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バアルのようなもの。②

簡素な会議室のような場所、俺は椅子に座って居た。室内は眼球が痛くなる程に明るかった。

ホワイトボードに知らない国の言葉で何かが書いてあるが、何となく俺には酷く汚い、特定の誰かを詰り罵る言葉なのだと読めた。縦に並べられたテーブルの上、拳くらいの大きさの黒い(ひきがえる)が、目が合った俺をじろりと睨んだ。それよりも一回り程大きく脚の長い蜘蛛が天井で無数に蠢いている。強い硫黄の臭い。何故かそれらは不快ではなかった。

対面で不機嫌そうな女が頬をつきながら書類を眺めている。その佇まいが俺よりずっと歳上の様に感じたが、証明が強くてはっきり顔が解らない。スーツの下で身体付きは幼くも見えるし、もしかしたら俺よりも歳下なのかも知れない。はっきりしているのは、女の頭には外側に向かって渦巻く巨大な角がニ本ある事だけだった。


「六六六躯君・・・うん、なんて読むのこれ、ムツムギムクロ君?凄い名前だねお前。歳は十六歳、若い!六人家族の四人兄弟、末っ子、殆ど育児放棄同然に扱われ家出を試みる事六十六回、自殺未遂六回、小学校から高校まで六年間クラスメイト達から執拗な虐めを受け、なる程中々よきよき。よきぞ。よきにはからえ。そう緊張するな。元気出していけ」

「ここは地獄ですか」

「よく知ってるね。そうだよ、地獄。生前、万物から忌み嫌われた者だけが訪れる魂の刑務所。処刑場。若いのにこんな所まで御足労ご苦労様です!」

「貴方は所謂、閻魔大王様です?」

「んな訳ねーだろばーか。もっと考えて口聞け。で、お前どうしたい?」

「どうしたいって、どうなってるんですか。まず、俺は」

「死んだよ。殺された。なんかそっちでお仕事頑張ってる低級悪魔の癪に触ったらしい」

「なる程、殺されましたか。急な事なんで実感全く無いです。で、どう出来ます?」

「別に好きにさせてやるよ。このまま死にたいか、もう一回生き返りたいか」

「さっきまで死にたくなかったような気もするんですけど、今としてはどうだろう。楽な方がいいですね」

「現代っ子かよ。何かお前、死んでも生きてても同じって感じでムカつくよ。何かやり残した事ないのかよ」

「地獄でもバンドメンバー集められるならまあ・・・」

「あー駄目駄目、そう言うの。最初は皆千年コースで苦痛を受けて貰うことになってるから。その後は一億年コースでまた苦痛を受け、あたし達みたいに魔人になるか力を付けられず低俗な悪魔になるか、お前次第だけどその流れで残りの余生が消し飛ぶから」

「じゃあ・・・生きてメタルやりたい・・・です」

「あっそ。まああたしは何でも良いけどね、契約だけしてくれれば」

「契約ですか」

「そう、契約。悪魔と契約ね。ゲーテとかちゃんと読んだことある?さて、ここから大事な話になるからよく聞いてね、躯君。あたしはお前の願いを叶えてあげます。だからお前もあたしの願いを叶えて下さい。ちょこっとだけ、そっちの世界であたしの手伝いをして欲しい」

「まあ面倒な事じゃ無いなら・・・わかりました。お願いします」

「よし!決まりー。それでは躯くん、あたしの名前を言ってみろよ」

「自分で言ってくださいよ・・・」

「魔人は自分から名前を教えない」

「はあ・・・じゃあサタンで」

「ブッブー。今時サタニストなんて流行んねえよ。制限時間六十秒、チャンスは四回まで。あと四十四秒・・・チッチッチッチ」

「バフォメット?」

「ブッブー。それお前の事殺した二人組。三十二秒・・・チッチッチッチ」

「えー・・・マジかよ、じゃあベルゼブ・・・」

喉奥から何か蠢いている物ががこみ上げて俺はそれ以上喋れなくなる。口一杯に尖った感触が群がり、頭の中で羽音。漏れ出た虫が目と鼻に飛び込んだ。蠅だった。

「そいつ嫌い」

「バ、ヴ、ァ、バ・・・ア・・・ル・・・ゼ、ブル・・・」

「もっとはっきり大きい声で。十、九、八、七」

「バアル!バアル・ゼブル!」


一生忘れないと思う。

素敵で不敵で無敵で意地悪で眩しくて俺の腰が砕けて脳が溶けて頭が駄目になってしまいそうな笑顔だった。マジで、超可愛かった。


「んふ。正解。助けてあげる」



何十個もある階層を示すランプはどれも切れる寸前で、黒く濁った黄色の光を出しながら六だけを指している。いつの間にかエレベーターに居た。


「永遠に下へ参ります。次のフロアは地下6666666666666階、契約コーナーでございます」

「さっきのスーツっぽいのもいいですけどエレベーターガールも似合いますね・・・ってか近くでよく見るとバアルさん美人なんですね、かなり角が邪魔っすけど」

「殺すぞ♡あと正確にはバアルのようで、バアルのようでないから。バアルのような・・・バアルアバター?難しいね、お前らの言い方に合わせるのは。微妙なニュアンスは心で感じてくれや」

「バールのようなものですか。どんな凶器なんですかね」

「狂気の二文字じゃあたしの事は何も語れないから知らなくてもいいよ、それより」


今度は担架か?俺はガラガラと音がする何かで運ばれているし、拘束されている。アメリカのドラマみたいな救命服に身を包んだバアルさんと、その額の汗を横からせっせと拭くバアルさんと、いつの間にか薬品臭のきついオペ室に入った。また別のバアルさんがパチン、と音を立てて手袋を装着していて、メスを両手に持ったまた別のバアルさんが・・・何人おんねん。


「お前が望むなら幾らでも用意できるよ」

「一人居れば沢山っす」


横を見ると手術台にバアルさんが横たわっている。同じようにして俺も管を口に捩じ込まれた状態で、乱暴に台上に打ち上げられる。


「心臓頂戴ね」


困ります。死にます。


「もう死んでるよ。お前の心臓とあたしの心臓を一つにする。本当言えばあたしには心臓無いんだけどね、はい!どーん!」


胸に手をぶち込まれた。それがどのバアルさんにやられたのか解らないが、グッチャグチャに掻き回され、痛みも恐怖も無いが、俺の心臓は産まれたての赤ん坊を取り出すように無影灯の下で晒され、少し弱々しく脈打っていた。


「綺麗な心臓してんじゃん。ありがとうね、これでお前が次に死ぬ迄あたしと一心同体だから。心臓だけにね、んふ」


つまんないっす。急速に眠気、意識が後方に引き掴まれて、目を塞いだ。またしても思考が途絶えた。際限なく拡がる暗黒が有った。




「おかえり、躯」

「ゲ、ヴォホッ、ォッ、ヴォホ」


自分に自分の感覚が帰ってきた。耐えられず、胃と腸が熱を持って暴れ回り、教室の床に昼食のカレーパンと苺牛乳の水たまりを作る。今迄のは何だったのか。


「吐くな吐くな汚い。あたしは万能で全能だけど人の世界だとエネルギーの消費が結構激しくて燃費悪いんだ、悪いけどお前の中に居させて貰うよ」

「あ・・・は・・・?あの二・・・人・・・組は・・・」

「ああ、食った」

「食った!?」

「お前が意識を戻す前に片付けといた。ご馳走様でした」

「いや、は!?学校の生徒が、は!?何!?殺したんですか!?」

「ゆっくり後で説明するけど、取り敢えず大丈夫」


理解が追い付かなくてもう一度気を喪いそうになった。何言ってんのこの人、つーか俺の胸、肋は!摩ってみたが俺の貧相な胸板は無事である。血も、出ていないし、痛みも何も無い。胃と喉が焼け付くくらいで、五体満足に四肢も繋がっている。教室を見渡しても、何処にも誰の血の痕跡が、無い。


「あたしと居る限りちゃんとお前の傷は治癒されるから心配いらないよ」

「なる程・・・わからん・・・」

「あのね、躯に一個謝らないといけないんだ」

「なんですこの後に及んで」

「服を着せる時間は無かったんだ・・・すまない」

「は?」

「演出凝りすぎちゃって手術台とかやったじゃん、全裸で」

「全裸で」

「丸見えなんだよね、今おちんちん」

「今おちんちん」


六六六君お待たせー!人もモップも借りてきたよー、と紅色先輩の声が廊下から聞こえた。そしてそれは直ぐに身も凍る悲鳴へと変わった。この教室が本当の意味での「地獄」だった。翌日から俺のあだ名は「暗そうな人」から「フルチンギタリストの躯」へと変わるのだ。

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