3.現実になったヒーローになろう
一瞬、時が止まったかのようだった。
だが、画面の中のバードキャプターは構わず喋っている。
『早くせねば、あの醜女に連れて行かれるぞ』
少しずつではあるが、晶たちに向かって距離を詰めてくる不審者改め醜女。
『どうした!』
バードキャプターは急かすが、晶は自分でとんでもないことをしたことに気付いた。
そもそも、晶は趣味の範疇ではあるが、ヒーローを描くのが好きだ。特に、日本のヒーローはアメリカと違い、顔を出す必要がないので好き勝手できる。
だが、晶がするのは描くことだけだ。そこに細かい設定やスペックを作るようなことはしない。そもそも、SFにせよファンタジーにせよ細かいことは気にせずに単純に楽しいというだけでしか触れていない晶だ。設定厨ではない、と自分で分かっている。
そう、変身の方法などを全く考えていないのだ。
「何でバードキャプターが生きてるかは知らないけど、俺、お前を描いただけで、お前がどんな風に戦うかなんて考えてないんだ」
『何と! では、次に備えて考えるのだ。今回ばかりは私が解決しよう』
こうなってからは早かった。何せ、現在のバードキャプターはスマホの中で、そのスマホは晶が握り締めていて。
『私は君の、君たちの熱い郷土愛を糧にする付喪神だ。君たちがその郷土愛を失わない限り、私は存在し続ける。そして、昨日、ついにその器となるべきものが出来上がった』
「ま、まさか」
話を聞きながら、優希が気付く。
『その通り。晶、君の描いたこのバードキャプター、これが私の器となった。これは、君のための力だ。だから、思う存分に使い、この地を守るのだ』
そこまで言って、バードキャプターはスマホから強烈な光を放った。
この光はギリギリまで迫ってきていた醜女を吹き飛ばし、晶の姿を郷土愛の戦士、バードキャプターへと変えていた。
「うわぁ」
流石に、郷土LOVEとはいえども、この光景には若干引く優希だった。
「え、マジ?」
一方、姿を変えられた晶は再度迫ってきていた醜女を殴り飛ばし、自分の体ではない、あまりに強力になっているそれに恐れを抱いた。
『ふむ。流石に戸惑っている以上は思っていたほどの力は出せぬか』
冷静なのはバードキャプターのみ、というなんとも言えない状況になっていた。
『取り敢えず、あと1発で墜ちるであろう。何か手頃な武器を選ぶのだ』
「あ、あぁ」
取り敢えず、先ほどまでの脅威であった醜女を倒すため、自らデザインした武器を選ぶ。
「なぁ、あいつって爆発するか?」
『するわけがない。砂のようになって終わりだ』
「ならいいか」
晶が選んだのは銀鮭の剣だった。スマホ画面に表示されている剣をタップすると目の前の地面に突き立って現れた。
『名前は後ほどきちんと決めるのだぞ。何だ、銀鮭の剣とは』
その剣を掴み、軽く振ってみる。軽いのだが、何故か活きがいいと言いたくなる晶だった。
「いちいち締まらないな。まあいいか」
言って、少し先で起き上がっている醜女に向かって駆ける。
「せいっ!」
そして銀鮭の剣を振り抜き、醜女が砂のようになって散っていったのを確認すると、バードキャプターが変身を解除させた。
『では晶よ。今後のためにもきちんと決めるべきものは決めてもらおうか』
「こっちも、聞くべきことは聞かせてもらわないと」
「うん。流石に巻き込まれたからには私も聞きたい」
と、当然のようにチュートリアルが始まることになった。
コンビニで適当に飲み物を買い、近くにあった公園のベンチに腰掛けて2人の間にバードキャプターの入ったスマホを置く。
「えーと、付喪神だっけ?」
第一声は晶だった。まぁ、自分の描いたもの、自分のスマホ、自分自身と、一番変化の大きいものは全て彼のものなのだ。訊かずにはいられないのだろう。
『うむ。元々、君たち2人の非常に強い郷土愛によってほぼ出来上がっていたのだよ。そこに、このバードキャプターという更に郷土愛の詰め込まれた器が出来上がったが故に、こうして君たちと話すことができた、というわけだ』
結局、原因は晶の溢れる郷土愛と優希の郷土LOVEである。
「で、さっきのは?」
『君たちは、この地に伝わる神話を読んでいるね?』
2人とも強く頷いた。国造神話はこの2人の郷土愛に強く引っかかるのである。隣の島根の割合が多いのだが、それでも隣と近い上に、鳥取で起きていたり、関わっている事例も多い。
『当然、黄泉津平坂の件はよく知っているね』
「勿論」
「あれ、結構ラノベ的盛り上がりのシーンだよね」
案外、現代日本でライトノベルが流行るのは神話という下地があるからなのかもしれない。
『ラノベかどうかはさておき、わかるであろう? あれが醜女だ』
あー、とでも言いたげな表情の2人。当然、話は終わりではない。
『君たちの話はずっと聞いていた。優希、君の話していた夜逃げの話、あれは醜女の、いやその上の起こした行動だ』
部活中に話していたこと、行方不明になった家族の話である。
『神話を知っているならば、この世に【死】が産まれたときのことも知っているね』
「千曳の岩で隔てられた国産み二柱の神が互いにかけた呪い」
「あなたの愛する子を、これから毎日千人殺そう」
「ならば、私は毎日千五百人産もう」
そして、非常に重要なことだが、千曳の岩と呼ばれる物は日本全国、各所にあるとされる。
だが、2人は知っている。すぐ隣に、それがある。それどころか、黄泉津平坂とされた場所があることも知っている。鳥取県内にもあるが、そちらが眉唾であることもよく知っている。
『やはりよく知っている。その呪い、逆転しようと画策する者がいる。当然、誰であるか言うまでもなかろう』
当然だ。そんなもの、呪いをかけた本人以外に誰がいるのか。
『私からの説明は以上だ。これ以上は最早必要あるまい』
「待って。呪いの逆転って言うけど、どうしてここなの?」
『む? 簡単であろう。ここが最も少ないからだ』
人口最少の県。その事実は呪いの前でさえも変わらなかった。
『まあ、それだけではないがな。ここが最も少なく、黄泉に近いだけのこと』
千曳の岩は、島根県の東側、つまり鳥取側に非常に近い。それも理由であった。
『それより、晶よ。決めるべきは決めたか』
バードキャプターは曖昧なままの己の設定を決めるよう晶に促す。
だが、晶にはそれが納得がいかない。
「なあ。何で俺なんだ。確かに、俺には溢れる郷土愛がある。その郷土愛がお前という付喪神の源になるのもわかる。だけど、何で俺が戦わなくちゃならないんだ」
『違う。晶。君じゃなきゃ駄目なんだ。私は、君たちの郷土愛によって作られ、君によって描かれたこのバードキャプターという器を得てこうしてここにいる。だが、私は実体を持たない。持ったとして、君たちでは自在に動く私の器を作ることは出来ないだろう。
そして、君が他の誰かに器を作らせたところで、それは君の郷土愛によって生み出されたものではなくなる』
画面の中のバードキャプターは晶に向かって指を突き出し、言う。
『私がアレと戦うには、君の助力が必要だ。君でなくてはならないんだ』
バードキャプターはそれに、と続けた。
『君が世界を救う。私は分かっているぞ。君は未だに中二病患者だ』
もうぐうの音も出なかった。そして、心躍る自分がいることも否定できない。
「畜生。松本さんの前でばらしやがって」
悔しそうな晶だったが、優希は内心で思う。知ってた、と。
変身方法と優希によるバックアップ方法を決めるはずが、そこまで辿り着かない。
少ない文字数でサクサク、淡々と進める方向なのでこれくらいが切りどころだったりします。
シリアスさんは在住ですが、出来るだけ希薄にして悲壮感もできるだけ希薄にして進めたいです。