表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/16

8)落し物



 準男爵の子息が床に投げ捨てた本を片付けていると、見知らぬ本が目に止まりました。

 見慣れぬ文字のタイトルは、ティエーヴィア語で書かれています。

 他国の、ティエーヴィア国の本です。


 わたくしは、三階の本はすべて読み終えています。

 もちろん、読み終えた後に入荷されることもあるでしょう。

 本は日々、出版されているのですから。

 でも、新しく入荷した本は一階の貸し出し受付や、各階の受付カウンターに一月の間表示されます。

 わたくしが見落とすことはありえません。


 ですが、この本は見覚えが無いのです。

 それにティエーヴィア国の本であるなら、三階に置かれている事はまずありえません。

 エンデール語に訳されているならばともかく、これは原書です。

 七階以降に置かれているべき本です。

 そしてわたくしは、七階の本も読み終えています。

 

「ハーナベル、どうかした? 本が傷んでしまった?」

「イズ、この本に見覚えはありまして?」

「この文字からするとティエーヴィア国の本だね。でもハーナベルも知っていると思うけど、ティエーヴィア国の本なら三階にあるのはおかしいね」


 本をイズに手渡すと、イズも首を傾げています。

 三階の司書であるイズにも見覚えの無い本。

 一体どこから紛れ込んだのでしょう。

 

 イズが本の上に手を翳し、魔法を発動します。

 小さな魔法陣が本と手の平の間に浮かび上がり、黄緑色に輝きます。

 ですが、本には何も浮かび上がりません。


「誰かが持ち込んだのかな。魔法の反応もないね」


 ビブリオ・タワーの本には、すべて魔法の刻印が刻まれています。

 通常は目には見えませんが、司書が手をかざせば反応します。

 この魔法は、本の破損や劣化を抑えるのと共に、いまどこにその本が置かれているのかを探すことも出来ます。

 ですから、借りたまま返却しない借主がどこかに隠しても、きちんと取り戻すことが出来るのです。


 ティエーヴィア国のこの本がビブリオ・タワーの蔵書で無いなら、持ち主を探さなくてはなりませんね。

 わたくしもまだ読んだことのない本ですから、所在を明らかにして早く読みたいところです。

 流石にどなたかの所有物かもしれない本を、無断で読むことは出来ませんから。

 この本の正当な持ち主が、少しの間貸してくれたら有難いのですけれど。

 

「一階受付の落し物担当者へ回してきますわ。

 無くしたことに気づけば、明日にでも連絡が入るでしょう。

 本をなくして探さないなどということはありえませんから」

「そうだね。まだ真新しいし、探しているんじゃないかな」


 折り目やページの膨らみ等、使用感の一切無い本です。

 もしかしたら、持ち主もまだ未読かもしれません。

 

「あー、一階に持っていくのは待って。その本、レムナス王子のだと思うぜ」

「エニウェア、戻ったんだね。この本が王子の本てどういう事かな」


 声に振り向くと、イズにそっくりなエニウェアが、少し困ったような顔で立っていました。

 レムナス王子とお会いしたのでしょうか。

 そういえば今日は外出していましたね。

 恐らく貸し出した本の回収でしょう。


「塔の下で王子に会ったんだよ。その時、王子の持っていた紙袋が破れててさ。

 本が周囲に散らばっていたから、たぶん塔の中にいたときから破れてたんじゃねーかな」

「まぁ、本が落ちてしまっていましたの? 痛んではいないかしら」


 レムナス王子が本を持っている事に気づけませんでした。

 下を見た時も、レムナス王子を見てしまっていました。

 既に暗かったとはいえ、わたくしが本を見過ごすなんて。


「ハーナベル…………」


 イズが目を細めて、じとっとした視線を投げてきます。

 エニウェアもです。

 こうして同じ表情をすると、本当にそっくりで見分けがつきません。


「二人とも一体どうしましたの?」

「ハーナベル、本も大事だけれど、レムナス王子の事も心配してあげて。

 間違いで塔の上から突き落としたんだから」

「はぁっ?! 王子を塔の上から突き落としたって、イズ、それなんだよ?」

「さっきここでちょっと揉めてね。あぁ、王子と揉めた訳じゃないよ?

 ハーナベルに振られた腹いせに、殴りかかろうとする奴がいてね。

 塔の外に魔法でご退場願ったら、ハーナベルを庇ったレムナス王子が吹っ飛んだ」

「マジかよ…………」


 エニウェアが天井を仰いで遠い目をします。

 どうしたのでしょうか。

 エニウェアはレムナス様にお会いしているのですから、無傷な事は知っていると思うのですけれど。

 確実に無傷な彼のことよりも、周囲に落ちてしまっていたという本の心配をするのは、司書として当然のことです。

 わたくしは魔法陣で確実にレムナス様を守りましたが、存在に気づけなかった本は保護範囲に入っていたかどうか心配です。

 ビブリオ・タワーに未登録の本には、魔法の刻印が施されていないのですから。 


「あー、まぁ。王子も本も無事だったよ。これ、その内の一冊」


 エニウェアに渡された本を、わたくしは丁寧に調べてみました。

 確かに、どこにも破損は見受けられませんね。

 厚みのある表紙はもちろんのこと、紙で作られたページも無事です。


「特に破れたり汚れたりはしていないようですわね。本が無事で喜ばしいわ」


 エニウェアが持っているということは、レムナス王子に貰ったのでしょうか。

 少し名残惜しいですが、わたくしは本をエニウェアに返しました。


「エニウェア?」


 本を差し出しても、受け取ってくれません。

 

「それはさ、ハーナベルが先に読んでいいぜ。その権利がハーナベルにあるしな」

「わたくしに?」


 何故でしょう。

 よくわかりません。

 ですが読ませていただけるなら、それにこしたことはございません。

 落ちていた本と同じように真新しいこの本は、まだわたくしが読んだ事の無い本ですから。


「落ちていたほうの本はさ、ハーナベルが届けてやったらいいんじゃね?」

「お断りします」


 即答させていただきました。

 イズもエニウェアも、赤い瞳を見開いて固まっています。

 

「ハーナベルって、レムナス王子が嫌いだった?」

「いいえ。嫌ってはいませんよ?」


 無理やり婚約者にされたとはいえ、レムナス王子自ら嫌がらせなどをしてきたことはございませんから。

 本を読むわたくしの邪魔をしたこともありません。

 王族の一員として相応しい教育課程が増えて、わたくしの読書時間は削られていましたが。

 でもその代わり、王子の婚約者として王宮図書館に入る事が出来ました。

 伯爵令嬢では読むことの出来なかった本を読むことが出来たのは王子のお陰ですし、嫌う理由がありません。


「じゃあなんで届けてやらねーんだよ。本の一冊ぐらい、いいじゃん」

「そうだよハーナベル。間違って塔から落としてしまったお詫びも兼ねて、本を届けてあげたらレムナス王子も喜ぶでしょ」

「ありえませんわね。レムナス王子には、新しい婚約者がおりましてよ?」


「「えっ?」」


 二人の声が見事に重なりました。

 唖然とした表情も一緒です。

 

「二人とも、わたくしが婚約破棄をされたことは知っていますでしょう?」

「う……あぁ、まぁ……」

「そうだね……」

「二人とも、そんな気まずそうな顔をなさらないで。わたくしは婚約破棄など気にしていませんから」

「いや、そこは気にしてあげて?!」

「気にしろよ!」

 

 二人とも、本当に息ぴったりですわね?

 ですがわたくし、本当に気にならないのです。

 むしろ、感謝したいぐらいですから。

 婚約破棄していただけなかったら、わたくしはいまこうして念願のビブリオ・タワーの司書になれませんでしたもの。

 気になるのは……。


「わたくしが気になるのは、王宮で新しい婚約者に出会ってしまうことですわ。

 もしも王子と会っているのを見られたら、ご令嬢はどれほど悲しい思いをされるでしょうか。

 王子もそうです。

 新しい婚約者に誤解されるようなことがあったら、きっと、悲しみのあまり本を読むことも忘れてしまうと思いますの」

「いや、本はどっちにしろ読まないんじゃないかな……」

「ハーナベルと普通のご令嬢は違うんだよ」

「あら、普通のご令嬢は本を読めないほどの悲しみはもっと別のことになるのでしょうか。

 わたくしが少し、普通のご令嬢とは違う思考回路を持っていることは存じておりますの。

 婚約者と元婚約者が会っていたとしても、わたくしなら本を読み続けることができますわ。

 ですが、普通のご令嬢は、自分の婚約者にもと婚約者はもちろんの事、異性が近付くことさえ厭わしいと思いますのよ?」

「本から離れようか、ハーナベル?」

「イズ、ハーナベルに本から離れた思考をさせるのは無茶で無謀だ」

「わかっているけれど、どうにか本のことから離れてもらわないと、話が進まないんだ」

「あー……まぁ、それな」


 エニウェアが天井を見上げて「う〜〜〜〜」っと唸りました。

 たぶん、恐らくわたくしが二人を悩ませているのだとは思うのですけれど、なぜ悩ませているのでしょうか。


「ハーナベル、王宮で会うのが無理なら、エンデール王立学院で会うのはどう?」

「王宮よりも難しいですわね。新しい婚約者のご令嬢は、同じ学園ですから」


 王子の新しい婚約者となるはずのパレヴィオ男爵令嬢は、飛び級はしていなかったと思います。

 ですからまだ学園の生徒のはず。

 レムナス王子といるところを彼女に見られる事はなくとも、人の口に戸は建てられません。

 どこからか誰かに見られれば、その噂は一瞬でパレヴィオ男爵令嬢の元まで届くでしょう。

 誤解を招く行動は極力慎むべきです。


「ならさ? ビブリオの街で待ち合わせすればいいんじゃね」

「王族を呼び出すのは難しいと思うよ」

「落し物をしているって連絡入れてもか?」

「届けてくれって言われるか、使いの者が来るだけだと思う」

「だよなー。しゃーない、俺が明日にでも届けてくるよ。同性の俺の姿を新しい婚約者に見られても問題ないだろ?」

「えぇ、無いと思いますわ」


 男性同士なら、妙な誤解はまず生まれないでしょう。

 エニウェアの分も働きますから、本を是非王子に届けてくださいね。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ