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4)本の塔~ビブリオ・タワー~


『――その瞳は漆黒、その髪もまた闇に染まり。

 魔王と呼ばれしその者を倒すべく、選ばれし七人の賢者は、各国を巡り力を蓄え――』



「………………、様…………ハー……様……」 


『知の賢者は魔王を倒すべく、知識を集めました。魔王を倒すには、七人の賢者と七つの秘法が必要だと分かりました。

 七つの秘法は――』


「……ハーナベル様………………ハーナベル様っ!!」


『――力の賢者は己が肉体を鍛え上げました。その強靭な筋肉からくり出される拳は、大地に亀裂を生じさせるほど。

 そのままでは賢者が世界を滅ぼしかねない状態に、調和の賢者は――』


「ハーナベル様、着きましたよっ!」

「あっ」


 高速魔導馬車の御者に、本を取り上げられました。

 いつの間にか、ビブリオ・タワーに着いていたようです。

 ついさっき家を出たばかりなのですが……本を読んでいると一瞬ですね。


「何度もお声をかけたんですよ?」

「申し訳ございません」

「ヴェルムート様に言われたとおり、最初からこうして本をとるべきでしたね」

「あら、あの子ったらそんな事を。何度か声をかけていただければ、気づく事もございますのよ?」

「…………栞を挟んでおきますね」


 わたくしの言葉に、御者の笑顔が固まりました。

 何故でしょうか。

 栞を挟んで本を返してくれたので、まぁ気にせずにいきましょう。


 高速魔導馬車を降りると、目の前にビブリオ・タワーの白い門があります。

 左右に大きく開かれた門は、本を愛する人々を受け入れています。


 ビブリオ・タワーはその名の通り、本の塔です。

 白石を積み上げて作り上げらた塔は、空の上まで登れそうなほどに高くそびえ、真新しい紙の色のように優しい佇まいです。

 外壁に螺旋階段がくるくると上に向かって作られていますが、この階段を使うことは滅多にありません。

 塔の内側にも螺旋階段があり、通常はそちらを使用します。


 塔の中段には、魔法陣が浮かんでいます。

 塔を輪切りにするかのような大きな魔法陣は、ビブリオ・タワーの最高管理人であるブック様の許可無しには通り抜けることが出来ません。

 外からも中からも、魔法陣に阻まれて登ることが出来ないのです。

 例外は王族関係者でしょうか。


 塔の最上階よりも高い位置に、もう一つの魔法陣が空に浮かんでいます。

 こちらは、中段の魔法陣よりも複雑です。

 塔全体を守る魔法陣となっています。

 この魔法陣のお陰で、外敵からの進入はもちろんの事、ビブリオ・タワーに収められた本を劣化からも守っているのです。

 

 今日もビブリオ・タワーは人々で溢れています。

 世界中から本を求めて読みに来るのですから、当然ですね。

 

 わたくしの乗ってきた高速魔導馬車を、幼い子供が興味深々に見上げています。

 この子も、読書好きになるのでしょうか。

 母親らしき女性はわたくしと目が合うと深くお辞儀をし、子供を連れてビブリオ・タワーへ入ってゆきました。


 ……裏門から入るべきでしたでしょうか。

 

 わたくしだけでならともかく、高速魔導馬車の中には多くの荷物が詰まれています。

 正門から入れるには、時間もかかり道も塞ぎ、読書好きの皆様にとても迷惑です。


「申し訳ないのだけれど、馬車を裏門に移動していただけるかしら」

「そうしたほうが良さそうですね。ハーナベル様も裏門にいらっしゃいますか? それともこのまま、ブック様にご挨拶に行かれますか」

「そうね、一緒に裏門へ回らせていただくわ」


 御者や使用人達だけに荷物を持たせるわけには行きません。

 わたくしの大事な本が積まれているのですから。

 本は、わたくしにとってかけがえの無い物ですが、重いのも事実です。

 出来る限り、わたくしも運ばなくては。


 ビブリオ・タワーの裏門は、流石に人通りがありません。

 門の横に取り付けられた水色のオーブに手をかざすと、オーブが淡く灯りました。


 オーブから、ちょっとだけ不機嫌そうな男の子の声が響きます。

 エニウェアかな?

 それともイズ?

 声だけだと、ちょっと分かりづらいですね。


『こちらは裏門となります。正門にお回りください』

「ハーナベルです。正門は混みあっていたから、裏門に回らせていただきましたの。開けてくださる?」

『待ってて、いま出るよ』


 慌しい気配と共にオーブの光が消え、塔の中から柔らかそうな白い髪を持つ赤い瞳の少年が駆け出してきました。

 ビブリオ・タワーの深緑のローブをきっちりと着こなしています。

 服装的にイズのほうですね。


 エニウェアとイズは双子の兄弟で、外見が良く似ているのです。

 鏡に写したかのようです。

 話せば分かるのですが、外見だけですと一瞬見分けがつきません。

 外見で見分けるとするなら、服装でしょうか。

 二人とも同じビブリオ・タワーのローブを身に纏い、ワイシャツにネクタイという出で立ちなのですが、エニウェアは少し着崩すのが好きなのです。

 イズの肩の上で、本ネズミがクチチッと鳴きながら首を傾げました。


「イズ、読書中だったのでしょう? ごめんなさいね」

「いいよ、今日来ることは知っていたしね」


 イズが肩に乗る本ネズミを、裏門の柱に刻まれた小さな魔法陣に載せます。

 そしてイズが呪文を唱えると、刻まれた魔法陣が光を得、音もなく静かに門が開いてゆきます。


 赤い瞳と白い体毛の本ネズミは、ビブリオ・タワーのお手伝いさんです。

 町でも見かける白ネズミに良く似ているのですが、本ネズミは魔法が使えます。

 この塔の中でしか見かけないのですが、たまに二足歩行で歩いていたりもします。

 ビブリオ・タワーの中で本を探していると、どこからともなくやってきて肩に乗り、目的の本棚に誘導してくれるのです。


 クチチッと再び鳴いて、本ネズミが門の柱からわたくしの肩に飛び移りました。

 指先でそっと触れると、嬉しそうに赤い目を細めます。

 指先に伝わる体温と、真っ白な体毛の感触が心地よいです。

 本ネズミ達はとても綺麗好きで、毎日お風呂に入ります。

 だからでしょうか?

 短めの体毛に指をそわすと、ふわりと石鹸の香りがします。

 数回撫でると満足してくれたようで、イズの肩に戻り、するりと滑るようにローブの胸ポケットに入りました。

 

 わたくしは高速魔導馬車に詰まれた荷物に、魔法を唱えます。

 風が、一つ一つの荷物を包み込むように流れてゆきます。

 これで、荷物はほぼ、重みを感じる事無く運べるでしょう。

 

 使用人と共に荷物を運び出すのを、イズも手伝ってくれます。

 ローブの胸ポケットから、塔のネズミが顔を出しました。


「ブック様は執務室かしら」

「今は空間転移中だよ。すぐには戻って来れないんじゃないかな」

「まぁ、コラパス・ワードが出現しましたの?」

「うん。今回は下層部に空間の揺らぎが発生して、急遽転移されて行ったんだ」

「そういえば先日も転移されていましたね。最近、多いのかしら……」


 コラパス・ワードは、この世界の貴重な本を狙う魔物です。

 異世界から空間を開き、転移してくるといわれています。

 黒褐色の肌と黒い皮膜の羽根を背に持つ異形の存在です。


 わたくしは、幼い頃に一度だけ、その姿を見た事がございます。

 丁度、このビブリオ・タワーを訪れていた時にですが。

 本をその身体に取り込み力を吸収する姿は、余り思い出したいものではございません。

 読むのではなく、取り込むなんて。

 そんな事をしたら、その本は二度と読めなくなってしまいますのに。

 許しがたい事です。


「最近というより、アイツ等がこの塔を狙うのは、建国以前からの話しだし今更だね。ハーナベルの部屋にはブック様が戻ったら案内してくれるはずだから、今日は僕の階層にある客間で我慢してね」

「あら、わたくしの部屋は中段の魔法陣よりも上層階ですの?」

「たぶんね。だってハーナベルは下層階の本は全て読みつくしているでしょう」

「えぇ、いまは第十二階層の本を読んでいますわ」

「ブック様の事だから、読んでいない階層に部屋を用意してくれると思うんだ。そのほうがハーナベルも嬉しいでしょ?」

「そうね。読んだ事のない本に囲まれて暮らせるのは、とても嬉しいわ」


 読み終わった本に囲まれているのも楽しい事ですが、まだ見ぬ物語に触れられる事もまた至福です。

 塔の内部、中央は吹き抜けになっていて、見上げるとガラス張りの天井から陽の光が降り注いでいます。

 壁一面にぐるりと本棚が設置され、陽の光が最もよく当たる中央広間には閲覧スペースが設けられています。

 本棚の上を通るように設置された螺旋階段を登り、わたくし達は第三階層へ向かいます。

 イズとエニウェアは、この第三階層の司書です。


「とりあえず、この部屋を使ってよ」


 イズが客間の鍵穴の横に設置された魔法陣の台座に本ネズミをそっと乗せます。

 そして呪文を唱えて部屋を開けてくれました。


 使用人達が次々と荷物を運び込んでくれます。

 ですが……。


「ん? どうかした?」

「わたくし、本ネズミはまだブック様から登録されておりませんの。部屋から出るときはどうしたらよいかしら?」


 本ネズミは司書になるとブック様から契約により一匹ずつ贈られます。

 もちろん、本ネズミが嫌がる司書であれば登録はされません。

 塔の中には数多くの本ネズミが暮らしており、相性の良い本ネズミと契約させてくれるのです。

 

 本ネズミの持つ魔法の力と、司書の扱う魔法。

 この二つが合わさって、二重の鍵となり各部屋は守られています。

 つまり、客室のこの部屋で未契約のわたくしが外に出てしまうと、イズかエニウェアに頼まないと部屋を閉めることが出来なくなります。

 

「あぁ、それなら大丈夫。この部屋はお風呂も洗面所も全部きっちり備え付けられているタイプだから、ハーナベルが外に出なくても過ごせるよ。

 ハーナベルが持ってきている本を全部読み終わった頃には、ブック様も戻られると思うしね」


 ちらちらっと、イズがわたくしの手荷物を見ました。


「イズ、良かったら一冊貸し出しましょうか。この中にまだ読んでいない本はあるかしら」

「やった、さすがハーナベル! 実は読みたくてうずうずしてたんだよね」


 テーブルの上に手荷物の本を並べると、イズが嬉しそうに選び始めました。

 

「あっ、ウェルの翻訳本! ……ってこれ、まだウェルでも発売されて間もないんじゃないか?」

「えぇ、そちらはわたくしの好きな作家の本でしたから、原作を読むときにエンデール語に翻訳してそのまま印刷製本をお願いしましたの」

「……ハーナベルって、そういえばお貴族様だった」

「あら、この塔の中では身分は同じでしてよ? むしろまだ正式に司書登録していないわたくしのほうが下ではないかしら」

「身分の上下よりも経済力がね。普通は翻訳してすぐに製本できないよ」

「でも、翻訳して出版しますと、利益率も素敵ですのよ? わたくし、お父様にとても喜ばれましたもの」


 翻訳の少ないウェル国の本を翻訳し、エンデール国で出版する許可は数年前にエンデール王家から頂いています。

 魅力的な本の数々を翻訳していく作業はとても楽しく、そしてカンタール伯爵領の良い収入源となりました。


「最近ウェル語の翻訳書が増えたのはハーナベルが原因だったのか!」

「原因、だなんて。読ませてあげませんよ?」

「ごめんなさいごめんなさいハーナベル様。この愚かなわたくしめに本を読ませてください」

「もうっ、イズったら。冗談ですよ」


 土下座しそうな勢いのイズに本を渡すと、嬉々として部屋を出て行きました。

 荷物を運んでくれた使用人達も一緒に出て行きます。


 きっとイズは、数時間は部屋にこもりきりですね。

 わたくしも、ブック様が戻るまで、読書をさせていただきましょう。

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