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7)お久しぶりですね?


「ハーナベル、あんまり読書時間が取れなくてごめんね」

「イズ、気にしないで。これは司書業務の一環なのですから」


 イズとエニウェアの管理階である三階で、わたくしは本を片付けます。

 今日もビブリオ・タワーは沢山の人で賑わっていて、一階の閲覧広場は人々で溢れています。

 

 早朝から最上階の本を整理していたわたくしは、午前の余った時間でたっぷりと読書を楽しませてもらいました。

 ですがイズはどうでしょう。

 最上階はブック様の許可を得た者か、王族等の限られた人物しか入ることは出来ません。

 けれどここ三階は、誰もが自由に、そう、平民も立ち入ることが出来る場所です。

 上層階と違って、忙しさはその比ではありません。

 にもかかわらず、今日はエニウェアが外での業務でいないのです。

 イズだけでは、どうしても対応に遅れが出ます。

 これ程に人が多いのであれば、わたくしも読書をせずにすぐに手伝いに入りましたものを。

 何も確認せずに読書に勤しんでしまった事が悔やまれます。


「ほんと、ごめんね。でも助かるよ」といいながらイズは両手を合わせて詫びて、慌ただしく別の本棚へ向かいました。

 この塔の司書は大抵読書好きです。

 早朝からわたくしを手伝って、いまも三階の業務をこなしているイズは、読書が出来ていないはず。

 由々しき問題です。

 読書時間が取れないということは、体調不良を起こしてもおかしくありません。

 明日は、わたくしが朝からこちらへ手伝いに入れるようにして頂きましょう。

 そうすれば、イズの読書時間が作れますものね。

 わたくしは速読魔法がありますから、手伝いで読めない時間はそれで短縮できるはず。 


「あのー、すみません。本ネズミが忙しいみたいで、ちょっと、本を探してもらいたいんですがー」


 声に振り返ると、背の高い青年が立っていました。

 にっこりと笑う様子は育ちが良さそうです。

 着ている装飾過多な衣類から察するに、富豪のご子息でしょうか。

 本ネズミは忙しいというけれど、少し離れた場所から彼を見つめているようですが。

 青年を遠巻きに見つめていた本ネズミは、わたくしと目が合うとふるふるっと頭を振りました。

 ……そういうことですか。


「どのような本を探していらっしゃいますか?」

 

 わたくしは片付けていた本を置き、青年に向かい合います。

 瞬間、青年が息を飲みました。

 

 はやく、続きをお願いしたいのですが。

 学園や王都では大分無くなりましたし、ビブリオ・タワーの司書達からもこのような反応は無くなって久しいのですけれど。

 時折異性は、こうやって固まるのですよ。

 一瞬息を飲んで、不躾なまでにわたくしを見つめる視線は正直不快です。

 幼い頃はそうでもなかったのですけれど。


「この階には、エンデールの歴史書、資料、それに多数の物語がございますが、どのジャンルの本を探していらっしゃいますか?」


 先を促すように声をかけると、固まっていた青年がハッとしたように息を戻しました。

 手間がかかりますね。

 思わず冷ややかな目線を向けかけてしまいますが、ここにきているということは、多少なりとも本を読むつもりはあるはずです。

 無碍にしてはいけません。

 

「え、えーっと、そうですね。あまり読む人がいない本、などかな」


 読む人がいない本。

 曖昧ですね。

 ですが丁度良い本があります。

 エンデールの歴史書コーナーは、あまり読む人がございません。

 歴史に興味がない人ばかり、というわけではなく、歴史は学園でも習う事です。

 ビブリオ・タワーでなくとも各学校の図書室にも置かれているものですから、わざわざこちらで読む人も少ないのでしょう。

 

 わたくしは、青年を奥の歴史コーナーへ案内します。

 多くの人で賑わっているビブリオ・タワーですが、このコーナーには誰もいませんね。

 

 わたくしは、少し背伸びをして、上段の本棚から青い背表紙の分厚い本を取り出します。

 もちろん、指先に魔法をかけて、本が痛まない様に引き出していますよ?

 

「こちらの歴史書などは如何でしょう」

「歴史書、ですか?」

「はい。こちらの歴史書は、エンデールの各地域の歴史と共に、その土地に伝わる伝承を掲載しています。面白いですよ」


 青年に手渡すと、あまり興味がない様子です。

 こちらの本はどこにでもあるエンデールの歴史書と違い、今まで曖昧だった各地の物語も掲載している珍しい本ですのに。

 

 するっと。

 青年の手が、わたくしの髪に触れました。

 

「とても美しい髪だね……」

「お褒め頂きありがとうございます」

「その新緑の瞳も、雪のように白い肌も。とても美しく……」

「他の本のほうがよろしいですか?」

「えっ?」

「そちらの本よりも、別の本がお好みでしたら、ご案内いたしますが」

 

 わたくしの髪を許可もなく触れる手を払いながら言い切ると、青年は唖然として固まりました。

 あまり頭の良い方ではないのでしょうか。

 度々固まられると、読書時間の無駄に繋がるのですが。

 次の本棚へ移動しようとすると、青年が回り込んで立ち塞がりました。


 どんっ!


 青年の手が、不意にわたくしの前に突き出されます。

 本棚を押すような形です。

 不要な力は本を傷めるので止めて頂きたいのですが。

 なぜ顔を近づけてくるのでしょう。

 周囲の本が見えなくなって邪魔です。


「そんなに、恥ずかしがらないで。僕の身分を気にしているんだね?」

「身分?」

「そう、準男爵なんて地位を父は持っているけれど、それは僕とは関係ないことなんだ」

「えぇ。関係ありませんわね」


 準男爵は、貴族ではありませんし。

 世襲制ではありますけれども。

 身分というほどのものでもないでしょう。


「わかってくれるんだね? だから君みたいな平民でも遠慮なく僕と接してくれたまえ。君みたいに美しい子だったら特別に許してあげるよ」


 わたくしの顎を、くいっと掴みました。


「異国語ですか?」

「えっ」


 またしても青年が固まりました。

 固まるよりも顎に添えた手を離してもらいたいのですけれど。

 わたくし、エンデール国周辺地域及び本が多く出版されている国の言葉はほぼすべて習得済みですが、彼の言っている言葉は意味不明です。

 何故、準男爵の子息と話すことに許可が要るのでしょうか。

 エンデール語を話していらっしゃると思うのですけれども、不思議です。

 

「エンデール語を話せるようになったら、またいらしてくださいませ。エンデールの語学本は一階にございます」


 彼が持ったままの青い背表紙の歴史書を取り、踵を返します。

 読まない方に貸し出しては、本がかわいそうですからね。


 固まる彼を無視して、わたくしは元の位置へ本を戻しました。


「おっ、お前! たかが司書がちょっと綺麗だからって図に乗るなよ!」

「きゃっ」


 いきなり髪を引っ張られました。

 反動で、通路側によろめいて床に膝を着くと、見上げた先に青年が怒りに燃えた目でわたくしを睨んでいます。

 一体、この方はなんなのでしょう。

 読書の邪魔ですから、タワー内では静かにしていただきたいのですが。

 

「本なんかどうだっていいだろうが! 僕が話しているのにふざけるな!」


 本棚の本を、床に投げ捨てました。


 ……許しませんっ!


「ふざけるなはこちらの台詞ですっ、今すぐこの場から立ち去りなさい!」

「なんだとっ!」


 青年の手がわたくし目掛けて振り下ろされ――。


「ハーナベルっ!」

「あっ?!」

「レムナス王子?!」


 わたくしを庇うように青年とわたくしの間に飛び込んできたレムナス王子が、わたくしの魔法で塔の窓から外に吹っ飛んでいきました。

 断末魔の叫びが聞こえてきます。

 

「うわっ、うわわっ、うわーーーーー?!」


 吹っ飛んでいったレムナス王子とわたくしを二度見して、準男爵の息子は全力で逃げていきました。

 床に投げ捨てた本はそのままです。

 許しがたいですね。

 二度と来ないでくれればいいのですけれど。


「ハーナベル……大体何が起こったか察しは付くけれど、塔の上から突き落とすのはちょっと……」


 レムナス王子をここに案内したのでしょう。

 イズが本ネズミを抱いて、わたくしからそっと目を逸らしています。


「イズ。本を大切にしない人には、それ相応の報いを与えるのも司書の勤めだと思いますの」

「でも落ちて行ったのはレムナス王子だよね?! 王子は関係なかったよね?!」

「大丈夫ですわ。死にませんから。きちんと魔力で包んで突き落としましたから、一切怪我はしませんの」


 えぇ、えぇ。

 万一死亡させてしまったら、罪人として捕らえられてしまいますからね。

 事情聴取やらなにやらで時間をとられたら、読書時間が減ります。


 一応、窓から下を覗きますと、レムナス王子がよろよろと立ち上がるのが見えました。

 うん、無事ですね。

 何も問題ありません。

 

 ビブリオ・タワーの閉塔時間を知らせる鐘が鳴り響きました。


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