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レムナス王子視点。
ハーナベルがいるのは、ビブリオ・タワー。
そう確信を持ち、急ぎ、高速魔導馬車を走らせる。
もう日は落ちている。
ビブリオ・タワーの閉塔時間までにたどり着かねば。
こんな姿とはいえ王族である私は、閉塔してからも入ることが出来る。
けれどそれは時間外の仕事を塔の司書達にさせることでもある。
それは、出来る限り避けたい。
馬車の窓から外を見れば、ビブリオ・タワーを中心としたビブリオの街に入る。
遠くから見えていたビブリオ・タワーは、街に入るとより一層、白く輝き美しい。
日が落ちていても、柔らかい白さを纏っているのは、ビブリオ・タワーにブック・オブ・デイズ様の魔法がかかっているからだろう。
馬車道の左右に、多くの宿屋が肩を並べている。
遠方からこの街を訪れる者も多いからか、どの宿屋も繁盛しているようだ。
宿屋だけでなく、大小さまざまな書店が立ち並んでいる。
この国の最高蔵書数を誇るビブリオ・タワーのある街だからだろうか。
書物を好む人々が集まるのだから、当然かもしれない。
……そうだ。ここで本を買っていこうか。
ハーナベルに会いたい気持ちばかりが先走って、気が付けば自分は手ぶらだ。
一方的な婚約破棄という、最悪の事をしてしまったというのに。
まだまだ思考がぼんやりとしているらしい。
私は軽く頭を振って、御者に適当な本屋で止まる様に指示を出す。
高速魔導馬車を大通りに止めて、私は通りに面した書店に立ち寄った。
三階建ての大手の書店だが、余り長居は出来ない。
ビブリオの街に入ったとはいえ、閉塔時間に間に合わなくなったのでは意味がない。
「すまないが、ここ数日に入荷した新刊はあるだろうか。あぁ、カンタール出版は除いて欲しい」
カンタール出版は、その名が現す通りカンタール伯爵家の出版社だ。
ハーナベルが既に読んでいる可能性が極めて高いので、贈っても無意味だろう。
私が声をかけた店員は、一瞬、私を見て息を飲む。
あぁ、久しぶりだな、この反応は。
黒と見紛う赤い髪と、色素の薄い瞳。
金髪碧眼が多いエンデール国において、私の容姿は奇異だろう。
王城ではもちろんの事、学園でも既に知れ渡って驚かれることが無くなったけれど、少し王都から離れればこんなものだ。
ビブリオ・タワーの中でならまだマシなのだけれど。
帽子をかぶっておけばよかったかもしれない。
「すまないが、少し急いでいる。他国からの輸入本もあれば、それも合わせて見せてもらいたい」
まだ固まっている店員に、私はもう一度声をかける。
「あ、あのっ、はいっ!」
店員はハッとして、慌てて奥へと引っ込む。
すぐに戻ってきた時には、その両手にはずっしりと大量の本が抱えられていた。
それをカウンターテーブルにずらりと並べる。
「新刊と、輸入本だろうか」
「はいっ、丁度昨日入荷したばかりの本と、こちらの三冊の輸入本は一ヶ月ぐらい前のものになります」
一ヶ月前か。
輸入本は三冊。
隣国のワンスアポン国と少し離れたレートリル国、それにティエーヴィア国か。
すべてハーナベルが語学を習得している国の本だ。
贈れば読んでくれるだろう。
けれど一月前に入荷されているなら、既にハーナベルが読んでいる可能性がある。
……読み終わっている本は、ビブリオ・タワーに寄付すればいいだろう。
無駄にはならない。
「とりあえず、すべて頂けるだろうか」
「えっ?! すべて、とは、新刊も輸入本もですか?!」
「そうだ」
頷く私に、店員はおろおろとしだす。
こちらとしては、早く会計を済ませたいところだが、無理もない。
すべて購入すれば、金貨二枚は必要だろうから。
私は店員の前に金貨二枚を差し出す。
「あわわ……」と呟きながら、店員は紙袋に本を詰め出した。
包装をお願いしたい所だけれど、時間が惜しい。
それにハーナベルは、過度な包装はかえって嫌がるだろう。
包装を解く間の時間を読書に当てたい筈だから。
ずっしりと重たい紙袋を抱え、私は高速魔導馬車に戻る。
これだけあれば、一冊ぐらいはハーナベルが読んだ事のない本があるはずだ。
私は近付くビブリオ・タワーへ、そこにいるはずの彼女へ、期待を込めた。




