場合、役場などに隣接している。少なくとも、鳥取県の自治体はそんなところが多いと思う。境港市もそうだ。
そして、静かで涼しいという理由で、そこを勉強場所に選ぶというパターンはそう少なくはないだろう。
つまり、同じ高校の同級生で意中の相手と出会う確率はそう低くはないのだ。もっとも、逆も然り、なのだが。
「あ、足立君だ。勉強?」
今回は出会えたようだ。
「うん。松本さんも?」
優希は頷き返して場所を変えよう、と一般の閲覧コーナーから勉強用などにされている部屋に移動した。
「米子は広いんだけどね、この部屋」
「だよなぁ」
小さな会議室程度の部屋だったが、人気はない。ある意味ではそれは都合がよかったのかもしれない。
因みに、米子市の場合はこれより広く、机がたくさん並んでいる。当然、人口等の規模から高校も多くが米子にあり、さらには大学の医学部も存在するためこちらを利用する人は多い。
「足立君は何が苦手なの?」
「俺は物理が苦手かな。公式の意味が分からなくて」
正確には得意科目と言えそうなものがない、である。全科目それなりの点を取れるが、決して優秀とは言いがたいのが晶の実力である。器用貧乏、とでも言えばいいのだろう。
対して優希の場合は単純である。
「私、美術系が駄目だけど、美大に行くわけじゃないから試験には関係ないんだよね」
こちらの場合は実技科目が苦手で、座学に関しては非常に優秀だった。そんな彼女の志望校は鳥取大学一択だった。
「あのさ、私でよかったら見ようか? 足立君より成績いいのは分かってるし」
「俺としては助かるけど、いいの?」
晶としては願ったり叶ったりな状況ではあるが、彼女の邪魔をしたいわけではないことを考えると素直に受け入れることに若干の抵抗があった。
因みに、バードキャプターはその音声が携帯から発せられることから図書館や学校では喋らないように言い含められている。どうしても何か伝えたいならバイブレーションで意思表示をすることが約束となっている。
なので、この状況に口を出したいバードキャプターではあったが、それがどうしてもではなかったため静観することにした。
「いいよ。よく言うでしょ? 教えるのも勉強になるって。あれ、意外と本当なんだよ。もう覚えたことでも人に説明をすることでもう一度噛み砕いて覚えなおすことができるって」
それに、と思う。
県内での進学を晶が諦める、ということは狙っていたのは国立大学ということになる。他なら別に晶の成績でも入学は出来たはず。つまり、進学先は優希と一緒、ということになる。
お互いが、相手に対して郷土愛を語る相手にしか思われていないと思い込んでいるため、晶だけではなく、優希も憎からず想っているということに気付いていない、両片想いの状況下にある2人。
当然、お互いにどこまで踏み込んでいいかも分からず、奥手すぎるアプローチを展開し、周りから生暖かい目で見られていることにも気付いていない。
このことにはバードキャプターは気付いており、今の2人が考えていることも分かっていた。
単純である。
離れたくない。その一点に尽きる。
勉強は昼過ぎ頃にお開きとなり、一緒に帰ることになった。
当然といえば当然なのだが、一緒でなければバードキャプターとして戦えないのでこの日までの学校のある日は部活も含めて一緒に行動していた。
そういう意味では、今日のような休日にどうするのかが定まっていなかったので、受験勉強という理由で一緒に行動するという大義名分を得られたのは2人にとってもいいことだったのだろう。2重の意味で、だが。
しかし、と晶は思う。
(これ、いわゆるデート、と呼ばれるものではなかろうか)
傍目にはどう見てもデートである。
が、こういうのは得てして上手くはいかないもの。何せ、相手は夫婦関係で破綻し、お互いに呪いを掛け合った存在。リア充爆発しろ、と叫んでいてもおかしくない相手である。
となれば、
「うわ、出た」
醜女が出てくるのも必然ではないだろうか。
『晶、優希。やるぞ』
だが、この状況がこの2人と1柱を結びつけ、2人の関係性を強めたのだ。出てくることは悪手でもあった。
「よし、松本さん、転送はよろしく」
「うん」
一歩下がる優希と、一歩前に出る晶。
晶はスマホに表示されたバードキャプターの頭部をタップし、叫ぶ。
「フォーゲルヤークト!」
その叫びとともにスマホの中のバードキャプターは電子データであった彼は実体化し、晶の体に装着されていく。同時に、優希のスマホ画面には彼の装備が一覧で表示され、いつでも転送が可能になった。
そして、晶の体に完全に装着が施され、バードキャプターとして地に立った。
「地を駆けるは獅子の如く。天を駆けるは鳥の如く。海を駆けるは魚の如く。バードキャプター、見参!」
1人で考えていた名乗り口上を述べ、醜女に指を突きつける。
「溢れる郷土愛、見せてやる」
今回は少し短いですがここまで。
変身まで、ですね。