仕事の極意
ドアをノックすると、中から返事が返ってきた。
「失礼します」
部屋の中は、いかにも王族といった家具が取り揃えられている。昔遊びに来ていた頃とは随分と感じが違っている。姫様も大人になられたということであろう。
「本日付けで護衛の任につきます、シュウヤ准佐です。よろしくお願いします」
地に膝をつき、深々と頭を下げる。姫様に対する礼儀としては当たり前である。しかし……
「や、やめてください……頭を上げてください」
姫様はそれがお気に召さなかったようである。
「と、いわれましても。私は姫様に対して敬意を表しているだけです」
「シュウ……あなたは意地悪です……」
姫様は頬をふくらませている。
「決して意地悪などしておりません。当たり前のことをやっているだけです」
「それが意地悪だって言っているんです。昔みたいにしてください……」
昔みたいに、というのは僕がよく姫様に会いに来ていた頃のことだろう。
「昔みたいにですか……姫様はそれでいいのですか?」
「はい。私はそれを望んでるんです。それでもやらないというのなら私にも考えがありますよ?」
なんというか、こういう少し強情なところは昔から変わっていないようだ。
「……分かったよ。その代わり、2人の時だけだ。ほかのヤツに聞かれると厄介だからな」
「……分かりました」
どうやら納得していただけたようだ。
「それにしても、どうしてシュウが私の護衛に?」
「それは聞かないでくれ……」
話したくもないし、思い出したくもない。今はあの顔をイメージしたくはないのだ。
「……いろいろあったんですね」
「ああ……わかってくれて助かるよ」
レナが物わかりのいいお姫様で助かった。これがどこぞのロリもどきなら問い詰めてきていたことだろう。
「こうやってシュウと話すのは久しぶりですね。私はよく窓からシュウを見ていましたけど、気がついてましたか?」
「ああ。いつも忙しそうだよな。あんまり無理はするなよ」
昨日――この世界でだが――中庭で見た目が合った気がした女性とは、レナのことである。
「やっぱり気付いてたんですね」
毎日、城の中をバタバタしていれば嫌でも目にとまる。レナは少し頑張り過ぎなのではないのだろうか。
「今日は食事会だって? 姫様も大変だな」
「これも務めです。王族の義務……なんでしょうか。民の為に私が頑張らないといけないですから」
それがレナ姫を頑張らせている理由である。
「ああ。全力でサポートさせてもらう」
「ありがとうございます」
それから昔話や他愛のない話、これからの話をしてから部屋を出た。
「よお、シュウ」
部屋を出てすぐに声をかけられた。
「クレン中佐? 何故こんなところに?」
短い金髪が好青年をイメージさせるその人物はら部屋を出ていたところの壁にもたれ掛かっていた。身長は僕よりも10センチほど高い。
「いやな、お前に渡したいものがあってな。ほれ」
渡されたのは一切れの紙。
「なんですか、これ?」
「なぁに、俺直伝、護衛の極意だ」
この人がわざわざそんなものを用意するということは何かあるのだろう。それが何、というのはあえて言っていないのだろう。
「ありがとうございます」
「ああ、じゃあな。頑張れよ」
「分かってますよ。それでは」
その場で別れるとクレンは姫様の部屋に入っていった。おそらく、姫様にも注意を促すためであろう。
しかしあのおっさんが、僕を准左にしたここといい、幼なじみの護衛につかされたことと言い、今回のことは何か裏がある。
おそらく、僕でないといけないという理由はないのではあろうが、総帥が僕を推薦したというのは事実である。
あの人が絡むと本当に胃が痛くなる……
城を出てから、紙に書かれた内容を読んだ僕は、それを破り捨てた。
証拠の隠滅という意味で破くというのはよくあることではあるのだが、今回ばかりは違った。
単に少しだけムッ、として、破っただけだ。
【気合で乗り切れ!】
それが、クレン中佐からもらった紙に書かれていた内容であった。
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そんなこんなで、食事会の会場となる国に到着した。交通手段は飛空船。この世界の技術の結晶である。実はこの世界、割とファンタジーで魔法なんかもあったりする。僕は使えないことは無いのだがからっきしで、あまりお世話にはなったことは無い。しかし、軍には魔法部隊何かもあったりする。
話を戻そう。飛空船は魔法の力で飛んでいるわけではあるのだが、なぜこの技術が進んだのか。それは、獣人や魔物といった人外のものに理由がある。はるか昔、人間は身を守るため4つの巨大な国を作り、その周りは巨大な外壁で固めた。その国の一つがバサリアという訳である。国の外は殆どが無法地帯。人外の物が蔓延っている。先日の廃墟は国を模倣した街の一つであったのだが、攻め落とされたものだ。
閑話休題。
僕は姫様と別れ、館内を見回りしている。館内はなかなか広く迷子になりそうである。
『シュウ、聞こえる?』
「ああ、聞こえてる」
マイク越しにレーヴェと会話をする。
『にしても、たかが護衛にオペレーターって言うのも変な話よね。この護衛、何かあるんじゃない?』
「どうせそういうことだろう。そういえばお前、今日は普通に話すんだな」
オペレーションの際はいつも丁寧語を使っているレーヴェだったが、普通に話していることに疑問を覚える。
『今回は、録音されてないからね。いつもは大変なんだから。シュウが無茶いった時の記録は全部削除して作り替えないといけないのよ?』
「それは悪いことをしてると思ってるよ」
初耳である。これからは少し自重しなければあるまい……
『今回は姫様の護衛……ね。昔はちょくちょく遊んでたけど、どうだった?』
「どうだったって、どういう意味なんだ? 何も変わってなかったよ」
「そういう意味じゃないんだけどね」
レーヴェはイヤホン越しにため息をついた。
『あ、そうそう。アレスティアのお土産楽しみにしてるから』
「いや、待て。僕は観光しに来ているんじゃないんだが。そもそも、アレスティアのこと良くわかってないしな」
アレスティアなんて国は初めて来たわけで、事前情報ももらっていなかった。お土産なんて言われても何を買って帰ったらいいかさっぱりである。
『アレスティアは通称光の国。なんでそう呼ばれてるかは見たらわかるでしょ?』
窓の外を見渡すと、その意味がわかった。全体的に白を基調とした作りになっていて、光が反射し、国全体が明るく見える。
光が織り成す幻想的な世界はまさに光の国であった。
「なるほどな。でも何でアレスティアなんかでパーティーを開くんだよ? 食事会なら、どっちかの国に集まればいいじゃないか」
『合理的に考えるんならそうかもね。でもほら、基本的に国同士って仲が悪いじゃない? 自国に異物を入れたくないのよ。だから、中立国であるアレスティアを使うの』
「そういうことか」
国同士が仲良くすれば利益だって生まれるだろう。全く不憫な世界である。
『それじゃあ、私はこの食事会について調べてみるから、少しの間黙るわね』
「よろしく頼む」
裏についてはレーヴェが調べてくれるとして、とりあえず今僕に出来ること、つまりは見回りをするにした。