追跡者V.Sストーカー
日は落ち、辺りは暗い。道路を照らすのは街灯のみである。夢の世界って電気って概念がないから本当に便利だな、なんてしみじみ思ったりする。
「しかし、僕は何をやってるんだ……。ていうか、あいつらは何をやっているんだ……」
先ほど、健斗たちに用事があると言ったのは真っ赤な嘘である。用事ができたというのが正しい。僕はハンバーガーショップから見た、あの二人を尾行することにした。別にやましい意味ではない。少し気になることがあったのだ。
さて、女子二人を尾行しているのは僕だけではなかった。僕には気づいていないようだが、僕よりも二人に近い位置に健斗と恭一がいた。あれは、完璧にストーカーである。捕まっても文句は言えないだろう。何であいつらと友達なのだろう……なんか、涙が出てきそうだ……
そして、もう一人。フードを深くかぶった人物。ポケットに手を入れて、彼女ら二人を尾行している。ダボダボのパーカーから性別は判断出来ない。
奴は僕らがハンバーガーショップから彼女らを見つけた時には既に尾行していた。
ただのストーカー。僕の前にいる馬鹿2人のような、下心だけで動いているようなやつなら、特別気にはとめなかっただろう。校外にまで美人だと噂されるほどの女子だ。ストーカーの一人や二人いてもおかしくはないだろう。
しかし、奴は違った。
遠くからでも感じ取られるような、殺意のような、負のオーラ。そして、パーカーのポケットの中。なにか入っているのが見て取れる。
「夢の中で訓練したことがこうも役に立つとは……」
夢の中で僕は、軍人である。そのため、戦闘から尾行まで、様々な訓練を受けている。いくら夢の中とはいえ、きちんと受けたものは僕の技能として身についてしまっている。皮肉なことではあるのだが。
「このまま何も起こらなければそれでいいが……」
おそらく、そうはいかないだろう。フードの殺気は女子2人に近づくにつれどんどんと強まっていく。何かが起きる前にフードを確保するというのもありだが、下手をすると僕が傷害罪で訴えられる可能性だってある。動くのならば、フードが犯行を決する瞬間だ。現行犯逮捕が現状の最善の手だ。
家に向かっているのであろう。少女二人は人気のない住宅街の路地に入っていく。
「……動いた」
街灯が切れかかっているその真下から、フードの歩幅が広くなった。そして、少女たちのと距離はみるみる縮まっていく。
そこで僕は気づくことになる。
手段がない……
そう。現行犯で捕まえるためには、この場からフードを攻撃する必要があるのだ。しかし、僕は現在丸腰である。手頃な石でもないかと周りを見渡すが、何故かのこの道路は綺麗に舗装されており、石ころ一つ見当たらない。
なんでこういう場所に限って綺麗に舗装されているんだ……もっと違うところに税金を使えよ……
こうなれば一か八かだ。
「健斗、警察」
隠れているつもりになっている馬鹿二人の横を、そう発して通り過ぎた。二人は唖然としていたが気にしない。
さて、ここからが正念場だ。
「おい、そこのフード。何をしようとしてる」
残された手段は、標的を二人から僕に変更させることだけだった。歩幅を大きくし、フードに近寄っていく。
声をかけられたフードはピクリ、と一瞬肩を上げ、その場に立ち止まった。
フードの方をつかもうとした瞬間、フードは振り返りざまにポケットから刃物を取り出し、薙いだ。否、薙ごうとした。フードの腕はきっちり僕が抑えてある。
そのまま、右手をつかみフードを思い切り投げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
十数分後、警察がやってきた。
ことの顛末を見届けた健斗たちは、警察を呼ぶだけ呼んで、自分たちはさっさと退散したらしい。ここに残るのは、気絶したフードと僕、そして女子二人。
警察署で事情聴取を受けた僕らが開放された時にはすっかり夜中になっていた。
「ありがとう。助かったよ」
美人さん。
「ありがとうございます! この恩は一生忘れないよ」
カワイイ方は涙をためながら感謝してくれるのだが、美人さんの方にはかなり余裕があるようだ。
君がいなくてもどうにかなった、という表情を読み取れる。一環の女子高生ではあり得ないくらい肝が座っている。何か武道でもやっているのだろうか?
「その制服って一高ですよね?」
「ええ。二年の東雲です。以後お見知りおきを」
お姫様でも扱うように丁寧に挨拶をする。
「私は二高の二年の中井です。中井阿里沙。ヨロシクね。東雲……」
「秀哉です」
「シュウヤくん」
ニコッと太陽が輝くように笑う。これは卑怯だ。
可愛すぎるではないか……
これをワザとやっているなら相当のものだが、無意識ならば尚のことたちが悪い。
どこかの誰かさんも、この可愛さを見習って欲しいものである。とはいっても、夢の中の人物にこれを見習えというのは無理があるのだけれど。
「ちなみに私は安藤鈴音だ。本当に助かったよ。感謝する」
「いえ、二人共怪我がなくて良かったです。それじゃ、僕は帰りますから」
時間も時間なので、警察が僕達を送ってくれるとのことだったのだが、僕は断った。というのも、警察絡みのことが起きたというのをあまり親に知られたくないからである。
「んーと。きちんとお礼がしたいから明日の交流会に来てくれないかな?」
その場を立ち去ろうとすると、中井さんからの誘いを受ける。
「分かった。前向きに検討しておくよ」
どうせ明日も放課後は暇なはずだ。断る理由はないが、曖昧な返事て返しておく。承諾して結局いけませんでした。で責められるのはゴメンだからだ。
それからは、今日一日何事も無かったかのように家に帰った。友達の家で夕食を食べて帰るなんて言ったから、食料の調達に困ったということは秘密である。