やんちゃな過去の黒歴史
Side Dream
僕の場合、寝て起きたら次の日というわけには行かない。そうなれば、どれだけ嬉しいことか……
もうひとつの世界で目が覚めた。
いつものことだが、現実で感じていた疲労感は嘘のように消えている。しかし、眠いものは眠い。早起きは身につけて入るが、朝はそれほど強くないのだ。
「シュー、ご飯まだ?」
ベッドの中で眠気と闘っていると、部屋の扉が開いた。
「レーヴェ……いい加減自分で作ったらどうなんだ?」
ベッドからむくりと起き上がる。
「自分で作るとうまくいかないんだよねぇ……」
レーヴェは料理が大の苦手であり、いくら教えても上達する気配が見えない。一度彼女の手作り料理を口にしたことがあるが、それは混沌を極めていた。料理という女子には必須のスキル会得を諦めたレーヴェは僕の部屋を食堂のように通いつめている始末だ。
「大体、料理を作れるやつは女子寮にいくらでもいるだろ? なんで僕のところまで来る必要があるんだ」
「いるけど、なんか違うんだよねぇ。なんていうか、シュウの味付けって特殊なくせにずっと食べていたいっていうか、飽きないっていうか……」
言いたいことはなんとなくわかる。僕の料理の味付けが特殊というレーヴェの発言だが、この世界には発酵という概念があまり根付いていない。もちろん、バターやチーズなどはあるのだが、日本ならではの調味料である、味噌や醤油が存在していないのだ。
結局のところ材料を集めて自分で作っているのではあるが。
「分かったよ……作るからおとなしく待ってろ」
僕はベッドから降り、簡易キッチンに立つ。簡単な料理を作って、レーヴェの前に差し出す。
「ご馳走様! やっぱシュウのご飯は力が出る感じがするよぉ」
などといいながら、ぐだっとするレーヴェ。
「お前、今日はミーティングがあるとか言ってなかったか? 時間は大丈夫なのか?」
「あっ……」
どうやら本気で忘れていたらしい。
「やば……あと10分で始まっちゃう! それじゃ、またっ!!」
嵐が去っていった。
さて、僕はというと今日は任務も何もない、日がな一日である。こういう日はのんびり過ごすに限る。
「シュウヤ中尉! おられますか!?」
部屋の前で不意に僕の名前が階級つきで呼ばれる。階級付きで呼ばれたということは、部屋の前にいるのは軍の関係者である。休みの日に軍の関係者が来るというのは、嫌な予感しかしない。居留守を決め込むか……
「はい。いますけど?」
仕事関連の場合、後で大目玉を食らうのは僕だ。仕方なく、部屋の扉を開ける。部屋の前には兵士――階級は曹長である――が待ち構えていた。
「総帥から伝令です。今すぐに司令室に来るように、と」
「了解です。下がってください」
そういうと、兵士は「はっ!」と敬礼をして来た道を戻っていった。
「総帥が僕に何のようだ……?」
疑問に思っていても仕方がない。それにしても悪い予感しかしない。何はともあれ、素早く軍の制服に着替え、本部に向かった。
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「お~、きたかシュウヤ」
本部の司令室で待っていたのは、少しゴツい40代後半の男性である。
この人が総帥であり、僕の兄弟子でもある。それについてはいずれ話すことがあるだろう。
「どうしたんですか? 今日僕は安息日なはずですけど?」
上司とはいえ、休みをとられそうなんだ。不満の一つくらいいってもバチは当たるまい。
「いやぁ、すまんな。とりあえず、いい知らせが二つあるがどちらから聞きたい?」
「……そういうのは悪い知らせがあるのを前提に出るものでしょう。どちらも何も選択の余地がありません」
「はっはっは!まあ、いいじゃないか」
この人と話す時は大体こんなふうにペースをかき乱される。この人とまともな話をしようというのが間違っている。
「では、ひとつ目だ。進級おめでとう。シュウヤ准佐」
僕は違和感を覚えた。
「いや、ちょっと待ってください。僕は殉職なんてしてないですよ?」
僕は中尉だ。それが准佐だと……?
二階級上がるというのはそれなりに理由があることなのだ。いくら兄弟子が総帥をやっているからって、そんなことは許されるはずがない。もし目の前にしでかしそうな上司がいるとしても、他のお偉いさんが許すはずがない。
「なにも、二階級上がるのは別に珍しいことでもあるまい」
珍しいから驚いているのだが……
「あれじゃよ。昨日のお前の仕事が評価を買ったんだ。始末書は書いてもらったものの、大手柄だったからな。実のところただの人員不足で無理矢理あげただけなんだけどな!! ハッハッハ!」
開き直りやがった。先程も述べたとおり、この人に何を言っても無駄である。
「最後のはいりません。それで、もうひとつあるとのことでしたが?」
この人とまともな会話をしようとしても埒が明かない。無理やり話を進める。
「ああ、そうだそうだ。今日は姫君の食事会があってな。その護衛に当たってほしい」
「はぁ……? 何故僕なんでしょうか?」
確か護衛は他にいたはずだ。僕がわざわざ護衛をする必要は無い。なにか特別な理由があるはずだ。
「姫の護衛は佐官以上。佐官以上で姫に一番年が近いのはお前じゃろ?」
的は射ているようで射ていない。
「つまり、どういう意味ですか?」
「まだわからんのか。昇格祝いに幼馴染の護衛の任務につかせてやると言ってるんだ。お前、昔よく姫さんを連れ出してただろ。気づいてないとでも思ったか? 総帥なめんなよ」
総帥ははっはっは、と僕を見下すように笑う。正直、誰かに気づかれているとは思っていなかった。ほかの人物に気づかれていたならまだしも、よりにもよってこの人に知られているというのが、最悪なのである。
早く帰りたい……
「おっと、そういえば悪い知らせもあったな」
総帥はふと思い出したかのように言う。
「……なんですか?」
正直、これ以上この人と話したくない。これ以上弱みを握られたくない。思わずため息が出てしまう。
「准佐は大尉とたいして権限は変わらないから事実上二階級進級でも、現実的には一階級進級と大差ないんだな、これが」
「……………さいですか」
その情報、本当にいるのだろうか……
「ほれ、姫君のところに挨拶に行ってこい。あと、たまには師匠のところに顔出しとけよ」
「了解です……」
司令室に来たことを後悔しながら、本部をあとにした。
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「さてと……」
困ったことになった。いや、別にこれと言ってやばいということではないのではあるが、いやはや本当に困った。
僕は姫様の幼馴染であることは総帥が暴露してしまったため、わかっているとは思う。幼なじみであるなら、姫の部屋の場所くらい覚えているだろう、なんていう考えを押し付けるのはやめて欲しい。
覚えているわけがないのだ。
僕はいつも外から姫様の部屋に侵入していたのだ。つまるところ、不法侵入をしていたという訳だ。ことの初めは偶然、たまたまだったのだが、そこから仲良くなってしまった。当時は、その女の子がこの国のお姫様だなんて知らなかったから、普通に遊んでいたのをよく覚えている。何度か連れ出しもした。
それが、総帥にバレていたとは……
気が重くなる一方である。とりあえず、話を本題に戻そう。僕は城の中で迷子になってしまったようだ。
書類を提出して城の中に入ったまでは良かったのだが、全く構造を把握していなかった。
「すみません。レーナ姫の部屋はどこでしょう」
通りがかりの背の低いご老人に声をかける。ここにいるという事は、王族であるか、それに仕えるモノとなる。できれば後者であって欲しいものだ。
「レーナ様になにようですかな?」
「本日、レーナ姫の護衛についたので挨拶を、と」
「ほう。挨拶ですか」
そういうと、その老人は舐めまわすように僕を見る。語尾に鼻で笑われたのは気のせいだろうか。
「案内する。付いてこい」
ご老人はくるりと僕に背を向け歩きだした。しかし、親の敵を見るような目で見られたのは何故か。訳が分からないが、案内はしてくれるということだから付いていくことにした。
「姫様はこの部屋におられる。くれぐれも無礼のないように」
そういうと、ご老人はどこかに去っていった。
僕がなにかしただろうか……